元最強魔王の手違い転生

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第34話 神殿長ネロス・マーギン

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「ちょっとマオ、アンタ今なんて言った?」
 眉をひくつかせながらラリアが尋ねる。
「いや、だから、誰よ?そのネロス……何だっけ?マーゲンだっけ?」
「マーギンよ!神殿長ネロス・マーギン様!え?嘘でしょ⁈まさか本当に知らないわけ⁈」
「ああ。知らない」
 そう当然の様に返答する俺に、その場に居る三人がドン引きする。
「いやー、さっきまであれだけ励ましてもらっといて何だけど、マオって時々本当バカだよね」
「世間知らずも度が過ぎると病気ですよ」
「流石に今回ばかりはオレも庇いきれねぇ」
 軽蔑を通り越して、哀れみに近い眼差しを俺へと向けながら、三人がそれぞれポツリと呟いた。
「何だよ、三人とも。要は、お偉いさんが俺達を訪ねて来たって事だろ?」
 軽い言葉を放つ俺にマスターが声を荒げる。
「いや、そりゃそうなんだが〝神殿長〟だぞ⁈お前、本当にこの意味分かってんのか⁈」
「意味って何だよ?」
 埒のあかないやり取りに業を煮やしたラリアが割って入る。
「いい?マオ。私達勇者を組織しているのが〝ギルド〟で、そのギルドをまとめているのが〝教会〟。そして、その教会を管理しているのが国の中央にある〝神殿〟よ。ここまでは流石に知ってるわよね?」
「ああ」
「よかった。神殿長はその神殿の最高責任者、つまり私達勇者のトップってこと。中でもネロス様は歴代最高の神殿長、〝生ける伝説〟とまで言われていて、エルク国最高権力者の一人よ」
「ふ~ん」
「『ふ~ん』ってアンタ……」
 自身の力説も虚しく、リアクションの薄い俺を見て、ラリアがため息をつく。
「そんでマスター、その超お偉いさんが俺達にいったい何の用があるってんだ?」
「知らねぇよ。オレもお前等探すためにギルド飛び出して来ちまったし」

