元最強魔王の手違い転生

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第36話 二人の追跡者

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 ネロスからオフドコインを受け取ってから1週間が経つ。『勇者ラリアのパーティーが今年開催のグランドフェスに出る』と言う話は、瞬く間にメルン中の勇者達へと知れ渡り、俺達はちょっとした有名人となった。
 街を歩く度に、見知らぬ人々から受ける声援や激励に悪い気はしないのだが、少し小っ恥ずかしいと言うのが正直な感想である。
 そんな俺とは裏腹に、ラリアは喜悦の極みと言わんばかりにはしゃいでおり、終いにはサインの練習をしだす始末である。
 そんなラリアに『新しいサインが完成したから見に来い!』と呼び出された俺は、石の様に重い足取りを引きずりながら、ギルドへとやって来たところであった。
「ああ……帰りてぇ」
 俺は溜息をつきながら、ギルドの扉を開けた。

「あっ!やっと来た!マオ、こっちこっち~!」

 ラリアが満面の笑みで生き生きと手を振っている。
「声がデケェよ。恥ずかしい……」
 そう言って、俺は力無くラリアと同じテーブルに着く。
「ほら見てよ、マオ!遂に私のサインが完成したのよ!」
 ラリアが目をキラキラと輝かせながら、俺に一枚の色紙を差し出した。そこには黒いインクで、絡まった糸の塊を思わせる様な、何だかよく分からない謎の模様が自信満々に描かれていた。
「おっ、ちぢれ毛のスケッチか?中々上手いじゃねーか」
「違うわよ!サインよ!私のサイン!」
「バカ言うな!どこの世界にこんなダークマターをサインだと思う奴が居るんだよ⁈俺を呼びつけるなら、もう少しまともなサイン書けるようになってからにしろや!」
「何よ⁈せっかく徹夜で考えたのに!」

「おっ!今日も元気だな!グランドフェス出場勇者様は!」

 マスターがガハハと豪快に笑いながら歩み寄る。
「お前達もすっかり有名人になっちまったな!オレも鼻が高いぜ!どうだ、順調に準備出来てるか?」
「……見ての通りだよ」
 俺はラリアのサインをマスターへと手渡した。
「何だこりゃ?新しい呪術の術式か?」
「もういいわよ!」
 ラリアが膨れっ面でマスターからサイン色紙を奪い取る。
「しかし、グランドフェス本番まであと一月ちょっとか。お前ら、申し込みはもう済ませたんだよな?」
「ああ、それならこの前ラリアが済ませたぜ。なあ、ラリア……」
「……」
 ラリアが気まずそうに視線を外し俯いた。
「おい、まさかお前……」
「……忘れてました」
 その言葉に、俺は思わず立ち上がる。
「はあぁぁ⁈おま、この前行くって言ってたじゃねーか⁈」
「いやー、色々と忙しくて……」
「おい、マスター!申し込み受け付け期限はまだ大丈夫なんだよな⁈」
「確か、メルンの中央教会で今日の正午までじゃなかったか?」
「今日の正午って……あと1時間しかねぇじゃねーか!しかも中央教会って、ここから結構かかるぞ!」
「ソーファに行って貰えばいいんじゃねぇか?あの娘の俊足なら楽勝だろ?」
「フッフッフ。残念だったわね、マスター。ソーファは今ポムの村に行ってるから此処には居ないわ!」
「何でお前がドヤ顔してるんだよ⁈」
「しょうがないわねぇ。ほらマオ、手だして」
「あ?何だよ、急に?」
 促されるままに、俺はラリアへと向けて手を差し出した。それを見て、彼女はニヤリと笑い、こう言った。
「はい、それじゃあ行くわよ。ジャンケン……」



「ちくしょう、納得いかねぇ」
 俺はそう呟いて、肩で息をしながら目の前の大きな純白の建物を見上げた。
 ラリアが仕掛けてきた不意打ちジャンケンに負けた俺は、グランドフェスの申請を行うべく、全速力で牛馬の如く力走し、何とか制限時間までに中央教会へと辿り着いたのであった。
「しかし、何だかんだで初めて来たな」
 改めて教会をまじまじと見つめる。他の周囲の建物とは一線を画す上品な造りであり、その壁面は何の鉱物で出来ているのか、脳が錯覚を起こす程に混じりっ気なしの白色であった。
「何か特殊な魔法でも施してんのか?毛程の汚れも見当たらねぇ」
 独り言を呟きながら、飾り気のない木製のドアをゆっくりと開ける。
 足を踏み入れた教会の中には先程とは打って変わった鮮やかな世界が広がっていた。床には赤い絨毯が敷き詰められており、天井全体に施された色とりどりのステンドグラスは陽の光を虹色に染め上げ、室内を煌びやかに照らしている。
 あまりにも俗世離れしたその光景に目を奪われていたその時、ふと部屋の右側から声が掛かった。

「どういったご用件でしょうか?」

 声のする方へ視線を向けると、真っ白いローブに身を包んだ茶髪の女神官が此方を向いて佇んでいた。
(!コイツ……ずっと部屋にいたのか?全然気付かなかったぞ……)
「あの、ご用件は?」
 女神官が此方へと歩み寄る。
「ああ、用件ね。えっと、今度のグランドフェスに出たいんだけど、その申請ってまだ間に合うかい?」
 俺の言葉を聞いた女神官がニコリと微笑む。
「ええ、大丈夫ですよ。では、何が出場資格を証明出来る品をお持ちですか?」
「ああ、じゃあコレを……」
 そう言って、俺がオフドコインを取り出すべく、懐へと手を入れた次の瞬間ーー

「オラ、退けよ!」

 俺を押し退け、身長2メートルはありそうな、筋骨隆々の大男が当たり前の様に女神官の前へと割り込んで来た。微塵も悪びれる様子なく、大男が女神官へまくし立てる。
「グランドフェスの申請に来たぜ!ホラ、さっさとしろよ!時間がねーんだよ!」
 恫喝にも似た蛮声に女神官怯みながらも、何とか声を絞り出す。
「で、ですが、貴方が突き飛ばした先程の男性が先です。申請をしたければ、彼の後ろに並んでください」
「うるせーよ!神官風情が生意気に!オレはあの〝勇者バンツ〟のパーティー、〝武闘士のブジャー〟様だぞ!」
「で、ですが、規則ですので……後ろに並んでください」
「この融通の利かない堅物女め!痛い目見てから後悔しやがれ!」
ブジャーが女身長目掛けて右拳を振り下ろした。

ーーバシンッッ

 乾いた音が響いた。ブジャーが拳を放ったその刹那、俺は女神官とブジャーの間に身体を滑り込ませ、彼の凶拳を右手で受け止めた。
「なっ⁈」
 自分の拳をいとも簡単に受けられた事が信じられないのか、ブジャーは驚愕の表情を浮かべ、声を上げた。
 そんな彼に、俺は不敵な笑みを返す。
「おいコラ、おっさん。『順番を守る』なんて、3歳のガキでも出来る事だぜ。〝勇者パンツ〟か〝武闘士ブラジャー〟か知らないけど、悪い子にはお仕置きだな」
「バンツとブジャーだ!」
 ブジャーが目を血走らせながら憤る。
一触即発の重苦しい空気が辺りを満たしたその時であった。

「一体、何の騒ぎですか?」

 聞き覚えのある声が耳を抜けた。その声の方へと視線を向けると、女神官と同じく真っ白なローブを纏った銀髪の女神官が、その瑠璃色の瞳で力強く此方を見つめていた。
「あんたは……ウエン」
 ウエンはツカツカと早足で此方へと歩み寄ると、厳しい表情を浮かべながら、茶髪の女神官へと尋ねた。
「チャコ、何があったか話しなさい」
「お二人共グランドフェスの参加申請に来られた方々なのですが、其方の大柄な男性が割り込みをされまして……それを咎めたところ、拳を振るわれました」
「成る程……」
 ウエンがブジャーを睨みつける。そんな視線を意に返さず、ブジャーは目の前にいる元レジェンドクラスの魔導士に向けてニヤリと下品な笑みを浮かべた。
「あんたがあのウエンか。思ってたよりもイイ女だな。オレはブジャー。勇者バンツのパーティーで……」
「そうですか。では、そのバンツに伝えてください。貴方方の様な粗暴な勇者の申請はお断りしますと」
 ブジャーの話を遮ってそう言うと、ウエンは彼の鳩尾に裏拳を叩き込んだ。
「がはぁっ⁈」
 軽く扉をノックする様に放たれたその裏拳は、信じられない事に一撃で巨漢の男を陥落させた。
 白眼を剥きながらその場に崩れ落ちたブジャーを冷たい眼差しで暫し見つめたウエンは、先程とは打って変わって穏やかな表情を俺へと向けた。
「やあ、マオ君久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「ああ。おかげさまでそれなりに楽しくやってるよ。てか、いきなり裏拳かますとか、アンタも中々恐ろしい事するな」
「まあ、私の仕事はコイツの様な不届きな勇者を成敗する事だからね。ああ、グランドフェスの申請だったね。さっきのお詫びも兼ねて、手続きは私の方でやっておくよ」
「えっ、いいのか?」
「ああ。君の身元は私が保証できるし、出場資格はネロス様から直々に渡されたオフドコインだろう?文句を付けろって方が無理な話だよ。出場するのは君とラリアさん、ソーファさんの3人で良かったかな?」
「ああ。随分と詳しいんだな」
「君達のパーティーは有名だからね。まあ、私はマオ君のファン第一号として、最初から君の動向はそれなりに気がけさせて貰っているけど」
「そりゃあ、どうも。じゃあ頼むわ、ウエン」
「ああ。詳しい事は、また君のギルドマスターを通じて連絡するよ。グランドフェス、頑張ってね」
 踵を返し背中越しに手を振った俺は、ウエンの激励を背中で受けながら、教会を後にした。

 マオの背中を見送ったウエンは横目でチャコを見ながら口を開いた。
「何故あんな茶番を演じたのですか?貴女ならあの程度のゴロツキ勇者、一捻りだった筈ですよ」
 その言葉に、ニヤリと笑いながらチャコはその場で大きく伸びをした。
「だって見たかったんですもん。ウエン様が直々に推薦した魔道士がどれほどのものか」
「それで、どうでした?彼の印象は?」
「武闘士の拳を受け止める魔道士ですよ?面白くないわけ無いじゃないですか」
 先程怯えていた人物とは別人の様に、ギラつかせた目をしながら、チャコが続ける。
「ああ、グランドフェスでやり合うのか待ち遠しい」



(尾けられてるな……)
 教会から出てすぐ、俺は自分を監視する何者かの気配を感じ取った。しばらく適当に歩いてみたが、その気配は付かず離れずの距離でピタリと着いてくる。
(さっきの筋肉ダルマの仲間か?ああ……面倒くせぇ)
 俺はため息をつきながら、大通りから隔離された人気の無い裏路地へと歩を進めた。裏路地に入り、追跡者以外の気配が消えた所で、俺は少し大き目に声を張った。
「尾けられてんのは分かってんだ。ほら、ここなら姿を現せ易いだろ。とっとと出てこいよ」
 俺がそう言い終えると同時に、背後からジャリっと土を踏む音が聞こえた。振り向くと、そこにはフード付きのローブを纏った男女の二人組が佇んでいた。先程のブジャーとは違い、その出で立ちから、一瞥するだけで分かる程の強者のオーラが溢れ出ている。
「さっきの筋肉バカの知り合いじゃ無さそうだな。はぁ、パシリに割り込みに最後はストーカーかよ。全く勘弁して欲しいぜ。何なんだよお前ら?」
 俺の問いに男が低い声で返答する。
「貴様、ラリア・バスターオーガの仲間か?」
 予想外の展開に俺は思わず眉をひそめる。
(〝バスターオーガ〟だと?コイツら、昔のラリアを知っている?)
「お前……何者だ?」
 俺の言葉を無視して男が続ける。
「もう一度言うぞ。ラリア・バスターオーガは何処に居る?」
「俺がホイホイ教える様に見えるかよ?」
「……では、力ずくで聞き出すまで」
 二人組からビリビリとした殺気が放たれ、周囲の空気が今にも破裂音を発するのではないかと思わせる程に張り詰めた。
(コイツら……マジで強えな)
 俺は流れ落ちる額の汗を拭いながら、腰に挿しているロッドへと手を伸ばし、臨戦態勢をとった。
「やれ、ヴァリー」
「はい」
 男の言葉に呼応して、ヴァリーと呼ばれた女が俺へと向かって飛び掛った。
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