しっかり者のエルフ妻と行く、三十路半オッサン勇者の成り上がり冒険記

スィグトーネ

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9.世闇に紛れて

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 その日の夜。
 僕たちは荷物を纏めると、物音を立てないように窓から外に出た。

 奇しくも新月である今日は、警備する側には最も不利で逃げる立場の僕らには有利な環境になっている。
 僕はオリヴィアと手をつなぎながら、静かに街の中を歩いていく。

「やはり、兵士の見回りが多いね」
「そうですね」
 夜でも、いや夜だからこそ、街中を巡回している兵士の数は多かった。
 それこそ普段の3倍くらいの兵士数を投入し、そのほとんどを警戒に当たらせている感じだ。だけど、幸いだったことは1つだけある。

 ツーノッパ王国は獣人兵の登用には消極的で、特に鼻が利くウェアウルフの戦士がほとんどいないのだ。
 獣人兵士は夜目が利くだけでなく、においに敏感な種も多く、姿を消すだけという感じの僕の技の天敵とも言える存在だ。だから彼らが数多く配備されていたら、僕の能力などすぐに看破されてしまっただろう。


 僕らは時に物陰に潜みながら、巡回している兵士たちの監視網を掻い潜りながら森へと入った。
 この中にさえ入ってしまえば、エルフのいる僕たちに追いつくのは断然難しくなる。残る問題と言えばどうやって渡河するかだろう。
「とりあえず、ここで一休みするかい?」
「お言葉に甘えさせていただきます」

 岩に腰掛けて休憩している間も、オリヴィアは耳をそばだてて警戒していた。
 森の中ともなれば、野生の動物に襲われる恐れもあるから油断できない。僕もオリヴィアと背中合わせのまま夜闇を睨んでいた。

 少しすると、オリヴィアが低い声で言った。
「……まずいですね。奥に行きましょう」
「何かあったんだね?」

 手を握ると、彼女は手汗をかいていた。
「どうやら、獣人兵に私たちが抜け出したことを気付かれたようです。森の入り口に複数の人間の気配がします」

 それは確かにまずい。
 相手が獣人ならにおいで追尾も可能だろう。なるべく奥へ逃げないとすぐに捕まってしまう。


 僕とオリヴィアは岩から立ち上がると、なるべく足早に森の奥を目指した。
 オリヴィアは今まで以上に緊張した様子で耳を動かし、兵士たちの動向をチェックしているようだ。

 樹海の中で、僕とオリヴィアは無心になって歩いた。僕の目に映るのは闇ばかりで、聞こえてくるのは近くに生い茂っている草木を払い除ける音だけだ。
 全てをオリヴィア任せにし、兵士たちに追いつかれそうになったら、一か八かの姿を消す短剣を出すだけ。僕がこなせることなどこれくらいだ。

 それでも、僕だって全くの役立たずではないし、そういう事態にならないためにオリヴィアは頑張って逃げ道を探してくれている。

 いつの間にか、僕もオリヴィアも口から息をしながら歩いていた。どれくらい時間は経っただろう。
 オリヴィアは再び歩みを止めた。
「…………」

 これはどっちなのだろう。すでに敵に取り囲まれてアウトという意味だろうか。それとも……?
「……ここまで距離が開けば一安心だと思います」

 その言葉を聞いて、僕は再びホッとしていた。
「よかった。ここまで来ればあとは野生動物に気を付けるだけ……だね」
「一休み……しませんか?」


 僕も賛成だと思いながら頷いた。
 間もなく僕とオリヴィアは、近くの倒木を椅子代わりにした。一時はどうなるかと思ったが、さすがの獣人兵たちもエルフを相手に森の中で追いかけっこをしても勝ち目はないと判断したのだろう。

 再び朝になって調査を再開したところで、このペースならもっと奥に逃げることも可能だ。
 
『面白そうな話をしているね……小生も混ぜてくれないかな?』

 唐突に闇の中から、それも本当に背後から聞こえてきたので、僕の全身からは冷や汗が流れ出てきた。
 そっとオリヴィアに視線を向けると、彼女も全く気付いていなかったらしく、同じように瞳を大きく開いている。

 どうやら、背後の人物に完全に虚を突かれたようだ。


 彼女は両手を上げると、恐る恐るという様子で質問した。
「教えてください……貴方はいったい……?」

 直後に、背後が光っていた。
 そっと視線を向けると、そこには栗色の毛並みをしたウマが立っていたのである。


【手綱は見なかったことにしてください……】

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