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神剣
しおりを挟む日常は矢の如く過ぎ去り、約束の五日後となった。
この数日間ゼノとディルクは稽古で一緒になっても打ち合いもせず、「おう。」と挨拶を交わす程度であった。
ゼノは改めて師匠に、自分は王都へは行かないということを告げていた。「そうか。」という一言だけの返事だったが、少し安堵の表情が見て取れた気がしてゼノも少し救われた心持ちだった。
しかしやはりこの数日間は、ディルクとはぎくしゃくとした雰囲気になってしまい、あと数日後には滅多に会えなくなるというのに何も話すことが出来ずにいた。
「お前ら、まだまだ修行が足りねぇな。」
とサイラスに言われ尚更落ち込んだが、裏ではどうやらディルクにも一声掛けてくれたらしい。
「出立の前に少しは時間があるだろ。今までずっと一緒に稽古して来たんだ。ディルクにも言い聞かせてやったから、しっかり言いたいことは伝えておけよ。まったく、見てらんねぇぜ。」
ぶっきらぼうに言い放ったが、サイラスの優しさに感謝の気持ちが溢れてきた。この男がオリガから信頼されているのはただ強いからではない。こういったことが恩着せがましくなく、自然に出来ることも一因だろう。
いよいよ正騎士の駆る馬の爪音が響いてきた。
今回は五騎で訪ねて来たようだ。
正騎士達を出迎えるオリガ、ディルク、ディルクの両親、そして数十名の準騎士達。今回居ない者達は、昨日のディルク送別会で飲み過ぎた為に二日酔いでくたばっていた。しかし、そこには普段より酒が進まなかった筈のゼノの姿も無かった。
その少し前で馬を停めると、鎧の音を響かせながら次々と下馬した。何と今回も正騎士団団長のセスカが自ら出向いている。
「これはこれは、貴方がオリガ殿かな?お初にお目にかかる。正騎士団団長のセスカと申します。」
「如何にも。お初にお目にかかる。」
「前回の討伐に際してオリガ殿の弟子の働きに感服致しまして、今日はオリガ殿に会えるのも楽しみにして参りました。」
セスカは目をキラキラと輝かせながら言う。
「して、出立の準備は整ったかな?もう一人の姿は見えぬようだが…」
辺りを見回しながら、はて?と首を傾げた。
「もう一人は村に残るそうだ。」
「そうですか…。それは残念だが、本人の気が進まなければ仕方の無いことですな。その分、ディルク君の働きに期待しておりますぞ。」
そう言うとディルクの両親は「どうぞ、存分に鍛えてください。」と深々と頭を下げた。
「うむ。御子息を必ずや立派な正騎士にしてみせますぞ。」
そう言うと、ハハハハハッと高らかに笑った。
「まだ出立まで少し時間がある。腕の良い準騎士達がどう育っているのか見学させて頂いても構わんかな?」
セスカの提案は急だったが、オリガはコクリと頷いた。
「楽しみですな!」
セスカは本当に剣術が好きなのだろう。異国由来の珍しい、しかも腕の立つ者達が多い剣術に興味を唆られない筈がなかった。
居合せた準騎士達が普段の稽古を見せる運びとなった。まさか正騎士達に自分達の稽古を見せることになるとは思ってもみない為、剣気を遣える程のベテランの騎士ですら少し緊張の色が見られる。しかも多くの者が深酒で、本調子ではない。
「私共のことはどうかお気になさらず、普段通りの訓練をお願い致します。」
そう騎士の一人は言うが、どうしても気にはなってしまう。剣術を初めて浅い者程、田舎の剣術と馬鹿にされるのではないかと気が気ではなかった。
オリガの手前、それでも何とか普段の稽古をしなければならない。
最初は緊張して動きが固くなっていた準騎士達も、身体が温まってくると直ぐにいつもの鋭さを取り戻した。
「ほう。やはり我々の遣う剣技とは少し違いますな。我々は相手が鎧を着ている事を想定して隙間を狙うか、或いは重さで砕くかその技術が主となる。勿論、魔獣相手の訓練もありますが…。しかしこちらの剣は実に動きが多彩だ。」
セスカは興味深そうに稽古風景を眺めつつ声を漏らす。
「無論、鎧を着た相手を想定した技術もある。源流となる国でも昔は戦が盛んだったからな。この剣術は古来より伝わる"カタ"と呼ばれる動きを長年掛けて研究し、汎ゆる状況に対応する様に構成しておる。」
「成程。それを身体に染み込ませて相手の動きに対応するということですな?我々もそれを想定して打合いをするが、あそこまで細かい動きの修正することは殆ど無い。」
傍らでは三番隊を率いるジェフが、カタを行う騎士達に細かく指導していた。
「まぁ実戦ではその通りに行くことは稀だがな。」
「確かに。しかし、それではカタの意味が無いのでは…?」
「それが工夫、ということだよ。」
そう言われ腕を組みながら考え込んでいたセスカだったが、何か合点のいくことがあったのかハッと明るい表情になり「そうか…!」と呟いた。
長年剣に人生を捧げ、セント・グリアスの再来とも呼ばれ、神剣の二つ名を持つ程の男である。準騎士達もそれが何なのかを掴むことに苦労する者が多いが、全く違う剣を遣うにも拘わらず何か得るものがあったらしい。
「一人、我々と同じ剣を振っている者が居りますな。」
「あれは昔、辺境の砦で正騎士をしておってな。使い慣れたあの得物の方が合っていると言って聞かんのだ。しかし見事に俺の剣術を納めよった。」
皆が使う反りの入った片刃の木剣ではなく、両刃の直剣を模した木剣を振るうアッシュを見ながら言葉を交わす。
暫くの沈黙の後、
「オリガ殿、やはり一手お相手願えませんかな?」
と切り出す。先程稽古場へ移動する傍ら、仕合を申し込んだセスカだったが「老骨にそなたの相手はしんどい。」とやんわり断られていた。老いたとはいえ、まだまだ気力に溢れる騎士団長である。体格もガッシリとしており、鎧を着ていても鍛え上げられた体躯の持ち主であることは明白だった。
かたやオリガは枯木の様な老人である。
「断る。と言ったら…?」
「今回の正騎士登用は無かったことに。」
流石にそこまでは冗談かと思われたが、余りにも真っ直ぐなセスカの眼差しに「仕方がない…。」と答えるよりなかった。
「これよりオリガ殿と仕合う運びとなった!」
とセスカが豪快に声を張ると、ざわざわとしつつ自然と訓練場に観覧の輪が出来始める。
唐突な立合いに、みな驚きを隠せないでいた。
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