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第41話 ラリアの中に眠りし者
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「はっはっはー!大量、大量!今日の狩り勝負は私の勝ちだね!ヘイト!ヴァリー!」
獲物の調達を終え、孤児院へ向けて歩を進める三人。その先頭を歩くラリアが自分の3倍はあろうかという巨大な猪を担ぎながら、意気揚々と声を上げた。
「何言ってんだよ。オレとヴァリーが追い詰めたから、ラリアがとどめを刺せたんじゃないか。寧ろ、オレとヴァリーのコンビプレイの勝利だろ」
「そうです。ラリアは美味しいとこ取りで狡いです」
ヴァリーが頬を膨らませ、ラリアの背中へと声を掛ける。
「まあまあ、そうムクれなさんなって」
ラリアはヘイトとヴァリーへ向けて意地悪な笑みを向けた。
「ちくしょう、腹立つなアイツの顔」
「全くです」
取り留めのない話をしなが歩く三人は森を抜け、孤児院の扉の前へと辿り着いた。
「ほら、私は両手が塞がってるから。ヘイト、ドア開けてよ」
「へいへい」
ラリアに促されたヘイトが面倒臭そうにドアを開ける。
「ただいま~!マザー・グリス!今帰っ……」
元気に声を上げたラリアであったが、ドアを開けたその瞬間、彼女は孤児院の中に漂う異様な雰囲気を感じ取った。表情が強張り、額から汗が流れる。
「おい、どうした?急に……っ!」
「一体……っ⁈」
ラリアの異様な表情を見て、ヘイトとヴァリーも一瞬遅れて、その気配に気付く。
「殺気と怒気……?」
「血の匂いもするな……」
「っ!マザー・グリス!」
抱えていた猪を地面に放り投げるラリア。三人は血相を変えて孤児院の中へと駆け出した。
部屋に駆け込んだラリア達三人が目にしたのは頬を腫らし、額と口の脇から血を流しながら床に伏せるマザー・グリスとそんな彼女を嘲笑いながら、醜く顔を歪ませるアロンとギャッシュの姿であった。
「マザー・グリス!!」
ラリア達三人が目を見開きながら大声を上げた。
アロンとギャッシュがゆっくりとラリア達へと視線を向ける。
「おやおや、やっと帰って来ましたか〝魔物の子〟達が」
アロンが口角を引き上げ、不気味に笑う。
「お前っ!!マザー・グリスに何してる⁈」
ラリアが目を血走らせながら叫ぶ。そんなラリアの咆哮を、まるで心地良い音楽を聴いているかの様な表情で迎えるアロン。
「何って、見れば分かるでしょう?〝責任〟を取ってもらってるんですよ」
「〝責任〟って、一体マザー・グリスが何したってのよ⁈」
「彼女は私の依頼を断りましたからねぇ。全く、折角〝エアフ大河の散策〟という私の華々しい一大イベントを開催する予定でしたのに。彼女が依頼を断ったせいで、全てがオジャンです」
「そんなの知ったこっちゃないわ!何がマザー・グリスの責任よ⁈行きたいならエアフ大河でも魔界の最果てでもアンタが好きに行ったらいいじゃない!」
ラリアの言葉を受けて、アロンは小馬鹿にするように鼻でため息をつく。
「あのですねぇ。私、こう見えて結構名の知られた勇者なんですよ。エアフ大河なんて魔界の側、危険極まりない。そんな危険な所に初見で行って、勇者が命を落とせば多くの人々が嘆き悲しんでしまいます。そんな事誰も望まないでしょう?ですから、まずは、あなた達リンカー様に価値のない命で安全を確かめる必要があるのですよ」
「何ですって……」
「あなた達リンカーの命と私の様な勇者の命、どちらが尊いかなんて比べるまでもありません。寧ろ感謝して欲しいですね。捨てられるだけのリンカーの命を人々の幸せの為に有効活用してあげてるのですから。そして、そんな私の崇高な任務をこの女は妨げたのです。償って貰うのは当然です」
そう言って、アロンは蹲るマザー・グリスの脇腹を小突くように蹴飛ばした。
「がばぁっ、くっ……命に……尊くないものなんて無い」
呻き声を上げながら、マザー・グリスは懸命に言葉を紡ぐ。
「……命は皆平等……私の子供達も勇者である貴方も、全て同じ一人の人間……」
マザー・グリスは力強い眼差しでアロンを見上げた。
「だから……子供達の命を軽んじる様な、貴方達の発言……私は、絶対に許さない!」
「ほーっ面白い。一体、どう許さないのですか、っね!」
言葉尻に合わせてアロンが再びマザー・グリスの脇腹に蹴りを入れた。
「がばぁぁっ」
ーードンッ!!!
