元最強魔王の手違い転生

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第37話 転生者

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 一足飛びで地面を蹴ったヴァリーが直線的な動きで俺の眼前へと迫り、拳を振り上げた。
(速いな……だが、真正面からの単純な攻めに加えて、腕の振りも大振りすぎだ。これなら拳を挟んでのカウンターで仕留められそうだな)
 ヴァリーの拳にカウンターを合わせるべく、俺は彼女の動き全体へ全神経を集中させた。周囲の動きを含め、俺の視界に映る全ての景色が静かにゆっくりと感じられる。
 ヴァリーが俺へ向けへ拳を振るうべく、細腕をこれでもかと大きく振りかぶった。隙だらけとも取れるその大き過ぎる動作が一瞬止まったその時、彼女の肩が『ギリリ』と弓の弦を力一杯引く様な低い音を上げた。
 それと同時に、痛い程の鳥肌が俺の全身を襲った。

ーーやばいっ!避けろ!

 本能的にそう感じた俺は、カウンターを諦め、なりふり構わず左側へと身体を捻った。

ーーブォンッ!

 殺意の塊が俺の右頬を掠める。それがヴァリーの拳だと認識するのに一瞬の間を要した。
(っ!振り下ろしから先の動作が全く見えなかった。あのままカウンターを取りに行ってたら、やられていた……コイツ、マジでヤバイな。手加減してる余裕はねぇ)

 身体を捻った勢いそのままに、俺は裏拳を浴びせる要領で、左手に握っているロッドをヴァリーの頭目掛けて振るった。

「雑な攻撃ですね」

 そう呟いたヴァリーは、瞬き一つする事なく最小限の首の捻りで、ロッドが届かぬ間合いの外へと自身の顔を遠ざけた。
 完全に間合いを見切られた俺のロッドが、虚しく彼女の眼前を通過する寸前ーー

「ファイアーボール!」

 ロッドの先端とヴァリーの顔面が重なった丁度その時、俺は彼女の顔面に向けてファイアーボールを放った。
(よし!捉えた!)
 手応えは十分。完璧なタイミングで放ったファイアーボールである。魔法の直撃を確信し、俺は追い討ちを掛けるべく次の動作へと移ろうとした、その時であったーー

ーードンッッ!!!

 低く太い音が辺りに響き、それと同時にヴァリーの姿が俺の視界から忽然と消え失せた。
(なっ⁈消えただと⁈それに、今の音は一体……)
 予想外の出来事に動揺しながらも、俺は一瞬で視界に映る全ての映像に神経を巡らせた。
(何かあるはずだ。探せ!少しでも出遅れれば命取りだぞ)
 コンマ1秒にも満たない刹那的な時間の中で、俺はある光景に気付く。
 先程までヴァリーが立っていた石畳みに、ぽっかりと直径10センチ程の穴が空いている。
(何だあの穴?さっきまでは無かった筈だぞ……っ!まさか、あの女の足跡か⁈じゃあ、さっきの馬鹿でかい音は地面を蹴った音かよ⁈おいおい、どんだけの脚力だ⁈どっちに跳んだ?右か……左か……)
 左右を確認する為、身体を動かそうとしたその時、俺は延髄の辺りにまるで氷を近づけられた様な冷りとした感覚を覚えた。
(これは……殺気!視覚で確認してる時間はねぇ!避けろ!)
 振り向く間も無く、地面に向けて身を投げ出した俺の背中のすぐ側を、唸る様な風切り音を上げながらヴァリーの攻撃が通り過ぎる。
(くそっ!防戦一方かよ!)
 地面に向かって飛び込んだ俺は、側転の要領で身体を捻りながらヴァリーの方へと向き直り、そのまま後ろへ飛び退いて彼女と距離をとった。
「また避けられました……そんな雑な動きで……不思議です」
 冷ややかな目で此方を見ながらヴァリーが首を傾げる。
 そんな彼女へ向けて、男がゆっくりと口を開く。
「ヴァリーお前、少し殺気が漏れてるぞ。其奴が紙一重に攻撃を躱せているのはその為だ」
 男が俺の方へと視線を移す。
「其奴、お前の動きに付いて来れてないぞ。修正しろ。そうすれば、次は当たる」
「分かりました。ヘイト」
 ヴァリーが拳を握り、構え直しながら俺の方へと向き直る。
「おいおい、ヘイトとか言うそこの外野。的確なアドバイス止めてくんねぇか。こちとら避けるだけで精一杯なんだ。マジで死んじまうよ」
「無論、殺す気でやっている」
「あっそうですか」
 俺もヴァリーへとロッドを向け、構え直す。
(さーて、どうするか。受けに回れば間違いなくやられるな。こっちから攻めるしかないが、こんな狭い路地裏で象形魔法をぶっ放す訳にもいかないし……まともに使えそうな攻撃は〝ファイアーボール〟と〝右手から撃てる魔力塊〟位か……我ながら情けない。元魔王が聞いて呆れるぜ)
「来ないのですか?」
 ヴァリーがジリジリと間合いを詰める。
(しょうがねぇ。ハッタリにしかならねぇが、やってみるか)

