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第六章 追憶の海に花束を浮かべて
番外編 仮面の誓い、決別の剣4
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最後の入札にはほとんどの参加者が名乗りを上げた。ジェイもカイトもふくめて、総勢五十人。
四十四番のようにこの試合の前にケガで離脱してしまった数人は悔しそうに、元から参加する気のなかった常連数人は楽しそうに、この最終戦を見つめている。
まずは五人ずつ分かれての予選が十試合、立て続けに行われた。ジェイとカイトは別の組になり、どちらも順調に勝ち残る。
そして十人の勝者が二組に分けられ、二回目の予選が組まれた
第一試合に出場したカイトは、さすがは人生も戦いも経験豊富なところを見せつけ、ここまで蓄積した相手の情報を元に貫禄の勝利を収め、決勝へと駒を進めた。
そして第二試合──ジェイの前に立ちはだかったのは、不思議と勝ち星に恵まれているあの女性剣士だった。
五人で始まった試合はジェイが二人を倒し、女性剣士が一人を倒し、今は一対一で剣を交えている。
身軽さを生かして細身の剣で手数を増やす相手に、重い長剣を振るうジェイは苦労させられる。
「っ、試合中に考えごととはずいぶんと余裕だね!」
チラッと頭をよぎった顔にジェイが気を取られたすきを見逃さず、女性剣士は一気にカタをつけようと畳みかけてくる。
集中しなければと思うのだが、一度でも気にしてしまえばもうその考えから逃れることはできない。
この戦いに勝てば、決勝の相手は──カイトだ。
(カイトと戦う……?この、俺が……)
その可能性は考慮していたはずなのに、いざとなると今までに感じたことのない重圧がのしかかってくる。
勝てる、勝てないの問題の前に、自分はカイトに立ち向かえるだろうか、という弱気が襲う。
真剣勝負はもちろん一度たりともないが、旅の中で手合わせをしたり剣の練習に付き合ったり、そうやって剣を交わしたことすら数えるほどしかない。
ジェイの中でカイトという男は出会った最初から、戦わずして『敵わない』という分類に押し込んだ相手だった。それは剣の上でも、男としても、だ。
いっそここで負けておいた方が──後ろ向きに進む思考に支配されかけた時、ジェイの背中を押したのは『勝て』という力強いクレインの声だった。
「くっ……!」気づけば力押しで相手を弾き飛ばしている。そしてそこから身体は勝手に動いて、ぐるんと遠心力を乗せた一撃で細身の剣を叩き折ると、丸腰になった相手ののど元に剣先を突きつけていた。
「……あたしの負けだ。降参するよ」
両手を挙げた女性剣士はあっさりと負けを認めると、「残念だねぇ。でもしょうがないか。あのこはうちの旦那に研がれるのが嫌ってことなんだろうね」とよくわからないことを言ってから、立ちすくんでいるジェイの腕をバンバン!と叩いて自分を負かした相手を激励していった。
「それでは、これより決勝戦を始めます!!」
司会のコールにより、舞台上にカイトとジェイだけが残される。
ここに来てもまだジェイは「勝ってしまった」という戸惑いの中にいた。
対するカイトは余裕だ。
これであの危ない呪いの品が、ベレン卿かヘイレンどちらかの手に渡ることは決まった。危険性を十分理解している二人ならばそうそう下手な扱いはしないだろうから、すでに目的を達したと言ってもいいくらいだ。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが」
高まる緊張感の中、カイトはそれすら楽しんでいるような調子で司会者に声をかける。
「借りられる模造刀はひとり一本までなのか?」
「どういうことでしょう?」
「二刀流、というのもアリか?」
「……もちろん、アリです」
ざわめいた客席を物ともしないで、カイトは右手に握っていた長剣を細身のものに変え、さらの左手に短剣を持つと、それをくるん、くるんと器用に回して逆手に持ち直した。
すっと左手を前に出し、動揺が続くジェイを見据えてふっと笑う。
会場の空気は、完全にカイトに支配されている。
このまま試合が始まってしまえば、結果は火を見るより明らかだ。
混乱した頭でジェイができたことは、「少し時間をくれ」という苦し紛れの時間稼ぎだった。
ジェイは深呼吸を繰り返しながら舞台の端まで歩く。情けない顔をしている自覚はあるから、客席のクレインと目を合わせることはできない。でもなるべく近くへ行くことで力をもらいたかった。
「おい!」
威勢のいい声に、ジェイはハッと反射的に顔を上げる。
クレインは腰に手を当てて仁王立ちし、ふん、と気合いを入れるように鼻を鳴らして、ジェイが一番聞きたかった言葉をくれる。
「忘れてないだろうな。──『ぜんぶ、勝て』!」
「……任せて、おけ」
それで、吹っ切れた。
