25 / 81
胸臆
しおりを挟む
運ばれてきた雑炊は滋味に富んだものだったけれど、小ぶりの茶碗だというのに半分以上も残してしまった。
亜希が心配そうにして「もう少しだけでも……」と勧めてくれたけれど、どうしてもそれ以上は入らなかった。
連れてこられた仔猫も食事を終えたばかりなのか、昨夜見た姿よりやや腹がふくれていた。痩せ気味だったから、今くらいがちょうどいい。
開け放たれた障子の向こうでは麗らかな日差しの中を小鳥が無邪気に戯れている。気まぐれに縁側へ降りてきたりもするのだが、膝元で丸まる仔猫は動く素振りも見せやしない。
大人しすぎて、野生に帰れるのかと不安になるほどだ。
仔猫を愛でつつ真剣に悩む幸菜を、亜希は微笑ましく見守っていた。
「これは幸菜様のお傍でお慰めすることが仕事ですから。このくらい暢気な方が良いでしょう」
「仕事って……猫の、それも子供ですよ?」
満足げにする亜希と違って幸菜は苦笑を禁じ得ない。
傍にいてほしいと願ったのは確かに自分だけれど、仔猫が今ここにいるのは願いを聞き入れてくれたからではないのだから。
幸菜にとって、猫は自由な生き物だ。好きな時、好きな場所に勝手に出入りして、日当たりのいい所で昼寝して。のんびりしてるかと思いきや、隠し持った鋭い爪で獲物を狩る。
そんな生き物に人間の理屈で仕事だ何だと言い聞かせても、それは無理なことだろう。
「それに、仔猫ですら仕事をするなら、ここへ来てからの私なんて仕事どころか寝るか食べるかですよ?」
今日だって、よりにもよって二日酔いで迷惑をかけてしまっている。ただでさえ心苦しいというのに追い打ちをかけないでほしい。
そう言うと、亜希はびっくり眼で何度もかぶりを振った。
「何をおっしゃいます。幸菜様は何よりも大切なお務めを果たしていらっしゃるではありませんか」
「え?」
何のことかと思ったが、聞き返すより早く彼女は「失礼しました」と口元を押さえてしまった。それにますますわからなくなったが、その後に続いた「日も高いうちから……」と自責する一言で、幸菜はやっと理解した。
お務め。確かに、そういえないこともないのかもしれない。
側室は愛人。自分は、「取引」の質。
心の中だけで呟く。口に出してしまえば、心優しい彼女にまた悲しい顔をさせてしまう。
笑えなくなってしまったのを誤魔化すように、視線を庭へ滑らせた。
ふわりと快い風が吹き込んで、ぴくりと仔猫が耳を揺らした。
「……縁側」
「は…、」
「お庭、もっと近くで見たくて。また縁側まで出てもいいですか」
昨日とは違う幸菜からの申し出に亜希は虚をつかれた顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべて何度も頷いた。
亜希が心配そうにして「もう少しだけでも……」と勧めてくれたけれど、どうしてもそれ以上は入らなかった。
連れてこられた仔猫も食事を終えたばかりなのか、昨夜見た姿よりやや腹がふくれていた。痩せ気味だったから、今くらいがちょうどいい。
開け放たれた障子の向こうでは麗らかな日差しの中を小鳥が無邪気に戯れている。気まぐれに縁側へ降りてきたりもするのだが、膝元で丸まる仔猫は動く素振りも見せやしない。
大人しすぎて、野生に帰れるのかと不安になるほどだ。
仔猫を愛でつつ真剣に悩む幸菜を、亜希は微笑ましく見守っていた。
「これは幸菜様のお傍でお慰めすることが仕事ですから。このくらい暢気な方が良いでしょう」
「仕事って……猫の、それも子供ですよ?」
満足げにする亜希と違って幸菜は苦笑を禁じ得ない。
傍にいてほしいと願ったのは確かに自分だけれど、仔猫が今ここにいるのは願いを聞き入れてくれたからではないのだから。
幸菜にとって、猫は自由な生き物だ。好きな時、好きな場所に勝手に出入りして、日当たりのいい所で昼寝して。のんびりしてるかと思いきや、隠し持った鋭い爪で獲物を狩る。
そんな生き物に人間の理屈で仕事だ何だと言い聞かせても、それは無理なことだろう。
「それに、仔猫ですら仕事をするなら、ここへ来てからの私なんて仕事どころか寝るか食べるかですよ?」
今日だって、よりにもよって二日酔いで迷惑をかけてしまっている。ただでさえ心苦しいというのに追い打ちをかけないでほしい。
そう言うと、亜希はびっくり眼で何度もかぶりを振った。
「何をおっしゃいます。幸菜様は何よりも大切なお務めを果たしていらっしゃるではありませんか」
「え?」
何のことかと思ったが、聞き返すより早く彼女は「失礼しました」と口元を押さえてしまった。それにますますわからなくなったが、その後に続いた「日も高いうちから……」と自責する一言で、幸菜はやっと理解した。
お務め。確かに、そういえないこともないのかもしれない。
側室は愛人。自分は、「取引」の質。
心の中だけで呟く。口に出してしまえば、心優しい彼女にまた悲しい顔をさせてしまう。
笑えなくなってしまったのを誤魔化すように、視線を庭へ滑らせた。
ふわりと快い風が吹き込んで、ぴくりと仔猫が耳を揺らした。
「……縁側」
「は…、」
「お庭、もっと近くで見たくて。また縁側まで出てもいいですか」
昨日とは違う幸菜からの申し出に亜希は虚をつかれた顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべて何度も頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のない、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる