暴君は野良猫を激しく愛す

藤良 螢

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夢現

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 ぼんやりと浮上した意識で押し上げた目蓋は少し重かった。いや、目蓋だけではない。体に巻きつくように圧力が加わっている。何が原因かなど考えるまでもない。
 ふと、幸菜は思い出して未だ健やかに眠る彰久の腕の中から抜け出した。
 昨夜の痕跡が残る体は爽快とは言えないが、辛抱できないほどでもない。脱ぎ散らかした肌着を纏って、縺れながらも唐櫃に寄った。
 しまいこんだまま返しそびれていた誰かの羽織。処分されていたらどうしようかと思ったが、手付かずのようで良かった。
 そう思っていると、無防備だった背中から攫うようにして引き寄せられた。

「お前は名残惜しむということを知らんのか」

 寝起き故かかすれ気味の声が不満を漏らす。振り返れば声音そのままの表情をした彰久がいて、甘えるように身を預けた。
 腕の中に小さな体を閉じ込めながら、幸菜が手にしていた羽織に手を伸ばす。けれど、触れる前にそれは遠ざけられてしまった。

「これは駄目ですよ。借り物なんです、ちゃんと持ち主に返さなきゃ」

 手離すのは惜しいけれど、そうするのが道理だから仕方ない。探すことも失念していたから、よくよく礼も述べて返さなければと口にしたところで、彰久は訝しげに眉を上げた。

「本当ならもっと早くに返さないといけなかったんです。でも、これに包まってると不思議と安心できて……拠り所だったんです」

 でも、もう必要なくなるから。
 そう言った幸菜の顔は微かに寂しさが滲んでいた。

「別に、持っていればいい。無理に手離すこともない」
「そういうわけにはいきませんよ。恩を仇で返すような真似したくありません。ちゃんと返します」
「必要ない。お前が持っていろ」

 平行線を辿る応酬に、ふと引っ掛かりを覚えた。その言い方は、まるでーー。
 まさかと思って鼻先を近づけると、それは確信に変わった。同時に生まれた羞恥に、顔が一気に熱くなる。
 恥ずかしさのあまり逃げ出そうとした幸菜を捕らえて、彰久は喉奥をくつくつと鳴らした。

「お前は本当に飽きさせないな」
「ち、ちがっ! だって、亜希さんも誰のか知らないって……!」
「なるほど、亜希の策に落ちたか。それはそれは、褒美を与えなければな」

 一層愉快に笑う彰久から逃れられず、幸菜はここにいない女傑に恨みの念を向ける。彼女には返しきれない恩があるが、それはそれ、これはこれだ。
 会ったら「騙すなんて酷い」と多少大袈裟にでも言い募ってしまおう。あるいは、遼展も巻き込んで同じ思いを味わってもらおう。
 幸菜は待ち兼ねるようにうっそりと目を細めた。
 その傍らで、彰久がそういえばと口を挟んだ。
 幸菜付きと女中頭を兼任していた彼女は引き継ぎなども万全にして城を辞したため、女中頭の後任はすぐに決まったが、幸菜付きの女中はまだ空席のままなのだ。
 幸菜としてはいなくとも問題ないように思うのだが、正室という立場になる以上体裁というものが必要になると言われればそれまでだった。
 亜希がいれば悩む必要もなかったが、そういうわけにもいかない。
 亜希は、遠くないうちに遼展の許へ輿入れする。遼展が正式に後継と認められるまでは、彰久を傍で見守る約束だったそうだ。
 だからどうしたものかと思ったところで、幸菜は一つ思い当たった。

「それならーー……」

 彼女の口から出た思いがけない名前に彰久は耳を疑った。
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