さっきとは別人の集中したジェイを、カイトはむしろこうでないとと迎え撃つ。
どちらが勝ってもいいとは思っていても、もちろん負ける気など毛頭ない。そのための奇襲の二刀流だ。
向かい合って構えて──「それでは、はじめ!!」いきなりガキンッ!と剣が交差する。
互いに手の内を知り尽くしている相手だ。勝負は長引かないだろうという予想はどちらにもあった。
先に仕掛けたのはカイト。
長剣で受けながら、懐に短剣を潜らせるようにして斬り込む。
それをジェイは手甲で受けると、ぐんっと身体ごと押し込みあえて距離を近づけて、そこからカイトの両手を開かせるように外へと弾く。
普通ならこれで懐がガラ空きになるところを、カイトは自ら後ろへと身体をそらして、剣を持った手で器用に床を支えて軽業師のように後方回転して距離を取る。
客席からはカイトの派手な軽業に歓声が上がっているが、集中したジェイの耳には舞台の外のことは一切届かない。
着地のタイミングを狙って横から大きく薙ぐと、カイトは短剣でそれを受け流しつつ、再び距離を詰めようと一歩前へ出た。
ジェイとカイトでは得物の重さと長さが違う。
接近戦になれば不利になるのはジェイだ。
詰められた一歩から逃れるため、ジェイは一歩後退する──つもりだったのに、なぜか足が勝手に前へ進んでいた。
自分でも自分に驚いたジェイだったが、だからこそカイトの読みを外すことができたのかもしれない。
理屈ではない、感情論でジェイはそんな自分を肯定する。
──そうだ。どうせ俺にはカイトのような器用さも周りを巻き込む影響力もないんだ。できることなど限られている。
至近距離で組み合った二人は、一瞬の均衡の後、ぐらっともつれるようにして倒れていく。
上を取ったのはジェイだ。
覆いかぶさるように自重をかけて、カイトを組み敷いていく。
しかし地面に着く前に、カイトの左手がぐぐっと首元に向かって伸びてくるのが見えた。
──超えろ!!
その時ジェイの頭の中にあったのは、勝つことではなかった。
──カイトを超えろ!
ドサッ!と二人は重なり合って倒れた。
「……相打ち?」
そんな声が客席のどこからかつぶやかれる。ジェイの剣とカイトの短剣、そのどちらもが相手ののどに入っているように見える。
しかし静寂の中、カラン……軽い音を立てて手から滑り落ちたのは──短剣だ。
空になった左手を開いたカイトは、自ら反対の手の長剣も手放すと、身体の上にのしかかっているジェイに両手をかかげて見せる。
「っ、勝者、二十一番……!!」
審判の判定の声を会場中の歓声がかき消す勢いで響き渡った。
***
「っ、はぁ、はぁ」それまで呼吸を止めていた身体が、一気に酸素を欲して息が乱れる。酸欠のジェイの頭では(終わった、のか……?)という感想が(……俺が、勝った?)に変わるまでにしばらく時間を要した。
「おい、いつまで乗っかってる気だ」
自分の下から聞こえたからかうような声に、ジェイはハッと身体を起こすと、押し倒した格好になっていたカイトから身を離す。
ふぅ、とひと息ついてカイトも上半身を起こす。
まだ呼吸が整わないジェイに比べて、こちらは戦いの後とは思えない平静ぶりで、これではどちらが勝者なのかわからないくらいだ。
そして実際にジェイは、自分でもなぜ勝てたのかわからない不思議な心地だった。
「……なかなか面白いものだな、こういう勝負も」
カイトが言うとまったく負け惜しみには聞こえなくて、ジェイも今になって、ここでの高揚感やいい緊張というものがけっこう楽しかったのかもしれないと思い始める。
──こんな剣の勝負もあるんだな。
命の奪い合いでも、客を喜ばせるためでもない。剣で対話をして相手とわかり合うような、そして己を高めるような、そんな戦いもあるのだと、ジェイは初めて知った。
クレインからの激励や相手がカイトだったということで、おそらく自分の実力以上の力が発揮されたのだと、ジェイは勝因をそう分析した。
「……ありがとう、ございました」
不器用そうにそう言いながら差し出したジェイの手を、カイトがぐっとつかんで身体を起こすと、最後の戦いにふさわしい幕引きに、自然と周囲から拍手がわき起こった。
「うむ、よい戦いであったぞ」
いつの間に舞台に上がったのか、二人のすぐそばにいた主催者からもお褒めの言葉がかけられる。
「これにてオークションは終了じゃ。船の順番と品の引き渡しの準備があるのでな、帰りはこちらから声をかける。それまではゆるりと待つがよい」
満足げに告げると、登場したのと同じ扉から客よりも一足先に退場していった。
カイトとジェイもそれぞれ自分の主人の元へと戻ろうとしたが、その途中で幾人かに囲まれて引き止められる。
その理由はというと──「おい、お前!いい腕だ。気に入った。俺の護衛にしてやろう」「今の倍は出すわ。今度はわたしのために戦いなさい」「いくら出せば雇える?次のオークションに向けて予約しておきたい」
