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05.本田家

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その家族は恐る恐るといったように晩御飯へ手を伸ばした。本田家には戸惑いと興味が未だ半分半分であった。




朝六時頃、家の裏手にある小山から大きな音がした。
木が凪ぎ倒れるようなものや、金属が擦れ、かんしゃく玉のような破裂音が聞こえてきたのだ。

驚いて起き上がる。隣では本田みゆの弟である海(かい)も上体を起こしていた。
二人はしばらく息をひそめるようにして、部屋のどこともなく視線を泳がせた。

「なんやろ」
海が小声で尋ねてくる。
「わからへん、でも聞いたことない音したな」
海は小刻みに首を振った。

どたどたと部屋の前の廊下から足音が近づいてきた。
「あんたら、大丈夫か」
母がまだ細い目をしたまま無事を確認しにきた。

父も起き出してきている。やはり、一家全員が飛び起きるほどの音であったようだ。
皆で家を出て、大体の音の方角を見上げた。山には所狭しと杉の木が乱立しており、地上からでは山肌を直接見ることができない。
しばらく眺めていたが、どこからも煙などが上がっている様子もなく火事や爆発といった疑いは消えた。
しかし、大したことではなかったとして、また日常に戻ることが難しい。
現に、飛び起きてから十分ほどたった今でもみゆの心臓はいつもより早く鼓動をうっていた。

父の提案で、山の様子を見に行こうとなり、簡単な準備だけを済ませた。
海は小学生に入学したばかりで買った貰った新しい靴を嬉しそうに持ち出してくる。

この小山は砂利が敷かれた登山道があり、歩き出せば中学生の足でも一時間足らずで開けた頂上まで登りきることができる山であった。
本田家があるのは登山道から近い麓寄りの古民家、元は親戚のものであったが手放すにあたり父が名乗りをあげた。都心のワンルームマンションで二人の子供が誕生したばかりというのは負担が大きかったらしい。
好機とばかりに職業まで変えてしまって、この片田舎まで越してきたのだ。すったもんだはあったらしいが最終的に母が笑って受け入れたのだという。

父が先導する形で登山道へ脇から合流する。ここは山の麓といえど、傾斜が急なことや利便性の悪さから近隣に住む住人は少なかった。そのため、虫や蛙の鳴く声がよく通り、夜に見上げる星々はとても綺麗に瞬くのであった。

鼠色の砂利を詰めるように進んでいく。陽の光が浅く杉の間を抜けていた。

「ねえちゃん、隕石ちゃうかと思うんやけど」
海は少しおっかないような顔をしていた。
「隕石が山に落ちたらもっと大きい音鳴るんちゃうの、どかーんて」
「でも、テレビで見たで、隕石ってたまに落ちてるらしいで」
「うそやん」
「ほんまやで」

話を聞いていたらしい母は振り返って、手をこするような動作をしながら話に加わってきた。
「うち、鉄がガラガラいうような音も聞いた気するんやけど、あんたら聞かんかった」
「うーん」みゆは少し朝のことを思い出した。
「確かに、なんかそんな音もあった気するわ」
「せやんな、鉄の隕石なんかな」
すると、海はげっとベロを出して
「宇宙人ロボットやん」と、真っすぐ曲げた腕をロボットのように曲げてみせた。

三十分ほど登ったころ、みゆ含め本田家の戦意は徐々に薄れつつあった。
何かあるのではないかと木々の間を見ても、山の深い緑の間には何者もなく、また何かあったにせよ発見は容易でないことがわかる。

みゆの父も意気揚々と先導してきたが頭の中では徐々に引き返す算段がついてきていたのだ。
朝から良い運動になったなー そういって、引き返してみんなでご飯を食べようなどと考えていた。

その時であった。小さなウサギが一羽、とても小さく跳ねながら道を下ってきた。
山ウサギにしては珍しいほど純白で丸っこいそのウサギに本田家一同はすっかり心を奪われてしまった。
徐々にウサギに近づこうとしていたところで、その奥から女の子が現れた。

海と同じぐらいの背丈であろう女の子は本田家を見て足をとめた。
ボロボロのその女の子に、ただ事ではないと、無事を確認する声をかけていると更にその後ろから家族らしき大人と子供が見えた。そして女の子の父親が言うには「ここに越してきた」というのだ。

本田家は状況が呑み込めず、ぽかんとするばかりであった。

ただ、どうにも困っている人は放っておけない。みゆの父は事情もわからないが助けなければいけないと思った。
ということで、母との作戦会議である。

「俺は家来てもろてお風呂とか入ってもらおうと思うねんけど」
母はかぶりを振った。
「そんなん、全然知らへん人やのに」
「知らへん人らやけど、あないにボロボロで困ってはるから、ほっとくのも教育上良くないで」
子供たちは少し離れたところで様子を見守っていた。
「まあ、それもそうか」母はなんとも言えない表情をした。
「よっしゃ、とりあえず来てもらお」

みゆの父は向かいの家族に話しかけて一緒に下山を始めた。

ボロボロの見知らぬ家族を順番に風呂に入れた後に、リビングへ集まってもらった。
二人の子供はきょろきょろと周りを見渡しており、落ち着かない様子であった。

お互いの父親は向かい合って、話を始めた。
「あの、まず初めまして」本田家の父が切り出す。
「初めまして、助けてもらってありがとうございます」
本田父はこの時、ああこの人はお礼が言える人なのだなと安心するような気持ちを覚えた。
「ここらへんに越してきたってことでしたけど、元は大阪の人やないんですか」
「ええ、大阪、まあそうです」
「どこから、というか日本…… 」
「遠い所から来まして、ええっと」頭をかき、視線は泳いでいた。

「月から来たんだよ! 」
小さな男の子が元気よく言った。名前はルナと聞いていた。隣の女の子が慌てて口をふさぐ。
子供の無邪気な答えだろうと本田父は考えて笑った。笑ったのだが、どうにも向こうの様子がおかしい。
慌てた両親がひそひそと小声で話し始めているのだ。

「宇宙飛行士なんです」
彼らは宇宙飛行で生計を立てているそうだ。にわかには信じがたかった。
なぜ、宇宙飛行士が山奥でボロボロなのか、説明がつかないではないか。
しかし、これ以上は聞かないでほしいというような切実な目を向けられて、あまり深くは探らなかった。

それから、両サイドの家族で様々な話し合いが行われた結果、大阪での仕事を宇宙飛行士家族へ紹介して、余っている小屋に住んでもらうということになった。なんで。

本田父には忘れられない夜となりそうであった。到底理解が及ばぬ中で話が進んだ結果、近しい家族が増えたというわけだ。何故であろうか、この展開はなんなのだろうか。

夕食を囲むテーブルではみな不思議そうな表情をしていた。
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