18 / 50
第18話 道化師と三人目
しおりを挟む
「ぶぐぁっはぁ!!」
豪快に壁へと叩きつけられたメドルが床へ倒れ込む。
「ば、馬鹿な。オレがソーファに……まだだ、まだこれから……」
「いいや、お前の負けだ」
俺は起き上がろうとするメドルの言葉を遮った。
「なんだと⁉︎」
「お前、バンクビーンズが何なのか知ってんのか?」
「そ、そりゃあ知ってるさ。魔力をくれる豆だろ」
「その認識はちょっと違う。バンクビーンズは宿主と魔力の貸し借りをする豆だ。メドル、お前は今バンクビーンズから魔力を借りてる状態だ。借りたからには当然返却が必要。それも利子を付けてな」
「利子だと⁈」
「そうだ。バンクビーンズは貸し与える魔力よりも、吸収時の方が多く魔力を要求する。今のお前は借りすぎだ。その魔力量、果たして利子付きで返済出来るかな?」
「魔力の返済だと⁈そんなの聞いてなっっ!ぐ、ぐぉお⁉︎」
メドルの身体から急速に魔力が減退していく。
「オ、オレの魔力がぁ!ぐがぁぁ」
「マオ、メドルが!」
「身体から急激に魔力が失われつつあるな。言わば、俺達が食らったドレインフィールドを自分も受けている様な状態だろう。どうする、ソーファ?このままだと、アイツやばいぜ」
「……例え仇であろうとも、目の前で誰かが死ぬ事を見過ごすことは出来ません。ロロイ様もきっとそうお考えになる筈です」
「了解した」
ソーファの意思を確認した俺は、メドルへ向けて魔力を送る。
「マオ、それって」
「ソーファの意向だ。俺の魔力をメドルに分けてやってんだよ。まあ、こいつには聞き出さなきゃいけない事もあるし、死なれても困るってのもあるけどな」
「そうですネ。このまま死なれては困りまス」
背後からする聞き慣れない声が俺の話を遮った。振り返った俺達の目先にはリベオン独特の黒いローブを纏い、不気味に笑う道化の面を付けた男が部屋の入り口に佇んでいた。
「何よアンタ⁉︎そのローブ、リベオン⁉︎」
ラリアが力なく立ち上がり剣を構え、ソーファも拳を握り直し臨戦態勢を見せる。
しかし、魔導士でもない二人にとって、メドルのドレインフィールドは思いのほかダメージが大きく、立っているのがやっとという状態であった。
「あらあら、お嬢さん方、そんなに構えないでくださいョ。ワタシはこそに這いつくばっている豚に用があるのですかラ」
そう言い終わった道化男がメドルに向かって手招きする。その動作に呼応し、まるで見えない力に引っ張られる様にしてメドルの身体が浮かび上がり、宙を舞った後、道化の男の前に放り出される様に着地した。
「ぐはぁっ」
着地の衝撃にてメドルが呻き悶える。そんなメドルの様子を意に返す事なく、道化男が淡々と続ける。
「アナタ、何勝手にバンクビーンズ使ってるんですかァ?それも商品の方ではなく、“新型”の方を。これはねェ、アナタみたいな豚が易々と使っていい物じゃないんでス。返して貰いますョ」
道化男の右手が青白く光りだす。
「ワタシの固有魔法『ペネトレーション』でス。大丈夫、痛くはありませン。では、行きますョ」
そう言い終えた道化男は徐ろに、仰向けになっているメドルの腹部へと、右手を振り下す。そしてその右手は、まるで湖に手を入れたがの如く、スルリと腹部を貫いた。
「うわぁぁあ!!手が!手が俺の腹に!!」
「ギャアギャアと喚かないで下さイ。痛くはないでしょウ?さてト、何処にあるかナ」
道化男がまるで鞄の中を漁る様な手つきで、メドルの腹に入れた右手をかき回した。
「止めろ!止めてくれぇ!」
「五月蝿い豚ですネ。おっと、あった、あっタ」
