恋結び(旧題:こひむすび)

明里もみじ

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1巻

1-2

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 やっと味わうことのできた甘エビに、にっこり頬が緩む。美味おいしい。これは待たされたかいがあったものだ。

「ついでに敬語もなしだ。……といっても、すでに俺にため口を利いてるから、関係ねえか」

 そこでふと気づく。言われてみれば、甘エビ欲しさについうっかり『ずるい』だの『横暴』だのと言ってしまっていた。

「んぐ。あう、すみませ……」
「敬語なし、な」
「う……」
「なし、だ」
「……はい。じゃなくて、わかった」
「おう」
(ほ、本当にいいのかな)

 本人がそうと望むなら、気にするだけ無駄かもしれない。
 納得いかない気持ちを切り替えるために、熱いお茶を一口飲む。

(……まあ、本人がいいって言ってるならいいよね、うん)

 そう自分に言い聞かせ、あすかは長門に顔を向けた。

「ところで社長さ……じゃなかった、リュージさん」

 早速言い間違えるとじろりとにらまれて、すぐに言い直す。

「遅くなったけど、事故のこと、保険会社と警察に連絡しようと思ってて」

 そもそもこの話をするためにあすかは彼に会いに来たのだ。

「高校のときに自転車事故の保険に入ったんだよ、確か。大学入ってからもその保険を続けているはず」

 両親に手続きをしてもらったから記憶は曖昧あいまいだが、問い合わせればわかるだろう。

「警察には連絡し損ねちゃったけど、あたしが飛び出したのも、そっちの車に傷つけたのも事実だから、ちゃんと弁償します」
「ああ、そのことなら気にするな」

 さらっと言われて、あすかは首をかしげた。

「どういうこと?」
「あすかに弁償してもらうつもりはねえってことだよ」
「いやそれはさすがに……。あの佐賀里さんって人も、弁償してもらわなきゃって言ってたし」

 過失があれば弁償責任は発生する。なんの責任も果たさないというわけにはいかない。
 しかし長門は首を横に振る。

「あいつの言うことは真に受けるな。といっても、おまえ以外なら弁償させるがな」

 ますます意味がわからない。

「そんなわけにはいかないよ。このままじゃなにもつぐなえない」
「謝罪しただろ」
「それは当然というか、ただ謝っただけで……」
「そもそも、弁償させるつもりなら飯に誘わないだろ。さっさと金払わせるなりなんなりしてる」
「いやいやいや。リュージさんの気持ちはわかったけど、やっぱりこのままなにもなしじゃ駄目じゃないかな。事故の過失はこっちにあるわけだし。……正直、難しいことはわからないから、保険会社に任せることになると思うけど」

 なにせ事故を起こしたのは初めてなので勝手がわからない。

「変なところで頑固だな。……わかった、示談にする。じゃなきゃあすかは納得しそうもないしな。これでいいか」
「うん」

 一番引っかかっていた件がとりあえずまとまった。あすかは、ほうと息を吐く。

「まあ、これでおまえの気がかりが片づくなら構わないが、これ以上あすかと金銭が絡む関係になるっつーのは、けたいところだ」

 長門はがりがりと首の後ろを掻いた。

「今回俺は、おまえにせがまれて、断った弁償を受けることになった」
「そう、だね」
「あすかの要求に俺はだが、折れたかたちだ」
「う。そうだ、ね」
「あすかの意を叶えたわけだな」
「う、うん」
「つまり俺はなにかしら、褒美をもらってもいいと思わないか」
「褒美?」

 唐突すぎる話に何度もまばたきする。

「俺は主張を曲げてまで、あすかの希望を聞いたわけだしな」
「そ、そっか。あれ、そう、なのかな? ……まあいっか」
(なんか流れが変な方向へいってるような……)

 引っかかりを覚えながらも、長門の言わんとしていることはあすかに伝わっていた。

「じゃあえっと、なにか欲しいものがあるの?」

 何気なく尋ねると、彼はまるで悪戯いたずらを思いついたような瞳を向けてくる。その目に射すくめられ、あすかの脳内で警鐘けいしょうが鳴った。
 いったいどんなことを要求されるのやら、と心臓がばくばくとうるさく鳴る。

「そうだな。週に一度……いや、二度だ。俺と一緒に飯を食え」

 想像と大きくかけ離れたことを言われ、あすかはきょとんとした。

「飯って、今みたいに? こうやって?」
「ああ、そのとおりだ」
「うーんと……なんで?」

 その疑問は当然のものだ。提案の真意が掴めない。
 あすかの問いかけに、長門はあっさり答える。

「社長なんて立場についていると、仕事絡みの相手と飯を食う機会が多い。だが、美味うまくなくてな。考えてみろ。相手が自分の顔色をうかがっているのを感じながら食う飯を、美味うまいと思えるか?」

 あすかは想像してみた。そしてしかめつらになる。

「思えない……」
「それに比べて、おまえは本当に美味うまそうに飯を食う。美味うまそうに食う奴と食事をすれば、俺も気持ちがいい。だから、週に二度、俺の時間がいたときに一緒に飯を食うぞ。もちろん俺がおごってやるから、金のことは心配するな」

 なんとも太っ腹な話である。
 あすかとしては唐突すぎる話だが、長門は冗談で言っているわけではなさそうだ。確かに、美味おいしそうに寿司を食べているあすかを見て、長門も機嫌がよかった。そんな人は聞いたことがないけれど、もしかしたら人に美味おいしいご飯を食べさせることに楽しみを見出みいだす男なのかもしれない。

(変わった人だなあと思うけど……。そういうことなら納得、かな)

 どうしようかとあすかは悩む。しかし結局、答えは決まっているも同然だ。
 長門の望みは一緒に食事をすること。あすかの望みを聞き入れてもらった代わりの提案なのだから、拒否しづらい。
 それに、こちらにとって悪い話でもない。実家からの仕送りとバイトでひとり暮らしをやりくりする貧乏学生としては、食事代が一食でも浮くのは助かる。
 心配するとすれば、食事以外のいかがわしい意味が込められている可能性だが――それは考えなくてもよさそうだ。何故なら長門はかなりの美形で、女性に困ってはいないだろう。彼ほどの大人の男性が、あすかのような大学生を相手にするとも思えない。
 つまりあすかに求められているのは、いち友人として週に二度ほど一緒に食事をすること。
 そうとらえて、あすかは口を開いた。

「わかった。あたしたちは、リュージさんの時間がいてるときに一緒にご飯を食べる友達ってことだよね」

 大きくうなずきながら言うと、長門は軽く目をみはった。そして一拍置いてにやりと笑みを浮かべる。

「……そうだとしたら、スマホの番号を教えてくれるだろ」
「うん、いいよ」

 あすかはスマホを取り出し、長門と電話番号を交換した。
 登録を終えた彼は、スマホを振りながらさらに要求してくる。

「一日に一回は連絡を入れろよ」
「え、毎日ってこと? でもリュージさんは社長さんでしょ? 忙しいのに邪魔しちゃ悪いよ」
「俺がいいと言ってるんだ。この約束を守らなかったら、美味うまい店に連れてってやらねえぞ。どうせ行くなら美味うまいところがいいだろ」
「そりゃー……うん」
「正直な奴だな。いいか、約束だ」

 長門はのどの奥で笑い、あすかに念押しした。
 あすかの心に、長門の迷惑にならないのかとか、少し強引すぎやしないかとか、複雑な心情が渦巻うずまく。しかし、美味おいしいお店に連れていってもらいたいのも本心だ。
 ここはとりあえずうなずいておくことにする。

「……うーん、わかった」

 その返事に、長門は満足げに笑みを浮かべた。それを見てあすかの気が緩む。

「でもリュージさんみたいな人でよかったな」
「なにがだ」
「事故の相手。だって車がめちゃくちゃ高級車だし黒塗りだったから、もしかしたらヤクザの人の可能性もあるかもって思ってたんだ。勘違いして、ちょっとびくびくしてたよ。あはは」

 そう笑い、あすかはアワビを口に入れる。
 すると、店内が少し静かになった気がした。長門が返事をしないばかりか、寿司職人が息をのんだように見えたのだ。
 アワビをのみ込んだところで、あすかはぱちぱちとまばたきを繰り返した。そして声をひそめる。

「えーと……あたし、なんか変なこと言った?」
「いーや?」
「本当に……?」
「ああ、本当だとも。それよりも、俺がなにじゃなくてよかったって?」

 長門はにやにやと笑みを浮かべて、何故か楽しげにいてきた。なんでだろうと不思議に思いつつ、あすかは答える。

「ヤクザの人。相手がヤクザの人だったら、なんて言われるのか想像するだけでも怖いよ」
「怖いか」
「そりゃ、怖いってー。まあ会ったこともないから、全部想像なんだけど。……リュージさんは怖くない?」
「――俺か」
「誰だって怖いと思うよねえ?」

 そう問いかけると、長門はこらえきれないといった風に噴き出した。そして「ははっ」と声をあげて笑う。

「リュージさん?」

 どうして彼が笑っているかわからず、あすかは首をかしげた。それにも構わず、長門はしばらく笑い続ける。ひとしきり笑ったあと、彼は目尻を下げて口元を緩めた。

「想像以上だな、あすか。気に入った」

 長門はあすかに手を伸ばし、頬をで上げる。得体の知れないぞわりとした感覚が全身に走り、あすかはびくっと身体を揺らした。

「――っ、びっくりした。なに?」
「ん? なんだと思う?」
「へ?」

 長門の瞳の奥がにぶく光る。先ほどまでとまったく違うあやしさのようなものを感じ、あすかは少しひるんだが――

「……いや、こっちの話だ。ほら、次はなにが食いたい? 遠慮せずに言えよ」

 長門はすぐに、優しい笑みを浮かべた。そして小首をかしげるあすかに、上機嫌に寿司をすすめる。
 こうして、住む世界がまるで違う、長門とあすかとの奇妙な友情関係が始まったのだった。


   * * *


 長門隆二は三十五歳の若さながら、いくつもの会社を経営する企業人である。
 だが、それはあくまで表向きの顔。本職は近衛このえ組直系六州ろくしゅう会会長という肩書きの、れっきとしたヤクザだ。とにかくやり手で、上部組織である近衛組三代目組長の覚えもめでたい。
 金と権力があり、見目も悪くないため、長門には多くの女性が近寄ってくる。その中で好みの相手を選び、一晩だけの関係を楽しむこともしばしば。彼が女好きであることは自他共に認めるところだった。
 そんな長門がお気に入りを見つけたのは、七月も終わりのある日。
 道端みちばたに停めておいた車に乗り込んだ直後、自転車がぶつかってきたのだ。車内から見た事故の相手――あすかの容姿は平凡。これまで相手にしてきた女たちとは違うタイプだが、何故か興味をかれた。
 それで長門は、あすかが会社まで来るよう部下の佐賀里に誘導させたのだ。
 あすかと直接会って面白みがなければ、車の修理費として金をしぼり取ればいい。そう考えていたのに、出会いがしらでのあすかの発言、こちらの想像を裏切る言動に、長門は好奇心を刺激された。
 いつのにか、あすかにき込まれ――自分のものにしたくてたまらなくなった。
 だからといって、すぐにぱくりと食べてしまってはつまらない。もっとじっくりあすかのことを知り、彼女のすべてを自分のものにしたい。幸いにして、長門がヤクザだとは思っていないようだし、時間をかけて落としていくのも一興だ。
 そんな考えで、あすかが天然でやや世間知らずな大学生なのをいいことに、週に二度食事をする約束を取りつけたのだった。すべては、彼女に会いたいがために。


 ――一日に一回は連絡を入れろよ。
 それは本気の約束だったが、あすかはそれほどの拘束力を感じていなかったらしい。事故の三日後、彼女は連絡を入れ忘れた。
 そこで長門から連絡すると、あすかはかなり驚いていた。それ以来は今のところ彼女から電話がある。
 長門にとっては、楽しい時間だ。
 そしてあの事故から一週間が経った昨日。事故で自転車が駄目になったため、あすかは大学へ徒歩で通学していると聞いた。それならばと、長門は今日、大学まで迎えに行くと約束を取りつけた。
 あすかからき出した終業時間に、大学の正門から少し離れた場所に車を停めて待つ。しばらくして、顔をしかめたあすかが車に近づいてきた。後部座席の窓を開けて長門が顔を見せると、彼女は信じられないと目を丸くする。

「うわ、本当にリュージさんが来た……」
「なんだその顔は」

 フォローが難しいほどの間抜まぬづらだ。長門は思わず微苦笑を漏らす。

「や……だって本当に迎えに来るとは思ってなかったんだよ。リュージさん、忙しそうだし……」
「昨日迎えに行くと言っただろ? 信用してなかったのか」
「信用っていうか……」
「まあいい。早く乗れ」

