元最強魔王の手違い転生

タカナ

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第35話 予感と暗躍

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「んで、どーするよ?これ……」
 俺は腕組みをしながら、ネロスが置いて行った木箱をまじまじと見つめた。神殿長とは言え、見知らぬジイさんに手渡された怪しげな箱だ。正直、開けるのが躊躇われる。
「『どーする』って。そりゃあ、開けるしかないでしょう?ほら、開けてよマオ」
 飄々としながら、ラリアが促す様に俺へ向けて木箱を近づけた。
「え、俺が開けんの?嫌だよ。ジイさんがウインクしながら置いていった箱だぞ?ラリア、お前がウチの勇者なんだから、お前が開けろよ」
 俺はラリアへと優しく木箱を手渡しす。
「はぁ?勇者とか関係ないし。ネロス様に気に入られたのはマオじゃない!だからマオが開けてよ!」
「それこそ関係ねぇだろ!ラリアがこのパーティーの代表だろ!ラリアが開けろよ!」
「嫌よ!マオが開けてよ!こんな得体の知れない箱、自分で開けたくないし!」
「おい。今、本音がゴリッと出たな。俺だって嫌だわ!」
「私だって嫌よ!」
 ギャアギャアと喚きながら、木箱を押し付け合う俺とラリア。そんな二人を見兼ねて、マスターが身を乗り出した。
「おいおい、お前ら。訳わかんねぇ事で揉めるんじゃねぇよ。ほら、貸してみ?オレが開けるから」
 そう言って木箱を受け取ろうと手を伸ばすマスターへ向けて、俺とラリアは同時に口を開いた。
「嫌だ!」
「嫌よ!」
 思いがけない返答に一瞬呆けた顔を見せたマスターが直ぐに眉をひそめ声を荒げる。
「何だそれ⁈いやいやいや、意味わかんねーし!お前らが開けたくねぇって言うから、オレが代わりに開けてやるって言ってんじゃねーかよ!」
「いやいや、マスター。俺はね、自分で開けるのは嫌だよ?でも、部外者に開けられるのも嫌なんだよなぁ」
「そうそう。ここでマスターが開けるのはないわよねぇ」
「……お前ら、言ってる事無茶苦茶だぞ?」

「じゃあ、私が開けます」

 俺たち三人のやり取りに全く触れる事なく、ソーファが流れる様な手つきで俺から箱を取り上げると、微塵も躊躇する事なく易々と箱の蓋を開けた。
「何ですか、これ?」
 ソーファが示した箱の中には、金色に輝く直径3センチ程の硬貨が3枚入っていた。俺はその硬貨を摘み上げ、目の前にかざした。
「普段使う通貨じゃないし……何かの記念硬貨か?なあマスター、これ何だか知ってるか?」
 そう言って視線を向けた先には、目を見開き金魚の様に口をパクパクさせながら驚嘆の表情を浮かべるマスターの姿があった。
「そ、そりゃあお前、《オフドコイン》じゃねぇか……」
「《オフドコイン》?何じゃそりゃ?」
 首を傾げる俺達へマスターが続ける。
「《オフドコイン》は教会が認めた勇者へ贈られる公的な品だ。売れば豪邸が3軒は建つ。それよりも重要な事は、コイツを持ってると《グランドフェス》に出れるぜ!」
「えっ!《グランドフェス》に出れるの⁈」
「本当ですか⁈本当の本当に本当ですか⁈」
 ラリアとソーファが目を輝かせながら歓喜の声を上げる。そんな中俺は小さく手を挙げた。
「何だよ?その《グランドフェス》って?」
 俺のその言葉に、その場の全員が凍りつく。
「えっ……マオ、嘘でしょ?まさか、《グランドフェス》知らないの?」
「怖いです。もうマオが無知すぎて怖いです」
「うん、流石のオレも今のはドン引きだ」
「五月蝿ぇな三人とも!知らないものは仕方ねぇだろ!教えろよ!何だよ、《グランドフェス》って⁈」 
 ラリアが驚きを通り越して哀れみの視線を向けながら口を開く。
「5年に1度開かれる勇者の祭典よ。全国から集結した勇者同士が技を競い合って、その大会の覇者を決めるの」
「ふーん、勝つと何かいい事がある訳?賞金とか?」
「バカ!そんな物の為に競い合うんじゃないのよ!名誉の為に闘うの!グランドフェスは出るだけでも相当大変なの。もし優勝なんてしようものなら歴史に名を刻めるわよ!」
「なるほど、名誉の為の闘いねぇ」
「そうよ!ああ、どうしよう!言いふらさなくちゃ!みんなに言いふらさなくちゃ!」
「私、ポムの村に手紙で知らせます!」
「すげぇぜ!まさかオレのギルドからグランドフェス出場勇者が出るなんてな!」
 歓喜に踊り狂う三人を他所に、俺は再び掌にある硬貨へと視線を落としながら、ネロスの言葉を思い出す。
(『お主、以前儂と何処かで会っとらんか?』か……まさかな……)
 〝何かが起こりそうな気がする〟そんな予感を胸に、俺はそっと硬貨を握りしめた。


