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第10話 二度目
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涼しげな声が耳に届いた次の瞬間、ソーファは五メートル程あった俺との距離を一瞬で縮め、先程タムジを瞬殺したその凶拳を俺の鳩尾へと振りかざした。
そのあまりの素早さは、まるでソーファが転移魔法でも使ったのかと錯覚してしまう程であり、俺の予想をはるかに上回るものであった。
「うおっ!」
声を上げながら、何とかサイドステップで拳を躱した俺の頭に向かって、ソーファは躊躇うことなく首ごと刈り飛ばす程の豪快な回し蹴りを撃ち放つ。
その上段に放たれた死神の凶鎌の様な回し蹴りを屈んで躱す俺の動きに合わせて、待ってましたとばかりに今度は反対の足からの下段回し蹴りが飛んでくる。
「くっそ!」
屈んだ動きを狙い撃ちされた事に悔しさと、久しぶりの強敵との戦闘を楽しむ嬉しさを覚えながら、俺はその場で跳躍し、ギリギリのところで下段の回し蹴りを躱した。
ソーファが冷静に凛とした表情を保ったまま、跳躍した俺へと視線を向ける。
『空中では避けれないですよね』
まるで俺にそう語りかけているかの様な表情で、ソーファが宙にいる俺に向けて拳を放つ。
『バーカ、わざとだよ』
ニヤリと笑い、表情でそう返した俺は、ソーファの拳に被せる様に掌底を放ちカウンターを取りにいく。両者の攻撃が空中で交錯する。
ーーパァンッ!!
俺もソーファも紙一重のところでお互いの攻撃を躱し合い、空振ったそれぞれの豪拳が、その拳圧にて空気を弾き、炸裂音を奏でた。
俺は着地と同時に後方へ跳びのき、再びソーファと距離をとる。
「いやぁ、実際に対峙してみると分かるけど、アンタの技、実際に受けてみるとかなりヤバイな。特に初撃の突き、あれにはゾッとしたわ」
実際にソーファの攻撃は想像以上に鋭いものであり、身体をかすめる度に鳥肌が立つ。
生前の魔王の体力と魔力を引き継いでいるとはいえ、魔王の頃に比べると、遥かに脆弱な人間の身体である。一撃でもまともに貰えば、無事では済まないだろう。
「なかなかやりますね、アブアブ丸様。正直少し驚いています」
ソーファがあいも変わらず、涼しげな表情のままこちらを見ている。
「そんな涼しげな顔で言われてもなぁ。まあ、俺も少し感が戻ってきたところだ。こっからが本番だぞ」
「そうですか。では参ります」
ソーファの言葉を戦闘の合図に、俺達は再び壮絶な格闘戦を繰り広げる。
「あの、姐さん……」
バンゴが呆然と立ち尽くしながらラリアに声を掛けた。
「あ、姐さん?それ私の事?」
自分の顔を指差し、怪訝な表情で尋ね返すラリアにバンゴが続ける。
「あの二人、一体どうなってるんです?速すぎて何が起こってるのか全然分かんねぇ……」
「え?見えてないの?」
「……全く」
肩を落とすバンゴに、ラリアがため息をつきながら面倒くさそうに解説を始める。
「二人とも突きと蹴りの応酬で、お互いにクリーンヒットは無し。ただ、内容的には6:4であのソーファって娘が押してるわね」
「え⁉︎アブアブ丸の兄貴、押されてるんですか⁈」
「いつアイツがアンタの兄貴になったのよ……そうねぇ、アブアブ丸が一発撃つのに対して、あの娘は三発返してるって感じね」
「そんな!ピンチじゃないですか!」
「ん?大丈夫よ。アブアブ丸、まだ本気出してないから」
「え?」
「アイツ、魔道士なの。まだ一発も魔法を出してないでしょ。だから大丈夫よ」
「はあ~っ!⁇」
バンゴが目を見開きながら驚き、大声を上げる。
「それは流石に嘘ですよね⁈あれだけの格闘戦をしておいて魔道士だなんて……」
「本当よ。ほら、腰の所に杖挿してるでしょ」
「……ほ、本当だ」
絶句するバンゴを一瞥して、ラリアは再び俺達二人の戦闘へと視線を移した。
「でも、もしかしたら……アブアブ丸、魔法を使わずに勝つ気なのかもしれない」
「えっ⁈」
バンゴが再び絶句し、素っ頓狂な声を上げた。
ーーパァンッ!!