マザー・グリスが呻き声を上げると同時に、低く太いを上げながら床を蹴ったヴァリーが弾丸の様な速さでアロンへと飛び掛かった。
「おお、速いじゃないですか。流石はリンカー。でも……」
一直線に飛び掛かって来たヴァリーをアロンは身体を捻りながら華麗に躱し、そしてーー
「所詮はガキですね」
攻撃が外れ、空中で無防備になっているヴァリーの鳩尾へとアロンは膝蹴りを叩き込んだ。
「ぐはっ」
「ヴァリー!!」
ラリアとヘイトが叫ぶ。
カウンター気味に膝蹴りを喰らったヴァリーは受け身を取ることもままならず、床に叩きつけられる様に着地すると、鳩尾を抑えたままその場に蹲った。
「ヒューッ!流石は勇者様です!」
ギャッシュが拍手をしながらニヤリと笑う。
「よして下さいよ。私は勇者ですよ?リンカーと言えど、所詮は子供。私が負けるはずないでしょう?ギャッシュさんこそ、この程度のガキにやられるなんて、鍛錬が足りてない証拠ですよ。もう少し腕を磨いてもらわないと困ります」
「いや~まったくもって面目ない」
ヘラヘラと話をする二人を他所に、マザー・グリスは床を這いながらヴァリーの元へと向かい、彼女の小さな肩に手を当て懸命に言葉を掛けた。
「ヴァリー!ああ、ヴァリー!大丈夫⁈」
「う、うぅ……」
ヴァリーが呻きながら顔をしかめる。
そんな二人を見つめながら、ラリアは淡々とした口調でヘイトへと告げた。
「ヘイト、私に何かあったら二人をお願いね」
「は?そりゃ、どう言う……」
ヘイトの問いかけへ応える事無く、ラリアは真っ直ぐにアロンへと向かって飛び掛かった。
「あら、さっきのガキよりも遅いじゃないですか。残念ですねぇ」
アロンはそう言いながら、先程と同じ様に身体を捻り、直線的なラリアの攻撃を躱してみせた。
「ほぅら、ガラ空きですよ」
笑みを浮かべながら、ラリアの鳩尾へ向けて膝を叩き込もうとアロンが右膝を繰り出したその時ーー
「おりゃぁあっ!」
ラリアは身体を思い切り捩ると、その反動を使い空中で身体をの位置をずらして見せた。
「なっ⁈」
予想外の超反応にアロンが目を見開く。
「おりゃぁぁあっ!!」
一瞬反応が遅れたアロンの顔面へ向けて、ラリアは右の踵を振り下ろした。
ーーバチンッ!
乾いた音が響く。
ラリアの動きに一瞬戸惑ったアロンであったが、すぐ様冷静さを取り戻し、振り下ろされたラリアの右踵を左手でしっかり受け止めた。
「ぐっ……」
渾身の攻撃を防がれたラリアが表情を曇らせる。そんな彼女とは裏腹にアロンがニヤリ口角を歪ませる。
「なかなかいい動きでした。正直少し驚きましたよ。しかし……」
アロンが左手を引き、空中に居るラリアを引き寄せる。
「まだまだですねぇ!」
完全に体勢を崩したラリアの脇腹に、アロンの右拳が叩き込まれる。
「ぐあぁっっ!!」
悲痛な呻き声を上げたラリアは、猛烈な勢いで吹き飛ばされ壁に身体を激突させると、そのまま力無く糸の切れた操り人形の様に倒れ込んだ。
「ラリア!!!」
ヘイトが叫び声を上げた。
そんな彼を見ながら、アロンが不気味にニヤリと笑う。
「おやおや、後は君一人になってしまいましたねぇ。どうしたのです?掛かって来ないのですか?」
「くそっ……」
そう呟いてアロンへ向けて構えたヘイトであったが、彼は既に理解していた。ラリアですら敵わなかった相手に自分が勝てるはずがない事を。
睨みつける鋭い眼光とは裏腹に、ヘイトの足は小刻みに震えていた。
「おや、来ないのですか?では、此方から行くとしましょう」
弱い者いじめを楽しむ様に、下賤な笑みを浮かべながら、アロンがヘイトへと歩み寄ろうとしたその時ーー
「ヘイト!二人を連れて早く逃げなさい!!」
大きな声が響くと同時に、先程まで伏せっていたマザー・グリスがアロンの蛮行を止めるべく、彼のマントへしがみついた。
血と涙で汚れた顔を自分のマントへ埋めるマザー・グリスを見て、アロンは嫌悪感を露わにし、眉をひそめた。
「ちょっと、離してくれませんかねぇ。このマント、特注品で高いんですよ」
そう言いながら、アロンはマザー・グリスを突き放す様に蹴飛ばした。
「ぐっ!」
それでも彼女は懸命にマントを握りしめ、決死の覚悟でしがみつきながら叫んだ。
「何やってるの!ヘイト!早く逃げなさい!!」
「でも!マザー・グリスが!」
「私の事はいいから早く行って!私は……私はもう二度と……子供を失うなんて思いはしたくない!今度こそ、今度こそ絶対に守ってみせる!!」
「っ!この女!いい加減離せよ!鬱陶しい!」
アロンは表情を変え、マザー・グリスを殴り続けた。その拳の雨に打たれながらも、マザー・グリスはその手を離さない。
「早く……早く……逃げて……」
「マザー・グリス……」
祈る様に呟きながら、必死でしがみつくマザー・グリスとどうして良いか分からず、葛藤に苛まれながら、只々立ち尽くす事しか出来ずに涙を浮かべるヘイト。
なりふり構わず執念のみでしがみつくマザー・グリスの姿にアロンは怒りの絶頂を迎えた。
「あー、もう鬱陶しい。斬る」
そう言ってアロンは腰に携えている煌びやかな長剣を抜き高らかと掲げながら、氷の様に冷たい眼差しでマザー・グリスを見下ろした。
ーーマザー・グリスが殺される
薄れゆく意識の中で、視界の端に映る光景を見ながら、ラリアは直感的にそう思った。
ーー何とかしなくちゃ
ーー身体が重い、動かない
ーー動け
ーー早く助けなくちゃ
ーーこのままだと殺される
ーー嫌だ
ーーマザー・グリス
ーー嫌だ!!
ーー嫌だ!!!
