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第32話 教えない
しおりを挟む「〝雲の上の強さ〟だと?さっきまで蹲って呻いていた野郎が随分と強気じゃねぇかよ」
そう言いながら、ザガンは殺意を込めた眼光を俺へと向けた。
睨みつけてくるザガンに対して、俺はニヤリと笑いながら返答する。
「ああ。俺の仲間を痛めつけてくれた礼も兼ねて、嫌と言うほど思い知らせてやるよ。それに前にも言っただろう。『魔王の城に辿り着いたこ事もない半端な勇者崩れ供なんて敵じゃねぇ』ってな」
「ガキが、調子に乗りやがって!後悔しやがれぇ!」
ザガンが掌を俺へと向け、再び魔力の塊を形成し始める。先程よりも濃密なドス黒い負の結晶が渦を巻き、俺の肌をビリビリと震わせる。
「あ、ああ……」
その禍々しさにあてられたローサが、力なくその場に座り込む。
そんなローサを見て、ザガンが高らかに声を上げ、醜く顔を歪ませながら唾を飛ばした。
「どうだ見たか!さっきまでのお遊びとは違うぞ!お前も無理せずヘタリ込んでいいんだぜ、そこの女の様になぁ!」
「お気遣いどうも。まったく、こんな禍々しさ、魔物でも滅多に出さないぜ。ホントどうしたらこんな捻くれ技が出来上がるのやら。驚きを通り越して同情するぜ、お前の人生に」
「テメェ、まだそんな舐めた口を!」
「別に舐めてねぇよ。ただ、丁度いいと思ってな」
「ああ⁈何だと⁈」
「俺も試したい事があってな。その試運転に、お前の技は丁度いい塩梅だと言ったんだよ」
「この野郎!!」
青筋を立てながら、突き刺すように睨みつけてくるザガンへ向けて、俺は右掌を向けて構えた。
鼻から息を吸い込み、時間をかけて口から吐き出しながら、俺は右掌へと意識を集中させた。魔物化した右手に、前世から引き継いだ魔力の流動を感じる。
(右手に前世の魔力が馴染んでいる。今まで無かった感覚だ。この感じ、やはり右手が魔物化した事で、魔王の魔力が扱えるようになってきているのか。もしかして、今ならロッドが無くても……試してみるか)
俺は生前の感覚を頼りに、右掌へと魔力を集中させる。懐かしい感覚が右手を包み、掌の中心に暖炉に手をかざした時の様な温かみを感じる。
(そうだ、この感じだ。生身で魔力を扱う感覚)
掌に感じる温かみが鮮明さを増しそれを解き放つと、俺の掌のにはピンポン球程の大きさをした、魔力の塊が形成されていた。
「おお!本当に出た!手から!」
自分で出した魔力の塊を見て歓喜する俺に、ザガンが呆れと怒りを露わにする。
「テメェ、何一人で遊んでやがる。それに何だ、そのゴミみたいな魔法は?まさかそんな鼻くそみたいな技でオレを相手にするつもりじゃねぇよな?」
「あん?そのつもりだけど、何か問題が?」
「っ!人を舐め腐るのも大概にしやがれよ!このクソガキがぁ!!」
「別に舐めてねぇよ。てか、これが〝鼻くそ〟に見えるなら、お前はそれまでの男だよ、ザガン」
「もういい!死んでから後悔しやがれぇ!」
ザガンが肩と声を震わせながら叫び声を上げ、自身の掌にある殺意と憎悪の塊を俺へと向けて解き放った。
「さぁて、どんなもんかな」
迫り来る禍々しいザガンの魔力に向けて、俺は先程形成した魔力塊を放った。
ーードパァァン!!
両者の魔力塊がぶつかり合い相殺する。弾け飛んだ魔力が凄まじい衝撃波となって辺りに吹き荒れた。
その様を見たザガンが目を見開き表情を歪める。
「そんな、バカな……。あんなちっぽけなモンとオレの魔力塊が相打ちだと……」
「どうだ?〝鼻くそ〟も中々やるだろう?しかし、見事に沼地での戦闘の再現だな。どうする、また尻尾を巻いて逃げてみるか?」
「っ!!舐めんなよ!クソガキがぁ!!」
激昂したザガンの身体から魔力が溢れ出す。
「うぉぁぁああ!!」
声を張り上げ魔力を高めるザガン。腹の底ら呻るその様子から、身体中の魔力を最期の一滴までかき集めようとしているのが見て取れる。
「ザガン、お前分かってんのか?魔物にとって魔力は命の源にも等しい。魔物化した今のお前が、最後の一滴まで魔力を絞り出せば死んじまうぞ」
「うるせぇ。何も知らずに、のうのうと勇者ごっこしてるお前等に負けるなんて、冗談じゃねぇ!!オレは……」
ザガンがまっすぐにこちらを見つめた。その視線は今までの様に狂気を帯びたものではなく、何か強い意志を纏った決意の眼差しであった。
「お前、そんな〝眼〟出来るんだな」
「うるせぇよ。オレは……オレは只、自分の矜持にしたがってるだけだ」
「〝矜持〟か。ただの狂人かと思っていたが、どうやらお前にはお前なりの〝正義〟があるようだな」
俺はゆっくりと右掌を突き出し、構える。
「来いよ。全身全霊をかけたお前の正義を見届けてやる」
「フン。行くぞ、マオ」
そう言った直後、ザガンは両手を前に突き出し、その掌から先程絞り出したありったけの魔力を俺へと向けて解き放った。
呻る様にして迫り来るその魔力塊からは狂気だけでなく確固たる意志の様なものが感じられる。
「受け止めてやるよ、お前の全力。そして……」
俺は突き出した右掌でザガンの魔力塊を受け止めた。ズシンと重い衝激が全身へのしかかる。
「この勝負、俺の勝ちだ」
ーードパァァン!!!