再び空を弾いた炸裂音が鳴り響く。俺とソーファは最初に対峙した時のように距離をとって向かい合った。
ソーファが俺を睨みつける。
「アナタ魔道士ですよね?どうして魔法を使わないんですか?馬鹿にしているのですか?」
「いやいや、馬鹿にしてるつもりはねーよ。アンタとは敬意をもって戦ってる。不快にさせしまったのなら謝るよ」
「余裕ですね。でも……」
ソーファがラリア達へと視線を向ける。
「私はアナタの他に、あと五名の相手をしなくてはなりません。時間も限られていますし、次で決めさせてもらいます」
そう言って、ソーファは両の手を拳のまま突き出し、体の全面で腕を交差させる。
(この構え……)
ソーファのその動きに、俺は妙な既視感を覚える。
(前に、どこかで……)
「それでは、参ります」
腕を交差させた独特な構えのまま、真正面からソーファが突っ込んでくる。
ソーファとの距離が縮まるにつれて、俺の頭の中に、ある記憶が徐々に思い起こされる。生前の、俺がまだ魔王としての生を送っていた頃の記憶だ。
俺と対峙する勇者一行。その内の一人の男が腕を交差させながら、一直線に突っ込んで来る。迎撃するべく放った俺の魔法をことごとく躱しながら、男は俺の眼前まで距離を縮め、叫んだ。
「喰らえ!魔王!!」
男がそう叫んだ次の瞬間、無数の拳の弾幕が俺に襲いかかった。神速で繰り出される拳は残像を伴い、視覚的には重なり合った手首を中心に、無数の拳の軌道が放射状に伸びている様に見え、その様はまるで千の花びらが咲き乱れるかの様であった。
(綺麗な技だ)
そう感じた次の瞬間、無数の拳によって刻まれたダメージが身体全体を襲い、俺は地に膝をついたのであった。
一瞬にして昔の記憶が頭の中を駆け巡った。
「俺、昔あの技喰らったことあるな……確か名前は……」
凛とした表情そのままに、眼前に迫ったソーファがポツリと呟く。
「……千光烈花」
ソーファの交差された腕から、あの時と同じ様に、無数の拳が俺を叩き潰さんと無慈悲な放射状の光となって放たれる。
俺はゆっくりと息を吐き、ソーファの拳へと全神経を集中させる。限界まで研ぎ澄まされた集中力によって、周囲の物理運動を置き去りに、自分だけが違う時間の流れの中に居る感覚を覚えながら、 俺の目はソーファの初撃を捉えた。
(例え同時攻撃に見える程の神速であっても、所詮は一発、一発の連打。その初撃を……弾く!)
ーーパァンッッ!!!
俺は左の掌底でソーファの初撃、右の拳を跳ね上げた。
「なっ⁈」
ソーファが目を見開き、本日初めての動揺を伺わせながら表情を崩す。
「もらったぁ!」
その一瞬の隙をつき、右腕をソーファの眼前に突き出した俺は、無防備になったその額に渾身のデコピンを放った。
ーーぺシッ!
「いたっ」
額を両手で押さえながら、ソーファがその場に屈み込む。
「いよっし!」
「いや、デコピンってアンタ……」
ガッツポーズを決める俺を見ながら、ラリアが呆れた様子でポツリと呟く。
(しかし、前世の記憶がこんな所で役に立つとは。初見なら確実にやられていた。世の中何がどこで使えるか分からんものだな。)
内心ドキドキしながら、ガッツポーズを収めたところで、ソーファが額を擦りながらゆっくりと立ち上がる。
「アブアブ丸様、合格です。……こちらにどうぞ」
涙目で俺の顔を睨みながら、ソーファが指差したその先には次の部屋へと続く扉が佇んでいる。どうやら、扉を潜れと言うことらしい。
「どーも」
ソーファに一言そう言って、俺はラリアに話しかける。
「先に向こうで待ってるわ。まあ、無理せずボチボチやれよ」
「なーに言ってんのよ。すぐに行くから、お利口に待ってなさい」
親指を立てながら、ラリアが満面の笑みで応える。
「はいよー」
ラリアに向けて、背中越しに手を振った俺は、一足先に次の部屋へと足を踏み入れた。
通された部屋の中には簡素な木造のテーブルと椅子が一脚置いてあり、そのテーブルの上にはポットに入った数種類の飲み物とサンドイッチ等の軽食、そして数冊の本が置かれている。
「試験が終わるまでここで寛いで下さいって感じか。椅子が一脚しかないのは、合格者を複数名出すつもりはないって事かな」
俺は椅子に腰掛けてコーヒーを注ぎ、一口口にした。
「ほー。なかなかいい豆使ってんじゃん」
そう呟いて、今しがた来たばかりの扉に目を向ける。隣の部屋の音が全く聞こえない。おそらく、防音仕様になっているのだろう。
(ラリアの実力であれば、いくらあの娘が強者といっても、一撃入れる事はそう難しくないはず。だが、無傷でとはいかないかもしれないな……)
「あいつ、怪我しなけりゃいいけどな」
俺は再びコーヒーを啜った。
二杯目のコーヒーを飲み終え、テーブルの上のサンドイッチもなくなり掛けたその時、試験部屋へと続く扉がガチャリと開き、ラリアがひょいと顔を覗かせた。その表情には若干の疲れが見えている。
「おお、ラリ……じゃなくて、ポチお疲れ。まあまあ時間掛かったな」
「私の前に二人先に行ったからね。まあ、二人とも秒殺されてたけど。あ!サンドイッチ食べてる!ズルイ!私のは⁉︎」
「あ、ゴメン。これ、最後の一つ。食いかけで良ければやるけど」
ラリアは無言で俺に近づくと、サンドイッチを奪い取る様に取り上げ、一口で平らげた。
「んで、試験はどうだったんだ?」
「クリア条件が一撃入れればオッケーだからね。そんなに苦戦はしなかったわよ。まあ、実戦であの娘とやり合うことになったらどうなるか分からないけど」
「ふーん、そうか。ん、お前、その左手首……」
「ああ、これね……」
ラリアが左腕を胸の高さまで上げ、ひしゃげた籠手を俺に見せつける。
「……怪我したのか?」
「大丈夫、軽い打撲よ。ほら、あの娘素早いじゃない?長期戦になったら面倒だと思ったから、相手の初撃に合わせて防御は無視して攻撃したの」
「相打ち狙いってことか……」
「まあね。でも大丈夫よ。受ける寸前に当たるポイントはズラしたし、任務に支障は……」
そう話すラリアの額を、俺は手刀で小突いた。
「あいたっ!ちょっと何すんのよ⁈」
呆気にとられているラリアの顔を指差して、俺はゆっくりと口を開いた。
「その相打ち狙いの戦い方、実戦じゃないからといってホイホイ使ってたら癖になるぞ。今回は軽い打撲で済んだかもしれないけど、一歩間違えたら致命傷を負うことになるかもしれん。そうなった時、実戦で待ち受けているのは確実な死だ。お前はもう一人じゃなくて、俺とパーティー組んでんだ。そこんとこ、もう少し自覚しろよな」
「あ、うん。ごめん……」
ラリアが額を擦りながら、申し訳なさそうに呟いた。
「お待たせ致しました」
いつもの事ながら、いつのまにか部屋に入っているソーファが、俺達を見ながら扉の横に佇んでいた。
「アブアブ丸様、ポチ様、合格おめでとうございます。お二人共、我が主人の護衛に見合うだけの実力をお持ちでした。特に……」
ソーファが俺の顔を見据える。
「アブアブ丸様には驚かされました。まさか、千光烈花を破られるとは……正直かなりショックです」
「まあ、あの技前に見た事があるからな。初見だったら確実に喰らってたよ。てか、最初に見た時には実際喰らったしな」
ソーファが驚きの表情を浮かべる。