「ほっほっほ。見つけたぞぃ」

 不意に背後から声が掛かる。振り返った俺達の目前に地味なベージュ色のローブを纏った小柄な老人が佇んでいた。眩しい程のスキンヘッドにタンポポの綿毛を思わせる柔らかそうな口髭をたくわえ、ニコリと微笑むその目元からは優しさが滲み出ている。細身の身体と少し曲がった腰が小柄な体格を更に小さく印象付けた。
「な、どっ、ネロス様!何故ここに⁈」
 アタフタしながら声を上げるマスターへ、ネロスが穏やかな口調で応えた。
「何故って、そりゃお主がいきなりギルドを飛び出していくからじゃろうが。全く、探したぞい」
「す、すみません」
 ぺこぺこと頭を下げるマスターをたしなめる様にネロスが続ける。
「ああ、良い良い。折角来たんじゃ、ここで話をしようかのぅ」
 そう言って、当たり前の様に俺達のテーブルに着いたネロスはメニュー表に目を走らせ始めた。
「ここの『きな粉バターホイップラテ』美味いんじゃよなぁ。ほらマスターお主も座れ。みんなも好きなものを頼むがいい、儂の奢りじゃ」
 朗らかに笑うネロス。そして、そんな彼とは対照的に俺以外の三人は緊張のあまり顔面全体を痙攣させながら静かに俯いていた。
 しばらくして、注文した飲み物がテーブルに並ぶも、ネロス以外は口を付けようとせず、気まずい雰囲気が場を埋め尽くしていた。
「し、しかしネロス様、オレがここに居るってよく分かりましたね」
 気まずい雰囲気を和ませようと、マスターが辿々しく口を開いた。
「ああ、儂は〝鼻が効く〟でのぅ」
「?。まさかオレの匂いを辿って来られたんですかい?」
「ほっほっほ。まあ、そんなところじゃ」
「〝鼻が効く〟ってジイさん、それって《嗅知法》か?」
 口を開いた俺に向かって、その場全員の視線が集まった。
「おっ、こら、マオ!ネロス様に向かって『ジイさん』はないだろ……」
「ああ、良い良い」
 慌てふためくマスターの言葉をネロスが穏やかな口調で遮った。
「お主、マオと言ったな。若いのに随分と古い言葉を知ってるんじゃのぅ。関心じゃ」
 ネロスがニコリと微笑む。
「ねぇ、マオ。その《嗅知法》って何?」
「五感を使って魔力を探る技法の一つだよ。一般的には触覚を使う奴が多いんだけどな」
「ああ、マオがメドル邸で言ってた『魔力残渣がどうのこうの』ってやつね」
「おお、まさにそれだよ。ただ、俺もあんまり感度良い方じゃなくてな。何となく魔力の残り香が分かる程度なんだが、このジイさんがやった嗅覚を使う《嗅知法》ってのは知覚の精度が桁違いなんだ。恐らくギルドからここまで迷う事なく来れた筈だぜ。その分、習得難易度もべらぼうに高いがな」
「ほっほっほー!関心、関心!若いのに良く勉強しておる!」
 ネロスが髭を弄りながら楽しそうに笑う。
「いやー、マオ君。お主いいのぅ。儂、お主の事気に入っちゃったぞぃ」
 そう言って、ネロスはスンスンと俺の匂いを嗅ぎ出した。その様子を見たラリアとソーファがあからさまにドン引きした表情を浮かべる。
「おい、ジイさん。いい加減にしろよ。そんなグイグイと嗅がれると、流石の俺も引くぞ、おい」
「ふーむ、この匂い……」
 俺の言葉を他所に、ネロスがゆっくりと顔を上げ、先程の柔らかな眼差しから一転、鋭い眼差しを俺へと向けた。そのあまりの変わりように俺は寒気を覚える。
「マオ君、お主……以前、何処かで儂と会っとらんか?」
「……いや、初めましてだぜ」
「そうかのぅ……儂の鼻、記憶力はいい方なんじゃが」
「……」
「……」
 俺以外には悟られない様に、ネロスは俺を睨みつける。その刺す様な眼光を浴びながら、俺は必死に記憶を辿った。
(何だよこのジイさん。スゲー圧力だな。でもマジで会うのは初めてだし。待てよ……もしかして、前世で戦ったことのある奴か?『ネロス・マーギン』か。ネロス……ネロ……何だ?何か、あとちょっとで思い出せそうなんだが……)