俺は右手に魔力を込め、受け止めた魔力塊を握り潰した。握り潰された魔力塊が四散し先程以上の衝撃波が辺りを駆け巡った。
「ハハ……嘘だろ……やってらんねぇ」
駆け抜けて行く魔力の風を全身に浴びながら、ザガンが力なく呟き、その場に崩れ落ちた。
魔力を全て失った魔物の終焉へと向けて、大の字になり横たわるザガンの身体がから黒い靄が発せられ、少しずつ空へと溶けていく。
そんな彼の元へ俺はゆっくりと歩を進めた。仰向けになり空を見つめる彼の眼はまるで憑き物が取れた様に穏やかなものであった。
「最後の一撃、結構よかったぜ」
俺の言葉を受けて、ザガンがフンと鼻で笑う。
「そんな事言われても、全然嬉しくねぇよ。この野郎、片手で軽々と防ぎやがって。なあ、一つ聞いていいか?」
「なんだよ?」
「お前、マジで何者だよ?」
「俺はただの……」
「〝ただの魔道士〟なんて言うなよ。こちとら、命懸けた技をあんな破られ方してるんた。こんな負け方納得できねぇよ。死に切れねぇ。なあ、冥土の土産に教えてくれてもいいだろう」
俺はザガンの傍に屈み込み、ローサに聞こえないよう注意しながら口を開いた。
「今の俺はただの魔道士だよ。ただ、秘密があるとすれば、俺も転生者って事くらいかな」
「っ!お前、転生者なのかよ⁈」
「ああ。まあ、何か手違いがあって失敗しちまったがな」
「失敗って……お前、前世の記憶があるのかよ⁈」
「ああ。割とバッチリ残ってるぜ」
「信じらんねぇ……そんな奴、始めて出会ったぜ。まあ、これで少し納得だな。これだけの魔力を持ってるんだ。前世は嘸かし高名な魔道士だったんだろうぜ」
「魔王」
「……は?」
「いや、だから魔王。俺の前世」
「……」
「……」
「アッハハハ!」
鳩が豆鉄砲を食ったように一瞬呆けた後、盛大に吹き出すザガン。
「お前、信じてねぇだろ?」
「いや、だってお前、魔王って。はーっ。何だか清々しいな。このまま死ぬには惜しい気分だ」
「なあ、ザガン。お前も一つ教えてくれねぇか」
「何だよ?」
「お前が言っていた〝今の平和な暮らしが何の上に成り立っていると思う〟ってのはどういう意味だ?お前、何を知っている?」
「……教えねぇ」
「は?」
「だから、教えねぇ」
「ちょっ、おま、ずるくねぇか⁈俺の秘密だけ聞いて、そっちは教えないなんてそりゃ無いぜ!」
「教えたら〝全部お前の勝ち〟みたいで何かイヤじゃねーかよ」
「何だそりゃ……」
「まあ焦んなよ。お前が自身が転生者であり、しかもリンカーの小娘と連んでるなら、この先、嫌でも目の当たりにするさ」
「リンカーってラリアの事か。なあ、リンカーってそもそも何なん……」
「その質問もパス。お前が自分で確かめやがれ」
「ザガン、お前。結局何にも答えてくれねぇのかよ」
「そうだな。じゃあ一つだけサービスだ。〝今正しいと思う事が本当の正義とは限らない〟」
「何だ、そりゃ?」
「これ以上のサービスは無し。後は自分で考えな。さてと、そろそろお別れの時間だ」
そう話すザガンの身体はその殆どが黒い靄と化し、霧散している。
「まあ、あれだ」
ザガンがゆっくりと口を開く。
「お前がこれから〝何を選び、何を捨てるのか〟地獄の底から見ててやるよ」
ニヤリと笑いながら言ったその言葉を最後に、ザガンは完全に空へと溶けていった。
寂然とした広場を撫でる冷たい風が、静かに俺達の勝利を告げた。
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