「それは、一体いつ、どこで?」
「あ、いやー……あんまりにも昔の事でちょっと覚えてないというか、記憶が曖昧というか……まあ、とにかく!あの技はスゲーよ。アレを初見で破れる奴はそうそう居ないし、俺がアレを破れたのはただラッキーだっただけってこと!」
辿々しく、無理矢理に話を終わらせた俺をラリアとソーファが怪訝な顔出見つめる。
「まあ、いいでしょう……それでは、お二人を我が主人、メドル様の元に案内させて頂きます。詳しい任務の内容はそちらでご説明致します」
そう言って、ソーファは踵を返し、後を付いて来るよう俺達を促す。
こうして、無事に試験を突破した俺達は、いよいよ『魔王隠し』の関係者と思われる人物、メドル・ショーパムと相見える事になったのであった。
そのあまりの素早さは、まるでソーファが転移魔法でも使ったのかと錯覚してしまう程であり、俺の予想をはるかに上回るものであった。
「うおっ!」
声を上げながら、何とかサイドステップで拳を躱した俺の頭に向かって、ソーファは躊躇うことなく首ごと刈り飛ばす程の豪快な回し蹴りを撃ち放つ。
その上段に放たれた死神の凶鎌の様な回し蹴りを屈んで躱す俺の動きに合わせて、待ってましたとばかりに今度は反対の足からの下段回し蹴りが飛んでくる。
「くっそ!」
屈んだ動きを狙い撃ちされた事に悔しさと、久しぶりの強敵との戦闘を楽しむ嬉しさを覚えながら、俺はその場で跳躍し、ギリギリのところで下段の回し蹴りを躱した。
ソーファが冷静に凛とした表情を保ったまま、跳躍した俺へと視線を向ける。
『空中では避けれないですよね』
まるで俺にそう語りかけているかの様な表情で、ソーファが宙にいる俺に向けて拳を放つ。
『バーカ、わざとだよ』
ニヤリと笑い、表情でそう返した俺は、ソーファの拳に被せる様に掌底を放ちカウンターを取りにいく。両者の攻撃が空中で交錯する。
ーーパァンッ!!
俺もソーファも紙一重のところでお互いの攻撃を躱し合い、空振ったそれぞれの豪拳が、その拳圧にて空気を弾き、炸裂音を奏でた。
俺は着地と同時に後方へ跳びのき、再びソーファと距離をとる。
「いやぁ、実際に対峙してみると分かるけど、アンタの技、実際に受けてみるとかなりヤバイな。特に初撃の突き、あれにはゾッとしたわ」
実際にソーファの攻撃は想像以上に鋭いものであり、身体をかすめる度に鳥肌が立つ。
生前の魔王の体力と魔力を引き継いでいるとはいえ、魔王の頃に比べると、遥かに脆弱な人間の身体である。一撃でもまともに貰えば、無事では済まないだろう。
「なかなかやりますね、アブアブ丸様。正直少し驚いています」
ソーファがあいも変わらず、涼しげな表情のままこちらを見ている。
「そんな涼しげな顔で言われてもなぁ。まあ、俺も少し感が戻ってきたところだ。こっからが本番だぞ」
「そうですか。では参ります」
ソーファの言葉を戦闘の合図に、俺達は再び壮絶な格闘戦を繰り広げる。
「あの、姐さん……」
バンゴが呆然と立ち尽くしながらラリアに声を掛けた。
「あ、姐さん?それ私の事?」
自分の顔を指差し、怪訝な表情で尋ね返すラリアにバンゴが続ける。
「あの二人、一体どうなってるんです?速すぎて何が起こってるのか全然分かんねぇ……」
「え?見えてないの?」
「……全く」
肩を落とすバンゴに、ラリアがため息をつきながら面倒くさそうに解説を始める。
「二人とも突きと蹴りの応酬で、お互いにクリーンヒットは無し。ただ、内容的には6:4であのソーファって娘が押してるわね」
「え⁉︎アブアブ丸の兄貴、押されてるんですか⁈」
「いつアイツがアンタの兄貴になったのよ……そうねぇ、アブアブ丸が一発撃つのに対して、あの娘は三発返してるって感じね」
「そんな!ピンチじゃないですか!」
「ん?大丈夫よ。アブアブ丸、まだ本気出してないから」
「え?」
「アイツ、魔道士なの。まだ一発も魔法を出してないでしょ。だから大丈夫よ」
「はあ~っ!⁇」
バンゴが目を見開きながら驚き、大声を上げる。
「それは流石に嘘ですよね⁈あれだけの格闘戦をしておいて魔道士だなんて……」
「本当よ。ほら、腰の所に杖挿してるでしょ」
「……ほ、本当だ」
絶句するバンゴを一瞥して、ラリアは再び俺達二人の戦闘へと視線を移した。
「でも、もしかしたら……アブアブ丸、魔法を使わずに勝つ気なのかもしれない」
「えっ⁈」
バンゴが再び絶句し、素っ頓狂な声を上げた。
ーーパァンッ!!