腹に突っ込んでいた右手を道化男がゆっくりと引き上げると、その指先にはメドルが先程口にした血の様に真っ赤に染まったバンクビーンズが握られていた。
「さてト、バンクビーンズも回収したし、後はこの豚を殺せば今日のお仕事は終わりですネ」
道化男の右手が魔力を帯び、赤黒く光りだす。
「ひぃっ、こ、殺さないでくれぇ」
「何を言ってるんですカ。勝手な事をしたアナタは罰を受けなければなりませン。では、サヨウナラ」
淡々と別れを告げた道化男が、赤黒い右手をメドルの頭目掛けて振り下ろす。
「ファイアーボール!」
道化男の右手がメドルの頭に届くよりも早く、俺が放ったファイアーボールが道化男の顔面を捉えた。
「ぐォッ⁉︎」
道化男の身体が仰け反る様にして弾き飛ばされ、激しく地面に叩きつけられる。
「おいこら、そこの道化師野郎。ソーファが死なせないって言ってんだ。勝手に殺そうとすんじゃねぇよ」
道化男がゆっくりと立ち上がる。
「何ダ、この黒いファイアーボールは?オマエ、何者ダ?」
「俺か?俺はマオ。ただの魔導士だよ。ほれ、退治してやるから、とっととかかって来いよ、道化師野郎」
「ガキが、調子に乗るなョ!」
俺への殺意を剥き出しにした道化男が、蛇の様に地を這いながら、凄まじい速度で俺へと迫り来る。
「気持ち悪りぃ動きしやがって。ファイアーボール!」
俺が連続で繰り出すファイアーボールを道化男が身体を捩らせながら躱してみせる。
「どうしたノ?キレが無いネ。そんなんじゃ当たらないョ。じゃあ、今度はワタシの番!」
ファイアーボールの爆炎を搔い潜り、俺の眼前へと迫った道化男が、先程メドルへ向けた赤黒い魔手を俺の顔面に向かって突き上げる。
「バーカ、動きが見え見えなんだよ!ほら、カウンターをくれてやる!」
道化男の右手と交差する様に、俺も右の拳を道化男の顔面目掛けて叩き込む。タイミングは完璧、俺の拳の方が先に当たるはずであった。しかしーー
「固有魔法『ペネトレーション』」
カウンター気味に当たるはずであった俺の拳がスルリと道化男の顔面を擦り抜ける。
「なっ⁉︎」
「さア、死になさイ」
ーーバシュッ!
道化男の右手が俺の頬を掠める。
「ホー、首を捻って避けましたカ。顔に風穴を開けるつもりだったのですがネ」
ギリギリのところで攻撃を躱した俺は、後ろへ飛びのき道化男と距離をとった。
「何だよお前、手以外も擦り抜けるのかよ。面倒くせぇ魔法使うじゃねーか」
「気に入って頂けましたカ?ワタシのペネトレーション」
「ああ、『身体の魔質化』か。ふざけた面して、なかなか上級テク持ってるじゃねーかよ」
「!!……二度見ただけで見破るとハ……アナタ、ホントに只者じゃないですネ」
「マオ、魔質って?」
「魔質ってのは魔法を構成している元になってる物質の事だよ。まあ、ざっくりと言うと、魔法の材料だ。アイツのペネトレーションのは自分の身体を魔質に変換して物質を透過出来るようにしてるって原理だな」
「いヤー、素晴らしい慧眼でス。ここで殺すのは惜しいですネ」
「おい道化師野郎、お前何でこんな使い方してんだ?」
「それハ、どういう意味ですカ?」
「身体の魔質化なんて、そうそう出来るものじゃねぇ。天才の中の一握りの奴にしか出来ない芸当だ。正直、こんな高等技術を『身体の透過』に使うなんて勿体なさすぎるぜ」
「見たいからですョ」
「はぁ?」
「ワタシはねェ、見たいんですよ。人が絶望した時に見せる極上の顔を!アナタも見たでしょう!あの豚が腹に手を突っ込まれた時の、あの顔!あの恐怖と絶望に満ち溢れた表情!ああ、堪らなイ!空腹の絶頂時に口にする甘美な果実の一滴が全身に染み渡る様な、あの感覚!ああぁ、ヤメラレナイ」
