元最強魔王の手違い転生

第27話 力の代償

「おいおい、良いのかよ？そんな簡単に負けを認めちまって？」
　ローサの余りにもあっさりとし降伏宣言に、俺は思わず聞き返した。
「いいわよ！そんな大魔法見せつけられちゃ、降参するしかないじゃない。負けよ、負け。あ～完敗だわ」
　そう言って、彼女は嬉しそうな表情を浮かべながら悔しがって見せた。
「まあ、アンタがそう言ってくれるなら、こっちは楽で良いから異論はねぇよ。てかアンタも変わってんな。笑顔で悔しがる奴なんて初めて見たぞ」
　そう言いながら、俺は魔法を解除した。黒炎の龍が空に溶けるように消えていく。
 
「そんな……象形魔法なんて……彼は、一体何者？」
　ザガンが立ち尽くし、目を見張りながらポツリと呟いく。
「ほーら、だから言ったじゃない！マオは負けないって！」
「そうです、舐めてもらっては困ります」
　驚愕するザガンに、ラリアとソーファがドヤ顔を向け、互いに目配せする。
「いやぁ、本当に凄い……」
　ラリアとソーファの視線が外れたその一瞬、ザガンが口角を不気味に歪め、ほくそ笑んだ。

「とにかく、俺の勝ちって事で、お前らはポムの村から手を引けよ」
「もちろん、約束は守るわ。マオちゃん」
「……おい、誰が〝マオちゃん〟だ、コラ……」
「あら、約束したのは『坊やと呼ばない』って事だけでしょ。『坊や』以外なら、私がアナタの事を何と呼ぼうが勝手じゃない？」
「ぐ、ぐぬ……」
「それに、アナタ案外可愛い顔してるし、〝ちゃん付け〟アリだと思うけど」

　それを聞いたラリアとソーファが同時に眉間にシワを寄せ、首を捻る。
「可愛い顔……マオが？」
「他人の感性って無限大ですね……」

　ローサがまるで昼寝から目覚めたばかりの様に、気持ち良さそうに伸びをする。
「まあ、私達はとっとと村を出る事にするよ。敗者がダラダラと弁を振るうのもカッコ悪いし……」

「ふざけるなぁぁ！！」

　ガルンが怒号を飛ばし、ローサの言葉をかき消した。
「何よ、ガルン……」
　先程の笑顔で話していた人物とはまるで別人の様に厳しい表情をしたローサが、鋭い視線をガルンへと向ける。 
　そんなローサへ、ガルンが怒気を込めて言葉を飛ばす。
「敵を前にして降伏などあり得ぬ！何故簡単に降参などするのだ⁈勇者であれば朽ちるまで戦い続けるのが道理であろう！強大な力を見せつけられて腰が引けたのか⁈この軟弱者めが！」
　ガルンの言葉に青筋を立て、拳を握りしめるローサであったが、俺の顔を横目で一瞥すると深く深呼吸し、ゆっくりと口を開いた。
「身体をやられても戦える。でも、心はそうはいかない。私はね、このマオちゃんに魅せられちまったのさ。その圧倒的な魔力と魔法……憧れを抱いてしまえば、もう勝てやしない。それに、私は私の提示したルールで負けたんだ。アンタに私の勝負をとやかく言われる筋合いはないね」
「ふん、実にくだらん。戦に私情を持ち込むなど愚の骨頂！バルバロック家も地に堕ちたものだな」
「……バルバロックは関係ないでしょ」
「我は、あのような敗北の仕方など絶対に認めぬ。魔物を目の前にして退く事、それは万死に値する！我は我の正義に従い、眼前の悪しきものを討ち亡ぼす！」
　猛々しく吠え、ガルンが剣を構える。
「おいローサ、御宅の勇者殿、言ってる事ムチャクチャだぞ。何なんだよ、あいつ」
「ゴメンね～マオちゃん。私も数日前に組んだばかりだから、よく知らないの。分かってるる事と言えば、呆れる程に融通が効かないアダマンタイト級の石頭って事と……」
　ローサがガルンを睨み、構える。
「結構マジで強いってこと」
「覚悟しろ！害悪な蛆虫ども！」
　そう叫んだガルンは、重厚な鎧を身に纏っているにもかかわらず、吹き抜ける疾風の如き身のこなしにて、ニコへと向かって飛びかかった。
「あいつっ⁈ニコを⁈」
「させないわよ！」
　ラリアがニコの前に立ちはだかり、ガルンの凶刃を受け止める。
「邪魔だ！退けぃっ！！」
　そう叫んだガルンは力任せに剣を振り抜き、横薙ぎ一閃ラリアを岩壁へ吹き飛ばした。
「うぐっ」
　背中から無骨な岩肌に叩きつけられたラリアが呻き声を上げる。
「ラリアッ！！」
「こいつっ！ラリアを弾き飛ばすだと⁈」
　蹲るラリアに目もくれず、ガルンがニコに向かって刃を振り下ろした。

ーーガキーンッッ！！

　乾いた金属音が辺りに鳴り響いた。
　そこには、バンクビーンズを齧りながら阿修羅の様な形相でガルンをの凶刃を受け止めているボルの姿があった。
「貴様、何の恨みがあってニコを狙う？」
「恨み？魔物に対して、そんな感情を抱くこと自体愚劣の極み。魔物は滅する対象である。それだけだ」
「儂の……儂の孫を何だと思っとる……」
「何とも思っていない。さあ、そこを退け。そこの魔物を叩き斬ってやる」
「このっ、悪魔がぁ！！」
　激昂したボルがガルンの剣を弾き上げ、横一文字に斬りつける。

ーーガキーン！！

　再び両者の刃が交わり、金属音を奏でる。そんなボルの姿に俺は違和感と不安の念を抱いた。
（幾らボルがバンクビーンズで身体、魔力強化を図っているとは言え、ラリアを吹っ飛ばしたアイツと真面に打ち合えているのは、流石におかしい……何だ、この嫌な予感は……）
　そんな俺の不安を他所に、壮絶な打ち合いを見せる両者。そんな中、ガルンが挑発する様にボルを煽る。
「そんな程度では、主の大切な孫は守れぬぞ。ああ、済まん。孫ではなくて、ゴミ屑の魔物だったか。ゴミ屑はゴミ屑らしく、斬って捨てて見せようか」
「っ貴様ぁ！！殺してやるっ！！っぐわぁぁああ⁈⁈」
　ボルが怒りに我を忘れ、その憤怒が絶頂を迎えた、その時であった。
ボルの身体から禍々しい黒い霧の様な魔力が溢れ出し、彼の身体を覆い尽くした。そして、それと同時に凄まじい嫌悪が俺を襲った。

ーーこの感じ、

ーーあの時の霧と同じ、

ーーあのピエロが発していた魔力と同じもの

「ぐがぁぁあああ！！！」
　人のものとは思えない奇声を発しながら、ボルがその場に崩れ落ちる様に蹲る。
　そんなボルを見下ろしながら、ガルンが静かに口を開いた。

「これで、宜しかったですか。ザガン殿？」

　その場に居る全員の視線がザガンに集まった。

「ああ、上出来だ。よくやった、ガルン」

　ザガンが醜く口元を歪ませながら、ニヤリと笑った。