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いつか
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少し離れたところで、人の動く音がした。重い目蓋を押し上げてみると、彰久が着替えている姿。
幸菜には気づいていないのか背中を向けられたままだ。
「………どこか、行くんですか?」
「起きたのか。軍議があるからな、もう行かねばならん。お前はもう少し寝ておけ」
軍議、と聞いて少しの恐ろしさが湧いた。ここは戦があるところなのだと、ありありと突きつけられる。
不安そうな幸菜に、彰久は目元を柔らかくした。
「案ずるな。しばらくは戦は起きん」
「でも、いつかは起こる……」
まあな、と彼は肩を竦めた。
だが、幸菜と違って暗い面持ちではない。顔を上げ、前を見据える真っ直ぐな表情をしている。
「今のうちに覚悟を決めておけ。自分が何をしたいのか。『その時』にすぐ行動できるように」
避けることのできないことだと言外に知らしめられる。
会話はそこで終わった。
一人取り残された座敷で、幸菜は彼の言葉を反芻していた。
「殿様って、いったい何を考えてるの?」
唐突な問いに、亜希は暫時思考を停止させた。ぱちくりと目を瞬かせる彼女は大人の女性なのに幼げに見えた。
彼女は我にかえると嬉しそうに破顔した。
「それはもちろん、幸菜様のことでございましょう」
「どうやってからかおうか、って?」
「そんなこと……」
否定されても、本当に? と疑ってしまうくらいには、それは納得できないものだった。
だって、彼には優しさがない。それに近い言動をすることもあるが、大半は横暴だ。
朝の会話とてそうだ。彼の言葉からは、戦を必要と見ているような節があった。たった一度でさえ多くの人の命が危険に晒されるものだというのに。
あまつさえ、それを厭う幸菜に覚悟を決めろと追い詰めるのだ。
それでもまだ否定するのかと問えば、亜希はなるほどと納得顔をして、なおも頷いた。
「殿なりの優しさですね。殿はひどく不器用なところがございますから」
「ええぇ……? いったいどこにそんなもの見出せるんですか?」
長い付き合いから感じ取れることなのだろう。その表情は少し得意げだった。
さっぱりわからないと喚くと、彼女はくすくす笑った。
「さあ、早くお召し替えを済ませてしまいましょう。そうしたら、仔猫を連れて参りますよ」
子供に言い聞かせるような言い方だったが、幸菜はぱっと顔を輝かせて嬉しそうに目を細めた。
稚気の抜けない様子に亜希は目元の皺を深くしたが、彼女の頭にはもうお気に入りの仔猫のことしかなく、気づく様子はない。
ふふ、と柔らかな声が春の風に溶けて消えた。
幸菜には気づいていないのか背中を向けられたままだ。
「………どこか、行くんですか?」
「起きたのか。軍議があるからな、もう行かねばならん。お前はもう少し寝ておけ」
軍議、と聞いて少しの恐ろしさが湧いた。ここは戦があるところなのだと、ありありと突きつけられる。
不安そうな幸菜に、彰久は目元を柔らかくした。
「案ずるな。しばらくは戦は起きん」
「でも、いつかは起こる……」
まあな、と彼は肩を竦めた。
だが、幸菜と違って暗い面持ちではない。顔を上げ、前を見据える真っ直ぐな表情をしている。
「今のうちに覚悟を決めておけ。自分が何をしたいのか。『その時』にすぐ行動できるように」
避けることのできないことだと言外に知らしめられる。
会話はそこで終わった。
一人取り残された座敷で、幸菜は彼の言葉を反芻していた。
「殿様って、いったい何を考えてるの?」
唐突な問いに、亜希は暫時思考を停止させた。ぱちくりと目を瞬かせる彼女は大人の女性なのに幼げに見えた。
彼女は我にかえると嬉しそうに破顔した。
「それはもちろん、幸菜様のことでございましょう」
「どうやってからかおうか、って?」
「そんなこと……」
否定されても、本当に? と疑ってしまうくらいには、それは納得できないものだった。
だって、彼には優しさがない。それに近い言動をすることもあるが、大半は横暴だ。
朝の会話とてそうだ。彼の言葉からは、戦を必要と見ているような節があった。たった一度でさえ多くの人の命が危険に晒されるものだというのに。
あまつさえ、それを厭う幸菜に覚悟を決めろと追い詰めるのだ。
それでもまだ否定するのかと問えば、亜希はなるほどと納得顔をして、なおも頷いた。
「殿なりの優しさですね。殿はひどく不器用なところがございますから」
「ええぇ……? いったいどこにそんなもの見出せるんですか?」
長い付き合いから感じ取れることなのだろう。その表情は少し得意げだった。
さっぱりわからないと喚くと、彼女はくすくす笑った。
「さあ、早くお召し替えを済ませてしまいましょう。そうしたら、仔猫を連れて参りますよ」
子供に言い聞かせるような言い方だったが、幸菜はぱっと顔を輝かせて嬉しそうに目を細めた。
稚気の抜けない様子に亜希は目元の皺を深くしたが、彼女の頭にはもうお気に入りの仔猫のことしかなく、気づく様子はない。
ふふ、と柔らかな声が春の風に溶けて消えた。
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