よいこ魔王さまは平穏に生きたい。

海野イカ

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バレンティン夫人御用達

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 人で賑わう南門を抜け、馬車は正面に聖堂がそびえる中央の通りをゆっくりと北上する。
 道を行き交う人々の装いも、以前とは異なり冬用の防寒具となっており、その中には大きな荷物を運んでいる者たちが多く目につく。
 荷馬車も暖かい時期に来た時より増えているようだし、本格的な冬を前に、食糧や衣類など入用な品々を余所から運んできているのだろう。
 移ろいゆく人々の暮らしは、やはり興味深い。カミロの言う通り街へ入る前にはフードを目深に被り、窓から目だけを覗かせるようにして外の様子を眺めていた。
 前回はもっと手前で商店の並ぶ道へと入ったと記憶しているが、最初の目的地である宝飾店は別の場所にあるようだ。露店の並ぶような庶民向けの店とは客層自体が異なるのだろう。
 中央の道を進みながら、キンケードが言っていた「風車通り」の目印を探してみたけれど、やっぱり今回も見つけることはできなかった。

 聖堂の南側の道を左折し、落ち着いた雰囲気の建物が並ぶ通りを行く。こちらは一転して道を歩く人は少ないが、所々に馬車が停まっている。
 この一帯は馬車で直接乗りつけるような身分の、もしくは金銭に余裕のある層がよく利用している商店の並びなのだろう。
 さらに上になるとバレンティン夫人のように、馬車で来ることもなく屋敷へ商人を呼びつけて買い物をするようだ。
 ヒトの領域では、身分の違いで生活の様式が何もかも変わってくる。
 自分も、もしファラムンドの娘として生まれていなかったら一体どんな生活を送っていたのだろう。丘の草地で羊を飼っていたか、商店の娘として店頭に立っていたのか。もしくはフェリバたちのように侍女として働いていたかもしれない。
 毎日の食事にさえ困らなければ、それはそれで面白そうだ。

 窓の端から顔を覗かせて観察をしているうち、閑静な通りをいくらか進んだあたりで馬車が停まった。
 扉を開いたカミロが、「少しだけお待ち下さい」と言って店へ向かうのでそのまま座っていると、話がついたのかすぐに戻ってくる。そういえばエドゥアルダも、名乗るだけでわかるよう伝えておくと言っていたからそのお陰だろう。
 差し伸べられた手を取り、馬車のステップを降りる。
 正面に立って見上げた宝飾店は、外観からは商店だと判別がつかないような簡素な店構えをしていた。
 全体的に濃い土色の外装をしており、ガラス窓はあってもカーテンが閉められて中が伺えない。どこにも店名が見当たらないと思ったが、唯一吊り下げられた看板に指輪らしき図柄が描かれている。
 そうしてシンプルな外観を眺めていると、扉から仕事中のカミロのような服装をした壮年の男が出てきた。

「お寒い中、ようこそおいで下さりました、リリアーナお嬢様。エドゥアルダ様よりご来訪を伺っております。さぁ、どうぞこちらへ」

 恭しい男に促され、カミロと共に店内へ入る。エーヴィと御者はこのまま馬車に残るようだ。
 扉をくぐった先は木製のカウンターとソファが設えられ、店というより客室のような空間が広がっていた。
 見回す限りどこにも商品が並んでおらず、以前にレオカディオへの贈り物を物色した雑貨店とは全く様相が異なる。
 店員の男がさらに奥へと案内するのでそれについて行くと、プレートの張られた扉の奥はもう一段階、内装に手のかかった部屋になっていた。
 壁紙や置かれた調度品の類からして入口の部屋とは趣が違う。広さはさほどでもないが、余計な装飾はなく落ち着いた室内はやはり客間を思わせる。
 藍色の織物がかけられたソファへと促され、それに浅く腰かけた。隣に座るのかと思ったカミロは、ソファの後ろへと回りそこで従者らしく立っているようだ。
 扉から礼とともに入ってきた若い男が茶器の支度を始め、その横で、壮年の男は改めて胸元へ手をあてながら深く礼をした。

「わたくしはこの店のオーナーを務めております、イグナシオと申します。本日はお越しいただき誠にありがとうございます」

「ええ、お初にお目にかかります、わたしはリリアーナ=イバニェスと申します。宝飾品については詳しくないのですが、バレンティン夫人が懇意になさっているお店なら、安心してお任せできますね」

「もったいないお言葉、ありがとうございます。必ずやご期待に沿える品をご用意いたしましょう。さっそくではありますが、本日お求めの品についてお伺いしてもよろしいでしょうか。エドゥアルダ様からお伺いした限りでは、お持ちになられた素材から装飾品をお作りになりたいとの事で」

 髪を整髪料できっちりと固めた壮年の男、イグナシオに問われてポシェットから小さな銀塊を取り出す。
 剣の強化にカステルヘルミの首飾りから紅玉を使わせてもらい、後に残った銀の部分。元の首飾りには何重にも織られた鎖と、彫刻のなされた台座部分がついておりボリュームがあった。小さくはあるが、鋳つぶした状態でもそれなりの重量だ。
 それと、用意してきた石を取り出し、そのふたつをテーブルに広げられていた天鵞絨の上に置く。

「これは……、拝見してもよろしいですか?」

「はい。その銀と石を使って、髪飾りが作れないかと思いまして。わたしの先生が身に着けるものなので、いくつか要望も聞いてきているのですが。いかがでしょう?」

 イグナシオは取り出した白い布の上に石を置き、光にあてて覗き込む。
 そう観察したところでヒトの目には何の変哲もない宝石として映るだろう。……とは思うのだが、あまりにまじまじと角度を変え高さを変え観察しているのを見ると、少し心配になってくる。
 カステルヘルミの青緑色をした髪に合わせても、色味はおかしくないだろうと選んだ深い紫色の石。
 キヴィランタでは柘榴石と呼ばれていたものだが、大抵は赤味が強くここまで主張の強い紫はあまり見ない。
 色石にはさして興味のない自分でも、等軸結晶の分子構造から美しいこの石はなかなか気に入っている。
 先日、目録を参照してインベントリから引き出した石のひとつだ。小粒だから大した負担もなく、すぐに取り出せて良かった。
 もちろんただの色がついた石ではなく、集中力を高める精神作用の構成が刻まれていたりする。

「これは……見事ですね、カットも均一で傷ひとつなく不純物も見えない。しかもこれだけの大きさを……失礼ですが、リリアーナ様の先生というのは……?」

「先日、中央からお越し頂いた魔法師の先生です。歳は二十歳前後の女性で、髪は青緑色でふわふわとしています。髪をひとまとめにする際に使える髪飾りにできたら、普段使いに良いだろうとお話しておりました」

「こ、これを、普段使いに……! さすが、中央の魔法師様ともなると違いますね……いや、大変失礼を。なるほど、了解いたしました、ではいくつか見本品をご用意いたしますので少々お待ち下さい」

「あ、それと、」

 手で制し、額に汗を浮かべ立ち上がろうとするイグナシオを引き留める。
 再びポシェットに指を突っ込み、もうひとつ持ってきた石を取り出してテーブルの布へと置いた。
 濃く、深い、青色の石。アルトバンデゥスの宝玉のほうがやや透明感が強いが、こちらの蒼石は紫色の柘榴石よりもう少し特別だ。
 大きさはカステルヘルミへ贈るものより小さく、小指の爪ほどしかない。この海を封じ込めたような色合いの石は、酸化チタンを含有している特性で光をあてると中央に六条の光芒が入る。
 深海から水面に映る太陽を見上げたら、もしかしたらこんな風に見えるのかもしれない。小粒でもなかなかに見応えがあって美しい石だ。
 こちらにはそれなりに希少な、『状態異常耐性』の精緻な構成が刻まれている。
 『魔王』の肉体へ与えられていた『状態異常無効』という完全耐性には及ばないが、ちょっとした感冒や食あたり、精神操作の術くらいなら弾いてくれるはず。

 今後も健やかに過ごせるよう。彼の勤勉さが余計なものに害されないよう。そんな願いを込めて、アダルベルトへ贈るためのに用意したものだ。

「……っ!」

 目を瞠るイグナシオの眼前、蒼石の隣へ、銀塊よりも少し小振りな金属塊を置く。
 こちらも銀ではあるが、化合物と結晶に少しばかり手を加えてある。カステルヘルミの首飾りの銀より不純物が多くなってはいても、このほうが硫化しにくく銀の輝きを長く保てるだろう。
 首飾りのように、何か不要な装飾品をインベントリから引き出して鋳つぶそうかとも考えたのだが、石だけを引き出すのに比較して負担も時間もかかってしまう。
 そこで再び裏庭の『領域』を利用し、地中深くの銀鉱石から元素を引き抜いて錬成、化合した。あまり多量には採れなかったけれど、目当ての品を作るにはこれだけあれば十分だろう。

「こちらの塊も銀とほぼ同等の素材です。これらを用いて、タイを留めるリングを作って頂きたいのです」

「タイを……、男性へ贈られる品ということで?」

「はい。兄のアダルベルトがこの冬で十五歳になりますから、特別な誕生日プレゼントとして用意したく思います。こちらも仕上がりのサンプルはおありでしょうか?」

「は、はい、ただ今、ただ今お持ち致します……!」

 額の汗を滴らせながら、手にしていた石をテーブル上の布で包んで置くと、イグナシオは扉の向こうへと速足で歩み去った。
 品の良い部屋にカミロとふたりで残される。
 持ち込んだ素材に異常がないことは何度も確かめたし、あの男の目が精霊眼でないことも確認済だ。どうも石を取り出してからのおかしな挙動が気になるが、何か不審な点でもあったのだろうか。

「……カミロ、何かまずい部分があったなら教えて欲しいのだが」

「そうですね。外向きの言葉遣いも依頼の仕方も問題はありませんが、あえて申し上げるのでしたら、持ち込まれる素材の詳細について先にお知らせ頂ければ、出所の口裏合わせにはご協力できたかと。とはいえ、イバニェス家のご令嬢であらせられるリリアーナ様が特別な贈り物のために「お屋敷から」持ち込んだ品物です。何も不審な点などございませんとも、っ、」

「お前、今ちょっと笑っただろ?」

「いえいえ、とんでもない」

 背後を振り返って笑い混じりの語尾を指摘すれば、従者を気取る男は澄ました顔でそう答えた。

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