自衛官日記

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序章

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7月、ジメジメした暑さと打ち付けるような雨の音がする梅雨の時期。

高2の俺は進路選択の用紙と向き合い、イライラの原因が、この紙切れのせいなのか、はたまた梅雨のせいなのかもわからないくらいに悩んでいた。

周りの生徒たちはとっくに進路を決め、休み時間や放課後を使って履歴書を書いては担当の先生にやり直しをくらっている。

めんどくさがりの俺はそんなものを書くことすらめんどくさいし、休み時間や放課後を費やしてまで書きたくはなかった。
まだ高2の半ば。うちの高校はなかなか早めに進路の対策を取るのが毎年の恒例行事だ。

「進路、どうしよ…」

申し遅れたが、俺の名前は『溝口 翔』
これといった特技もなければ頭も良くなく、スポーツも普通ぐらいのものだった。いわゆる凡人、更には先ほども言ったようにめんどくさがりときたもんだ。
一般企業に就いても、栓のしてない風呂の水のようにやる気がなくなり、辞めてしまうのは目に見えていた。

だからといって何もしないわけにもいかない。とりあえず、教室の本棚に嫌がらせのように並べられた大量の求人票を入れたクリアファイルを開き目を落とす。

実際、これも先輩方に届いた求人なので、来年も同じところから来るとは限らない。酷な話である。

どれもこれも、書かれているのは大量の文字と数字。
こんなのとにらめっこしてたら頭がイかれてしまう。
開いたファイルをそっと閉じて、机に突っ伏する。

独特な音階をしたチャイムがなり、昼休みの終わりを知らせた。
そこからは何も覚えていない。
いつのまにか眠ってしまったのだろう。


次に起きたのは6限目の終わりを告げるチャイムが鳴った時だった。
終礼も終わり、魔の放課後。
クラスのみんなが、進路のために勉強したり、履歴書を書いたりし始めた。

俺は帰ろうと思ったが、その日は運の悪い事に、担任との進路面接が入っていたので、指定された教室に向かった。

教室に入ると、向かい合わせに置かれたパイプ椅子の1つに担任が座って、俺にも座るように促してきた。

唐突に担任が口を開き、俺に問いかけた

「結局、どうするの?」

「なにがですか?」

「進路だよ。溝口は就職だろ?もう決まったの?」

「決まってるような顔してますか?」

「はぁ…。他の奴らは早々に決めて、もう準備始めてるぞ?こっちもサポートするから、早く決めないと」

「わかってますけど、どれも自分に合いそうに無いっていうか…すぐ辞めそうだし、なんかこう、安定した生活したいんですよ」

「ならもう公務員しかないんじゃない?警察官とか、安定求めるのならそれしかないと思うぞ」

「公務員?警察?無理無理、俺頭悪いし体力とかもそんなにないし、有り得ないですね」

「そうとは限らないぞ、最近は人が減って枠も増えてるし、今から勉強しても全然間に合うぞ、受けるならちゃんと協力もする。パンフレットあるからあげるわ」

「まぁ、考えときます」

もらったパンフレットを乱雑にカバンの中に放り投げ、足早に教室を後にする。

電車の時間まであと10分、軽く走らないと間に合わない時間だ。
田舎の高校に通っていたから、この電車を逃すと、次の電車は1時間待たないと来ない。つくづく田舎に住んでいることが嫌になる。

なんとか電車に間に合った。
車内はクーラーが効いていて、走ってかいた汗と降りしきる雨で冷えて、体がビクッと震えた。

電車を降りて家に着く、ムッとした空気が漂う廊下を進み真っ直ぐに自分の部屋に行き、クーラーを1番低い温度に設定した。

制服を脱ぎ散らかし、パンツ一枚だけの姿になり寝そべると、昼にあれだけ寝たにも関わらず、気絶するかのように眠りについた。


起きると午後7時を回っていた。
居間の方から自分を呼ぶ声がする。

声の主の言うことなど、息子の俺にはわかっていたので、狸寝入りをかましていると、部屋にやってきた。

「あんた呑気に寝てるけど、進路は?まだ決まってないんでしょ?ちゃんと考えてるの?」

「うるせぇな、考えて考えて考え疲れて寝てたんだよ」

「決まらなきゃ意味ないでしょう」

この時、寝起きだからか機嫌が悪く、つい適当なことを言ってしまったのを今でも後悔している。

「もう決まったわ。おれ警察官になるんだよ」

なれるかもわからないのになると断言するあたりがすでに頭が悪い。
しかし、そう言った瞬間、母親の顔が変わったのは言うまでもない。

「本当!?似合うと思う!そっかそっか!でも、勉強とか大丈夫なの?試験、難しいでしょ?」

「わかってるよ、ちゃんとやるから」

「だめ、ほら、今から本屋いくよ!問題集買いに!」

「今じゃなきゃだめ?眠いんだけど」

「だめ!ほら早く!」

母親の勢いに流されて、そこら辺にあった服を着させられ本屋に向かう。
本屋に着くと、そこら辺にある適当な警察官Bの問題集を2、3冊買いすぐに帰った。

自分の部屋に戻った頃には眠気など微塵も感じなかった。
目ぐらいは通してやろうと思い、さっき買ってきた問題集を袋から出し、ノートと共に机の上に広げる。

「なんだよこれ…数字が全部悪魔に見える…」

某有名マンガのセリフを丸パクリしてしまうほど、この言葉がそっくりそのまま当てはまった。
全くわからないのだ。

「やっぱ無理…」

そう1人で呟き、着ていた服を脱ぎ、パンツ1枚に戻ると、布団に入りそっと電気を消した。

《警察官B:高卒の人とかが受ける試験の項目》
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