上 下
7 / 30
3,キリア皇国。

賊と鬼人。

しおりを挟む
「っ…なんでこんなに賊がいるのよ…」

「これはこれは姫様。まさか本当にこちらにいらっしゃるとは。」

頭に赤いバンダナを巻いた賊の頭であろう身長180の目つきの悪い吊り目で紺髪の男が言った。
服装は身軽な軽装で見た目的には普通の街人だ。
防具なんて着けていない。
緑のティーシャツにカーキのカーゴパンツと黒いブーツ。
動きやすそうな盗賊シーフと言った見た目だ。

私達はアックの街を出て一日も経たない程のしかし、アックの街はもう見えなくなっている草原で賊に囲まれている。
その数ざっと100以上。
あり得ない。
こんな数の賊がすぐに集まれるわけが無い。
恐らく前から準備していた。
しかも狙いは完全に私と詩乃。
恐らく私達が船でこちらに向かうことを事前に知っていたのだろう。
だが、何処で知った?
船が出る前、もしくは船に賊の仲間がいたのかな…
いや、今はそんなこと考える余裕は無い。
これはマズイ。
流石にこの数相手となるとキツい。
どうしたものか…

「お困りのようですね、教皇様。よろしければ力をお貸し致しますよ?」

カムイさんが私を見て言った。
その顔はにこやかに笑っていた。
それこそ、人を傷つけるのが嫌いな人の表情…人を傷つけなさそうな表情だ。

「戦えるのですか?」

「ご心配には及びません。これでも里では1番の兵士でしたので。」

カムイさんはそう言って馬車を降りた。

「では、私の力お見せしましょう。皆さんは馬車で見ていて下さい。」

私達の返事を待たずにそう言ってローブから魔法鞄マジックバックだけを外に出した。
恰好からしてカムイさんは魔法使い。
あんな恰好では身軽に動けない。
しかし、あろうことかカムイさんは魔法鞄から刀を取り出して鞘を自分の回りの地面に突き刺した。

「では、私の実力お見せしましょう。鬼神宿し!」

そう言うとカムイさんを赤い魔法陣が包み込み、カムイさんを赤いオーラが包むとその赤いオーラがカムイさんの体に吸収された。
見たことも無い魔法だ。
宿すと言っていたから憑依系?
だとしたら詩乃が知ってるかな?
私が詩乃を見ると詩乃は首を横に振った。
詩乃も知らない魔法のようだ。
だが、攻撃魔法には見えない。
どういうこと?

「…鬼谷きごく流多刀術りゅうたとうじゅつ刀八刀流かたなはっとうりゅう!!」

カムイさんがそう唱えると刀が八振り鞘から抜けて宙に浮いた。
そしてその刀を片手の指の股に四振りずつ…八振り全てをまるでツメのように持った。
あり得ない。
指の股に刀を挟んで持つなんて普通の人間には出来ない。
しかもそれを片手で4つずつ、八振り全てをだ。
八刀流…聞いたことも無い。

「さて、派手に食い散らかすと致しますか。」

カムイさんはそう言ってニヤリと笑うと相手に突っ込んでいった。
相手は刀や剣、短剣と武器種は様々だが皆剣系統の武器を持っている。

そして、カムイさんはなんとその人達と刀八刀流で打ち負かしている。
刀一振り一振りが一刀流並みに強い。
あり得ない。
そんな力人間の出せる技じゃ無い。
あの鬼神宿しと言う魔法の力だろうか。
が、八刀流はどうしても信じられない。
まず、どんなに手が大きくても四振りを同時に持てるほど人間の手は大きくない。

そして、それをいとも簡単に振り回せるほど人間は怪力では無い。
それをカムイさんはやり遂げている。
しかも、表情は柔らかく、まだ本気を出していないようにも見える。
一体何者なんだ。
商人と名乗っていたがあり得ない。
恐らく商人はカモフラージュ。
そんな気がする。

「この程度ですか、なら後数分で殲滅致しますよ?」

カムイさんがなおも刀を振り回しながら敵を切り刻んでいく。
その数既に半数。
早い、早すぎる。
斬撃を眼で捕らえるのがやっとなほどだ。
この速度は普通なら一刀流でもかなり難しい速度だ。
それを本気では無く出しているようだ。

