暴君は野良猫を激しく愛す

藤良 螢

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 ふふ、ふふふ。ふふふふふ。
 いやに響く愉しげな声に彰久は渋面を作るが、声の主がそれを気にすることはない。いつものことだと慣れきっているからだ。
 目の前の男は意味もなく盃を揺らして、口をつけるかと思いきや、また笑い出してそれを離す。
 何度も繰り返される無益な行為に、彰久の機嫌は降下するばかりだった。

「なあ、彰久。あの娘、どこの家の者だ?」
「……それを知ってどうするつもりだ」

 答える義理はないと、また眉間に深くしわが刻まれる。
 家柄ばかりを気にするこの知己が、身元も知れない他者に興味を示すことは珍しい。いや、十年来の付き合いになるが、そんなことは初めてだった。
 ふふ、とまた癪に触る声が響く。
 目の前のこの男が、その笑い方に相応しい穏やかな気性をしていないことを知っている。ゆるく吊り上げられた口元が生み出す微笑は雅やかと言えなくもないが、その瞳に宿るぎらついた瞳が打ち消している。
 ああ、全く腹立たしくてならない。

「あの目は面白い。亜希も気に入っているようだし、私にくれないか。いいだろう?」

 お前は女になど興味はないのだから、と知った風にうそぶく遼展にきつい睨みをくれてやる。平生より鋭さを増した眼差しは射殺さんばかりの敵意を孕んでいるというのに、盃に目を落とす彼は気づかない。

「ーーあれは俺のものだ」

 怒りを押し殺しきれない声でようやくその一言を返し、やけくそのように酒を煽る。喉を灼く感覚は変わらないのに、今日は酔えそうにない。
 するとまたあの不愉快な声が聞こえてきて、苦いものが広がった。
 脳裏を一瞬の影が過る。

 あれほど柔らかな笑みを向けられたことはない。
 あれほど穏やかな声をかけられたことはない。
 あれほどーー……

 唇をちくりと刺すような痛みに、彰久は我に返った。
 確かめるように指を這わせてみると、少量の赤が付いた。
 膝元に小さな陶器片を見つける。欠けたのだと、ただその事実を認めた。
 手の内に遺された大半の部分に興味はない。だが、欠け落ちたほんの小さな一欠片のどうしようもないほどの存在感から、しばらく意識を逸らせなかった。

(……らしくない)

 そうだ、らしくない。取るに足りないことだというのに。
 どうしてこんなにも自分を乱しているのか。
 血の滲む唇を強引に拭い、また盃を手に取る。

「あれは、俺のものだ」

 小さな呟きが、すとんと呆気なく胸に落ちる。
 凪いだ心中にそぐわない、煉獄の大火のごとき苛烈な光が、薄暗い室内で輝いていた。
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