9 / 50
第9話 採用試験
しおりを挟む
教会からのクエストを承諾してから一週間後、俺とラリアはメドル町長護衛の任に就く為、エルク国南西部の町バリルへとやってきた。
「やっと着いたわね」
馬車から降りたラリアが大きく伸びをする。
「ああ、結構遠かったなバリルの町。さあ、気合いを入れていくぞ、ポチ」
「ちょっと、必要以上に名前を呼ぶのやめてくれない?アブアブ丸。それにしても……」
町の様子を見渡しながらラリアが続ける。
「思ってたよりも古い町ね。財政が豊かだと聞いていたから、もっと綺麗な町を想像していたわ」
「それは確かに」
俺もラリアの意見に同調する。俺達のギルドがあるメルンの街とは違い、道路は舗装されておらず、石や木の根がむき出しになった荒れた道が続いている。建物は年季の入った木造の物が殆どであり、そのどれもがくたびれた雰囲気を醸し出していた。
決して貧しいというわけではなさそうだが、町全体に活気が無く、とこか影のある印象を受ける。
「財政が潤ってるにしては、寂れた印象よね」
「ああ。マスターが言っていた通り、この町には何か裏があるのかもな。」
俺達は依頼主である町長の家へと向かって歩き出した。
地図を片手に町の中を進むにつれて、俺達はある変化に気が付いた。
老朽化した建物が目立ち、寂れた印象であった町の装いが、町長の家に近づくにつれて、白い石畳で整備され幾何学的な石造りの建物が建ち並ぶ、綺麗な町並みへと、その様相を変貌させていく。
「なーんか、あからさまに町長の家が近づくにつれて町並みが綺麗になってきたな」
「ホント、同じ町中とは思えないわね」
町並みの変化に戸惑いながら歩いているうちに、町長の家へと辿り着いた。広大な敷地を煉瓦造りの強固な壁がぐるりと取り囲み、その玄関口である門は、まるで関所のような厳かな装いで佇んでいる。
「うわ、でっけぇ家。この町で1番大きな建物って町長の家じゃねぇのか」
「なんか『町のお金で好き勝手やってます』って感じよね」
「ホントだな。なあ、この門って勝手に入っていいのか?」
「さあ、どうかしら」
「呼び鈴的な物も無さそうだし……なあポチ、お前先に行ってくれよ」
「え、嫌よ。何で私が?」
「いや、お前って明朗快活キャラじゃん?『たのもー!』とか言って、人ん家にもズケズケと入りそうじゃん」
「そんな事しないわよ!それってただの残念な娘よね⁉︎あんたの中で私のキャラどうなってんの⁈」
「あの、どうかされましたか?」
涼しげな声が耳に届く。気がつくと目の前に一人の少女が立っていた。白い肌に透き通るような蒼玉色の瞳が映え、瞳と同じ青色のポニーテールにメイド服というインパクトのある出で立ちをしている。年の頃は俺達と同じくらいと見受けられるが、その佇まいからは凛とした落ち着きが感じられる。
「どうかされましたか?」
少女が再び口を開く。
(この娘、いつの間に……)
驚くべきはこの少女が、その気配を気付かれる事なく、俺達の眼前に佇んでいたという事実である。
(こいつ、只者じゃねぇな……)
「いや、町長の護衛を募集してるって聞いてな。俺達二人、そいつに応募する為に今し方ここに着いたんだけど」
「そうでしたか、それは失礼致しました。それでは身分証を拝見しても宜しいでしょうか?」
「あ……はい」
「ど、どうぞ」
俺とラリアは少女から視線を外しながらそれぞれの身分証を手渡した。身分証に目を落とした少女がチラリと俺達の顔を覗く。
「アブアブ丸様とポチ様ですか」
「はい、アブアブ丸です」
「……ポチです」
返事をしながら、更に遠くを見つめる様に少女から視線を外す。
「……どうぞ、お入りください」
そう言って、俺達の顔を交互に見ながら、少女は門を開けた。
門を潜って俺達の目に飛び込んできたのは、花が咲き乱れている広大な庭とその先にそびえる巨大な金色の建物であった。庭の中央には噴水が設置されており、涼しげで爽やかな雰囲気を演出している。
前を歩いている少女が振り返り口を開いた。
「申し遅れましたが、私メドル様に仕えるメイドをしておりますソーファと申します。今からお二人を試験会場までご案内いたします」
ソーファはそう言って再び前を向き、淡々と歩き始めた。
ソーファに案内されて辿り着いたのは先程目にした金色の建物ではなく、同敷地内にある木造の大きな平屋の建物であった。
「もう暫くの後に試験が始まりますので、こちらでお待ちください」
それだけ告げるとソーファは背中を向け、建物を後にした。
建物の中に入ると先に着いていたであろう、数十名の応募者達の姿があった。どいつもこいつも血の気の多そうな厳つい顔をした連中ばかりである。
「おいおい、『護衛』と言うより『山賊』って感じのツラした奴らばかりじゃねーか」
「ねえ、もしかして女の応募者って私だけなんじゃないの?」
他の応募者達の様子を見回していたその時、背後から声が掛かった。
「おいおい、なんだ。ガキが混ざってるじゃねーかよ」
振り返るとモヒカン頭に無精髭が印象的な、関取の様な体格をした巨漢の男が腕を組み、ニヤニヤしながらこちらを見下ろしている。
「何よアンタ、いきなり」
ラリアがムッとした表情で男を見る。
「あん?お前らオレを知らんとは余所者だな?オレの名はバンゴ。この町最強の男だ」
「え、ダンゴ?」
「バ・ン・ゴだ!おい。ここはガキの遊び場じゃねぇ。オレみたいな強い男にしか務まらない場所だ。悪いことは言わねえから、とっとと帰んな」
そう言ってバンゴは右腕で力こぶを作り、口角を上げたキメ顔をこちらに向けた。
「なんかまた、愉快な脳筋おバカさんが出てきたな。緊張が解れる」
「ホント、和むわね」
テンプレな台詞に微笑ましさを覚えつつ、俺とラリアは穏やかな表情でバンゴを見つめた。
「お、おい!何和んでんだ⁉︎お前らアレだぞ!あ、あんまりナメてっと後でアレだぞ!」
残念な語彙力で必死にアピールしようとするバンゴを穏やかに見守っていたその時、乾いた落ち着きのある男の声がバンゴの声を遮った。
「少し、静かにしててもらえぬか。集中出来ぬではないか」
声の方に視線を向けると、黒い簡素な道着に身を包み、長い白髪を後頭部で束ね、筆の様に滑らかな白い髭をたくわえた初老の男が坐禅を組みながら、哀愁を帯びた鋭い眼光をこちらに向かって放っていた。
「あ、あれはタムジじゃねぇか」
バンゴが驚いた様子で声を上げる。
「え!タムジだって⁉︎」
「ウソ!どこどこ⁉︎」
「うわっ本物だ!オレサイン貰おうかな」
バンゴの声によりタムジの存在に気が付いた他の応募者達がざわめき出す。
「ねぇバンゴ、タムジって誰?」
「ウソ、お前らタムジ知らねぇのか⁉︎王国陸軍に所属していた男だよ!現役を退いた今でも勇者並みに強いって噂だ!」
バンゴがウキウキした様子で嬉しそうに返答する。
「皆様、お待たせ致しました」
涼しげな声が通り抜け、騒ついた会場内が静まり返る。声の先にはソーファが凛とした表情で佇んでいた。
(この娘は、またいつの間に建物内に入って来たんだ?)
