暴君は野良猫を激しく愛す

藤良 螢

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取引

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 引きずり出された先では、村人が一箇所に固められていた。武士たちの目的は略取だったようだ。蓄えていた作物が次々と荷台に積み込まれていく。
 血の匂いはないことに安堵あんどして、幸菜も村人たちの中に入るべく足を向けた。

「ーーそこのお前、こちらへ来い」

 一瞬、誰のことかわからなかった。
 しかし幸菜が理解するよりも早く、その腕を掴む男がまたも加減無しに引く。
 まろぶように衆目に晒け出される。背後の村人たちが悲鳴にも近い声で呼んだ。
 幸菜を呼び止めたらしい男が、いま、目の前にいる。

 男らしく整った精悍せいかんな顔立ち。武士らしく鍛え上げられた体格の良い美丈夫だ。こんな状況でなければ、村娘たちもさぞや黄色い声を上げたことだろう。

 男は値踏みするような目を幸菜に向けた。
 頭の天辺から爪先まで、その不躾な目でとくと見る。その後に、彼は口端を吊り上げて残忍な笑みを浮かべた。

「村長、前に出ろ」

 その言葉通り、今度は村長が引っ張り出された。
 どうやら彼が武士たちの長のようだ。
 引き出された村長は額を擦り付けるように平伏して震え続けている。

「そなた、村人が大事か?」
「はっ、ははっ。食料はすべて差し出します、ですからどうか、どうか村人の命だけは……!」

 それは、決死の覚悟の懇願だった。どうか、どうか、と繰り返す村長に、男はいっそう笑みを深めた。

「ならば、俺の望むものを寄越せ」
「も、もちろんでございます! 助けて頂けるのであれば、食料は……」
「そんなものいらん」

 男の切り捨てる言葉に、武士たちからも動揺の声が上がる。村長は顔を上げて放心していた。

彰久あきひさ様、恐れながら申し上げまする。此度は備蓄の確保のためであったはず。それを……」
「近くいくさは起きん。今取り立てずとも問題はなかろうよ。何処どこぞのうつけが何か仕出かせば話は別だがな。……それに、兵糧より良いものを見つけた」

 そうして彰久はひたりと幸菜を見据えた。
 鋭い眼光に僅かに怯む。逸らされることはない。追い詰めるような目だった。触れるものを無差別に斬り刻む、抜き身の刃とも思う眼差し。そのなかに、得体の知れぬ色があった。

「お前、名は何という」
「…………幸菜、です」

 名字を名乗らないのは、村長との約束だった。
 平民は姓を持たない。名乗れば目をつけられる。そう教えてくれた。
 彰久は再度、村長に問うた。

「命が惜しいか」
「は、はい!」
「ならば、この女を寄越せ」

 さすれば命は取らん。食料もだ。
 村長は絶句した。
 彰久の言葉は慈悲な響きをした脅迫だった。寄越さなければすべてを奪うと、目が語っている。
 なのに、彼は選べというのだ。村人たちと、たった一人の女とのどちらかを。

「…………私が行けば、みんなは助けてくれるのね?」

 口を開いたのは幸菜だった。奥歯を噛み締めて震えを止める。気丈に背筋を伸ばし、迎え撃つように彰久を見た。
 彼がたのしげに目を細める。
 村長ははくはくと口を開閉させて首を振った。やめろ、と口だけが何度も動く。
 幸菜は村長と村人たちに、できる限りの笑みを見せた。その心の大半は、彼らへの感謝だ。

「いままで、本当にお世話になりました」

 心からの最高礼を捧げる。
 だめだ。やめて。声を取り戻した者から制止がかかるが、幸菜が頷くことはない。

たがえることは許さない」

 振り返った瞬間、幸菜は精一杯彰久を睨みつけた。
 彼はそれすらも興を擽ると愉悦ゆえつした。

「帰還する!」

 号令と共に、武士たちが馬にまたがる。
 彰久も騎乗し、それから幸菜を引き上げた。小柄とはいえ人一人を軽々と持ち上げたたくましい腕は、そのまま手綱を握り、彼女を閉じ込める。
 この先にどんな扱いを受けるかはわからない。約束が守られたことだけが、せめてもの心の救いだった。
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