「あのー、それでネロス様は私達に何の用があるんですか?」

 ラリアの言葉を受けて、ネロスは俺に向けている鋭い眼光を納めた。
「ほっほっほ。そうじゃった。まだ言ってなかったのぅ」
 表情を緩め和かに微笑ながら、ネロスがラリアの方へと顔を向ける。
「勇者ラリアとその一行へ、儂から臨時ボーナスじゃ」
「ボ、ボーナスですか⁈」
「左様。此度のポムでの一件は、勇者の信頼を揺るがしかねない大きな事件であった。その解決に尽力したお主らには本当に感謝しておる。その報酬として、お主らが望むものを儂から授けよう」
「望む物ですか?」
「そうじゃ、遠慮無く何でも言ってくれ。報奨金も良し、クラスのランクアップでも良し、将又ギルド内での地位の付与等でも良いぞ」
「うーん、いきなり言われても……。マオ、ソーファ、二人はどう思う?」
「そうですねぇ……個人的には報奨金もランクアップもあまり興味ないですね」
 ソーファが首をひねりながら唸る。
「あ、じゃあ俺からいいか?」
「おお、何じゃ?何でも言ってみぃ」
「〝勇者特例〟を撤廃して欲しい」
 想定外の申し出に、ネロスの表情が一瞬曇る。
「それはまた珍妙な。何故その様な物を願う?」
「今回の一件、根底にあるのは勇者特例だ。俺の村も似たような被害に合ってたし、勇者特例自体を何とかしねぇと根本的な解決には至らないと思う。ジイさん、何とかしてくれねぇか」
「おお!それいいわね、マオ!」
「グッドアイデアです!」
 盛り上がるラリアとソーファを見つめながらネロスがゆっくりと答える。
「それは無理じゃのぅ」
「何だよ⁈何でも言えって言ったじゃねぇか」
「まあ落ち着け。理由は二つじゃ。一つ、特例の撤廃は儂一人の権限を超えておる。どうしてもと言うなら神殿で協議しても構わんが、結論が出るまで長い長い時間が必要じゃし、まあ恐らく撤廃は難しいじゃろ。そして二つ目、勇者特例は〝勇者を勇者たらしめる〟為の物じゃ。これの撤廃は勇者の存在意義自体を無くしてしまう」
「どういう意味だ?」
 首を傾げる俺に、ネロスが丁寧な口調で続ける。
「〝勇者は特別な存在でなくてはならない〟。これは古よりの大前提じゃ。人々を守る者、人々の希望として輝く者としてあり続ける為には、何かしらの光を当てなければならない」
「その光が〝勇者特例〟って訳か。だが、その光が強すぎて周りを焼き焦がせているのも事実だろう?ジイさんはそこのところ、どう考えてるんだ?」
「確かに目に余る勇者が居るのも事実。それでも儂は勇者特例の撤廃は出来ないと思っとる。お主らは何故勇者特例が出来たのか知っておるか?」
「確か、『瀕死の勇者一行が村に助けを求めたが、応じてもらえず全滅した』だっけか」
「問題は〝その後〟じゃ」
「その後?」
 ネロスがゆっくりと頷く。
「ここでの〝全滅〟とは〝人々をとしての全滅〟を指す」
「どういう事だ?」
「自分達の全てを投げ出し、平安の世を築く為必死に尽くしてきた勇者達じゃ。それがまさか、尽くしてきた人に裏切られるという最期を迎えるとは夢にも思ってなかったじゃろ。相当な無念だったんじゃろうな。その勇者一行は絶望の念から魔物化し、人々を襲ったと伝えられておる」
「勇者が魔物化?」
「左様。お主らもポムの村で見たじゃろぅ?人は負の感情が溢れ出すと魔物化する。これは教訓でもあるのじゃ。人は勇者を裏切ってはならないというな」
 一呼吸置いてネロスが続ける。
「お主らの言いたい事もよく分かる。じゃが、事はそう単純ではないのじゃ。今回の件について、南東部周辺には儂の信頼がおける勇者を担当として派遣することにしよう。当面はそれで勘弁してもらえぬか?」
「ああ、分かったよ」
「すまんなぁ、期待に応えられんで。お、代わりと言ってはなんじゃが……」
 ネロスはローブの懐を弄ると、サイズの木箱を取り出し俺へと手渡した。
「おい、何だよコレ?」
「儂のき・も・ち」
 ネロスがウインクしながら微笑む。
「気持ち悪いジイさんだな。開けるのが怖えじゃねーか」
「ほっほっほ。まあ、変なものは入っとらんから安心せい。さてと、儂はそろそろお暇しようかのぅ。お主らとはこれからも長い付き合いになりそうじゃな。よろしく頼むよ、マオ君」
 そう言って、きな粉バターホイップラテを一気に呷ったネロスは和かに微笑みながら、足取り軽く店の外へと向かって行った。
 最後にネロスが口にした〝よろしく頼む〟と言う言葉を頭の中で反芻させながら、俺はネロスの背中を見送った。

 店を出たネロスは、俯きながら足早に歩を進めた。彼は一刻も早く人気の無い場所へと向かわなければならなかった。  
 身体中を駆け巡る歓喜と驚嘆の衝動を人前で爆発させる訳にはいかなかったからだ。
 やっとの思いで駆け込んだ人気の無い裏路地で、彼はその衝動を解き放ち、大声を上げ狂った様に笑い出した。
「がはははははは!!!!!!!!」
 流涎を撒き散らし、目玉をひん剥きながら笑い声を上げるその姿は、まるで狂気そのものであった。
 一頻り笑った後、ネロスは天を仰ぎながらボソリと呟いた。

「まさか、こんな所で会えるとは……なぁ、魔王よ」
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