暴君は野良猫を激しく愛す

藤良 螢

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突きつけられて

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 幸菜には、執着するものがない。強いてあげるならば自身を拾い受け入れてくれた村人達くらいだが、生まれ育った現代には、執着どころか未練すらも残していない。

 いや、残っていないのだ。

 あの村にやってくるまで何をしていたのかと問われれば、「何もしていなかった」と答えるだけだ。
 特に変わったことはしていない、という意味ではない。本当に、何もしていなかったのだ。

 幸菜には、家族がいない。すべて喪ってしまった。強面だが優しかった父も、穏和で料理上手だった母も。
 幸菜が愛した全てが幸菜を置いて逝った。幸菜一人が置いて逝かれた。

 独りになった家は寒々しいほどに広く、そして静かだった。よく手入れされていた美しい庭は見る間に荒れ果て、花器は水すら枯れ底を晒した。
 その中で、幸菜はただ呆然としていたのだ。今と同じように。


 かたりと鳴った音に、急速に意識が引き戻された。
 彰久が来たのかと布団の隙間から覗くが、どうやらそうではないらしくほっと安堵の息を吐いた。
 やってきた人影は幸菜が寝ていると思ってかやけに慎重な足取りで格子に近づいた。

「いい気なものね、随分と胆の太いこと」

 忌々しげに吐き出された声に目を瞠る。
 ばくばくと心臓がうるさく騒いでいる。冷や汗がこめかみを伝う。
 人影は嫌々と溜息を吐きながら格子を睨みつけているようだった。

「こんな野猿のどこがいいというのかしら。手を回してものらりくらりと逃げ果せて、本当に面白くないわ。さっさと捨てられてしまえばいいものを」

 ああ、嫌だこと。
 そう吐き捨てて、彼女はどこかへ消えていった。
 完全にいなくなったことを確認して、幸菜はようやく布団から顔を出した。
 予想はしていたが、実際遭遇してしまうとやはり心に刺さるものがある。じわりとにじんだ涙を乱暴に拭って、零れ出そうになる嗚咽を歯を食いしばって耐えた。
 皆が皆受け入れてくれているわけではないことは、わかっていた。付き従う亜希こそ異端であることも、悪意を向ける者がいることも、わかっていたつもりだった。
 亜希を始め、城に女中として仕えている彼女達は誰しもが姓を持つ家の生まれだ。それこそ、城主の手付きとなっても差し障りがない程の。
 彼女達にしてみれば、彰久の寵愛を一身に受ける幸菜は邪魔者以外の何でもない。

「……そんなの、私が一番知りたいよ……」

 知りたくて知りたくて、でも誰も答えを教えてくれないくせに。私が今どれほどの恐怖を抱えているか、知ろうともしてないくせに。
 そんな不満を抱いても、八つ当たりすることもできないから余計涙が溢れた。

「…………も、やだ……」

 初めて漏らした弱音は、誰の耳にも届かずに儚く消えた。
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