よいこ魔王さまは平穏に生きたい。

海野イカ

文字の大きさ
95 / 431

襲撃②

しおりを挟む

 エーヴィの姿が見えなくなるのを確認し、さらにそのまましばらく鼓動が落ち着くのを待ってからゆっくりと立ち上がった。
 カステルヘルミの手に支えられながら自分の足で立つ。呼吸は落ち着いているし、貧血らしき目眩も幾分おさまってきた。眼球の奥がまだ少し痛むが、急に動いたりものを凝視しなければ大丈夫だろう。

「しゅ、襲撃って、あの……お嬢様、もしかして何かお心当たりがありますの?」

「ああ。正直、心当たりがありすぎて頭が痛い」

 もし襲ってきているのがあの男でなかったとしても、他の可能性はいくらでもある。
 三年前に領道でファラムンドの暗殺を企てた者が強行手段に出たのかもしれないし、自分の行いがこちらにバレたと勘付いたアイゼンが襲撃の手配をしたのかもしれない。もしくは、全くの別口で領主邸を襲おうなんて考える賊や侵略者がいる可能性だって有り得る。
 何にせよ、表門を強引に突破しての領主邸襲撃だ。このイバニェス家か、ここにいる誰かに対し害意があると見て間違いない。
 とにかく、冷静さが戻ったのならやるべきことをやらねば。
 カステルヘルミを伴い、再び青々と茂ったクチナシの木のそばまで戻る。

「まだ、準備は何もかもこれからだという所なのに……いや、間に合わなかったことを嘆くより、今できる最善を尽くそう」

<私もお手伝いをさせて頂きます。まずは何から着手なさいますか?>

「うん……、できれば先に襲撃者の正体をはっきりさせたい所だが、そこに力を割くのはやめておこう」

 いかんせん、この屋敷の前庭は広すぎる。
 アルトの探査能力を向上させたところで、位置の特定をするにも時間がかかるだろう。こうしている間にも屋敷に危険が迫っているかもしない上に、余力があまりないことを考えると優先順位が下がる。

「予測のつかない事態というのは、常に最悪を想定するべきだ。が攻めてきたと仮定し、一時的なものでいいから屋敷の前面に強力な防壁を張る。……例の熱光線については今は考慮に入れないでおこう、わたしの居場所が不明なうちからあんなものを撃ってきたりはするまい」

<……つまり、リリアーナ様の居場所が知られた時点でもう後がないと>

 その時はまたその時になってから考えよう。後のことを心配して初手を仕損じるわけにはいかない。
 それに、別口の襲撃者であれば無用の心配だ。相手があの男でさえなければキンケードが食い止めてくれるだろうし、もし屋敷に向って飛び道具や魔法を使われたとしても、先に防壁を張っておけば安心できる。
 相手が気になるからと索敵に力を使いすぎて、満足な防壁が展開できなくなればそれこそ本末転倒だ。雑念は隅に置いて、まず防御に専念するべきだろう。

 ――そもそもあの熱線の魔法は、もし自分が扱ったとしても相当制御の難しい代物だ。発動にも準備を要するし、制御の間は身を守る余裕もないから、本来であれば一対一で戦う最中に持ち出すようなものでもない。
 ただし、撃つことさえできれば確実に大ダメージが入る。ほとんどの防御は貫通するし、反射を試しても鏡ごと溶かされた。『魔王』の腕をたやすく切断する貫通力は、横薙ぎにすれば数千の雑兵を一度に屠ることもできるだろう。

「……っ」

 侍女たちを無慈悲に切断した光、赤い光景を思い出しそうになって頭を振る。
 凄惨な情景は未だ脳裏に焼き付いて消えないが、あくまで夢は夢。あの男に対する潜在的な恐怖感が反映されただけであって、本物のほうは無暗に民間人を殺害するような真似はしないはず。
 ヒトの味方、聖王国の守護者、悪しきを滅し正義を遂行する者なのだから。

<では、お屋敷の前面へ一時的な防壁を展開。精細な座標と範囲はサポートさせて頂きます>

「あぁ、うん。頼む」

 思考を切り替え、自分の『領地』と化した一帯へ向き直る。
 つい今しがた助力を得たばかりだから、まだ葉の上などにちらほらと燐光が漂っている。

「働かせてばかりですまないが、もう少し力を貸してくれ」

 金色の粒に焦点を合わせてそう声をかけると、姿なき汎精霊たちはまるで返事をするようにくるくると舞い踊った。
 ここではあまり構成の実験など珍しいものを見せてやることはできないが、聖句でも喜ぶようだから今後も労い代わりに聴かせてやろう。クチナシへの水やりとそう大差ない。

<屋敷の前面とは言っても、あまりお体に負担がかかっては事です。効果範囲はご家族がおられる居住棟と執務室の辺りに絞りましょう>

「そう、だな……。今は使用人たちもそこに集まっているだろうし、範囲を絞っても問題はないだろう」

<精霊たちの補助で十分回せるように、なるべくシンプルな構成をお描きください。ご不満はあるでしょうがどうかお体を優先で>

「ん、わかっているさ。万が一襲撃者があの男だった場合、出力の足しにと円柱陣でも描いてしまえば、標的はここいいますと大声で叫んでいるようなも、の……」

 自分で発した言葉に、はたと気づいて固まった。
 不自然に動作を止めたこちらをカステルヘルミが気遣わしげに見るが、大丈夫だと声をかける余裕もない。
 今頃になって、あることに気づいてしまった。
 むしろなぜ今まで気に留めなかったのか。緊急時だったあの場での判断は仕方なかったとしても、この三年間で一度もその可能性を考えなかった自分の迂闊さに思わず頭を押さえる。

