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32.元騎士ベンジャミン

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 僕たちが綿の衣服を売却し終えたとき、騎士ベンジャミンも城から出てきた。
 その表情は落ち込んではいたが、どこかさっぱりしたような雰囲気がある。
「……どうだった?」
「思った通りだったよ。これで私も今日から職無しだ」

 ツノテン王国は有能な者は取り立てるが、仕事で失敗すればきちんと責任を取らせるという話は本当だったようだ。僕の隣にいるマーチルも質問をした。
「ウマも……いないんだね」
「ウマは王国からレンタルしていた。お役御免になったんだから借りることはできない」
「もし、アテがないのなら僕たちの仲間にならないか?」

 そう誘いをかけてみると、ベンジャミンは嬉しそうではあったが、少し不思議そうな複雑な顔をした。
「見たところ、君たちは武装商人のようだが……私などが同行してもいいのか?」
「こう見えても海賊を狩る海賊なんだ。だから腕の立つ仲間は1人でも多く欲しい」


 その海賊を狩る海賊という言葉を伝えると、ベンジャミンは表情を変えて僕たちを見ていた。元々が騎士だっただけあって、こういう建前に強い関心を示している。
「それは……凄い! 強い者に巻かれずに戦い続けるなんて……騎士道に通じるところがある!」

 あまりに期待され過ぎても困るので、僕は少しみっともない話もすることにした。
「まあ、そうはいっても理想と現実のギャップはあるよ。基本的に海賊が近づいてきたら避けるのは当たり前だし、海賊同士を遭遇させて争わせてから、漁夫の利を取ったこともある」

 事実を伝えると、ベンジャミンは納得した様子で頷いた。
「それはそうだ。いくら騎士でも建前と本音はある。私自身も自分が傷つくのは嫌だし、守っても感謝してもらえない領民のために命を張りたいとは思わない」

 彼の言葉を聞いて、僕はホッとしていた。
 やはり人間らしい本音を持っている人でなければ、僕たちも息苦しく感じてしまうし、遠慮なくお金儲けをすることができない。
 同じことを考えていたのか、ミホノシュヴァルツ号も頷いた。
『吾も、一角獣としての使命を背負っているが……本音では金と牝馬が好きだ。こればかりは本能なのだからどうしようもない』


 ベンジャミンは、シュヴァルツ号が言葉を発しても驚く様子はなかった。
 多分だが、シュヴァルツ号が一角獣だと最初から見抜いていたのだろう。この落ち着きぶり、さすがは騎士だと思う。
「なるほど……正直な船長さんだ」

 船長という言葉を聞いたシュヴァルツ号は、少し困った表情をしてから答えた。
『いや。吾は単なるクルーだ。リーダーはこっちのエッケハルト』
「いやいや、そういうの決まってないだろ!」

 さすがのベンジャミンも、シュヴァルツ号がリーダーでなかったことには驚いていたようだ。確かにこのお馬さん、他のクルーと比べても明らかに強いから、そう思うのも当然だろう。
 ベンジャミンも言った。
「私は、父親からも勘当を言い渡されてしまったから頼る場所もない。そんな騎士のバカ息子で良ければ……仲間に入れて欲しい」
「ああ、よろしく……ベンジャミン!」

 お互いに握手を交わすと、僕たちは城下町を少し眺めてみた。
 海賊の襲撃を受けた影響で町は滅茶苦茶になり、特にこれと言って余っていて安く買えそうなモノはなさそうだ。売り上げの金貨だけ持って別の場所に移動しようかと考えていると、マーチルが立札に目をやった。
「兵士募集か……まあ、こういう状況だと当たり前だよね」
「耳が痛いけど、何人集めても……あの怪物には勝てないと思う」
「怪物?」


 ベンジャミンに聞き返すと、彼はしっかりと僕を見てくる。
「ああ、敵の海賊たちの中に嫌な敵がいたんだ。私はヤツを……人質堕天使と呼んでいる」
「人質堕天使?」
 そう聞き返すと、ベンジャミンは頷いた。
「奴は太った男でな。どう見ても飾りで飛べなさそうな翼を持っていて……突然、住民をさらっては人質にする狡猾な能力を持っていた」

 僕はすぐに一角獣ミホノシュヴァルツ号を見ていた。
 そんなアビリティがあるのかと思っていたが、シュヴァルツ号もまた険しい顔をしたまま言う。
『アビリティは固有特殊能力と言われるほど、持ち主の内面を現すシロモノ……もし、吾ら一族が探しているオーブの破片が刺されば……そういう力も発現するかもしれん』

「ちなみに、ベンジャミンのアビリティは?」
 そう聞くと、ベンジャミンは右手を出した。そこにはなんと、僕と同じオーブの破片が刺さっている。
『その力は……!』
 彼が厳しい表情をすると、その右手にはレイピアが現れた。
騎士の奥の手シルバーレイピア……追い詰められた時のみ使えるという、地味な能力さ」

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