 マオが硬貨を握りしめたのと時を同じくして、メルンのある薄暗い裏路地にて一人の勇者が荒々しく声を上げていた。
「ここを通りたければ通行料を払えよ!怪我したくなけりゃなぁ!」
 その蛮声を浴びているのはフード付きのローブを纏った二人の男女であった。
「何故、道を通るのに貴方へお金を支払わなければならないのですか?」
 女は臆する事なく、淡々とした口調で勇者へ尋ねる。
「ああ⁈オレは勇者だぜ⁈〝勇者特例〟知らねぇのかよ?ガタガタ言わずにとっとと払えや!」
 そう叫んだ勇者は女へ歩み寄ると彼女の頭を平手で叩き、そのまま胸ぐらを掴み上げた。
「ほら、さっさとしやがれ。さもないと、もっと痛い目を見ることに……」
「成る程、勇者の方でしたか」
 女が先程と同じ様に、淡々とした口調で勇者の言葉を遮った。
「ああ?だったら何だよ?」
 威圧する様に言い放つ勇者に向けて、女は静かに口開く。

「だったら、遠慮は要りませんね」

 そう呟いた次の瞬間、女は慣れた手つきで胸ぐらを掴んでいる勇者の手をねじり上げた。捻り上げられた勇者の手首関節は一瞬にして人の可動域を超え、鈍い音を上げた。
「ぎゃあああぁぁ!!手が、オレの手がぁ!!」
 激痛により蹲る勇者を、女はフードの奥に光る冷たい眼差しで見下ろした。
「耳障りです。喚かないでください」
そう言って、女は無慈悲に勇者の顎を踏み抜いた。
「がボォあぁ」
 声にならない声を上げて、勇者は泡を吹きながらその場にへたり込み、動かなくなった。
「本当、勇者なんてごみ虫以下です。見てるだけで虫唾が走る」
 淡々と呟いて、女は勇者に追い打ちをかけるべく足を振り上げる。

「おい、その辺にしておけ」

 連れの男が発した低い声を受けて、女はゆっくりと振り上げた足を地面へと下ろした。
「すみません。勇者を見るとつい……」
「お前の気持ちも分かる。だが、オレ達の目的は別にあるだろう?」
「そうですね。しかし、本当に〝アイツ〟この街に居るんですかね?こんな賑やかな街〝アイツ〟には似合わないですけど」
「そうだな。オレ達にはこの路地裏の様な場所がお似合いだろうからな」
「しかも勇者をやってるなんて言うじゃないですか。〝アイツ〟がそんなごみ虫みたいな事してるなんて、俄かには信じられません」
「確かにな。だが、人の根っこがそう簡単に変わる事は無い。〝アイツ〟が勇者なんて馬鹿な真似、本気でする筈ないからな。所詮は〝勇者ごっこ〟に過ぎないだろう」
 男が一呼吸おいて続ける。
「我々〝リンカー〟復興の為には〝アイツ〟の力が必要不可欠だ。是が非でも連れ戻すぞ、ラリア・バスターオーガをな……」
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