ソーファが淡々とした口調で続ける。
「皆様、本日は私達の主人、メドル様の護衛の任に就く為、ご足労頂き誠にありがとうございます。しかしながら誠に恐縮なのですが、些か人数の方が多いようで御座いますので、僭越ながら私の方で篩に掛けさせて頂きます。それでは、参ります」
そう言い終わった次の瞬間、ソーファから鋭い殺気が放たれ、身体中を無数の針で突かれるような、鋭い痛みに似た感覚が全身を貫いた。
「ぐわっ」
「がはっ」
殺気の圧力に耐えられない者達が、バタバタと床に崩れ落ちる。数秒間の出来事であったが、先程まで数十人居た応募者達の中で立っていられた者は、ものの数人であった。
「ぐっ。い、今のは何なんだ……」
バンゴが頭を押さえながら膝をつく。
「ただの殺気よ」
「ああ、なかなかの物だったな」
突き刺すような殺気の中、涼しげな顔で、平然と立っている俺とラリアを見たバンゴが驚きの声を上げる。
「お、お前ら何でそんなに涼しい顔して立ってられるんだよ?」
「何でって言われてもなぁ」
「普通よねぇ」
顔を見合わせて不思議がる俺達を見て、バンゴが驚愕と呆れが混ざり合った様な表情を見せる。
現在立っている者は俺とラリアとバンゴ、そしタムジと数名の男達だけとなっている。
「……7名ですか、意外と残りましたね。それではこちらの部屋にどうぞ」
変わらず凛とした表情を崩さないまま、ソーファは俺達7名を隣の部屋へと案内する。
案内された部屋は30畳程のだだっ広い簡素な板間になっており、次の部屋へと続く簡素な作りとなっていた。
「それでは、ここに居る7名の方に採用試験の方を受けて頂きます。まず、先だって我が主人メドル様からのお言葉をお伝えさせて頂きます。『オレの護衛に半端者は要らん』との事でした。」
「なんだと!」
「ナメやがって!」
他の応募者達から野次が飛ぶ。それらを意に返さず、ソーファが淡々と続ける。
「そういう事ですので、私も厳しめに試験をさせて頂きます。合格条件はそうですねぇ、『私に一撃入れる』っていう事でいかがてしょうか」
そう言ってソーファが、静かに拳を構えた。
「あの姉ちゃんに一撃入れればいいのか。だったらオレでも……」
「バンゴ、あんたはやめといた方がいいわよ」
「そうだな、町一番のケンカ自慢程度が勝てる相手じゃねーな、ありゃ」
やる気になっていたバンゴを俺とラリアが制止する。
「な、なんだよ。あの姉ちゃん、そんなにヤバイのか?」
「だったらワシが先に行かせてもらおう」
静かにそう言ったタムジがゆっくりと歩を進め、ソーファと距離を置いて対峙する。
「では、行くぞ!」
気合を込めた言葉を放ち、タムジが勢いよく飛びかかる。左右に体を素早く振り、的を絞らせない様にしながらソーファへの距離を一気に縮めた。その素早い左右の動きは、まるでタムジが二人いると錯覚させる程であった。
「喰らえぃ!」
その素早い動きから、タムジがソーファを仕留めんと拳を繰り出した次の瞬間ーー
ーードゴォッ!
低く鈍い音が部屋中に響き渡り、タムジが膝を折りながら、前のめりに倒れこんだ。床に突っ伏し、動かなくなったタムジを数秒間の見つめた後、ソーファが凛とした表情そのままに、こちらへと向き直る。
「タムジ様は失格ですね。では、次の方どうぞ」
「え、おい。嘘だろ?タムジがパンチ一撃で……」
驚愕の表情で呟くバンゴに俺とラリアが声を掛ける。
「今のが一撃に見えたんなら、お前はマジでここで帰った方がいい」
「え?どういうことだ?」
「三発よ。恐ろしく早い突きが寸分違わずに水月に三発」
「因みに、『左、左、右』の三連打だ。左で丁寧に距離を計って右をズドンって感じだったな。まあ、あんなのがまともに入れば普通は立てんわな」
「そんな、どう見ても一発にしか見えなかったぞ」
「まあ悪いことは言わないから、お前はここでリタイアしとけ。さーてと、じゃあ次は俺が行こうかな」