主に、自分が連れてきた剣士役に不満があった主人たちから、次々と勧誘の声がかけられる。
本来ならこの攻撃を止めるのも主催者側から派遣されている世話人の役目なのだが、その前に──「だめです!」「悪いが……」
ほとんど転んでぶつかってカイトの胸に飛び込んだユエは、誰にも渡さないとばかりにぎゅうっと抱きしめる腕に力を込める。
「だめです。カイ……この人は、おれのですから」
自分のものだと所有欲をあらわにするユエに、カイトもいたずらっぽい笑みで「そういうことなんでな」と人目をはばからず抱きしめ返した。
「悪いが……俺の主人はひとりだけだ」
ジェイの眼に映るのはたったひとり。
むっとして立ち上がっていたクレインの前まで行くと、片ひざをついて、戸惑いに変わった顔を見上げる。
そして手を取って、その甲に口づける。
「なっ……!」大勢の前でのその行為にクレインはパッとほおを染めたが、唇がさも愛おしげに触れるから、怒ることができない。
その代わりにジェイにだけ聴こえる声で、「……俺はお前の主人じゃないだろ」と抗議すると、「大事な人という意味なら、同じだ」と返されて、さらに朱を増すことになった。
それでもまだ食い下がろうとする何人かを、警護が本職だったらしい上半身裸のムキムキたちが大人しくさせて、それぞれの天幕に戻った四人はやっと落ち着くことができた。
ただ落ち着けたのはほんの少しの間だけ。
すぐに世話人から「用意が整いましたので」と会場から連れ出される。
先行したクレインとジェイが最初に案内された大広間で待っていると、すぐ後からカイトとユエもそこへ合流する。
ここで競り落とした品の受け渡しがあるのかと思っていると、世話人から思わぬ誘いが降って湧いた。
「よろしければこの後、主人が主催する晩餐会にご招待したいのですが」
「晩餐会?」
「オークションの後にいつも、お馴染みの方々とご歓談されるのです。今回お二組には素晴らしい戦いを見せていただいたので、主人がぜひ、と」
どうしたものかと四人で顔を合わせてから、カイトが様子見であいまいな返事をする。
「……今からだと、帰りは真夜中になってしまうんじゃないか」
「ご常連の方々はこちらにお泊りになりますので、みなさまもよろしければ……もちろん、お泊りにならないのならば、真夜中でもいつでも船をお出しします」
この得体の知れない島に一泊と言われると、よけいに躊躇してしまう四人だ。それを察した世話人は、にっこり笑って一歩引く。
「こちらはあくまでお願いしている立場ですので、無理はなさらないでください。お帰りになるのなら準備はもうできておりますので、このまま船着場へとご案内いたします」
立場からすれば、主催者は有無を言わさず強制することもできるだろうに、こうして選んでくださいと言われると、ただでさえここの関係者たちに好感を持つようになっていた四人は気持ちがぐらついた。
それを待っていた世話人は、さらににっこり口角を上げる。
「晩餐会はもうひとつの大きな島にある主人の館で開催されるのですが、そこには……オークションにも出さないとっておきの品々が保管されております」
これで、カイトの気持ちは完全に参加に傾いた。
「それから……みなさまならばこの島の不思議な雰囲気を感じ取っていることでしょう。その謎についても──その一端ではございますが──主人から説明があるものと」
珍しくジェイから、参加してみたいという意思表示がされる。
ユエとクレインはあまり乗り気にはなれなかったが、二人を置いて帰るわけにもいかず、渋々参加を許可したのだった。
******
「わ、すごい!島と島に橋がかかってる」
剣闘場があった『子島』と主催者の館がある『親島』は頑丈な橋でつながっていて、ユエはカイトに腰を支えられながらそこを渡った。
足元が危ういというのもあるが、風が吹きつけるため服のすそがめくれ上がってしまうのを防ぐためでもあった。
ひらひらとなびく白を見ているクレインは、心の底から自分の衣装にホッとしている。
主催者の館の第一印象は、『厳か』だ。
ユエが教会の総本山『青の教会』を思い浮かべたように、宗教施設のような静ひつと威厳が感じられる。
しかし中へ入れば、温かみのあるランタンが趣味のいい調度品を照らして、居心地のよい空間を演出している。
クロークで外套を預けた四人が使用人の手で開けられた立派な扉をくぐると、まず最初に華やかな音楽が出迎えてくれた。
晩餐会というからどんな堅苦しいものかと思っていたら、巨大なテーブルも重厚なイスもない大広間はさながら舞踏会の会場そのものだ。
一番奥では楽団がぞろっとそろって音を奏で、天井には巨大なシャンデリア、中央は広く空いていて、壁ぎわにソファと食事が用意されたテーブルが並んでいる。
「仮面舞踏会か」
この時間のために仮面をつけてきたような気になってカイトは苦笑する。
