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間章・まもる魔王さまは涙を流せない⑤
しおりを挟む城の中をショートカットして正門から出ると、下ろしたままにしている架橋の向こうに件の一団が見えた。
三名の人狼族に囲まれた成人男性が六名。その後ろにある幌のついた細長い荷車が、馬を失ったという馬車だろう。目深にフードを被ったデスタリオラが近づくと、こちらに気づいた黒い毛並みの人狼族が大きく両手を振って見せた。
「コゲ、お前が森でこの者たちを見つけたのか?」
「うっす! ウーゼちゃんでも喰える鳥とか何かいねーかな~って探してたら、コイツらがうろうろしてるの見えて。ケガして動けねぇって言うから、櫓まで連れてったんすよ」
「そうか。燕蜂からは商人だと聞いたが」
「らしいっすけど、自分で荷車も直せないし、地人族の連中と比べたら全然っすねー。あの中も荷物はみんな喰ったり使っちゃったとかでスカスカっすよ」
黒い人狼族とそうした話をする間、連れて来られた者たちは馬車の前に所在なく立ったままこちらをうかがっていた。全て男で、年齢は青年から壮年あたりと思われる。
いずれも手足に布を巻いた手当ての痕は見られるが、重傷者はいないようだ。
観察するデスタリオラの視線を受け、その中で一際体が大きく、体中にベルトや金属の鋲をつけたいかつい男が一歩前に出た。
鍛え上げられた体躯で頭頂部だけ薄く、それ以外の浅黒い肌は顎も腕も黒い毛に覆われている。遠目では山狒々と間違えかねない容姿の男は深く頭を下げ、真正面からデスタリオラに対峙した。
「どうも、わしはこの商団の頭領、ダイゴ=サルメンハーラいいます。この狼さんらに助けられた上、手当てまでしてもろて。こっちのお偉いさんに一言礼を言わせてもらえたら嬉しゅう思います」
「それは律義なことだな」
「いや、ほんま危ないとこやったから助かりましたわ。献上できるようなモンは大して残っとらんのやけど、気持ちばかりの挨拶はさせて頂こうかなて。そんで、どうやろね、やはり面会は難しいいうことなら大人しゅう諦めますわ」
「面会?」
誰か知己でもいるのかと問えば、ダイゴと名乗る男は毛深い手で禿げかけの頭を撫でた。
「さすがに『魔王』様となると、木っ端の人間なんかとは言葉を交わせへんとか、そない感じやろか? わしもそれなりに度胸ついとるんで、どんなおっかない姿でもビビり散らすような失礼かましまへん。せやから、可能なら話をさせてもらえんやろか。城に呼んでくれたのが『魔王』様やて聞いたから、てっきり会わしてもらえるのか思たんやけど」
「……」
返答に詰まったデスタリオラが隣にいるコゲを見ると、元々垂れている耳をさらに垂れさせて露骨に顔を背けた。
他の人狼族たちも何とも言い難い顔をして視線を逸らす。
訝し気にしている商人に悪気は見られないし、初対面で自分が『魔王』であると理解されなかったことはこれまでにも度々あった。慣れているから別に何とも思わない。
「威厳が……それとも大きさが足りないのか……ツノか……?」
「なんて?」
「いいや。何でも。なんでもない。とりあえず怪我人を立たせたまま話をするのも落ち着かないし、対話を望むなら場所を移そうか」
そのデスタリオラの提案に人狼族たちは機敏に動き、立っていた男らを次々と荷台へ放り込む。そして掛け声ひとつ、前と左右に分かれた三名で軽々と馬車の荷台を担ぎ上げる。
どうやら森から城への移動も、この形で走って来たようだ。荷台の中で申し訳なさそうに頭を下げるダイゴに「構うな」と軽く手を振り、そのまま奇妙な神輿とデスタリオラは城下の大通りを渡った。
特に行先を指示していないため、どこへ向かっているのだろうとついていった先は、人狼族たちの集落だった。
すでに太陽は傾きかける時間帯、そこかしこから肉の焼ける匂いが漂ってくる。
雑食性で何でも食べられるが、やはり彼らの主食は生物の肉。料理の形式は取らないまでも、昔から軽く火を通したり塩で揉んだりなどの処理はするらしい。曰く、「肉は生でも焼いても茹でてもうまい」とのことだ。
荷台から下りた者たちを広場の丸太へ適当にかけさせ、話があるというダイゴは対になった幹へ座らせる。
ここまでついてきたコゲは話の内容に興味でもあるのか、デスタリオラの横に座り込んだ。三角形の垂れ耳が目線の高さにくる。
「……森の櫓から報告を受けた時は、少しだけ意外だったんだ。こう言っては何なんだが、ヒトを見つけたらその場で始末をするとか、食事の足しにするとか、そういう想像もしていた」
「あ~、こいつらにも同じコト言われたっす。喰う気かーって訊かれたから、喰わねぇよーって」
「いや、失礼は承知やけど、いきなり目の前にあんたさんみたいのが現れたら誰だってそう思いますやろ」
苦笑いを浮かべるダイゴの向こうでも、商団の五名と人狼族二名が笑っていた。櫓での治療中や、城へ来るまでの間に何か話をしてきたのか、見たところずい分と打ち解けているようだ。
「たしかに鱗も毛もないし、齧りやすそうだけど。ヒトは臭くてしょっぱくて筋張っててクソマズイから、見つけても喰うんじゃねぇぞーって、昔おれのじっちゃんが言ってたっす」
「無闇にヒトを害して諍いの元とならないよう、代々教訓が伝わっているのかもしれんな」
「喜んでええのか微妙な心地やけど、わしら齧っても美味しゅうないことだけは保証しますわ……」
眉尻を下げるダイゴの腹から空腹をしらせる音が鳴り、コゲがこちらを見る。荷物を空にした後はあまり食事を取っていないのだろう。隣から向けられる視線に了承のうなずきを返す。
「夕餉の支度をしている時間ならちょうど良いな。彼らも腹を空かせているようだし、何か振舞ってやってくれ」
「了解っす。炙った肉とか適当に用意しますけど、飲みもんはおれらと同じ水でいいんすかね? それとも地人族のとこから酒もらってきます?」
「地人族? やっぱここにおるんか?」
正面でいかつい顔を輝かせながら身を乗り出すダイゴの声を受け、「そーいえば」とコゲは両手の肉球を合わせた。
「こいつら、地人族に用があるらしいっすよ。なんか、交換したいんだって」
「交換やなく、交易ですわ。うちのばあさまから森の向こう……つまりこっち側やな、そこにおる地人族いう手先の器用な種族の話をなんべんも聞かされとって。もし繋ぎをつけられるなら、互いの益になるような取り引きをしたい思うとります。如何ですやろ?」
商人だとは聞いていたが、無理をして森を抜けてきたのは地人族たちとの取り引きが主目的だったようだ。
確かに地人族独自の技術力は目を瞠るものがある。素材を渡して何らかの加工を任せるか、それとも作られた道具類を求めているのか。
これまで聖王国側になかった物が手に入るなら、森の突破という危険に見合うだけの利益も出せるだろう。
「ふむ……それは直接地人族にかけ合ってみるべきだな。族長のゴビッグに渡りをつけるくらいはしてやるが」
「ほんまですか、何から何まで申し訳ない。どうぞよろしゅう」
「だが、地人族の技術力を求める対価として、お前たちは何を差し出すつもりだ?」
聖王国のような貨幣制度のないキヴィランタでは、取り引きをするなら物々交換、もしくは対価に見合った働きで返すことになる。
荷台の中はほとんど空だというし、ヒトの力など人狼族の子どもにも満たない。それで一体何を支払うのかと問えば、ダイゴは顔中にくしゃりとしわを寄せて笑った。
「そ、れ、ですわ。いやぁ、城に向かうまでの道すがら小便ちびりそうになるほど驚きましたわ。長い通りは平らに舗装されとるし、建物も水路も畑も、みーんな見事なもんやった。正直いうて舐めとりました、モノ作ったり何だりするんは人間の方が上やろて、慢心しとった。こら反省せなあきまへん」
「皆の働きの賜物だ。賞賛は素直に受け取るが、お前が反省することでもない」
「それでも、自分らの手札が上やて高を括っとったのは事実。まずは対等なテーブルにつく前に、きっちり返礼をするとこから始めな、商人の端くれとては恥ずかしゅうて二本足で立っとるのもおこがましい。今は座っとるから三本やけどな?」
「……?」
「いや、兄さんはなんも気にせんといて。話の合間の水飲み場みたいなもんやから」
そこで熱された脂の匂いを漂わせながら、木製の皿へ山盛りにされた肉と人数分のカップが運ばれてきた。適当に切られた肉片が串に刺さっており、素手のままでも食べやすそうだ。
デスタリオラは歓声をあげる六名に食事を促し、自分は付き合いのため水の入ったカップだけ受け取る。
そうして夜遅くまで広場の端を陣取り、コゲも交えながら饒舌なダイゴと様々な話をした。
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