そう言って、軽く屈伸運動をする俺にラリアが少し心配そうな表情を向ける。
「あの娘相当な使い手よ。どう戦う気なの、アブアブ丸?」
「そうだなー。あれだけ速い相手だと、ある程度近接戦をして隙を作らないと、こっちの攻撃は当たらんだろうな」
「近接戦?アブアブ丸が?」
「まあ見てなって」
ニヤリとと不敵な笑みを浮かべる俺に、ソーファが視線を向ける。
「お次は、アブアブ丸様でよろしいですか」
「ああ、よろしく頼むよ」
俺はゆっくりと歩き出し、ソーファと五メートル程の距離を保って対峙する。
両者の間を重い静寂が満たし、水を打ったようなその静けさは、まるでこの建物の中には二人しか居ないと錯覚させる様であった。
「それでは、参ります」
ソーファの涼しげな声が、深閑とした空間の中で、静かに響いた。
「やっと着いたわね」
馬車から降りたラリアが大きく伸びをする。
「ああ、結構遠かったなバリルの町。さあ、気合いを入れていくぞ、ポチ」
「ちょっと、必要以上に名前を呼ぶのやめてくれない?アブアブ丸。それにしても……」
町の様子を見渡しながらラリアが続ける。
「思ってたよりも古い町ね。財政が豊かだと聞いていたから、もっと綺麗な町を想像していたわ」
「それは確かに」
俺もラリアの意見に同調する。俺達のギルドがあるメルンの街とは違い、道路は舗装されておらず、石や木の根がむき出しになった荒れた道が続いている。建物は年季の入った木造の物が殆どであり、そのどれもがくたびれた雰囲気を醸し出していた。
決して貧しいというわけではなさそうだが、町全体に活気が無く、とこか影のある印象を受ける。
「財政が潤ってるにしては、寂れた印象よね」
「ああ。マスターが言っていた通り、この町には何か裏があるのかもな。」
俺達は依頼主である町長の家へと向かって歩き出した。
地図を片手に町の中を進むにつれて、俺達はある変化に気が付いた。
老朽化した建物が目立ち、寂れた印象であった町の装いが、町長の家に近づくにつれて、白い石畳で整備され幾何学的な石造りの建物が建ち並ぶ、綺麗な町並みへと、その様相を変貌させていく。
「なーんか、あからさまに町長の家が近づくにつれて町並みが綺麗になってきたな」
「ホント、同じ町中とは思えないわね」
町並みの変化に戸惑いながら歩いているうちに、町長の家へと辿り着いた。広大な敷地を煉瓦造りの強固な壁がぐるりと取り囲み、その玄関口である門は、まるで関所のような厳かな装いで佇んでいる。
「うわ、でっけぇ家。この町で1番大きな建物って町長の家じゃねぇのか」
「なんか『町のお金で好き勝手やってます』って感じよね」
「ホントだな。なあ、この門って勝手に入っていいのか?」
「さあ、どうかしら」
「呼び鈴的な物も無さそうだし……なあポチ、お前先に行ってくれよ」
「え、嫌よ。何で私が?」
「いや、お前って明朗快活キャラじゃん?『たのもー!』とか言って、人ん家にもズケズケと入りそうじゃん」
「そんな事しないわよ!それってただの残念な娘よね⁉︎あんたの中で私のキャラどうなってんの⁈」
「あの、どうかされましたか?」
涼しげな声が耳に届く。気がつくと目の前に一人の少女が立っていた。白い肌に透き通るような蒼玉色の瞳が映え、瞳と同じ青色のポニーテールにメイド服というインパクトのある出で立ちをしている。年の頃は俺達と同じくらいと見受けられるが、その佇まいからは凛とした落ち着きが感じられる。
「どうかされましたか?」
少女が再び口を開く。
(この娘、いつの間に……)
驚くべきはこの少女が、その気配を気付かれる事なく、俺達の眼前に佇んでいたという事実である。
(こいつ、只者じゃねぇな……)
「いや、町長の護衛を募集してるって聞いてな。俺達二人、そいつに応募する為に今し方ここに着いたんだけど」
「そうでしたか、それは失礼致しました。それでは身分証を拝見しても宜しいでしょうか?」
「あ……はい」
「ど、どうぞ」
俺とラリアは少女から視線を外しながらそれぞれの身分証を手渡した。身分証に目を落とした少女がチラリと俺達の顔を覗く。
「アブアブ丸様とポチ様ですか」
「はい、アブアブ丸です」
「……ポチです」
返事をしながら、更に遠くを見つめる様に少女から視線を外す。
「……どうぞ、お入りください」
そう言って、俺達の顔を交互に見ながら、少女は門を開けた。
門を潜って俺達の目に飛び込んできたのは、花が咲き乱れている広大な庭とその先にそびえる巨大な金色の建物であった。庭の中央には噴水が設置されており、涼しげで爽やかな雰囲気を演出している。
前を歩いている少女が振り返り口を開いた。
「申し遅れましたが、私メドル様に仕えるメイドをしておりますソーファと申します。今からお二人を試験会場までご案内いたします」
ソーファはそう言って再び前を向き、淡々と歩き始めた。
ソーファに案内されて辿り着いたのは先程目にした金色の建物ではなく、同敷地内にある木造の大きな平屋の建物であった。
「もう暫くの後に試験が始まりますので、こちらでお待ちください」
それだけ告げるとソーファは背中を向け、建物を後にした。
建物の中に入ると先に着いていたであろう、数十名の応募者達の姿があった。どいつもこいつも血の気の多そうな厳つい顔をした連中ばかりである。
「おいおい、『護衛』と言うより『山賊』って感じのツラした奴らばかりじゃねーか」
「ねえ、もしかして女の応募者って私だけなんじゃないの?」
他の応募者達の様子を見回していたその時、背後から声が掛かった。
「おいおい、なんだ。ガキが混ざってるじゃねーかよ」
振り返るとモヒカン頭に無精髭が印象的な、関取の様な体格をした巨漢の男が腕を組み、ニヤニヤしながらこちらを見下ろしている。
「何よアンタ、いきなり」
ラリアがムッとした表情で男を見る。
「あん?お前らオレを知らんとは余所者だな?オレの名はバンゴ。この町最強の男だ」
「え、ダンゴ?」
「バ・ン・ゴだ!おい。ここはガキの遊び場じゃねぇ。オレみたいな強い男にしか務まらない場所だ。悪いことは言わねえから、とっとと帰んな」
そう言ってバンゴは右腕で力こぶを作り、口角を上げたキメ顔をこちらに向けた。
「なんかまた、愉快な脳筋おバカさんが出てきたな。緊張が解れる」
「ホント、和むわね」
テンプレな台詞に微笑ましさを覚えつつ、俺とラリアは穏やかな表情でバンゴを見つめた。
「お、おい!何和んでんだ⁉︎お前らアレだぞ!あ、あんまりナメてっと後でアレだぞ!」
残念な語彙力で必死にアピールしようとするバンゴを穏やかに見守っていたその時、乾いた落ち着きのある男の声がバンゴの声を遮った。
「少し、静かにしててもらえぬか。集中出来ぬではないか」
声の方に視線を向けると、黒い簡素な道着に身を包み、長い白髪を後頭部で束ね、筆の様に滑らかな白い髭をたくわえた初老の男が坐禅を組みながら、哀愁を帯びた鋭い眼光をこちらに向かって放っていた。
「あ、あれはタムジじゃねぇか」
バンゴが驚いた様子で声を上げる。
「え!タムジだって⁉︎」
「ウソ!どこどこ⁉︎」
「うわっ本物だ!オレサイン貰おうかな」
バンゴの声によりタムジの存在に気が付いた他の応募者達がざわめき出す。
「ねぇバンゴ、タムジって誰?」
「ウソ、お前らタムジ知らねぇのか⁉︎王国陸軍に所属していた男だよ!現役を退いた今でも勇者並みに強いって噂だ!」
バンゴがウキウキした様子で嬉しそうに返答する。
「皆様、お待たせ致しました」
涼しげな声が通り抜け、騒ついた会場内が静まり返る。声の先にはソーファが凛とした表情で佇んでいた。
(この娘は、またいつの間に建物内に入って来たんだ?)
