しっかり者のエルフ妻と行く、三十路半オッサン勇者の成り上がり冒険記

スィグトーネ

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25.カイトのささやかな抵抗

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 僕は川を潜った状態で泳ぎ、何とか川岸へとたどり着いた。
 こういったらジルーに悪いが、マーフォークが1体だったのが、まだ救いがあったと言える。敵に操られたマーフォークがもう1体いれば、僕も確実に襲われていただろう。


 草を分けながら周囲の様子を睨むと、ちょうど僕の乗ってきた舟が、桟橋へと停まっていた。
 そして、すでに操られてしまったと思われるジルーとアイラが、後ろ手縛りにされたオリヴィアを連行して、集落へと入っていく。
「…………」

 下着姿なのは、恐らく彼女が魔法使いだから警戒されたのだろう。
 魔法使いは、ポケットなどに魔法媒体を仕込んでいて、手が使えなくても魔法を放てるという話を聞いたことがある。媒体は大きいし目立つため、服を剥いでしまえば抵抗できない。

「…………」
 さて、これからどうするべきだろうか。
 あの桟橋の舟を奪い返して、対岸に移動してからフロンティアトリトンズに連絡するか?

 いや、僕の腕では対岸にたどり着くことはおろか、流れに乗って漂流するのが関の山だろう。
 もし、コツがわかって上手く操れるようになったとしても、先ほどのように水中からマーフォークが襲ってくることもあり得るし、それだけでなく、操られているアピゲイルに空中から襲われるケースも考えられる。


 この状況では、援軍の到着も難しいだろう。
 つまり最低でもオリヴィアを救いたければ、僕ひとりでどうにかするしかない。


 森の中に潜みながら様子を窺うと、ジルーとアイラは、オリヴィアをマーフォークの村の村人に引き渡していた。

 僕は右手の短剣を出すと、そっと村人たちの後を付けた。
 操られていると思しき村人の数は2人。そいつらはオリヴィアを連行したまま、森の奥へと歩いていくと、そこには門番役と思しきマーフォークが、連行してきた村人と何かを話しはじめた。

 これは……チャンスか?
 僕は物音を立てないように【例の右手の短剣】を出してから、少しずつ形状を変化させた。しかし、思ったよりも門番が周囲に気を配っている。
 僕は慌てて物陰に身を隠すと、マーフォーク2人組はオリヴィアを洞窟の中へと連れ込んでいった。

 僕は焦る気持ちを何とか落ち着けていた。
 今のは仕掛けない方が正しい。下手にオリヴィアの救出に向かったところで、僕一人では多勢に無勢だ。せっかく逃がしてくれたオリヴィアの努力を無駄にすることになる。


 さて、とはいっても……彼女を洞窟の中まで連れ込まれてしまったのだから、かなり救出が難しくなってしまった。
 僕は物陰に身をひそめながら、ふと自分の手を見ると、僕の短剣にはまだ特殊な能力があるのではないかと思えた。

 なるべく見張りに気付かれないように岩壁をチェックしていくと、思った通り、ところどころに穴が空いていて、多少は中の様子が見えるようになっていた。

 試しに中を見てみたが、やはり中は薄暗くてよくわからない。
 せめて、オリヴィアが捕まっている場所に通じているのかどうかだけでも知りたいと思い、僕は右手短剣の【形状変化】を使って確認することにした。


 短剣の穂先を伸ばした状態で瞬きをすると、何やら別の風景が映った感じがした。
 試しに目を瞑ってみると、中の様子が見えた。
「……ここは、違うか」

 どうやら右手の短剣を形状変化させると、潜望鏡のような役割を果たさせることもできるようだ。
 僕はこれ幸いと右手に短剣を持ったまま、岩の間に空いた穴を見つけては、右手の短剣の形状を変化させて中の様子を探った。

「……なるほど」
 どうやら、今の僕ではどんなに頑張っても10メートルほどを伸ばすのが精一杯のようだ。
 しらみつぶしに、一つ一つ穴をチェックしていくと、遂にオリヴィアの姿を発見した。

 出入口の位置から逆算すると、だいぶ奥まった場所に監禁されているし、何だろう……よくわからないモノに纏わりつかれているように感じる。

 周りに気付かれないように、もう少しだけ霊力を放出すると、オリヴィアを拘束しているモノの正体がわかった。
「あれは……スライムか」


 厄介な話だと思う。
 炎魔法を使えるオリヴィアなら、その気になれば縄はもちろん、鎖くらいなら熱によって引き千切ることもできただろう。彼女が強硬手段に出なかったのは、ジルーたち仲間が人質に取られているような状況だからだ。

 ところが、これだけ大量のスライムに拘束されてしまっては、炎魔法を使ったところで熱はあっという間に吸収されてしまうだろうし、彼女が持たされている珠も気になる。


 どうやって救出するかを考えていたら、洞窟の奥から足音が聞こえてきた。
 その奥から現れたのは、どこにでもいる村娘という風貌の女だったが、口元には吸血鬼のような犬歯が光っていた。
「ふふふふ……どう? 私特製のスライムの池は?」

「村人たちを元に戻して!」
 そうオリヴィアが食って掛かると、その女はニタニタと笑いながら言った。
「まだまだ元気なようね」

 そう言うと女は手先を軽く動かし、オリヴィアを拘束していたスライムに働きかけた。
 すると、オリヴィアは苦しみだしていく。
「他人の心配をする暇があったら、自分の心配でもしてなさい」

 女が指をはじくと、オリヴィアは乱れた息を少しずつ整えていた。
「あんたのような牝鶏ちゃんは、そこでヒールオーブでも作ってなさい」
「この……吸血鬼!」
「あはははは……なに当たり前のことを言っているの?」


 吸血鬼か。最初は報告の通りゾンビとばかり思っていたが、吸血鬼だからこそ素早く相手に噛みついたり、平然と言葉を操ることができるのかと納得した。

 でも厄介なのは、僕の世界の神話とは違い、連中は昼間でも自由に外を出歩けるということか。
 これは、思案のしどころだ。

 そう思っていたら、背後から不穏な気配を感じた。
 この素早い足運び……まさかジルーか!?


 そう思った次の瞬間には、目にも止まらぬ速さで僕は押し倒され、ジルーはとても本人とは思えない妖艶な笑みを浮かべていた。
「初の獲物が、まさかこの子の初恋の人にだとはねぇ……」

 僕は払いのけようとしたが、先にジルーに掴み掛かられ、そのまま腕を齧られてしまった!


【囚われたオリヴィア】
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