再び空を弾いた炸裂音が鳴り響く。俺とソーファは最初に対峙した時のように距離をとって向かい合った。
ソーファが俺を睨みつける。
「アナタ魔道士ですよね?どうして魔法を使わないんですか?馬鹿にしているのですか?」
「いやいや、馬鹿にしてるつもりはねーよ。アンタとは敬意をもって戦ってる。不快にさせしまったのなら謝るよ」
「余裕ですね。でも……」
ソーファがラリア達へと視線を向ける。
「私はアナタの他に、あと五名の相手をしなくてはなりません。時間も限られていますし、次で決めさせてもらいます」
そう言って、ソーファは両の手を拳のまま突き出し、体の全面で腕を交差させる。
(この構え……)
ソーファのその動きに、俺は妙な既視感を覚える。
(前に、どこかで……)
「それでは、参ります」
腕を交差させた独特な構えのまま、真正面からソーファが突っ込んでくる。
ソーファとの距離が縮まるにつれて、俺の頭の中に、ある記憶が徐々に思い起こされる。生前の、俺がまだ魔王としての生を送っていた頃の記憶だ。
俺と対峙する勇者一行。その内の一人の男が腕を交差させながら、一直線に突っ込んで来る。迎撃するべく放った俺の魔法をことごとく躱しながら、男は俺の眼前まで距離を縮め、叫んだ。
「喰らえ!魔王!!」
男がそう叫んだ次の瞬間、無数の拳の弾幕が俺に襲いかかった。神速で繰り出される拳は残像を伴い、視覚的には重なり合った手首を中心に、無数の拳の軌道が放射状に伸びている様に見え、その様はまるで千の花びらが咲き乱れるかの様であった。
(綺麗な技だ)
そう感じた次の瞬間、無数の拳によって刻まれたダメージが身体全体を襲い、俺は地に膝をついたのであった。
一瞬にして昔の記憶が頭の中を駆け巡った。
「俺、昔あの技喰らったことあるな……確か名前は……」
凛とした表情そのままに、眼前に迫ったソーファがポツリと呟く。
「……千光烈花」
ソーファの交差された腕から、あの時と同じ様に、無数の拳が俺を叩き潰さんと無慈悲な放射状の光となって放たれる。
俺はゆっくりと息を吐き、ソーファの拳へと全神経を集中させる。限界まで研ぎ澄まされた集中力によって、周囲の物理運動を置き去りに、自分だけが違う時間の流れの中に居る感覚を覚えながら、 俺の目はソーファの初撃を捉えた。
(例え同時攻撃に見える程の神速であっても、所詮は一発、一発の連打。その初撃を……弾く!)
ーーパァンッッ!!!
俺は左の掌底でソーファの初撃、右の拳を跳ね上げた。
「なっ⁈」
ソーファが目を見開き、本日初めての動揺を伺わせながら表情を崩す。
「もらったぁ!」
その一瞬の隙をつき、右腕をソーファの眼前に突き出した俺は、無防備になったその額に渾身のデコピンを放った。
ーーぺシッ!