 言い訳も聞かず、車に乗るよううながす。あすかが後部座席へ乗り込むと、運転手はすぐに車を発進させた。

「あすかに見せたいものがある」
「見せたいもの?」
「ああ。きっと気に入るぞ」

 長門がにやにやしながら言うと、あすかはきょとんとする。何度か「見せたいものってなに?」とかれたが、長門は「まあ待て」とかわした。『あれ』を見て驚くあすかの顔が見たいからだ。
 ほどなくしてあすかの住むひとり暮らしのアパートへ到着した。車から降りると佐賀里が立っている。その姿を見て、あすかはますますわけがわからないという顔になった。
 長門は片手を上げて佐賀里に声をかける。

「おう。用意できてるか~」
「お疲れさまです。例のものは、こちらに」

 佐賀里が身体を少しずらすと、隠れていた物体が現れる。それは真新しい自転車だった。
 あすかが口を開くより早く、長門は教えてやる。

「あすかのために選んだものだ」
「え? あたしのため?」

 あすかは瞳がこぼれ落ちそうなほど大きく目を見開いた。――そう、この顔が見たかったのだ。

「もらっていいの?」
「あすかがもらってくれなきゃ処分するだけだ」
「え、もったいないよ!」
「なら、もらってくれるな?」

 半分脅しに近い台詞せりふを突きつける。するとあすかは「う~ん」とうなって悩み始めた。
 しばらく考え込んでから、長門の顔を見返して再び尋ねてくる。

「……いいの?」
「遠慮するな」
「ありがとうっ」

 あすかがとびきりの笑みを浮かべた。長門はそんなあすかの頭をくしゃくしゃとでてやる。でるのをやめると、あすかは新品の自転車へ近づいた。
 その背中を眺めつつ、長門は佐賀里に話しかける。

「自転車、どうしてここにあるんだ。先に駐輪場へ入れとけと言っただろ」

 非難を含んだ低い声だったが、佐賀里は軽く肩をすくめただけでひるみもしない。

「こちらのアパートは男性立入禁止となっていまして、入れなかったんですよ」
「なに?」

 眉をひそめた長門の声に反応したのはあすかである。

「あ、そうだよ。ここ、女性専用アパートなんだ。家族以外の男の人は入れなくて、宅配便の人でも管理人さんが対応することになってるんだよ」

 家族以外の男性は立入禁止。そう聞いて、長門は不機嫌になる。
 するとあすかは、不思議そうに首を傾けた。
 彼女は想像もしていないだろう。長門があわよくば、自転車を与えたついでにあすかの部屋へ上がり込もうと不埒ふらちなことを考えていたなんて。
 長門はしばし黙り込むと、涼しい顔をしている佐賀里を、うらみを込めてにらむ。

「おまえ、知っていただろ」
「ええ。存じていました」

 あすかと出会ってから、佐賀里に彼女の身辺調査をさせた。住んでいるアパートが女性専用であることは、とっくに掴んでいたはずだ。それを報告しなかったのはわざとだろう。

「おまえな……その性格、直したほうがいいぞ」
「どうせすぐわかることです。それにかれなかったので、わざわざお話しすることもないかと判断しました」

 あすかに聞こえないように小声でとがめた長門に、佐賀里はしれっと返した。きっと、言わないほうが面白い――がっかりする長門の姿を見られる、などと思って言わなかったのだろう。彼はそういう、性悪な一面を持つ男なのだ。
 普段は従順に動く優秀な部下なのだが、人の不幸を楽しむところがある。
 それはさておき、長門は楽しみがひとつ減ったと落胆する。
 いやしかし、あすかの部屋に入ることにこだわる必要はない。自分の部屋に呼べばいいのだ。
 そんなことを思いつき、長門はひとりほくそ笑む。佐賀里が非難めいた視線を送ってくるが、なんのそのである。

「あーすか。そろそろ飯に行くか~」

 長門が声を弾ませると、あすかは振り返った。

「あ、そうだね。ってあれ、なんかリュージさん機嫌直ってる?」
「ん? なあに言ってる、いつ機嫌が悪かったって?」
「んん? あれ~気のせいかな」

 首をかしげるあすかに「そろそろ自転車を駐輪場へ置いてこい」と言うと、彼女は気になっていたことをすっかり忘れたかのようにアパートに入っていった。


 機嫌が直った長門は、あすかを創作イタリアンの店へ連れていった。
 テーブルに並べられた料理は、どれもあすかが初めて目にするものらしい。彼女は目をきらきら輝かせ、喜んで口に運んでは、「美味おいしい!」「食べたことない味だけど、いけるね」と素直に感想を言う。その裏表のない反応は、長門を満足させた。
 食事をしながら会話をしていると、長門の年齢の話になった。素直に答えたら、あすかは驚く。

