暴君は野良猫を激しく愛す

藤良 螢

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想定外の

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(あれ? この匂い……)

 なんとなく覚えのあるようなそれに、どこで嗅いだのだったかと記憶を手繰る。

「どうした、寂しかったのか?」
「っ違います!」

 からかう口振りに幸菜の顔が赤く染まる。何度否定しても、その度に彼は楽しそうな顔をする。
 幸菜が歯噛みしていると、亜希が困った、それでいて少し怒った顔をして幸菜を呼んだ。びっくりして思わず彰久の衣装を握ると、何事だと平静な声が仔細を尋ねる。

「殿、どうか幸菜様に仰ってくださいませ。わたくしではお諌めできません」
「なにがあった」

 ほとほと困った様子の亜希に、彰久が怪訝な顔をする。彼にまで言われては逆らえないと、幸菜は慌てて無実を主張した。

「ちょっと寒いって言っただけ! 本当にそれだけなんです! なのに、亜希さんがお薬を……」

 悪いことはしていないと必死で訴えると、彼は一瞬面食らった顔をして、それから大きな声で笑い出した。
 はじけるような笑い声が辺りに響く。こんなことは初めてで、何が起きているのかわからなかった。

「殿、笑い事ではございません。幸菜様の身にもしものことがあったら……」
「っは、それはそうだがな」
「殿っ!」

 途切れ途切れに笑い続ける主君にも叱責の声が上がる。すると彼はわざとらしく肩を竦めて、幸菜を抱く腕に力を込めた。

「おおかた、縁側で昼寝して冷えただけだろう」

 言い当てられて言葉に詰まる。罰悪そうにしていると、それみたことかと彼はまた笑った。

「薬はいらん」
「ですが……!」
「その代わり、」

 亜希をたしなめた言葉が不意に打ち止められる。
 彰久は挑発的で魅惑的な笑みを浮かべた。





 なんでこんなことになったのだろう。
 恨めしげに元凶である彼を睨み上げても、彼は上機嫌に、そしてしたり顔で口角を上げるだけ。

「いい湯だなぁ」

 ぱしゃりと水音を立て耳元で囁かれて、無言を貫くより他に抵抗のしようがなかった。
 そろりと抜け出そうとしても、すぐに気づかれ叶わない。真っ向から嫌がって離れようとしたら、彼の目が剣呑な色を帯びて全うできなかった。
 結果、幸菜は彼の腕の中、彼の膝の上で湯に浸かっているという現状に至る。

 この状態はよろしくない。非常によろしくない。先例が最悪すぎる。

 風呂に投げ込まれこそしなかったが、その道中は彼に抱かれての移動だった上、何人もの人にそれを目撃された。彼らの目のどれもが微笑ましそうな、温かく見守るそれで、彰久はともかく幸菜には居た堪れなかった。

 なんでこんなことになったのだろう。

 もう何度目ともしれない疑問をもう一度抱いた。
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