すでにひと踊りしていた先客たちが新参者に気づいてこっちを見たが、すぐに話しかけるような不躾な真似はせず、すっと膝を折ってあいさつだけしていく。
「お席はこちらです」
世話人は二組を隣同士に案内すると、おくつろぎくださいと言い残してその場を辞した。
「くつろげと言われても……」手持ち無沙汰でとりあえず食事に手を伸ばすクレイン。
隣の席ではユエがカイトの耳元に口を寄せて、「ね、」と内緒話を始める。
「まだ名前呼んじゃ、だめ?」
「……まあ、もういいんじゃないか」
「それじゃあ、クレインたちと話すのは?まだだめ?」
その質問に少し考えたカイトは、「もう少し様子見だ」と解禁を保留した。
***
遅い夕食をそれぞれで楽しんでいると、続々客たちが会場入りして音楽に混じる歓談の声が大きくなっていく。
ここに招待された顔ぶれを観察したカイトは、やはり読み通り常連は十組程度だったとひとりで答え合わせを終える。
女主人と女剣士の組み合わせ、老婦人と年若い剣士、同じ年頃の男女の主従──組み合わせは様々だが、どの組にも共通しているのは、互いが互いを尊重している様子だ。
だからなのか、人が多くなっても窮屈な印象にはならずに、穏やかな時間だけが流れている。
ふ、とその時間の流れが変わった気がして、四人は一斉に顔を上げた。
その理由は音楽のテンポがいきなり上がったこと。そんな優雅な方法で注目を集めたところで、主催者が登場した。
衣装が深みのある赤のドレスに変わって、ついでに仮面も変わっていても、不思議な存在感は変わらない。
何かあいさつでもあるかと身構えた四人だったが、扇子をすっと挙げただけで、音楽も他の客人たちも何事もなかったかのように元に戻る。
どうするのが正解なのか四人が戸惑っていると、主催者の方から席へと近づいてきて、カイトが立ち上がろうとしたのを制して「そのまま」と微笑んだ。
「今回はそなたらのおかげで、妾も楽しませてもらったぞ。剣の強さもさることながら、相手への敬意ある立ち振る舞い、互いに高め合うような真摯な勝負、そしてなにより──主との絆を見せてもらった。その信頼は、この土地にとってもよい気となったであろう」
「『よい気』、とは?」
褒められていることは伝わってくるのだが、端々に出てくるスピリチュアルな発言が気になって正面から褒め言葉を受け入れられない。
胡乱げに聞き返したカイトに、主催者は特に気を悪くすることもなく「呪いとは何だと思う?」と質問に質問で返した。
そして聞いておきながら答えは求めていないのか、ひとりで話を進める。
「あの闘技場にも、オークションの品々と同じく呪いがかかっておる。呪いとはすなわち、人の悪意が引き起こすもの。かつて恨みの血と悲鳴ばかりを浴び、人の悪意を貯め続けた土地──それを浄化するのは、人の『よい気』なのじゃ」
「……はあ、」
「今日旅立ってゆく品々もよい持ち主と巡り合えばよいが」
主催者はまるで、旅立つ我が子を見送る母のような慈愛を持って語る。
なんだか、深く突っ込んで困るのはこっちのような気がして、カイトはそれ以上の質問をやめた。
「ひとつ、聞きたい」代わりにジェイが深刻な調子で口を挟んだ。
「なんじゃ?」
「……呪いというのは、試合の結果にも何か影響を与えたのだろうか?」
「ふむ……つまり、おぬしの勝利は自力ではなかったのではないかと疑っておる、と?」
見透かされたと動揺するジェイに、主催者は児戯を見るように微笑む。
「この土地は確かに、時折かたよった審判をすることがある。しかしの、その力を味方とするかどうかは、けっきょくのところその人次第なのじゃ。よく言うであろう、『運も実力のうち』とな。──そう、応援のようなものじゃ。実力以上の力を引き出すことはあるが、ないものを引き出すことはできぬ」
その言葉はストンと腑に落ちて、ジェイは小さなわだかまりを払拭できた。
艶やかに口元の笑みを広げた主催者は、「妾のコレクションを見たいとか」と話題を変えた。「せっかくじゃ、妾が自ら案内してしんぜようぞ。見たい者はついてくるがよい」
顔を見合わせた四人のうち、すぐに立ち上がったのはカイトで、置いていかれないようにとユエも続く。
「いい。俺はいい。全然見たくないから」
頑なに固辞したクレインを置いていくはずがなく、ジェイも無言で首を横に振った。
***
広間を出ていくその一団と入れ替わりに、クレインとジェイにずっとついていてくれた世話人が戻ってくる。
そして二人の気質を短時間でよく理解して、この華やかな場から早く抜け出せるようにと、この後の予定を選ばせてくれる。
「お帰りになるのなら船へご案内いたしますし、お泊りになるのでしたら、お部屋の用意はできております」
クレインは帰りたがるだろうな、と予想していたジェイは、その口から「……どう、する?」と聞かれてかなり動揺した。
「どう……いや、俺はどっちでも構わないが」
「なんかもういろいろと疲れたし、泊まっていいって言うなら……泊まっていく、か?」
ジェイに否やはない。