「え、リュージさんって、三十五歳なの? 見えない! もっと若いと思ってたよ」
「初対面で『若い』と叫ぶくらいだからな」
「う……、あれは忘れて」

 初対面での醜態しゅうたいを思い出したのか、あすかは恥ずかしそうに目をらす。その仕草に、長門は笑みを深める。

「俺にあんな風に言ったのは、あすかが初めてだからな。なかなか忘れられないぞ」

 あんなインパクトのある出来事はまれだ。あすかをからかう声には笑いがにじんでいた。

「うーん、親にもいつも言われるんだよねえ……。もうちょっと考えてからしゃべりなさいって。口を開くと、子どもだってすぐにばれちゃうんだよなあ……」

 子どもと言っているが、あすかはすでに二十歳。もう世間的には大人だ。それでも無理に背伸びせず、本来の性格をそのまま表に出す愚直ぐちょくさは、ある意味あすかの美徳といえた。

「あすかはそのままでいいだろ」
「へ?」
「素直なのが、あすかのいいところだって言ってるんだ」

 長門が正直に褒めると、あすかは数度まばたきを繰り返し、照れくさそうに笑ってうつむく。

「そんなこと言われたの初めてだよ」

 ほんのりと色づいた目元が、子どものような素顔と相反して妙につやを帯びている。
 長門は思わず、あすかに向かって手を伸ばしたが――彼女がぱっと顔を上げたせいで、固まった。そして、行き場をなくした手を引っ込める。

(……なあにやってんだ俺は)

 自分らしくない行動に、長門は内心で苦笑を漏らした。

「あ、料理冷めちゃうよね。食べよっ」

 照れ隠しなのか本心なのか、あすかはまた目の前の料理に意識を移す。長門は今度こそ、口元に苦笑を浮かべた。
 長門は、十五歳も下の大学生――それも平凡で大人の女とはほど遠いあすかに執着している。自分で思っていたよりも、その執着は強いようだ。
 あすかは長門がヤクザだと知らない。そのせいもあるだろうが、環境も立場も違う彼女との会話は気が楽だった。今まで付き合ってきた、浅ましい欲望をむき出しにする女たちとは違うからかもしれない。
 長門はこの時間を純粋に楽しんでいるのだった。


 食後のデザートの木苺のジェラートを食べるあすかへ、長門は問いかける。

「バイトは大変だろ」

 あすかは駅前の飲食店で、週に三日から四日ほどアルバイトをしていると、以前聞いていた。

「大変じゃないって言ったら嘘になるけど、まあまあ楽しいよ。みんないい人だし。仕送りだけでひとり暮らしをやりくりするのはきついもん、仕方ないよ」

 ジェラートを堪能しながら、あすかはけろっと答える。

「でももうすぐ試験終わって、夏期休暇に入るからね。休みの間は、もう少しバイトを入れようかなって思ってるんだ」
「それはあまり賛成できないな」

 長門はぼそっとつぶやく。

「え? 聞こえな……」
「これ以上バイトを入れるなよ。あんまり忙しいとあすかに会えなくなるだろ」

 そう言うと、あすかにきょとんと見返された。その様子に少しむっとする。

「おまえは俺に会いたくないのか」
「へ?」

 あすかはますます目を大きく開き、首を傾けた。長門がなにを言いたいのかわからないようだ。
 頭の上に浮かぶ疑問符が見える気がする。

「どっちだ」

 強い口調で重ねて問う長門。あすかはさらに首をかしげつつ、口を開いた。

「会いたくないのかって言われたら、そうじゃないけど……リュージさん、ご飯をご馳走ちそうしてくれるし」
「俺は飯をおごるだけの男か。ずいぶん軽いもんだな」
「え……ああ! ちが、えっとそんなつもりじゃ……っ」

 そこまで言いかけて、あすかは口をつぐんだ。長門には、彼女の心情が容易に察せられる。

(ないと言い切れねえよな、この状況で)

 何故なら実際、長門は『ご飯をご馳走ちそうする』男なのだ。それは、あすかに会う口実に、食事を共にすることを条件づけたからである。とはいえ、敢えて口にするほど無神経な人間は少ない。
 それを口に出してしまったあすかは、自分の失態に気づいて眉尻を下げた。こちらの様子をうかがっている。
 しかし長門はにやりと口角を上げた。

「……怒ってないの?」


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