「オラァァァ!!」

 俺は声を張りながら、ありったけの魔力を練り上げた。空気が震え、ピシピシと音を立てる。
「ぐっ!!」
 俺の魔力量に気圧されたのか、ヴァリーが顔色を変えヘイトの方を見あった。
「ヘイト……コイツの魔力、尋常じゃないですよ。どうします?」
「確かにな。だが、やる事は変わらん。行け、ヴァリー」
「……承知しました」
 一呼吸の間を置いて、ヴァリーが再び俺へと向かって飛びかかる。
(ちっ。魔力量にビビって撤退して欲しかったんだがな。ハッタリは失敗……。こうなりゃ、やれる事をやるだけだ!)
「ファイアーボール!」
 俺は迫り来るヴァリーへ向けてファイアーボールを連続で放った。
「は?」
 俺の放ったファイアーボールを見て、ヴァリーは眉をひそませ、怪訝な表情を浮かべる。
「こんな、下賤な技で私に挑むのですか?舐めてますね」
 ヴァリーは無駄な動き一つなくファイアーボールの雨をかい潜り、一瞬にして俺との間合いを詰めた。
「死になさい」
 ヴァリーが先程と同じ様に拳を振りかぶる。
「お前がな」
「っ!」
 ヴァリーの動きを予測していた俺は、彼女が腕を引く動作に合わせて、自身の右掌底をそのフードから垣間見える顔面へと向けて叩き込んだ。
(タイミングばっちり!)
 掌底の直撃を確信し、右掌に全体重を乗せたその時ーー
「はぁっ!!」
 ヴァリーは腕を引いた勢いそのまま反転し、俺に背中を向けると、後ろ手に俺の右手を掴み上げ、そのまま一本背負いの要領で投げ飛ばした。
「ぐっ!ダークシールド!」
 放り投げられた俺は空中にダークシールドを展開し、それを足場に体制を整えるとヴァリーと十分に距離をとって着地した。
 ヴァリーが眉間に皺を寄せ、俺を睨みつける。
「あれだけの魔力が有るのに、使う技はゴミですね。舐めてますね。態とやっているのですか?」
「別に舐めてる訳じゃねーんだけどな」
「貴方、死にますよ?」
「かもな」
 俺の返答が気に入らなかったのか、ヴァリーが更に深く眉間に皺を刻んだその時ーー

「待て、ヴァリー」

 ヘイトの低い声が彼女を制した。彼の声に呼応し、ヴァリーがピタリと動作を止める。
 彼女の様子を一瞥したヘイトは、その視線を俺へと向けると静かに続けた。
「化け物じみた魔力にも関わらず、その稚拙な魔法。余りにもアンバラスだな……まさかお前、転生者か?」
「!!」
 目を見開く俺を余所に、ヘイトが続ける。
「そんなに驚いた顔をするな。〝能力の極端なアンバラスさ〟は転生者によく見られる特徴だ。それに、お前はまだ〝自己覚知〟も出来ていない様だしな」
「〝自己覚知〟?」
「〝自己覚知〟とは前世の己を知り、それを受け入れる事だ」
「なんだ、そんな事かよ。じゃあ俺は〝自己覚知〟出来てると思うぜ。前世の記憶も、俺が何者だったのかも、ちゃんと分かってる」
「ふんっ」
 俺の言葉をヘイトは鼻で笑ってみせた。
「本当に〝自己覚知〟が出来ている転生者は前世の力を自由に扱う事が出来る。お前のその能力のアンバラスさを見れば、〝自己覚知〟が成されていない事は一目瞭然だ」
「何だと?」
「〝前世を知る事〟と〝前世を受け入れる〟事は似て非なるもの。お前の様に分かったつもりでいる輩は大勢の見てきた」
「でも俺は……」
「現にお前は、前世の能力を使いこなせていない。それが証拠だ。お前はどこか心の片隅で受け入れる事が出来ていないのさ、自分の前世を」
「そんな……」
 困惑する俺を見ながら、ヘイトがニヤリと笑う。
「そんな時顔をするな。さて、お前が転生者であれば、我々が争う理由は無い。お前も分かるだろう?我々転生者にとって今必要な事は〝リンカーの復興〟だと。さあ、教えろ。ラリア・バスターオーガは何処にいる?」
「俺はその〝リンカー〟ってのはよく分かんねぇけど、お前等にホイホイ教えるつもりは微塵もねぇよ。それに、今のラリアはグランドフェスに出る程の立派な勇者で俺の仲間だ。もう前世の事は関係ない。俺はラリアが何者だろうと一緒に歩むと決めてんだ」

ーードゴォオッ!!

 俺がそう言い終えると同時に、鈍い音が辺りに響いた。驚いて振り向くと、ヴァリーが地面に拳を突き立て、殺気を孕みながらこちらを睨みつけていた。
「不快です」
「ああ、虫唾が走るな」
 ヴァリーの言葉に同調しながらヘイトが、より一層低い声でそう呟いた。彼の表情から先程の笑みは消え失せ、代わりに怒りの感情が溢れ出していた。
「〝リンカー〟を知らずして、お前はラリア・バスターオーガへその様に陳腐な台詞を吐いたのか?」
「何だと?」
「何も知らない奴が〝仲間〟だの〝一緒に歩む〟だの、取ってつけた様な安っぽいお飾りの言葉を並べよって。反吐がでる」
「お前……」
「そんな言葉でアイツは救われたりしない。お前のその言葉を受けて、ラリア・バスターオーガは心から笑っていたか?」
「それは……」
「アイツの〝業〟は海の底の様に深く暗い。ただ単に着飾っただけの、お前ごときの言葉では、アイツを照らしてやる事など到底出来ない」
「……なあ、教えてくれよ。〝リンカー〟って何なんだ?ラリアは一体何を背負っている?」
「……同じ転生者のよしみだ。良かろう、教えてやる。〝リンカー〟について。そして、〝ラリア・バスターオーガの過去〟についてな」
 ヘイトはそう言うと一呼吸置き、再びゆっくりと語り出した。
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