騎士と農民

ハンゾウ

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故郷

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 「ディルク、今なぜ取られたと思う?」
 老人が青い瞳をした青年に問う。
 「師匠、すみません。つい自分の力を試してみたいと思う余り…」
 二人はこの老人の気配に全く気づかずに立ち合いをしていた。気づいていれば、そんな無茶な打込みはしなかっただろう。もっと基本に忠実な稽古になった筈だ。
 混戦を想定して普段から周囲にも気を配るように鍛錬している二人だったが、師の存在を感知することが出来なかった。
 
 ディルクと呼ばれた青年はバツが悪そうに下を向き、言葉を詰まらせた。

 「それを咎めるつもりは無い。あらゆる技を試してみることは決して悪いことではないぞ。現にそうしなければ剣気も発現しなかっただろう。」
 「やはりあれは剣気…」

 剣気は剣の修練を怠らず極めた者の内、僅かな熟達者しか修得出来ないと言われている。極めれば、剣気だけで相手を倒すことも可能だという。熟練を極める兄弟子の中でさえ、使える者はかなり限られる。

 「ゼノは力を抜きながら、最大限に力を使ったのだ。だからお前の剣気を纏った一撃ですら止められた。単なる膂力ではない。分かるな?」

 「はい。」
 と、ディルクは答えた。

 「それとゼノ、お前わざと瞬きしたな?」

 ゼノは自分の行動の真意を見抜かれたことと、それ程前から立ち合いを見られていた事に驚きながら答える。

 「膠着を解くには自分から相手を誘う機を作らなければと思いました。」

 まんまと誘いに乗った浅はかさに、ディルクはさらに少し肩を落とす。今思えば足を滑らせたのもわざとだったのだろうか。
 内省するディルクに、師は優しく声を掛けた。

 「相手の誘いを見極めるのも大事だ。とはいえ、ゼノもまだ体得していない剣気の感覚を既に掴んだことは大きい。まだまだ修得には程遠いが…。二人とも、さらに励めよ。」

 「はい。」
 と二人の青年は答えた。

 「そろそろ晩飯だ。戻るぞ。」

 汗を清め、外套を羽織ると藪を抜ける道へと歩き出す。
 既に日が落ち始めている。火照った体に通る風が心地よい。日が陰るにつれ、幾分か風も穏やかになっていった。

 先頭を行く老人はゼノとディルクの師匠、名をオリガという。
 ゼノよりさらに頭一つ半ほど背が低い。ドワーフという種族である。
 ドワーフは人間よりかなり寿命が長く、病や怪我などで死ななければ三百年ほど生きることができる。オリガはその三百年に近い歳の筈であったが、まだ剣の師としては現役で村でも約四十名の弟子を抱えている。
 以前ディルクが歳を尋ねたことがあったが、百を超えてから面倒くさくなり数えることを止めたらしい。

 この地域の北側に連なるアータリア山脈を越え、今は冷戦状態となっているノルドベルク連邦の向こうに広がる海を渡った先、言葉も文化もまるで違う国から二十七年前にこの地に流れ着いた。


 空が茜色から深い藍に変わりかけた頃、村の入り口の門をくぐった。
 門をくぐるとすぐ広場になっており、広場の真ん中には簡素な泉がある。小さな泉ではあったが、北の山脈からの冷たく清らかな伏流水が滾々こんこんと湧き出ていた。
 村の北側には緩やかな川が流れ、その流れに沿うようにして麦を粉にする為の水車小屋が五棟建ち並んでいる。
 村人の住む家々は木で出来た骨組みに土壁を擁した構造で、壁の表面は白く塗られている。王都との商いでそこそこの収入がある為か瓦屋根を備えた家も多々見られる。
 村人の生活を支える商店が並ぶ通りには、石畳も設けられていた。

 「明日は収穫だな。」
 「ああ。遅れるなよ。」
 「おいゼノ、どの口が言ってるんだ?」
 憎まれ口を叩きながら談笑を交わし、それぞれの家路につく。

 二人が暮らすこの村は麦の栽培及び卸を生業としている。
 この村のみならず、近くに点在する村々は王都や商都に主食の原料となる麦を調達する重要な穀倉地帯であった。
 この青年達も例外なく、収穫ともなれば村の衆と総出で広大な麦畑へ向かうのだ。

 オリガの門下生達も農民ではあったが、財を略奪する賊や畑を荒らす野生動物、そしてたまにではあるが不意に現れる魔獣から麦畑を守る為に王都から帯剣を許されている。


 約四千年前、世界には魔獣の国に通じる門が各所にあり、魔獣達が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしていた。その扉を閉じたのがこの王国の祖、セント・グリアスとその従騎士であったという。
 現在では半分お伽噺とぎばなしのように扱われるが、事実今もなおどこからともなく漏れ出る瘴気に乗って魔獣が現れるのだからあながちその話も間違いでは無いのかも知れない。

 現れる魔獣達も、しばしば簡易的な魔術を扱う聡いものも居るが殆どが瘴気を纏った野生動物のようなものである。

 それよりも手強いのは賊であった。それらに備え、農民でありながら準騎士として日々鍛錬を積む集団が村ごとに組織されている。

 この時期になると準騎士達の意識が収穫に向かうため、それを狙って賊が現れることもあるのだが、今年はそれもなく無事に収穫を迎えられそうだ。
 オリガが流れ着いてからというもの、準騎士達の剣の腕が底上げされたことも一因かも知れない。それまでこの村には指南役はおらず、近隣の村で指南役に指導を仰ぎ、技術を持ち帰って我流で稽古をするしか無かったのだ。
 年々この村が標的にされることも少なくなった。
 
 
 「ただいま、母さん。」
 「おかえりなさい。今日は少し遅かったね。」
 ゼノが自宅の扉を開けながら言うと、麦色の髪の初老の女性が微笑み応える。ステラはゼノの本当の母親ではなかった。
 賊の襲撃により夫に先立たれ暫く一人身だったが、身寄りのなくなったゼノを本当の息子のように育ててきた。

 「明日は早いから、これ食べて早く寝なさい。」
 「ありがとう。いただきます。」

 ストーブで炙ったパンはほんのり香ばしく、モチモチとしている。村で飼っている牛から採った牛乳で作ったシチューに浸けて一口頬張れば、今日の稽古の疲れが吹き飛ぶようだった。

 食事後、少し剣を素振りしてから眠りにつく。素振りには本身を使っている。木剣とは感覚がかなり違うので、一日に一度は扱うようにしていた。
 心地よい疲労感でベッドに潜り込むと、窓から月の明かりが差し込んでいた。早く眠りにつかなくてはならないが、今日ディルクが発した剣気について考えを巡らせるとなかなか寝付けなかった。
 いつか自分もあの力を身に付けることができるだろうか…。
 明日早く起きられるのかという不安を抱えながら考え事を巡らせていたが、いつの間にか眠りについていた。

 外が白みかけた頃―
 カンカンと物見塔から響く警鐘で微睡まどろみを破られる。
 ハッと我に返り、ベッドから飛び起きた。
 
 


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