しっかり者のエルフ妻と行く、三十路半オッサン勇者の成り上がり冒険記

スィグトーネ

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36.1着を取れなければ消滅……命がけのホースレース

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 間もなく僕たちは、洞窟を抜けるとラング村の様子を見た。
 ラング村の周辺には夜霧が漂っていたが、瘴気を帯びているせいか紫色の霧に包まれている。

「……どうだ?」
 そう聞くと、スティレットは険しい顔をしたままこちらを見た。
『これは……厄介そうだね。せめて多頭に分裂してくれるといいけど……』

「や、やっぱりさ、リスクってやつが大きすぎるって。こういうのはもっと、教会で訓練を受けているか、ベテランのユニコーンにでも頼んで……」
 ビルはそう言ってスティレットを思いとどまらせようとしたが、スティレットの表情は変わらなかった。
『小生の身の上を案じてくれてありがとう! だけどビル……これは小生にとっては新馬戦のようなものなんだ』


 スティレットは、村の入り口に立つと角を実体化した。
『アビリティ発動……ステークス!』

 彼の声を聞くと同時に、スティレットの意識が周囲に広がっていくのを理解できた。
 すると、周囲に漂っていた紫色の霧が凝縮されていき、7頭のウマのような形状になり、さらに未だに意識を操られているマーフォークの村人たちが、よろよろと歩いてきて瘴気ウマの上へと騎乗していく。


『小生の新馬戦に相応しい相手だね』
 恐々とした表情のまま笑うスティレットに、僕は話しかけた。
「ところでお前にも騎乗しないといけないんだよな。誰に頼むんだ?」

 スティレットは僕を見た。
『カイト……と言いたいところだけど、馬に乗った経験はないんだよね?』
「ああ」
 そう答えると、アピゲイルが歩み出てきた。
「それなら……私にお願いできないかな?」

 スティレットは意外そうな顔をした。
『い、いいの……? このレースでもし僕が傾斜をしたり負けたりすれば……君も一緒に闇の馬の餌食になるんだよ?』
 そう伝えられてもアピゲイルの表情は変わらなかった。
「もちろん危険は承知の上だよ。私が……敵にやられなければ、オリヴィアやカイトが苦しむこともなかった!」


 そのアピゲイルの表情を見て、僕は身震いを感じていた。
 僕は自分自身のことを考えることで手いっぱいだったが、恐らく自分がアピゲイルの立場だったら、かなり思い詰めていただろう。

 これはきっと……冒険者としてのケジメなのかもしれない。

 アピゲイルはしっかりとスティレットを見た。
「……お願い!」
『……わかった。君の命……一時的にだけど預からせてもらうよ』


 僕たちはスティレットの鞍や鐙などを整えると、今度は台を用意してアピゲイルをスティレットの背へと乗せた。
 そして、各馬はバトルフィールドになる、ラング村の中央部を準備運動代わりに走っていく。

「距離は……おおよそ1700メートルってところだね」
『うん、そんな感じだ!』

 僕はスティレットが走ったコースは、どこかで見覚えがあると感じていた。どこだったか……
 なんとなく思い出しそうで思い出せないと感じているとき、スティレットは言った。

『モード、フクッシマー。距離1700……コースはダート。8頭立て。天候は曇り。小生は1枠。重量負担50キログラム』

 その直後に何だろう。僕の脳裏に数字のようなモノが現れた。

――ホワイトスティレット。人気3位。単勝倍率……14.2?


 今のは、御神木が言っていたアビリティの影響だろうか。
 確認のために周囲を見渡してみたが、オリヴィアやジルーに変わった様子はない。これは……僕の頭の中にだけ流れてきた謎のメッセージか。

 スティレットの隣には、次々と闇の中から生み出された魔馬とも言うべきライバルウマたちが並んでいき、ユニコーン1頭と魔馬7頭が勢ぞろいした。

「単純に考えて……勝ち残れる確率は8分の1かよ……」
 ビルが青ざめた顔をしながら言うと、他のマーフォーク族の自警団員も黙って頷いた。
 しかもそれだけでなく、もしこのレースで負ければ……スティレットもアピゲイルも戻ってこないのだろう。


 スティレットたちの目の前には、フライングを防止するために設置されていると思われるゲートのようなモノがあったが……それは、音を立てて跳ね上がった。

 するといま、8頭の駿馬たちが蹄を打ち鳴らしながら走り出した。
 どの馬もスタートダッシュが速い。乗っているのが意識を操られているマーフォークでなく、本物の騎手だったらと思うと、悪寒すら感じそうな鮮やかなスターティングだった。

 ただどんな集団にも例外はいる。今回の例外はなんとスティレットだった。
 彼は8頭立てレースで最下位。8番目を走りながら、最初のコーナーを目指している。


【アピゲイル】
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