「あら、残念。お話ししてみたかったのに」という他の客からの声は届くことなく、二人は踊ることのなかったワルツに背を向けた。
四十四番のようにこの試合の前にケガで離脱してしまった数人は悔しそうに、元から参加する気のなかった常連数人は楽しそうに、この最終戦を見つめている。
まずは五人ずつ分かれての予選が十試合、立て続けに行われた。ジェイとカイトは別の組になり、どちらも順調に勝ち残る。
そして十人の勝者が二組に分けられ、二回目の予選が組まれた
第一試合に出場したカイトは、さすがは人生も戦いも経験豊富なところを見せつけ、ここまで蓄積した相手の情報を元に貫禄の勝利を収め、決勝へと駒を進めた。
そして第二試合──ジェイの前に立ちはだかったのは、不思議と勝ち星に恵まれているあの女性剣士だった。
五人で始まった試合はジェイが二人を倒し、女性剣士が一人を倒し、今は一対一で剣を交えている。
身軽さを生かして細身の剣で手数を増やす相手に、重い長剣を振るうジェイは苦労させられる。
「っ、試合中に考えごととはずいぶんと余裕だね!」
チラッと頭をよぎった顔にジェイが気を取られたすきを見逃さず、女性剣士は一気にカタをつけようと畳みかけてくる。
集中しなければと思うのだが、一度でも気にしてしまえばもうその考えから逃れることはできない。
この戦いに勝てば、決勝の相手は──カイトだ。
(カイトと戦う……?この、俺が……)
その可能性は考慮していたはずなのに、いざとなると今までに感じたことのない重圧がのしかかってくる。
勝てる、勝てないの問題の前に、自分はカイトに立ち向かえるだろうか、という弱気が襲う。
真剣勝負はもちろん一度たりともないが、旅の中で手合わせをしたり剣の練習に付き合ったり、そうやって剣を交わしたことすら数えるほどしかない。
ジェイの中でカイトという男は出会った最初から、戦わずして『敵わない』という分類に押し込んだ相手だった。それは剣の上でも、男としても、だ。
いっそここで負けておいた方が──後ろ向きに進む思考に支配されかけた時、ジェイの背中を押したのは『勝て』という力強いクレインの声だった。
「くっ……!」気づけば力押しで相手を弾き飛ばしている。そしてそこから身体は勝手に動いて、ぐるんと遠心力を乗せた一撃で細身の剣を叩き折ると、丸腰になった相手ののど元に剣先を突きつけていた。
「……あたしの負けだ。降参するよ」
両手を挙げた女性剣士はあっさりと負けを認めると、「残念だねぇ。でもしょうがないか。あのこはうちの旦那に研がれるのが嫌ってことなんだろうね」とよくわからないことを言ってから、立ちすくんでいるジェイの腕をバンバン!と叩いて自分を負かした相手を激励していった。
「それでは、これより決勝戦を始めます!!」
司会のコールにより、舞台上にカイトとジェイだけが残される。
ここに来てもまだジェイは「勝ってしまった」という戸惑いの中にいた。
対するカイトは余裕だ。
これであの危ない呪いの品が、ベレン卿かヘイレンどちらかの手に渡ることは決まった。危険性を十分理解している二人ならばそうそう下手な扱いはしないだろうから、すでに目的を達したと言ってもいいくらいだ。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが」
高まる緊張感の中、カイトはそれすら楽しんでいるような調子で司会者に声をかける。
「借りられる模造刀はひとり一本までなのか?」
「どういうことでしょう?」
「二刀流、というのもアリか?」
「……もちろん、アリです」
ざわめいた客席を物ともしないで、カイトは右手に握っていた長剣を細身のものに変え、さらの左手に短剣を持つと、それをくるん、くるんと器用に回して逆手に持ち直した。
すっと左手を前に出し、動揺が続くジェイを見据えてふっと笑う。
会場の空気は、完全にカイトに支配されている。
このまま試合が始まってしまえば、結果は火を見るより明らかだ。
混乱した頭でジェイができたことは、「少し時間をくれ」という苦し紛れの時間稼ぎだった。
ジェイは深呼吸を繰り返しながら舞台の端まで歩く。情けない顔をしている自覚はあるから、客席のクレインと目を合わせることはできない。でもなるべく近くへ行くことで力をもらいたかった。
「おい!」
威勢のいい声に、ジェイはハッと反射的に顔を上げる。
クレインは腰に手を当てて仁王立ちし、ふん、と気合いを入れるように鼻を鳴らして、ジェイが一番聞きたかった言葉をくれる。
「忘れてないだろうな。──『ぜんぶ、勝て』!」
「……任せて、おけ」
それで、吹っ切れた。
さっきとは別人の集中したジェイを、カイトはむしろこうでないとと迎え撃つ。
どちらが勝ってもいいとは思っていても、もちろん負ける気など毛頭ない。そのための奇襲の二刀流だ。
向かい合って構えて──「それでは、はじめ!!」いきなりガキンッ!と剣が交差する。