道化男が身震いしながら、艶かしい声を発する。
「……この変態道化師が。魔族よりお前の方がよっぽど非人道的だな」
「このペネトレーションは人を絶望させるにはもってこいの魔法ですからねェ。ワタシへの攻撃は当たらず、相手だけを蹂躙する事が出来ル。さア、アナタも味わいなさい!ワタシが贈る、最高の絶望を!!」
狂った様に叫びながら、道化男が俺に向かって襲いかかる。その狂気に満ちた仮面に向かって、俺は再び拳を放った。
「無駄ですョ!どんな攻撃もワタシのペネトレーションの前では無意味ッ、ぐはぁあアっ!!」
透過すると思われていた俺の拳が完璧に道化男の顔面を捉え、彼の身体を壁際まで吹き飛ばした。
「ぐっ、な、何故でス……何故アナタの拳がワタシの顔に……」
「あ、言い忘れてたけど、俺も出来るんだよね、身体の魔質化」
「なッ?」
「魔質同士ならば透過は起こらない。お前のペネトレーションは封じたぜ」
「ククク、素晴らしイ」
道化男が顔を押さえたまま、ゆっくりと立ち上がる。
「ああ、素晴らしいョ、キミ。ホントにこれ以上やると、抑えきれなくなるじゃないカァ」
道化男の顔から黒い靄の様な物が発せられ、それと同時に凄まじい殺気と嫌悪感が俺を襲った。
それを見た瞬間、体の芯から震える様な感覚に見舞われ、俺はその場に立ち尽くした。ただの魔力ではない。嫉妬と憎悪と絶望、この世のあらゆる負の感情がそこに集められているのではないかと思わせる程の、圧倒的な闇黒。
ーーこいつ、やばい。
「テメェ、何だその禍々しい魔力は……」
俺の額から汗が流れ落ちる。
「あァ、ダメダメ。今日は我慢しなくちャ。マオ君と言ったねネ。キミに免じて、その豚は殺さないでおいてあげるョ。その代わり、次に会う時には、もっともっと楽しませておくレ」
道化男は不気味にそう言い放ち、壁に溶けるように姿をくらました。
「終わった……の?」
憔悴しきった表情でラリアが呟く。
「ああ、奴の気配が完全に消えたからな」
俺はゆっくりと息を吐き、身体の緊張をほぐした。道化男の禍々しい魔力の残渣が部屋中に残っている。あの殺意と憎悪が混ざり合った魔力、到底常人が醸し出せるものではなかった。
あのままやりやっていれば、2割程度の魔力しか使えない今の俺では太刀打ち出来なかったかもしれない。
「とにかく怪我人を運ぶぞ。それとギルドに連絡。後は教会の連中に任せよう」
俺達の要請を受け程なくして、教会の神官連中が到着し、事の収集にあたった。
この場にいた全員が命に別状はなく、メドル、イルド両名は事件の重要参考人として教会に身柄を確保される事となった。
後の調べで、かなりの量のバンクビーンズがメドルから取引相手に流れていたと判明したが、メドルも取引相手の詳しい素性は明かされておらず、バンクビーンズがどこの誰に渡っていったのかについては、今後更なる調査が必要な案件となった。
メドルとの戦いから一月が経ち、事件の後処理も落ち着きを見せてきたある日、俺とラリア、ソーファの三人はバンゴ食堂で午後のひと時を過ごしていた。
「結局バンクビーンズの流通ルートは掴めなかったみたいね」
「ああ、メドルが取引してた相手も更に別の相手にバンクビーンズを渡してたらしいし、まあどうせ黒幕はリベオンなんだろうけどな」
「そう言えば聞いた?イルドさん、教会から出た『罪の償いとして教会監視の下、町長代理をしないか』って話、断ったらしいわね」
「『自身が罰を受けるよりも、町のために働く事で贖罪とする』って教会から言われてたやつだろ」
「多分、ロロイ様に顔向けできるようにしっかりと罰を受けて罪を償いたいと考えているんだと思います。イルドらしいです」