<リリアーナ様?>

「……三年前の領道でのアレを、どこか遠くから、視られていたということは、ないかな?」

<ア゛……>

 アルトが濁った思念波を出して絶句する。
 自身で気づけなかったことではあるが、アルトのほうも見落としていたらしい。
 これで、つい先ほど頭の中を駆け巡った「なぜここがわかった」という問いの答えが出てしまった。
 空高く大気圏を貫く光の柱だ、自分と同程度の精霊眼を持つ者ならば、どれだけ離れていても開けた場所にいれば視認することができただろう。詳細な位置までわからなくても、方角と大まかな距離さえ測れればどうとでもなる。
 三年前のあの場所で何があったのか、調べることのできる伝手さえあれば、イバニェス家の関係者か自警団員が何かしたのだとすぐにわかる。
 そして、知り得る範囲でこの眼を持っているのは自分だけ。赤い精霊眼を持って生まれた娘。余人には知れないことでも、予備知識のある者が探れば手がかりはいくらでも出てくるに違いない。

 よろめく上体をカステルヘルミが支えてくれた。それに甘えて、立ったまま少しだけ体重を預ける。
 アルトの念話は届いているのだろうが、話している内容も、こちらの様子がおかしい理由もさっぱりわからないに違いない。

「すまないが、このまましばらく支えていてくれるか?」

「え、ええ! これくらいでしたらいくらでも、お任せくださいな!」

「……はぁ。反省点は膨大だが、過ぎてしまったことは仕方ない。その件は一旦置いておいて、今やるべきことに注力しよう」

 描き込む効果が絞られているだけに、もう頭の中に構成は出来上がっている。あとは手伝ってくれる精霊たちを集め、アルトの補佐を借りながら描き上げるだけだ。

「お嬢様、お加減が悪いのでしたら、ご無理はなさらないでくださいな。その、防壁を張る……とかいうのも、ずいぶんと大変なのでしょう?」

<リリアーナ様……>

「わかっている、構成を描いてどれだけ消耗するかは把握したし、もう無茶はしないさ。防壁を張り終えたところで気絶でもしたら、また皆に心配をかけてしまうからな」

<そもそも、今日は剣の強化のみでもう構成を扱うおつもりはなかったのでしょう。余力を残されていない状態でこれ以上はやはり……>

 気遣ってくれるカステルヘルミとアルトへ大丈夫だと返しながら、視界が白くぼやける目を押さえた。
 まだ少しくらくらとする、目眩と頭痛は立ちくらみなどで覚えのあるものだ。
 以前は全く知らなかった現象だが、ヒトの体は何かと脆弱でかなわない。腹は減るし、風邪をひくし、疲れるし、貧血に頭痛に……

「あ、そうか」

 この目眩やふらつきは、あの男の襲撃にショックを受けたせいではなく、剣の強化に力を使いすぎた疲労によるものか。二重の構成陣を試してみたけれど、想定以上に疲弊してしまった。……ただ疲れているだけ。
 赤い男なんて怖くない、熱光線の悪夢にいつまでも怯えてどうする。あれは、ただの夢だ。

「そうだ、そうだ。うん、わたしが奴なんかを恐れるわけがないな、うんうん、そうだった。全然怖くなんてないぞ、あんな男ぜんっぜん怖くない!」

「お嬢様……?」

「よし、大丈夫だ! ちょっと疲れているくらい何でもない、頑張って防壁を張ろう!」

 途端にふにゃふにゃだった両足へ力が入る。たしかに消耗はしているが、気力さえ回復すればどうということはない。
 あとはアルトの言う通り、なるべく精霊たちの力を借りて構成を回すとしよう。
 体を支えてくれているカステルヘルミの手を取り、間近にあるその顔を見上げる。

「悪いが、ついでに少しばかり手伝ってもらえるか?」

「も、もちろんですわ! 大してお役に立てないかもしれませんが、わたくしにできることがありましたら何でも仰ってくださいまし!」

「何でも……、いや、うん」

 生命力を吸い取って糧にするとか、傀儡と化して構成を扱わせるだとかいう外法がほんの少し頭を掠めたけれど、その真摯な眼差しを前に霧散する。そんなこと最初から考慮の内に入れてはいないし、他に手段がないという状況になったとしても別の手を探すだろう。
 肩に置かれた白い手を握り、共にクチナシの木の間を見据える。

「このままわたしの体を支えていてくれ。それから、聖句だ。先ほどのあれも悪くなかった、次はわたしが唱えるものに重ねてくれ。多少、発音が異なるかもしれないが、気にしないでいい」

 カステルヘルミがうなずく気配を頭のすぐ横に感じながら、ポケットの上からアルトを撫でる。

「ではアルト、補佐は頼んだぞ」

<お任せくださいー!>

 頼もしいふたりの助けをあてにして、自分の力で皆を守る。
 気力を絞り、だるい体を叱咤しながらリリアーナは『領地』に向かい両手を掲げた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

処理中です...