ソーファが淡々とした口調で続ける。
「皆様、本日は私達の主人、メドル様の護衛の任に就く為、ご足労頂き誠にありがとうございます。しかしながら誠に恐縮なのですが、些か人数の方が多いようで御座いますので、僭越ながら私の方で篩に掛けさせて頂きます。それでは、参ります」
そう言い終わった次の瞬間、ソーファから鋭い殺気が放たれ、身体中を無数の針で突かれるような、鋭い痛みに似た感覚が全身を貫いた。
「ぐわっ」
「がはっ」
殺気の圧力に耐えられない者達が、バタバタと床に崩れ落ちる。数秒間の出来事であったが、先程まで数十人居た応募者達の中で立っていられた者は、ものの数人であった。
「ぐっ。い、今のは何なんだ……」
バンゴが頭を押さえながら膝をつく。
「ただの殺気よ」
「ああ、なかなかの物だったな」
突き刺すような殺気の中、涼しげな顔で、平然と立っている俺とラリアを見たバンゴが驚きの声を上げる。
「お、お前ら何でそんなに涼しい顔して立ってられるんだよ?」
「何でって言われてもなぁ」
「普通よねぇ」
顔を見合わせて不思議がる俺達を見て、バンゴが驚愕と呆れが混ざり合った様な表情を見せる。
現在立っている者は俺とラリアとバンゴ、そしタムジと数名の男達だけとなっている。
「……7名ですか、意外と残りましたね。それではこちらの部屋にどうぞ」
変わらず凛とした表情を崩さないまま、ソーファは俺達7名を隣の部屋へと案内する。
案内された部屋は30畳程のだだっ広い簡素な板間になっており、次の部屋へと続く簡素な作りとなっていた。
「それでは、ここに居る7名の方に採用試験の方を受けて頂きます。まず、先だって我が主人メドル様からのお言葉をお伝えさせて頂きます。『オレの護衛に半端者は要らん』との事でした。」
「なんだと!」
「ナメやがって!」
他の応募者達から野次が飛ぶ。それらを意に返さず、ソーファが淡々と続ける。
「そういう事ですので、私も厳しめに試験をさせて頂きます。合格条件はそうですねぇ、『私に一撃入れる』っていう事でいかがてしょうか」
そう言ってソーファが、静かに拳を構えた。
「あの姉ちゃんに一撃入れればいいのか。だったらオレでも……」
「バンゴ、あんたはやめといた方がいいわよ」
「そうだな、町一番のケンカ自慢程度が勝てる相手じゃねーな、ありゃ」
やる気になっていたバンゴを俺とラリアが制止する。
「な、なんだよ。あの姉ちゃん、そんなにヤバイのか?」
「だったらワシが先に行かせてもらおう」
静かにそう言ったタムジがゆっくりと歩を進め、ソーファと距離を置いて対峙する。
「では、行くぞ!」
気合を込めた言葉を放ち、タムジが勢いよく飛びかかる。左右に体を素早く振り、的を絞らせない様にしながらソーファへの距離を一気に縮めた。その素早い左右の動きは、まるでタムジが二人いると錯覚させる程であった。
「喰らえぃ!」
その素早い動きから、タムジがソーファを仕留めんと拳を繰り出した次の瞬間ーー
ーードゴォッ!
低く鈍い音が部屋中に響き渡り、タムジが膝を折りながら、前のめりに倒れこんだ。床に突っ伏し、動かなくなったタムジを数秒間の見つめた後、ソーファが凛とした表情そのままに、こちらへと向き直る。
「タムジ様は失格ですね。では、次の方どうぞ」
「え、おい。嘘だろ?タムジがパンチ一撃で……」
驚愕の表情で呟くバンゴに俺とラリアが声を掛ける。
「今のが一撃に見えたんなら、お前はマジでここで帰った方がいい」
「え?どういうことだ?」
「三発よ。恐ろしく早い突きが寸分違わずに水月に三発」
「因みに、『左、左、右』の三連打だ。左で丁寧に距離を計って右をズドンって感じだったな。まあ、あんなのがまともに入れば普通は立てんわな」
「そんな、どう見ても一発にしか見えなかったぞ」
「まあ悪いことは言わないから、お前はここでリタイアしとけ。さーてと、じゃあ次は俺が行こうかな」
そう言って、軽く屈伸運動をする俺にラリアが少し心配そうな表情を向ける。
「あの娘相当な使い手よ。どう戦う気なの、アブアブ丸?」
「そうだなー。あれだけ速い相手だと、ある程度近接戦をして隙を作らないと、こっちの攻撃は当たらんだろうな」
「近接戦?アブアブ丸が?」
「まあ見てなって」
ニヤリとと不敵な笑みを浮かべる俺に、ソーファが視線を向ける。
「お次は、アブアブ丸様でよろしいですか」
「ああ、よろしく頼むよ」
俺はゆっくりと歩き出し、ソーファと五メートル程の距離を保って対峙する。
両者の間を重い静寂が満たし、水を打ったようなその静けさは、まるでこの建物の中には二人しか居ないと錯覚させる様であった。
「それでは、参ります」
ソーファの涼しげな声が、深閑とした空間の中で、静かに響いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる