ある日森の中で殺し屋に

kogumapro

文字の大きさ
2 / 2

ある日森の中で少女に

しおりを挟む
「なんで俺が......」
 熊田は突き立てた刃物にしっかりと力を込める。
 人間の絶命の瞬間。ここで油断をしてはいけないことを熊田は分かっていた。人は殺される瞬間、稀に凄まじい力を発揮することがある。
 刃物を刺す、首に縄をかける、頭を殴る、命を絶つ方法は色々あるが相手が息絶えるその瞬間まで気を抜くことは出来ない。命の灯火が消えるその時までしっかりと見届けなければならない。
    熊田はいつも仕事をする時、いままでの失敗を思い出し、二度と同じ過ちのないように実行していた。
「痛ぇ。なんで俺が......。お前なんで俺を......」
    男はもう虫の息だった。刃物を突き立てられ、顔は歪み、苦しそうに熊田に言った。
    大抵の者の場合、自分が殺される理由などわかってはいない。人は自分がずっと生きられると思っているし、死を身近には感じていない。
    殺されるほど誰かに迷惑をかけているとも、憎まれているとも、そんなこと全く感じずに生きているのだ。
    人は自分が生きて歩いていて、何を踏みにじって生きているのかなど考えていない。
    熊田はいつも考えることがあった。殺される時というのはどんな気持ちなのだろうかと。残念なのだろうか。やり残したことを思っているのか。はたまた走馬灯というやつを見ているのだろうか。
「いまどんな気持ちだ?  」
    熊田は男に聞いた。仕事をする時の習慣だった。しかし、未だに熊田は納得する回答を得られたことは無い。
「なんでだ......。何も悪いことなんてしてないのに」
     男はもう話しているというより声が漏れるだけだ。
     自分の胸に突き立てられた刃物の柄を握っている。この状態になってしまってはもう話は出来ない。
(今日も答えは得られそうにないな)
 落胆を隠し、熊田は男に言った。
「何も悪いことをしていなければ殺されはしないだろう。しかし、お前は殺される。それは誰かに殺したいと思われた。ただ、それだけのことだ」
 何も悪いことはしていないのに。熊田はもう何回このセリフを聞いただろうか。男が何をしたかなんて熊田は知らない。仕事に関係の無いことだし、さして興味もなかった。しかし、私に依頼してきた女性は涙ながらに話していた。きっとこの男に少なからず何かされたのだろう。
 熊田の突き立てた刃物の柄から男の手が力なく離れた。
 (絶えたか)
 何も話さなくなった男の目を開き瞳孔を確認し、脈をとる。息がないことを確認し、熊田は刃物を抜いた。
 ここからが大仕事だ。死体を隠さなくてはならない。
 この場所は仕事仲間の私有地であるから見つかることはないのだが、さすがに野ざらしというわけにもいかない。穴を掘って埋めるのだ。
 熊田は刃物を手に立ち上がった。空を見上げると、木々の間から綺麗に満月が見えた。
 熊田は夜が好きだった。夜の静けさ、夜の空に浮かぶ雲、そして月。まるですべての人間が生き絶えたかのような静かな空間だ。
 熊田は目を閉じ、耳を澄ませる。風の音と木々の擦れる音が聞こえる。こうしていると仕事の疲れが少しは癒される気がした。
 今夜の仕事は早く終わった。もう少しこうしていてもいいだろう。熊田は力を抜いて、木々や風の心地の良い音に耳を傾けた。
 どれくらいそうしていただろう。
 熊田の耳に物音が入ってきた。草を揺らす音が背後から聞こえる。
 (なんだ、動物か?)
 一般の人間はここには入れないようになってるはずだ。熊田は目を開き顔を横に向け背後を確認した。
 制服を着た少女だった。たぶん高校生くらいだろう。熊田の方を見つめ立っていた。
 なぜだと熊田は思った。なぜここに人が入ってきてるのか。仕事の現場を他人に見られることなどあってはならないことだ。
 しかし、これは熊田の失敗ではない。仕事の際、死体を隠すこの森には見張りがついている。誰かが迷い込みそうになったら何かと理由をつけ阻止する。その見張りが見落としているのだ。結果、少女はここまできて、殺人現場を目撃してしまっている。
(まぁ、私のミスではないな)
 見られたところで何かあるというわけではない。騒いだら死体が二つになるだけだし、逃したとしてもここが公になることはない。そもそも、熊田には自分に決めたルールがあった。
 "依頼以外の人間を殺さない"
 これは熊田にとって絶対の掟だった。
(起こってしまったことは仕方がない)
 熊田を見つめ、立ちすくんでいる少女に熊田は言った。
「お嬢さん、お逃げなさい」
 熊田の声が静かな夜に響く。
 満月が綺麗な夜だった。
 

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

恋愛リベンジャーズ

廣瀬純七
SF
拓也は、かつての恋人・純への後悔を抱えたまま生きてきた。ある日、過去へ戻れる不思議なアプリを手に入れるが戻った先で彼を待っていたのは、若き日の純ではなく――純そのものになってしまった自分自身だった。かつての恋人とやり直すはずが、過去の自分を相手に恋をするという奇妙で切ない関係が始まっていく。時間と心が交差する、不思議な男女入れ替わりストーリー。

リボーン&リライフ

廣瀬純七
SF
性別を変えて過去に戻って人生をやり直す男の話

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

処理中です...