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剣鬼
しおりを挟む意気揚々と訓練場の真ん中へ進み出るセスカ。
「木剣は私のものをお使いください。」
オリガの弟子達の中では唯一、正騎士と似通った形状の剣を扱うアッシュが進み出て、セスカに木剣を渡そうとする。
「いや、今回は本身で立会おう。オリガ殿、宜しいかな?」
観戦の輪を作った皆が更にざわつく。
「良かろう。」
オリガはそう言って、帯剣している準騎士の一人から剣を借り受けた。
普段は杖しか持っていないオリガである。
借り物の剣は背の低いオリガが持つと、えらく不釣合に見えた。その剣を左手に提げるとセスカに相対する位置まで進み出る。
準騎士達の稽古に頻繁に顔を出すオリガであったが、弟子達はその剣術を直接見ることは殆ど無い。現在弟子達が修練している技は先輩の準騎士達が脈々と伝えてきたものである。
勿論、この剣術の強さは先の賊討伐で若い弟子達も実感していたし、昔直接指導を受けたベテランの弟子達を見ればオリガの実力は疑いようも無い。
しかしいざセスカと相対したオリガを見ると、その体格差や明らかな膂力の差に一抹の不安が過った。
ましてや本身での立合いである。もしオリガに何かあればと考えると、それを見守る弟子達も気が気では無かった。
「いつでも参られよ!」
そう音声を上げると、セスカは柄に手を掛ける。
オリガも少し腰を落とし、鍔に親指を掛けると右手を柄に当てた。
親指を少し動かし、鯉口を切る。
その瞬間―
一帯の空気が重く伸し掛かってくる錯覚に襲われた。
若い準騎士や、オリガを知らない正騎士達はどんな剣術が見られるのかと固唾を呑んで見守っている。
―しかし、セスカは剣を抜かぬまま何故か動かない。
ざわざわと落ち着きが無かった訓練場は、いつのまにか嘘の様に静まり返っている。つい先程まで吹き抜けていた風さえも今はなく、時間が止まってしまったのではないかという感覚に陥いりそうになる。
あまりにも動きが無い二人を不思議に思い、よくよくセスカを見ると脂汗のようなものがじわりと額に浮かんでいた。
いったいどれ程の時間が経ったのか。暫くするとようやくセスカがピクリと動く。
剣を抜くかに思われたが、そのまま大きく息を吐き柄に伸ばしていた手を離してしまった。
「いやぁ、これは一本取られました!」
額の汗を拭いながら、何とかいつもの張りのある声を絞り出すセスカ。
若い準騎士達は呆気にとられ、何が何だか分からずに口をポカりと開けている者も居る。
どれ程凄い剣術が見られるのかと期待していたが、ただ構えて終わってしまった立合いに落胆し少しざわついている者達もみられる。
しかし、隊長をはじめとするベテラン達は揃って下を向き、青ざめていた。オリガは剣気を放った訳でもない。ただその"場"を佇まいのみで、たった一人で制してしまったのだ。
腕の立つ者達はそれを感じ取りオリガの制した"場"に当てられていた。
達人同士になればなる程、剣を抜かずしてお互いの力量を測ることが出来るという。
「何度斬り掛かってもこちらが斬られる光景しか目に浮かびませんでした。まさかこれ程のお方とは。」
セスカが感嘆しながら声を掛けた。
「その逆よ。お主が剣を抜けば俺の様な枯木が敵う筈はない。だから抜かせなかっただけさ。」
「俺達もまだまだ修行が足りねぇな。剣気だなんだの領域じゃねぇ。」
ボソリとサイラスが呟く。
「ああ。私達はもっと強くなれる。」
そう隣で立会を見ていたクラウディアが応えた。
立合いのざわめきが収まり出した頃、休憩所の裏にゼノとディルクの姿があった。
「本当に行かないんだな。」
ディルクは何と言っていいか分からず、分かりきっていることを尋ねた。
「ディルクの期待を裏切るようなことをしてすまない。」
「いや、俺の期待に応える為に剣術をやってきたんじゃ無いんだ。謝ることじゃないだろ。」
「確かに、それはそうだな。」
ゼノが少し考え込んだような仕草で応えると、ディルクがプッと吹き出した。
今までのぎくしゃくとした雰囲気が晴れていった気がした。
「俺も悪かった。お前が正騎士になることを勝手に押し付けてたんだ。正騎士になるかならないかなんて、どっちでも良いことなんだ。何してたってゼノはゼノだからな。」
剣術だけではない、ありのままの自分を友達だと思ってくれているディルクに感謝の思いがこみ上げて来た。
「けど…。俺は正騎士の中で絶対に一番強くなってみせる。」
真剣な眼差しとなり、ゼノに対して強い決意を露わにした。
「ああ。ディルクなら絶対に一番強くなれる。」
ゼノも確信して応えた。
「だからゼノ、お前ももっと強くなれ。俺より弱いなんて許さない。」
「ああ。」
何かすっきりとした気持ちになり、二人とも晴れやかな表情を浮かべた。
昼も過ぎ、いよいよ出立となった。ディルクも支度金で村が用意した白い早馬に跨る。普段から懇意にしている近所のおじさんが、わざわざ馬の産出で有名な村まで出向いて買ってきてくれたのだ。優しい眼差しをした賢そうな牝馬である。
勇ましい息子の姿を見てか別れの寂しさからか、ディルクの母は涙を流していた。
「では、出立!」
セスカが声を上げ馬を駆り出すと、正騎士達もそれに続く。ディルクの馬は自然と正騎士達に続いて走り出した。馬にあまり乗り慣れていないディルクは少し体がふらついていたが、あの馬なら大丈夫だろう。
オリガの隣で友を見送っていたゼノが口を開く。
「師匠、正騎士を断っておいて変な事を言っているのは承知なんですが…」
ゼノが何を言いたいかだいたい察しはついたオリガだったが、
「どうした?」
と返してみる。
「俺、強くなりたいです。」
そう応えた愛弟子の目は真っ直ぐに、去りゆく友の背中を見つめていた。
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