「いたっ」
額を両手で押さえながら、ソーファがその場に屈み込む。
「いよっし!」
「いや、デコピンってアンタ……」
ガッツポーズを決める俺を見ながら、ラリアが呆れた様子でポツリと呟く。
(しかし、前世の記憶がこんな所で役に立つとは。初見なら確実にやられていた。世の中何がどこで使えるか分からんものだな。)
内心ドキドキしながら、ガッツポーズを収めたところで、ソーファが額を擦りながらゆっくりと立ち上がる。
「アブアブ丸様、合格です。……こちらにどうぞ」
涙目で俺の顔を睨みながら、ソーファが指差したその先には次の部屋へと続く扉が佇んでいる。どうやら、扉を潜れと言うことらしい。
「どーも」
ソーファに一言そう言って、俺はラリアに話しかける。
「先に向こうで待ってるわ。まあ、無理せずボチボチやれよ」
「なーに言ってんのよ。すぐに行くから、お利口に待ってなさい」
親指を立てながら、ラリアが満面の笑みで応える。
「はいよー」
ラリアに向けて、背中越しに手を振った俺は、一足先に次の部屋へと足を踏み入れた。
通された部屋の中には簡素な木造のテーブルと椅子が一脚置いてあり、そのテーブルの上にはポットに入った数種類の飲み物とサンドイッチ等の軽食、そして数冊の本が置かれている。
「試験が終わるまでここで寛いで下さいって感じか。椅子が一脚しかないのは、合格者を複数名出すつもりはないって事かな」
俺は椅子に腰掛けてコーヒーを注ぎ、一口口にした。
「ほー。なかなかいい豆使ってんじゃん」
そう呟いて、今しがた来たばかりの扉に目を向ける。隣の部屋の音が全く聞こえない。おそらく、防音仕様になっているのだろう。
(ラリアの実力であれば、いくらあの娘が強者といっても、一撃入れる事はそう難しくないはず。だが、無傷でとはいかないかもしれないな……)
「あいつ、怪我しなけりゃいいけどな」
俺は再びコーヒーを啜った。
二杯目のコーヒーを飲み終え、テーブルの上のサンドイッチもなくなり掛けたその時、試験部屋へと続く扉がガチャリと開き、ラリアがひょいと顔を覗かせた。その表情には若干の疲れが見えている。
「おお、ラリ……じゃなくて、ポチお疲れ。まあまあ時間掛かったな」
「私の前に二人先に行ったからね。まあ、二人とも秒殺されてたけど。あ!サンドイッチ食べてる!ズルイ!私のは⁉︎」
「あ、ゴメン。これ、最後の一つ。食いかけで良ければやるけど」
ラリアは無言で俺に近づくと、サンドイッチを奪い取る様に取り上げ、一口で平らげた。
「んで、試験はどうだったんだ?」
「クリア条件が一撃入れればオッケーだからね。そんなに苦戦はしなかったわよ。まあ、実戦であの娘とやり合うことになったらどうなるか分からないけど」
「ふーん、そうか。ん、お前、その左手首……」
「ああ、これね……」
ラリアが左腕を胸の高さまで上げ、ひしゃげた籠手を俺に見せつける。
「……怪我したのか?」
「大丈夫、軽い打撲よ。ほら、あの娘素早いじゃない?長期戦になったら面倒だと思ったから、相手の初撃に合わせて防御は無視して攻撃したの」
「相打ち狙いってことか……」
「まあね。でも大丈夫よ。受ける寸前に当たるポイントはズラしたし、任務に支障は……」
そう話すラリアの額を、俺は手刀で小突いた。
「あいたっ!ちょっと何すんのよ⁈」
呆気にとられているラリアの顔を指差して、俺はゆっくりと口を開いた。
「その相打ち狙いの戦い方、実戦じゃないからといってホイホイ使ってたら癖になるぞ。今回は軽い打撲で済んだかもしれないけど、一歩間違えたら致命傷を負うことになるかもしれん。そうなった時、実戦で待ち受けているのは確実な死だ。お前はもう一人じゃなくて、俺とパーティー組んでんだ。そこんとこ、もう少し自覚しろよな」
「あ、うん。ごめん……」
ラリアが額を擦りながら、申し訳なさそうに呟いた。
「お待たせ致しました」
いつもの事ながら、いつのまにか部屋に入っているソーファが、俺達を見ながら扉の横に佇んでいた。
「アブアブ丸様、ポチ様、合格おめでとうございます。お二人共、我が主人の護衛に見合うだけの実力をお持ちでした。特に……」
ソーファが俺の顔を見据える。
「アブアブ丸様には驚かされました。まさか、千光烈花を破られるとは……正直かなりショックです」
「まあ、あの技前に見た事があるからな。初見だったら確実に喰らってたよ。てか、最初に見た時には実際喰らったしな」
ソーファが驚きの表情を浮かべる。
「それは、一体いつ、どこで?」
「あ、いやー……あんまりにも昔の事でちょっと覚えてないというか、記憶が曖昧というか……まあ、とにかく!あの技はスゲーよ。アレを初見で破れる奴はそうそう居ないし、俺がアレを破れたのはただラッキーだっただけってこと!」
辿々しく、無理矢理に話を終わらせた俺をラリアとソーファが怪訝な顔出見つめる。
「まあ、いいでしょう……それでは、お二人を我が主人、メドル様の元に案内させて頂きます。詳しい任務の内容はそちらでご説明致します」
そう言って、ソーファは踵を返し、後を付いて来るよう俺達を促す。
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