「そうか……んで、ソーファ、お前はこれからどうするんだ?」
「私ですか?」
「町は落ち着くまで教会が面倒を見るっていうし、イルドも暫くは帰ってこれない。お前はどうするのかなと思ってな」
「まだ決めていません。でも、ロロイ様が安心して笑って見ていられる様に生きていくつもりです」
「そっか、それじゃあ提案なんだが」
「ソーファ、私達のパーティーに入らない?」
「私が、勇者のパーティーにですか」
「そうよ。前々からマオと話してたの。ソーファさえ良ければウチにどうかって」
「勇者からの推薦状があれば教会も認めてくれるし、ソーファ程の実力があれば全く問題無いだろう。まあ、ラリアはバカみたいな依頼を受けてくることも多いけど、ロロイさんが安心して見ていられる事は確かだぜ」
「ちょっと、私がいつバカみたいな依頼を受けてきたっていうのよ⁉︎」
「ほぼ毎回だろうが!溝掃除やら害虫駆除やら、そんなんばっかり受けてきやがって!あと、依頼を受けるたびに『人助けって気持ちいいわ』って感じに恍惚な表情するのやめてくれない?あれ、みんな毎回ドン引きしてるから。生ゴミを見るような目つきで見られてるから」
「何よ!いいじゃない!大体マオだっていっつも……」
ギャアギャアと騒ぎ立てる俺達の横で、ソーファが微笑んだ。
「私で良ければ、宜しくお願いします」
「ああ!ヨロシクな!」
「今日からウチは三人パーティーね!さあ、メルンに帰るわよ!」
こうして、俺達はソーファを新たな仲間として迎え、バリルの町を後にしたのであった。
豪快に壁へと叩きつけられたメドルが床へ倒れ込む。
「ば、馬鹿な。オレがソーファに……まだだ、まだこれから……」
「いいや、お前の負けだ」
俺は起き上がろうとするメドルの言葉を遮った。
「なんだと⁉︎」
「お前、バンクビーンズが何なのか知ってんのか?」
「そ、そりゃあ知ってるさ。魔力をくれる豆だろ」
「その認識はちょっと違う。バンクビーンズは宿主と魔力の貸し借りをする豆だ。メドル、お前は今バンクビーンズから魔力を借りてる状態だ。借りたからには当然返却が必要。それも利子を付けてな」
「利子だと⁈」
「そうだ。バンクビーンズは貸し与える魔力よりも、吸収時の方が多く魔力を要求する。今のお前は借りすぎだ。その魔力量、果たして利子付きで返済出来るかな?」
「魔力の返済だと⁈そんなの聞いてなっっ!ぐ、ぐぉお⁉︎」
メドルの身体から急速に魔力が減退していく。
「オ、オレの魔力がぁ!ぐがぁぁ」
「マオ、メドルが!」
「身体から急激に魔力が失われつつあるな。言わば、俺達が食らったドレインフィールドを自分も受けている様な状態だろう。どうする、ソーファ?このままだと、アイツやばいぜ」
「……例え仇であろうとも、目の前で誰かが死ぬ事を見過ごすことは出来ません。ロロイ様もきっとそうお考えになる筈です」
「了解した」
ソーファの意思を確認した俺は、メドルへ向けて魔力を送る。
「マオ、それって」
「ソーファの意向だ。俺の魔力をメドルに分けてやってんだよ。まあ、こいつには聞き出さなきゃいけない事もあるし、死なれても困るってのもあるけどな」
「そうですネ。このまま死なれては困りまス」
背後からする聞き慣れない声が俺の話を遮った。振り返った俺達の目先にはリベオン独特の黒いローブを纏い、不気味に笑う道化の面を付けた男が部屋の入り口に佇んでいた。
「何よアンタ⁉︎そのローブ、リベオン⁉︎」
ラリアが力なく立ち上がり剣を構え、ソーファも拳を握り直し臨戦態勢を見せる。
しかし、魔導士でもない二人にとって、メドルのドレインフィールドは思いのほかダメージが大きく、立っているのがやっとという状態であった。
「あらあら、お嬢さん方、そんなに構えないでくださいョ。ワタシはこそに這いつくばっている豚に用があるのですかラ」
そう言い終わった道化男がメドルに向かって手招きする。その動作に呼応し、まるで見えない力に引っ張られる様にしてメドルの身体が浮かび上がり、宙を舞った後、道化の男の前に放り出される様に着地した。
「ぐはぁっ」
着地の衝撃にてメドルが呻き悶える。そんなメドルの様子を意に返す事なく、道化男が淡々と続ける。
「アナタ、何勝手にバンクビーンズ使ってるんですかァ?それも商品の方ではなく、“新型”の方を。これはねェ、アナタみたいな豚が易々と使っていい物じゃないんでス。返して貰いますョ」
道化男の右手が青白く光りだす。
「ワタシの固有魔法『ペネトレーション』でス。大丈夫、痛くはありませン。では、行きますョ」
そう言い終えた道化男は徐ろに、仰向けになっているメドルの腹部へと、右手を振り下す。そしてその右手は、まるで湖に手を入れたがの如く、スルリと腹部を貫いた。
「うわぁぁあ!!手が!手が俺の腹に!!」
「ギャアギャアと喚かないで下さイ。痛くはないでしょウ?さてト、何処にあるかナ」
道化男がまるで鞄の中を漁る様な手つきで、メドルの腹に入れた右手をかき回した。
「止めろ!止めてくれぇ!」
「五月蝿い豚ですネ。おっと、あった、あっタ」
腹に突っ込んでいた右手を道化男がゆっくりと引き上げると、その指先にはメドルが先程口にした血の様に真っ赤に染まったバンクビーンズが握られていた。
「さてト、バンクビーンズも回収したし、後はこの豚を殺せば今日のお仕事は終わりですネ」
道化男の右手が魔力を帯び、赤黒く光りだす。
「ひぃっ、こ、殺さないでくれぇ」
「何を言ってるんですカ。勝手な事をしたアナタは罰を受けなければなりませン。では、サヨウナラ」
淡々と別れを告げた道化男が、赤黒い右手をメドルの頭目掛けて振り下ろす。
「ファイアーボール!」
道化男の右手がメドルの頭に届くよりも早く、俺が放ったファイアーボールが道化男の顔面を捉えた。
「ぐォッ⁉︎」
道化男の身体が仰け反る様にして弾き飛ばされ、激しく地面に叩きつけられる。
「おいこら、そこの道化師野郎。ソーファが死なせないって言ってんだ。勝手に殺そうとすんじゃねぇよ」
道化男がゆっくりと立ち上がる。
「何ダ、この黒いファイアーボールは?オマエ、何者ダ?」
「俺か?俺はマオ。ただの魔導士だよ。ほれ、退治してやるから、とっととかかって来いよ、道化師野郎」
「ガキが、調子に乗るなョ!」
俺への殺意を剥き出しにした道化男が、蛇の様に地を這いながら、凄まじい速度で俺へと迫り来る。
「気持ち悪りぃ動きしやがって。ファイアーボール!」
俺が連続で繰り出すファイアーボールを道化男が身体を捩らせながら躱してみせる。
「どうしたノ?キレが無いネ。そんなんじゃ当たらないョ。じゃあ、今度はワタシの番!」
ファイアーボールの爆炎を搔い潜り、俺の眼前へと迫った道化男が、先程メドルへ向けた赤黒い魔手を俺の顔面に向かって突き上げる。
「バーカ、動きが見え見えなんだよ!ほら、カウンターをくれてやる!」
道化男の右手と交差する様に、俺も右の拳を道化男の顔面目掛けて叩き込む。タイミングは完璧、俺の拳の方が先に当たるはずであった。しかしーー
「固有魔法『ペネトレーション』」
カウンター気味に当たるはずであった俺の拳がスルリと道化男の顔面を擦り抜ける。
「なっ⁉︎」
「さア、死になさイ」
ーーバシュッ!