ラリアの頭の中で、様々な思いが刹那に飛び交い彼女の思考を埋め尽くす。そして、まるで急に目の前に幕が下された様に、ラリアの意識は黒く塗り潰された。
「……ヤメロ」
ラリアがポツリと呟き、ゆっくりと立ち上がる。その声は人の物とは思えぬ程低く、まるで地の底から這い出てくる様な禍々しさを帯びていた。
その異様な声色に、その場に居る全員が動きを止め、ラリアへと視線を向けた。
「……ラリア?」
この時、マザー・グリスは本能的に感じ取った。今言葉を発した者がラリアではない事を。そして、その正体が良くない者である事を。
「貴女……誰?」
マザー・グリスの言葉が静かに響く。
ラリアはゆっくり顔を上げると、アロンに向けて口を開いた。
「マザー・グリスカラ、ハナレロ」
獲物の調達を終え、孤児院へ向けて歩を進める三人。その先頭を歩くラリアが自分の3倍はあろうかという巨大な猪を担ぎながら、意気揚々と声を上げた。
「何言ってんだよ。オレとヴァリーが追い詰めたから、ラリアがとどめを刺せたんじゃないか。寧ろ、オレとヴァリーのコンビプレイの勝利だろ」
「そうです。ラリアは美味しいとこ取りで狡いです」
ヴァリーが頬を膨らませ、ラリアの背中へと声を掛ける。
「まあまあ、そうムクれなさんなって」
ラリアはヘイトとヴァリーへ向けて意地悪な笑みを向けた。
「ちくしょう、腹立つなアイツの顔」
「全くです」
取り留めのない話をしなが歩く三人は森を抜け、孤児院の扉の前へと辿り着いた。
「ほら、私は両手が塞がってるから。ヘイト、ドア開けてよ」
「へいへい」
ラリアに促されたヘイトが面倒臭そうにドアを開ける。
「ただいま~!マザー・グリス!今帰っ……」
元気に声を上げたラリアであったが、ドアを開けたその瞬間、彼女は孤児院の中に漂う異様な雰囲気を感じ取った。表情が強張り、額から汗が流れる。
「おい、どうした?急に……っ!」
「一体……っ⁈」
ラリアの異様な表情を見て、ヘイトとヴァリーも一瞬遅れて、その気配に気付く。
「殺気と怒気……?」
「血の匂いもするな……」
「っ!マザー・グリス!」
抱えていた猪を地面に放り投げるラリア。三人は血相を変えて孤児院の中へと駆け出した。
部屋に駆け込んだラリア達三人が目にしたのは頬を腫らし、額と口の脇から血を流しながら床に伏せるマザー・グリスとそんな彼女を嘲笑いながら、醜く顔を歪ませるアロンとギャッシュの姿であった。
「マザー・グリス!!」
ラリア達三人が目を見開きながら大声を上げた。
アロンとギャッシュがゆっくりとラリア達へと視線を向ける。
「おやおや、やっと帰って来ましたか〝魔物の子〟達が」
アロンが口角を引き上げ、不気味に笑う。
「お前っ!!マザー・グリスに何してる⁈」
ラリアが目を血走らせながら叫ぶ。そんなラリアの咆哮を、まるで心地良い音楽を聴いているかの様な表情で迎えるアロン。
「何って、見れば分かるでしょう?〝責任〟を取ってもらってるんですよ」
「〝責任〟って、一体マザー・グリスが何したってのよ⁈」
「彼女は私の依頼を断りましたからねぇ。全く、折角〝エアフ大河の散策〟という私の華々しい一大イベントを開催する予定でしたのに。彼女が依頼を断ったせいで、全てがオジャンです」
「そんなの知ったこっちゃないわ!何がマザー・グリスの責任よ⁈行きたいならエアフ大河でも魔界の最果てでもアンタが好きに行ったらいいじゃない!」
ラリアの言葉を受けて、アロンは小馬鹿にするように鼻でため息をつく。
「あのですねぇ。私、こう見えて結構名の知られた勇者なんですよ。エアフ大河なんて魔界の側、危険極まりない。そんな危険な所に初見で行って、勇者が命を落とせば多くの人々が嘆き悲しんでしまいます。そんな事誰も望まないでしょう?ですから、まずは、あなた達リンカー様に価値のない命で安全を確かめる必要があるのですよ」
「何ですって……」
「あなた達リンカーの命と私の様な勇者の命、どちらが尊いかなんて比べるまでもありません。寧ろ感謝して欲しいですね。捨てられるだけのリンカーの命を人々の幸せの為に有効活用してあげてるのですから。そして、そんな私の崇高な任務をこの女は妨げたのです。償って貰うのは当然です」
そう言って、アロンは蹲るマザー・グリスの脇腹を小突くように蹴飛ばした。
「がばぁっ、くっ……命に……尊くないものなんて無い」
呻き声を上げながら、マザー・グリスは懸命に言葉を紡ぐ。
「……命は皆平等……私の子供達も勇者である貴方も、全て同じ一人の人間……」
マザー・グリスは力強い眼差しでアロンを見上げた。
「だから……子供達の命を軽んじる様な、貴方達の発言……私は、絶対に許さない!」
「ほーっ面白い。一体、どう許さないのですか、っね!」
言葉尻に合わせてアロンが再びマザー・グリスの脇腹に蹴りを入れた。
「がばぁぁっ」
ーードンッ!!!
マザー・グリスが呻き声を上げると同時に、低く太いを上げながら床を蹴ったヴァリーが弾丸の様な速さでアロンへと飛び掛かった。
「おお、速いじゃないですか。流石はリンカー。でも……」
一直線に飛び掛かって来たヴァリーをアロンは身体を捻りながら華麗に躱し、そしてーー
「所詮はガキですね」
攻撃が外れ、空中で無防備になっているヴァリーの鳩尾へとアロンは膝蹴りを叩き込んだ。
「ぐはっ」
「ヴァリー!!」
ラリアとヘイトが叫ぶ。
カウンター気味に膝蹴りを喰らったヴァリーは受け身を取ることもままならず、床に叩きつけられる様に着地すると、鳩尾を抑えたままその場に蹲った。
「ヒューッ!流石は勇者様です!」
ギャッシュが拍手をしながらニヤリと笑う。
「よして下さいよ。私は勇者ですよ?リンカーと言えど、所詮は子供。私が負けるはずないでしょう?ギャッシュさんこそ、この程度のガキにやられるなんて、鍛錬が足りてない証拠ですよ。もう少し腕を磨いてもらわないと困ります」
「いや~まったくもって面目ない」
ヘラヘラと話をする二人を他所に、マザー・グリスは床を這いながらヴァリーの元へと向かい、彼女の小さな肩に手を当て懸命に言葉を掛けた。
「ヴァリー!ああ、ヴァリー!大丈夫⁈」
「う、うぅ……」
ヴァリーが呻きながら顔をしかめる。
そんな二人を見つめながら、ラリアは淡々とした口調でヘイトへと告げた。
「ヘイト、私に何かあったら二人をお願いね」
「は?そりゃ、どう言う……」
ヘイトの問いかけへ応える事無く、ラリアは真っ直ぐにアロンへと向かって飛び掛かった。
「あら、さっきのガキよりも遅いじゃないですか。残念ですねぇ」
アロンはそう言いながら、先程と同じ様に身体を捻り、直線的なラリアの攻撃を躱してみせた。
「ほぅら、ガラ空きですよ」
笑みを浮かべながら、ラリアの鳩尾へ向けて膝を叩き込もうとアロンが右膝を繰り出したその時ーー
「おりゃぁあっ!」
ラリアは身体を思い切り捩ると、その反動を使い空中で身体をの位置をずらして見せた。
「なっ⁈」
予想外の超反応にアロンが目を見開く。
「おりゃぁぁあっ!!」
一瞬反応が遅れたアロンの顔面へ向けて、ラリアは右の踵を振り下ろした。
ーーバチンッ!
乾いた音が響く。
ラリアの動きに一瞬戸惑ったアロンであったが、すぐ様冷静さを取り戻し、振り下ろされたラリアの右踵を左手でしっかり受け止めた。
「ぐっ……」
渾身の攻撃を防がれたラリアが表情を曇らせる。そんな彼女とは裏腹にアロンがニヤリ口角を歪ませる。
「なかなかいい動きでした。正直少し驚きましたよ。しかし……」
アロンが左手を引き、空中に居るラリアを引き寄せる。
「まだまだですねぇ!」
完全に体勢を崩したラリアの脇腹に、アロンの右拳が叩き込まれる。
「ぐあぁっっ!!」
悲痛な呻き声を上げたラリアは、猛烈な勢いで吹き飛ばされ壁に身体を激突させると、そのまま力無く糸の切れた操り人形の様に倒れ込んだ。
「ラリア!!!」
ヘイトが叫び声を上げた。
そんな彼を見ながら、アロンが不気味にニヤリと笑う。
「おやおや、後は君一人になってしまいましたねぇ。どうしたのです?掛かって来ないのですか?」
「くそっ……」
そう呟いてアロンへ向けて構えたヘイトであったが、彼は既に理解していた。ラリアですら敵わなかった相手に自分が勝てるはずがない事を。
睨みつける鋭い眼光とは裏腹に、ヘイトの足は小刻みに震えていた。
「おや、来ないのですか?では、此方から行くとしましょう」
弱い者いじめを楽しむ様に、下賤な笑みを浮かべながら、アロンがヘイトへと歩み寄ろうとしたその時ーー
「ヘイト!二人を連れて早く逃げなさい!!」
大きな声が響くと同時に、先程まで伏せっていたマザー・グリスがアロンの蛮行を止めるべく、彼のマントへしがみついた。
血と涙で汚れた顔を自分のマントへ埋めるマザー・グリスを見て、アロンは嫌悪感を露わにし、眉をひそめた。
「ちょっと、離してくれませんかねぇ。このマント、特注品で高いんですよ」
そう言いながら、アロンはマザー・グリスを突き放す様に蹴飛ばした。
「ぐっ!」
それでも彼女は懸命にマントを握りしめ、決死の覚悟でしがみつきながら叫んだ。
「何やってるの!ヘイト!早く逃げなさい!!」
「でも!マザー・グリスが!」
「私の事はいいから早く行って!私は……私はもう二度と……子供を失うなんて思いはしたくない!今度こそ、今度こそ絶対に守ってみせる!!」
「っ!この女!いい加減離せよ!鬱陶しい!」
アロンは表情を変え、マザー・グリスを殴り続けた。その拳の雨に打たれながらも、マザー・グリスはその手を離さない。
「早く……早く……逃げて……」
「マザー・グリス……」
祈る様に呟きながら、必死でしがみつくマザー・グリスとどうして良いか分からず、葛藤に苛まれながら、只々立ち尽くす事しか出来ずに涙を浮かべるヘイト。
なりふり構わず執念のみでしがみつくマザー・グリスの姿にアロンは怒りの絶頂を迎えた。
「あー、もう鬱陶しい。斬る」
そう言ってアロンは腰に携えている煌びやかな長剣を抜き高らかと掲げながら、氷の様に冷たい眼差しでマザー・グリスを見下ろした。
ーーマザー・グリスが殺される
薄れゆく意識の中で、視界の端に映る光景を見ながら、ラリアは直感的にそう思った。
ーー何とかしなくちゃ
ーー身体が重い、動かない
ーー動け
ーー早く助けなくちゃ
ーーこのままだと殺される
ーー嫌だ
ーーマザー・グリス
ーー嫌だ!!
ーー嫌だ!!!
ラリアの頭の中で、様々な思いが刹那に飛び交い彼女の思考を埋め尽くす。そして、まるで急に目の前に幕が下された様に、ラリアの意識は黒く塗り潰された。
「……ヤメロ」
ラリアがポツリと呟き、ゆっくりと立ち上がる。その声は人の物とは思えぬ程低く、まるで地の底から這い出てくる様な禍々しさを帯びていた。
その異様な声色に、その場に居る全員が動きを止め、ラリアへと視線を向けた。
「……ラリア?」
この時、マザー・グリスは本能的に感じ取った。今言葉を発した者がラリアではない事を。そして、その正体が良くない者である事を。
「貴女……誰?」
マザー・グリスの言葉が静かに響く。
ラリアはゆっくり顔を上げると、アロンに向けて口を開いた。
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