「おいおいおい、姫様達を攫うだけの簡単な仕事じゃねぇのかよ。こんなんきいてねぇぞ。」

賊の頭が冷や汗をかきながら言った。

「ふむ、一度撤退した方が良いでしょうねぇ。私は撤退致しますがどうしますか?」

賊の頭の隣に灰色のローブで全身をかくし口元しか見えない男が現れて言った。
恐らくあれが賊に私達の誘拐を依頼した人間…
いや、違う。
あの人は恐らく監視役。
依頼者の配下だろう。

「んなの撤退だ。悪ぃが転移頼むわ。」

そう言うとローブの男が小声で何かを呟くと白い魔法陣が敵全体を転移させた。
あの量を一度に転移となると恐らくS級の魔法使いだろう。
そして撤退すると言っていたことから恐らくまた襲撃しに来るはずだ。
これからも気を付けないとなぁ。

「ふむ、撤退…ですか。面白くないですね。まぁ、魔力の消費は抑えられましたしよしとしましょう。」

カムイさんはそう言うと刀を鞘に戻し魔法鞄にしまってこちらに歩み寄ってきた。

「驚きましたか?こう見えて私、強いんですよ?」

「あの、さっきの魔法は…」

私がおそるおそる聞いてみた。
と言うのもカムイさんは汗1つかいていない。
つまり50人近い敵を相手して汗1つかかずにあの動きをしたのだ。

「あれは鬼神宿し。その名の通り鬼神をその身に宿し攻撃力と力を底上げする魔法です。刀を八振り持っても一振り持ったのと重さは変わらなく感じます。」

「だとしてもあの大きさの刀を四振りも片手で持てない。」

詩乃がカムイさんが話し終えた瞬間に言った。

「それは手の中で魔法鞄への転移魔法を使って柄の部分を魔法鞄に仕舞っていたからですよ。」

「それじゃああの速度は?」

「鬼神宿しは力を底上げします。つまりは脚力も底上げされるのでそれでなせる技ですね。」

カムイさんがなおも笑顔で答えた。

「だとしても、人間には出来ない。カムイは人間じゃないでしょ?」

詩乃がカムイさんに聞いた。
それは私も思った。
人間だとしたらそこまで出来ない。
いくら脚力が上がってもあの速度で動き続けるのは不可能だ。

「それは私が鬼人オーガ族だからですよ。ヴァンパイア族だって変化できるでしょ?それと同じで鬼人族も変化が可能なんです。鬼人の姿のままで商人をしても皆恐がっちゃって商売にならないんですよ。」

カムイさんはにこやかに答える。
確かオーガ族は額に角があるのが特徴の種族だったはず。

因みに私達ヴァンパイア族は人間族に一番近い姿をしている種族だ。
だからか人間との区別がつかない。

「それに、商人一人での旅となると危険が多くて旅なんかしてられないんですよ。」

なおも笑顔でカムイさんはそう言うと馬車に乗り込んだ。

「とりあえずここに居続けるのは良くないし行こっか。」

私はそう言ってペガホーンに出発するよう言った。
ペガホーンは知能が高い生物なので口で命令するだけでかなり高度な命令までこなしてくれる。
召喚獣は基本的に口での命令で動いてくれるが所詮は獣。
高度な命令となると上手く伝わらない場合もある。
だから召喚術は難しい魔法とされているが上手く扱えば火力は全魔法でもトップクラスの魔法だ。
ただ、一部修飾句などの効果が無いものもある。
召喚獣は獣を召喚する魔法だ。
つまりは転移魔法なのだ。
術者は召喚獣をこちらの世界への転移門を開き呼ぶだけ。
だから召喚獣は人と同じ修飾句しか効かない。
そのため私もあまり使わない魔法なのだ。

「璃乃ちゃん、良いかな?」

私が馬車の先頭に座っているとカムイさんが私の隣に座って言った。

「どうかしましたか?」

「いや、さっきの相手だけどさ、2人のことを姫って呼んでたよね。キリア皇国の人で2人のことを姫って呼ぶ人いる?」

「えと、私達は呼ばれたこと無いな…確か、アーシャ帝国の元帥閣下が私達のこと姫さんって呼んでたけど…」

「ふむ…となると相手は帝国の関係者かもね。帝国か…確かキリア皇国とは同盟結んでるよね?」

「うん。キアル同盟でしょ。キリア皇国、アーシャ帝国、ルーガ王国の三国同盟。元々この三国は結びつきも強い国だから私達を誘拐なんて信じられないけど…」

私がそう言うとカムイさんはんーと唸りながら考え始めた。

いきなりの賊の襲撃。
これからもあるのだろうか?
今は一刻も早くアルーシャにたどり着かなくては。
しおりを挟む

処理中です...