道化男の右手が俺の頬を掠める。
「ホー、首を捻って避けましたカ。顔に風穴を開けるつもりだったのですがネ」
ギリギリのところで攻撃を躱した俺は、後ろへ飛びのき道化男と距離をとった。
「何だよお前、手以外も擦り抜けるのかよ。面倒くせぇ魔法使うじゃねーか」
「気に入って頂けましたカ?ワタシのペネトレーション」
「ああ、『身体の魔質化』か。ふざけた面して、なかなか上級テク持ってるじゃねーかよ」
「!!……二度見ただけで見破るとハ……アナタ、ホントに只者じゃないですネ」
「マオ、魔質って?」
「魔質ってのは魔法を構成している元になってる物質の事だよ。まあ、ざっくりと言うと、魔法の材料だ。アイツのペネトレーションのは自分の身体を魔質に変換して物質を透過出来るようにしてるって原理だな」
「いヤー、素晴らしい慧眼でス。ここで殺すのは惜しいですネ」
「おい道化師野郎、お前何でこんな使い方してんだ?」
「それハ、どういう意味ですカ?」
「身体の魔質化なんて、そうそう出来るものじゃねぇ。天才の中の一握りの奴にしか出来ない芸当だ。正直、こんな高等技術を『身体の透過』に使うなんて勿体なさすぎるぜ」
「見たいからですョ」
「はぁ?」
「ワタシはねェ、見たいんですよ。人が絶望した時に見せる極上の顔を!アナタも見たでしょう!あの豚が腹に手を突っ込まれた時の、あの顔!あの恐怖と絶望に満ち溢れた表情!ああ、堪らなイ!空腹の絶頂時に口にする甘美な果実の一滴が全身に染み渡る様な、あの感覚!ああぁ、ヤメラレナイ」
道化男が身震いしながら、艶かしい声を発する。
「……この変態道化師が。魔族よりお前の方がよっぽど非人道的だな」
「このペネトレーションは人を絶望させるにはもってこいの魔法ですからねェ。ワタシへの攻撃は当たらず、相手だけを蹂躙する事が出来ル。さア、アナタも味わいなさい!ワタシが贈る、最高の絶望を!!」
狂った様に叫びながら、道化男が俺に向かって襲いかかる。その狂気に満ちた仮面に向かって、俺は再び拳を放った。
「無駄ですョ!どんな攻撃もワタシのペネトレーションの前では無意味ッ、ぐはぁあアっ!!」
透過すると思われていた俺の拳が完璧に道化男の顔面を捉え、彼の身体を壁際まで吹き飛ばした。
「ぐっ、な、何故でス……何故アナタの拳がワタシの顔に……」
「あ、言い忘れてたけど、俺も出来るんだよね、身体の魔質化」
「なッ?」
「魔質同士ならば透過は起こらない。お前のペネトレーションは封じたぜ」
「ククク、素晴らしイ」
道化男が顔を押さえたまま、ゆっくりと立ち上がる。
「ああ、素晴らしいョ、キミ。ホントにこれ以上やると、抑えきれなくなるじゃないカァ」
道化男の顔から黒い靄の様な物が発せられ、それと同時に凄まじい殺気と嫌悪感が俺を襲った。
それを見た瞬間、体の芯から震える様な感覚に見舞われ、俺はその場に立ち尽くした。ただの魔力ではない。嫉妬と憎悪と絶望、この世のあらゆる負の感情がそこに集められているのではないかと思わせる程の、圧倒的な闇黒。
ーーこいつ、やばい。
「テメェ、何だその禍々しい魔力は……」
俺の額から汗が流れ落ちる。
「あァ、ダメダメ。今日は我慢しなくちャ。マオ君と言ったねネ。キミに免じて、その豚は殺さないでおいてあげるョ。その代わり、次に会う時には、もっともっと楽しませておくレ」
道化男は不気味にそう言い放ち、壁に溶けるように姿をくらました。
「終わった……の?」
憔悴しきった表情でラリアが呟く。
「ああ、奴の気配が完全に消えたからな」
俺はゆっくりと息を吐き、身体の緊張をほぐした。道化男の禍々しい魔力の残渣が部屋中に残っている。あの殺意と憎悪が混ざり合った魔力、到底常人が醸し出せるものではなかった。
あのままやりやっていれば、2割程度の魔力しか使えない今の俺では太刀打ち出来なかったかもしれない。
「とにかく怪我人を運ぶぞ。それとギルドに連絡。後は教会の連中に任せよう」
俺達の要請を受け程なくして、教会の神官連中が到着し、事の収集にあたった。
この場にいた全員が命に別状はなく、メドル、イルド両名は事件の重要参考人として教会に身柄を確保される事となった。
後の調べで、かなりの量のバンクビーンズがメドルから取引相手に流れていたと判明したが、メドルも取引相手の詳しい素性は明かされておらず、バンクビーンズがどこの誰に渡っていったのかについては、今後更なる調査が必要な案件となった。
メドルとの戦いから一月が経ち、事件の後処理も落ち着きを見せてきたある日、俺とラリア、ソーファの三人はバンゴ食堂で午後のひと時を過ごしていた。
「結局バンクビーンズの流通ルートは掴めなかったみたいね」
「ああ、メドルが取引してた相手も更に別の相手にバンクビーンズを渡してたらしいし、まあどうせ黒幕はリベオンなんだろうけどな」
「そう言えば聞いた?イルドさん、教会から出た『罪の償いとして教会監視の下、町長代理をしないか』って話、断ったらしいわね」
「『自身が罰を受けるよりも、町のために働く事で贖罪とする』って教会から言われてたやつだろ」
「多分、ロロイ様に顔向けできるようにしっかりと罰を受けて罪を償いたいと考えているんだと思います。イルドらしいです」
「そうか……んで、ソーファ、お前はこれからどうするんだ?」
「私ですか?」
「町は落ち着くまで教会が面倒を見るっていうし、イルドも暫くは帰ってこれない。お前はどうするのかなと思ってな」
「まだ決めていません。でも、ロロイ様が安心して笑って見ていられる様に生きていくつもりです」
「そっか、それじゃあ提案なんだが」
「ソーファ、私達のパーティーに入らない?」
「私が、勇者のパーティーにですか」
「そうよ。前々からマオと話してたの。ソーファさえ良ければウチにどうかって」
「勇者からの推薦状があれば教会も認めてくれるし、ソーファ程の実力があれば全く問題無いだろう。まあ、ラリアはバカみたいな依頼を受けてくることも多いけど、ロロイさんが安心して見ていられる事は確かだぜ」
「ちょっと、私がいつバカみたいな依頼を受けてきたっていうのよ⁉︎」
「ほぼ毎回だろうが!溝掃除やら害虫駆除やら、そんなんばっかり受けてきやがって!あと、依頼を受けるたびに『人助けって気持ちいいわ』って感じに恍惚な表情するのやめてくれない?あれ、みんな毎回ドン引きしてるから。生ゴミを見るような目つきで見られてるから」
「何よ!いいじゃない!大体マオだっていっつも……」
ギャアギャアと騒ぎ立てる俺達の横で、ソーファが微笑んだ。
「私で良ければ、宜しくお願いします」
「ああ!ヨロシクな!」
「今日からウチは三人パーティーね!さあ、メルンに帰るわよ!」
こうして、俺達はソーファを新たな仲間として迎え、バリルの町を後にしたのであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる