元最強魔王の手違い転生

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第42話 オニ

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 ラリアの急な声変わりに、一瞬怪訝な表情を浮かべるアロン。しかし、フラフラと足元の覚束ないラリアの様子を確認すると、呆れた様に鼻で笑いながら一蹴した。
「『離れろ』だと?ふんっ、急に妙な声を出して。それで脅してるつもりですか?」
「ハナレロ、ハナレロ……」
 アロンの言葉に返答する事なく、ラリアはぶつぶつと呟きながら、焦点の合わない虚な瞳で虚空を見つめ、ゆっくり、ゆっくりとアロンへ向けて歩を進める。
「ラリア……お前、どうしちまったんだよ?」
 ラリアの不気味な立ち振る舞いに、ヘイトは思わず声を漏らした。そんな彼とは裏腹に、アロンとギャッシュは怪異な様子のラリアを嘲笑する。
「あははは。何ですかぃ、アイツのあの顔。まるで壊れた絡繰人形じゃないですか!」
「そんなに笑っては失礼だよ、ギャッシュ。私の一撃が入ったんだ。可哀想に、壊れてしまったんだね。しかし、これも感謝して欲しいくらいですね。勇者に楯突いて、命が有るのですから」
 目を瞑り、態とらしく嘆息するアロン。それを見たギャッシュが下賤な笑みを浮かべる。
「それがですねぇ。私、先日あのガキに借りができてしまいまして。良い機会なので、今ここでその借りを返させてもらっても良いですかねぇ」
「リンカーとは言え、あんな壊れたガキに手をあげるのですか?貴方も中々に下衆いですね。まあ、私も嫌いじゃないですが」
 アロンの言葉にギャッシュはニヤリと笑う。
「では、失礼して……」
 そう言うと、ギャッシュは腰に携えている二本の剣を抜き、舌舐めずりをしながら地を這うトカゲの様に低く構えた。
「てめぇ!ラリアに何しやがんだ!」
 ラリアへ危害を加えようとするギャッシュへ向けて、それを阻止すべく、ヘイトが臨戦態勢をとったその時ーー

「おっと、手出しはさせないよ」

 その言葉と同時にアロンの殺気がヘイトを貫き、彼の身体を金縛りにあったように硬直させた。
「ぐっ……」
 気圧され、動けなくなったヘイトへ向けて、アロンは微笑みながらゆっくりと口を開いた。
「邪魔しないで貰えるかな?折角これから面白い催し物が見られるんだからさぁ」
「催し物だと?」
「そうさ。壊れたリンカーのガキを更に蹂躙する、最高の演目がなぁ!」
「このっ!クズ野郎がぁ!」
 ヘイトの怒れる咆哮を、アロンは態とらしく眉をひそめながら嘲笑う。
「何を言ってるのですか?私は勇者の責務を果たしているだけですよ?〝魔物の子の討伐〟をね。貴方達リンカーは〝魔物の子〟。死んだって誰も悲しまない。寧ろ、喜ばれる事でしょう!」
「お前ぇ!」
「そんな怖い顔をしないでくれるかな?恨むなら、リンカーとして生まれた自分の運命を恨んでくれ。さあ、ギャッシュさん!私に見せてください!最高のショーを!」
 アロンの言葉を受けて、ギャッシュがニヤリと笑う。
「では、行きます!」
 ギャッシュはそう叫ぶと、フラフラとよろめきながら歩くラリアへと向かって飛び掛かった。ギャッシュの双剣がラリアの喉元へ到達しようとした次の瞬間ーー

ーーメキィッ

 骨が軋む様な、鈍く乾いた音がギャッシュの耳を抜けた。
「へっ?」
 ギャッシュは思わず短く声を上げた。彼は自分の身に何が起こったのか、全く理解できなかった。ただ気が付けば、自分の両肘が普段曲がる方向と真逆を向き、先程までしっかりと握り締めていた剣を力なく手放していた。
「あれ?……私の腕……あれ?あれ?今何が?……」
 混乱し、小刻みに目を泳がせるギャッシュにラリアがゆっくりと視線を向ける。
「ジャマダ……ドケ……」
 ラリアがそう呟くや否や、彼女の身体から夥しい量の魔力が噴き出し、まるで嵐の中で窓を開けている様に孤児院内をガタガタと揺らした。
「なっ⁈何だ⁈この魔力は……」
 驚愕し、目を見開くギャッシュへラリアが視線を合わせた瞬間、彼の身体は凄まじい勢いで吹き飛ばされ、強風の中で煽られる紙屑の如く乱回転しながら壁へと叩きつけられた。
「ぐおぁ!」
 短く呻き、白目を剥きながら倒れ込むギャッシュ。そんな彼の様を見て、アロンは表情を硬らせながら、ラリアを睨みつけた。
「この化け物め!」
 アロンはしがみ付くマザー・グリスを振り払うと、煌びやかな長剣を両手で握りしめ、ラリアへ向けて構えをとった。
「勇者アロンの名に於いて、現行討伐を遂行する!人に仇なす悪しき存在よ!大人しく勇者に討たれ、その身を清めたまえ!」
 一端の文言を口にして、己を鼓舞したアロンは声を上げながらラリアへと斬りかかった。
「死ねぇ!魔物め!」
 アロンの凶刃が棒立ちになっているラリア額目掛けて振り下ろされる。

ーーパキンッ

「なっ⁈」
 アロンが驚愕の表情を浮かべ眉をひそめた。
 彼の放った渾身の一撃は、ラリアの額に触れる直前、まるで見えない力に引き離される様に弾き返されたのであった。
「っ!このぉ!」
 アロンは歯を食いしばりながら、ラリアへと向けて二撃、三撃と続け様に斬撃を見舞った。

ーーパキンッ、パキンッ

 しかしその刃はラリアの身体に届く事はなく、全て弾き返され虚しく空を舞った。
「ハア、ハア、ハア……くそっ、斬撃は効かないか。ならば!」
 アロンは後方へと飛び退き、ラリアと3メートル程の距離をとると、彼女へ向けて掌を突き出して構えた。
「斬撃が駄目ならば魔法で仕留めるまで!喰らえ、フレイムブラスト!」
 アロンがそう叫ぶと同時に、彼の掌から紅蓮の火球が放たれ、ラリアへと迫った。
 熱風を撒き散らしながら、吹き荒れる炎がラリアの身体を包み込もうとしたその時ーー

ーーシュウゥッ

 ラリアを飲み込もうとしていた大炎が、まるでバケツに放り込まれた花火の様に、立ち消えた。
「な、何なんだ?お前、一体何なんだよぉ?」
 アロンは恐怖した。自分の攻撃を微動だにせず防ぎ続けるラリアに。そして、彼もまた気づき始めた。目の前に居る少女が、先程まで自分達が対峙していた人物とは別人である事に。
 今まで焦点が合わず、虚空を見つめていたラリアの眼が、ゆっくりとアロンを捉える。その瞳は先程までの紅玉色ではなく、吸い込まれると錯覚する程の漆黒へと変貌していた。
 ラリアがニヤリと笑い、ゆっくりと口を開いた。

「ジャア、ツギハ、ワタシノバン」

 ラリアがそう言い終えた瞬間、彼女はアロンの視界から消え失せ、一瞬にして彼の背後へと回り込んでいた。
「なっ⁈」
 アロンがラリアに後ろを取られたと認識する前に、彼の身体は凄まじい勢いで弾き飛ばされ、壁へと叩きつけられていた。
「かはぁぁあ!!」
 白銀の胸当てが見る影もなくひしゃげた。全身を人外の力で強打されたアロンが力無くその場に蹲る。
「ゴフッ、この化け物……」
 そう言って、顔を上げるアロンの目に映り込んだのはニヤニヤと笑いながら、ゆっくりと自分の方へと歩を進めるラリアの姿であった。
 アロンは戦慄した。彼は本能的に理解し始めていた。このままでは自分が殺されてしまう事を。
「な、なあ待ってくれよ。私が悪かった。謝るよ。あ、お金ですか?幾らでも差し上げます!だから、許してください」
 懇願するアロンの言葉虚しく、ラリアはただただ、彼へと向けて歩を進める。
 ラリアが一歩、また一歩と近づくにつれて、アロンの恐怖心は高まりを見せ、そして遂にそれは彼を飲み込んだ。
「うっ、うわああぁぁ!く、来るな!来るなぁ!!」
 なりふり構わず逃げ出そうとするアロンであったが、全身を強打したそのダメージから、指先を動かす事ですら精一杯であった。
 アロンは目を見開きながら、ヘイトへ向けて咆哮する。
「お、おいお前!私を守れ!金なら、金なら幾らでもやるから!おい、聞いてるのか?!」
 アロンの言葉はヘイトに届いていなかった。ヘイトもまた、変わり果てたラリアに恐怖し、混乱している者の一人だったからだ。
 遂にラリアがアロン元へと辿り着く。
「た、頼む……たしゅけてくれぇ……」
 涙を流しながら命乞いするアロンに向けて、ラリアは広角を上げながら不気味な笑みを向けた。
 そして右脚を高らかと上げると、彼のひしゃげた胸当て目掛けて、思い切り踵を振り下ろした。
 嫌な、とても嫌な鈍い音が辺りに響いた。
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