互いに手の内を知り尽くしている相手だ。勝負は長引かないだろうという予想はどちらにもあった。
先に仕掛けたのはカイト。
長剣で受けながら、懐に短剣を潜らせるようにして斬り込む。
それをジェイは手甲で受けると、ぐんっと身体ごと押し込みあえて距離を近づけて、そこからカイトの両手を開かせるように外へと弾く。
普通ならこれで懐がガラ空きになるところを、カイトは自ら後ろへと身体をそらして、剣を持った手で器用に床を支えて軽業師のように後方回転して距離を取る。
客席からはカイトの派手な軽業に歓声が上がっているが、集中したジェイの耳には舞台の外のことは一切届かない。
着地のタイミングを狙って横から大きく薙ぐと、カイトは短剣でそれを受け流しつつ、再び距離を詰めようと一歩前へ出た。
ジェイとカイトでは得物の重さと長さが違う。
接近戦になれば不利になるのはジェイだ。
詰められた一歩から逃れるため、ジェイは一歩後退する──つもりだったのに、なぜか足が勝手に前へ進んでいた。
自分でも自分に驚いたジェイだったが、だからこそカイトの読みを外すことができたのかもしれない。
理屈ではない、感情論でジェイはそんな自分を肯定する。
──そうだ。どうせ俺にはカイトのような器用さも周りを巻き込む影響力もないんだ。できることなど限られている。
至近距離で組み合った二人は、一瞬の均衡の後、ぐらっともつれるようにして倒れていく。
上を取ったのはジェイだ。
覆いかぶさるように自重をかけて、カイトを組み敷いていく。
しかし地面に着く前に、カイトの左手がぐぐっと首元に向かって伸びてくるのが見えた。
──超えろ!!
その時ジェイの頭の中にあったのは、勝つことではなかった。
──カイトを超えろ!
ドサッ!と二人は重なり合って倒れた。
「……相打ち?」
そんな声が客席のどこからかつぶやかれる。ジェイの剣とカイトの短剣、そのどちらもが相手ののどに入っているように見える。
しかし静寂の中、カラン……軽い音を立てて手から滑り落ちたのは──短剣だ。
空になった左手を開いたカイトは、自ら反対の手の長剣も手放すと、身体の上にのしかかっているジェイに両手をかかげて見せる。
「っ、勝者、二十一番……!!」
審判の判定の声を会場中の歓声がかき消す勢いで響き渡った。
***
「っ、はぁ、はぁ」それまで呼吸を止めていた身体が、一気に酸素を欲して息が乱れる。酸欠のジェイの頭では(終わった、のか……?)という感想が(……俺が、勝った?)に変わるまでにしばらく時間を要した。
「おい、いつまで乗っかってる気だ」
自分の下から聞こえたからかうような声に、ジェイはハッと身体を起こすと、押し倒した格好になっていたカイトから身を離す。
ふぅ、とひと息ついてカイトも上半身を起こす。
まだ呼吸が整わないジェイに比べて、こちらは戦いの後とは思えない平静ぶりで、これではどちらが勝者なのかわからないくらいだ。
そして実際にジェイは、自分でもなぜ勝てたのかわからない不思議な心地だった。
「……なかなか面白いものだな、こういう勝負も」
カイトが言うとまったく負け惜しみには聞こえなくて、ジェイも今になって、ここでの高揚感やいい緊張というものがけっこう楽しかったのかもしれないと思い始める。
──こんな剣の勝負もあるんだな。
命の奪い合いでも、客を喜ばせるためでもない。剣で対話をして相手とわかり合うような、そして己を高めるような、そんな戦いもあるのだと、ジェイは初めて知った。
クレインからの激励や相手がカイトだったということで、おそらく自分の実力以上の力が発揮されたのだと、ジェイは勝因をそう分析した。
「……ありがとう、ございました」
不器用そうにそう言いながら差し出したジェイの手を、カイトがぐっとつかんで身体を起こすと、最後の戦いにふさわしい幕引きに、自然と周囲から拍手がわき起こった。
「うむ、よい戦いであったぞ」
いつの間に舞台に上がったのか、二人のすぐそばにいた主催者からもお褒めの言葉がかけられる。
「これにてオークションは終了じゃ。船の順番と品の引き渡しの準備があるのでな、帰りはこちらから声をかける。それまではゆるりと待つがよい」
満足げに告げると、登場したのと同じ扉から客よりも一足先に退場していった。
カイトとジェイもそれぞれ自分の主人の元へと戻ろうとしたが、その途中で幾人かに囲まれて引き止められる。
その理由はというと──「おい、お前!いい腕だ。気に入った。俺の護衛にしてやろう」「今の倍は出すわ。今度はわたしのために戦いなさい」「いくら出せば雇える?次のオークションに向けて予約しておきたい」
主に、自分が連れてきた剣士役に不満があった主人たちから、次々と勧誘の声がかけられる。
本来ならこの攻撃を止めるのも主催者側から派遣されている世話人の役目なのだが、その前に──「だめです!」「悪いが……」
ほとんど転んでぶつかってカイトの胸に飛び込んだユエは、誰にも渡さないとばかりにぎゅうっと抱きしめる腕に力を込める。
「だめです。カイ……この人は、おれのですから」
自分のものだと所有欲をあらわにするユエに、カイトもいたずらっぽい笑みで「そういうことなんでな」と人目をはばからず抱きしめ返した。
「悪いが……俺の主人はひとりだけだ」
ジェイの眼に映るのはたったひとり。
むっとして立ち上がっていたクレインの前まで行くと、片ひざをついて、戸惑いに変わった顔を見上げる。
そして手を取って、その甲に口づける。
「なっ……!」大勢の前でのその行為にクレインはパッとほおを染めたが、唇がさも愛おしげに触れるから、怒ることができない。
その代わりにジェイにだけ聴こえる声で、「……俺はお前の主人じゃないだろ」と抗議すると、「大事な人という意味なら、同じだ」と返されて、さらに朱を増すことになった。
それでもまだ食い下がろうとする何人かを、警護が本職だったらしい上半身裸のムキムキたちが大人しくさせて、それぞれの天幕に戻った四人はやっと落ち着くことができた。
ただ落ち着けたのはほんの少しの間だけ。
すぐに世話人から「用意が整いましたので」と会場から連れ出される。
先行したクレインとジェイが最初に案内された大広間で待っていると、すぐ後からカイトとユエもそこへ合流する。
ここで競り落とした品の受け渡しがあるのかと思っていると、世話人から思わぬ誘いが降って湧いた。
「よろしければこの後、主人が主催する晩餐会にご招待したいのですが」
「晩餐会?」
「オークションの後にいつも、お馴染みの方々とご歓談されるのです。今回お二組には素晴らしい戦いを見せていただいたので、主人がぜひ、と」
どうしたものかと四人で顔を合わせてから、カイトが様子見であいまいな返事をする。
「……今からだと、帰りは真夜中になってしまうんじゃないか」
「ご常連の方々はこちらにお泊りになりますので、みなさまもよろしければ……もちろん、お泊りにならないのならば、真夜中でもいつでも船をお出しします」
この得体の知れない島に一泊と言われると、よけいに躊躇してしまう四人だ。それを察した世話人は、にっこり笑って一歩引く。
「こちらはあくまでお願いしている立場ですので、無理はなさらないでください。お帰りになるのなら準備はもうできておりますので、このまま船着場へとご案内いたします」
立場からすれば、主催者は有無を言わさず強制することもできるだろうに、こうして選んでくださいと言われると、ただでさえここの関係者たちに好感を持つようになっていた四人は気持ちがぐらついた。
それを待っていた世話人は、さらににっこり口角を上げる。
「晩餐会はもうひとつの大きな島にある主人の館で開催されるのですが、そこには……オークションにも出さないとっておきの品々が保管されております」
これで、カイトの気持ちは完全に参加に傾いた。
「それから……みなさまならばこの島の不思議な雰囲気を感じ取っていることでしょう。その謎についても──その一端ではございますが──主人から説明があるものと」
珍しくジェイから、参加してみたいという意思表示がされる。
ユエとクレインはあまり乗り気にはなれなかったが、二人を置いて帰るわけにもいかず、渋々参加を許可したのだった。
******
「わ、すごい!島と島に橋がかかってる」
剣闘場があった『子島』と主催者の館がある『親島』は頑丈な橋でつながっていて、ユエはカイトに腰を支えられながらそこを渡った。
足元が危ういというのもあるが、風が吹きつけるため服のすそがめくれ上がってしまうのを防ぐためでもあった。
ひらひらとなびく白を見ているクレインは、心の底から自分の衣装にホッとしている。
主催者の館の第一印象は、『厳か』だ。
ユエが教会の総本山『青の教会』を思い浮かべたように、宗教施設のような静ひつと威厳が感じられる。
しかし中へ入れば、温かみのあるランタンが趣味のいい調度品を照らして、居心地のよい空間を演出している。
クロークで外套を預けた四人が使用人の手で開けられた立派な扉をくぐると、まず最初に華やかな音楽が出迎えてくれた。
晩餐会というからどんな堅苦しいものかと思っていたら、巨大なテーブルも重厚なイスもない大広間はさながら舞踏会の会場そのものだ。
一番奥では楽団がぞろっとそろって音を奏で、天井には巨大なシャンデリア、中央は広く空いていて、壁ぎわにソファと食事が用意されたテーブルが並んでいる。
「仮面舞踏会か」
この時間のために仮面をつけてきたような気になってカイトは苦笑する。
すでにひと踊りしていた先客たちが新参者に気づいてこっちを見たが、すぐに話しかけるような不躾な真似はせず、すっと膝を折ってあいさつだけしていく。
「お席はこちらです」
世話人は二組を隣同士に案内すると、おくつろぎくださいと言い残してその場を辞した。
「くつろげと言われても……」手持ち無沙汰でとりあえず食事に手を伸ばすクレイン。
隣の席ではユエがカイトの耳元に口を寄せて、「ね、」と内緒話を始める。
「まだ名前呼んじゃ、だめ?」
「……まあ、もういいんじゃないか」
「それじゃあ、クレインたちと話すのは?まだだめ?」
その質問に少し考えたカイトは、「もう少し様子見だ」と解禁を保留した。
***
遅い夕食をそれぞれで楽しんでいると、続々客たちが会場入りして音楽に混じる歓談の声が大きくなっていく。
ここに招待された顔ぶれを観察したカイトは、やはり読み通り常連は十組程度だったとひとりで答え合わせを終える。
女主人と女剣士の組み合わせ、老婦人と年若い剣士、同じ年頃の男女の主従──組み合わせは様々だが、どの組にも共通しているのは、互いが互いを尊重している様子だ。
だからなのか、人が多くなっても窮屈な印象にはならずに、穏やかな時間だけが流れている。
ふ、とその時間の流れが変わった気がして、四人は一斉に顔を上げた。
その理由は音楽のテンポがいきなり上がったこと。そんな優雅な方法で注目を集めたところで、主催者が登場した。
衣装が深みのある赤のドレスに変わって、ついでに仮面も変わっていても、不思議な存在感は変わらない。
何かあいさつでもあるかと身構えた四人だったが、扇子をすっと挙げただけで、音楽も他の客人たちも何事もなかったかのように元に戻る。
どうするのが正解なのか四人が戸惑っていると、主催者の方から席へと近づいてきて、カイトが立ち上がろうとしたのを制して「そのまま」と微笑んだ。
「今回はそなたらのおかげで、妾も楽しませてもらったぞ。剣の強さもさることながら、相手への敬意ある立ち振る舞い、互いに高め合うような真摯な勝負、そしてなにより──主との絆を見せてもらった。その信頼は、この土地にとってもよい気となったであろう」
「『よい気』、とは?」
褒められていることは伝わってくるのだが、端々に出てくるスピリチュアルな発言が気になって正面から褒め言葉を受け入れられない。
胡乱げに聞き返したカイトに、主催者は特に気を悪くすることもなく「呪いとは何だと思う?」と質問に質問で返した。
そして聞いておきながら答えは求めていないのか、ひとりで話を進める。
「あの闘技場にも、オークションの品々と同じく呪いがかかっておる。呪いとはすなわち、人の悪意が引き起こすもの。かつて恨みの血と悲鳴ばかりを浴び、人の悪意を貯め続けた土地──それを浄化するのは、人の『よい気』なのじゃ」
「……はあ、」
「今日旅立ってゆく品々もよい持ち主と巡り合えばよいが」
主催者はまるで、旅立つ我が子を見送る母のような慈愛を持って語る。
なんだか、深く突っ込んで困るのはこっちのような気がして、カイトはそれ以上の質問をやめた。
「ひとつ、聞きたい」代わりにジェイが深刻な調子で口を挟んだ。
「なんじゃ?」
「……呪いというのは、試合の結果にも何か影響を与えたのだろうか?」
「ふむ……つまり、おぬしの勝利は自力ではなかったのではないかと疑っておる、と?」
見透かされたと動揺するジェイに、主催者は児戯を見るように微笑む。
「この土地は確かに、時折かたよった審判をすることがある。しかしの、その力を味方とするかどうかは、けっきょくのところその人次第なのじゃ。よく言うであろう、『運も実力のうち』とな。──そう、応援のようなものじゃ。実力以上の力を引き出すことはあるが、ないものを引き出すことはできぬ」
その言葉はストンと腑に落ちて、ジェイは小さなわだかまりを払拭できた。
艶やかに口元の笑みを広げた主催者は、「妾のコレクションを見たいとか」と話題を変えた。「せっかくじゃ、妾が自ら案内してしんぜようぞ。見たい者はついてくるがよい」
顔を見合わせた四人のうち、すぐに立ち上がったのはカイトで、置いていかれないようにとユエも続く。
「いい。俺はいい。全然見たくないから」
頑なに固辞したクレインを置いていくはずがなく、ジェイも無言で首を横に振った。
***
広間を出ていくその一団と入れ替わりに、クレインとジェイにずっとついていてくれた世話人が戻ってくる。
そして二人の気質を短時間でよく理解して、この華やかな場から早く抜け出せるようにと、この後の予定を選ばせてくれる。
「お帰りになるのなら船へご案内いたしますし、お泊りになるのでしたら、お部屋の用意はできております」
クレインは帰りたがるだろうな、と予想していたジェイは、その口から「……どう、する?」と聞かれてかなり動揺した。
「どう……いや、俺はどっちでも構わないが」
「なんかもういろいろと疲れたし、泊まっていいって言うなら……泊まっていく、か?」
ジェイに否やはない。
「あら、残念。お話ししてみたかったのに」という他の客からの声は届くことなく、二人は踊ることのなかったワルツに背を向けた。
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