ダブルドリブル

春澄蒼

文字の大きさ
18 / 32

流 9

しおりを挟む
『寝る子は育つ』って言うけど、それは迷信だ。俺たち兄弟が証明している。だってもし本当なら、滝はもう2メートル越えの身長を手に入れているはず。

 リビングのソファで寝る滝を眺めながら、そんなこと考えていた。

 滝は本当によく寝る。

 休みの日なんて、俺がなにか誘わなければ、一日中寝てるんじゃないかな。
 ちょっとした待ち時間なんかも、すぐ寝る。よくそんな短い時間で起きれるなって感心する。
 寝起きはいいんだ。いいタイミングで自然に目覚める。人に起こされるのが嫌いだからこそ身についた技術なのかも。

 俺は夜にしっかり寝るタイプ。寝つきもいいし、寝起きもいい。

 今日は土曜。午後から半休で午前練だけで帰ってきた。家でメシ食って、俺が皿を洗っている間に、もう滝は寝ていた。

 俺たちはたいていリビングで過ごす。
 自分の部屋は、ほとんど寝るだけに使っているようなものだ。

 俺はよく晴れた窓からの日差しを避けながら、ソファの下で本を読んでいた。
 それを読み終わると、時間を持て余して、滝の観察に移ったのだった。

 ……ホントそっくり。
 しみじみと、思う。

『自分自身は見えないから、鏡に映る自分になりきるしかない』
 でも俺たちは自分を客観的に見ることができる。

 滝の鼻筋に指を滑らせる。と、まぶたが震えて、目が開いた。

 寝起きに俺の顔がドアップで、さぞびっくりしただろう。でもそれを全くおくびにも出さないで、「いまなんじ……?」のっそり体を起こす。

「3時ぴったり」
 笑いながらキッチンへ行き、ミネラルウォーターとおやつにドーナツを取ってくる。

 しばし黙って口を動かす。

 俺の方が先に食べ終わって、滝のもぐもぐする口を見ていると、
「キスしたか?」
 そんな言葉が聞こえて、一瞬、俺が言ったのか滝が言ったのか混乱する。いやいや、滝はまだ食べてるし。俺が言ったに決まってる。

 別にこんなこと聞くつもりなかったけど、ま、言っちゃったもんはしょうがない。と開き直って答えを期待する。

 滝は俺にしか分からないくらいに眉を動かし、ドーナツを全部飲み込んでから、
「した」
 これでもかってくらい簡潔に述べる。

 ……したんだ。意外、のような、当たり前のような。

 今までなら、こんな質問、絶対にしなかった。聞きたくなかったし、知りたくもなかった。絶対にいい気持ちにはならないだろうな、という予感があったから。
 でも思っていたよりも平静に受け止められたのは、雪ちゃんのおかげかもな。

「……なに?いきなり」
 滝にとっても予想外だったのか、答えてしまったからよかったのかなって顔をする。

「なんとなく。今まで聞いたことなかったから」
 そっか、したんだ。……と滝の唇に自然と手が伸びる。指の腹でなぞって、目を合わせる。

 いい機会だし、色々聞いとこうかな。

「セックスした?」
 これは答えが分かりきっている。滝が外泊したことないのは、俺が1番よく知ってるし。そんなことできるくらいの時間、離れたことないし。

「してない」
 予想通りの答え。

「つーかあれだよね。ここに連れてきたことないし、場所ないよね。あの人実家でしょ?」
「そうだな」
 だけど俺は「なら連れて来ればいい」とは言わない。滝も言わないのは分かってる。

「……あの人、『学校では触るな』だと。キスする場所もない」
「じゃあ、部室でなにやってんだよ」
「……話してる……?」
「疑問形かよ」
 せっかく時々気を使って、2人にしてやってるのに。

 そういえば、あの日、雪ちゃんに告白された日も、そうだった。
 2人の時間を作ってやろうと、体育館裏に出ていたんだった。そう思うと、俺の気遣いもムダじゃないか。

「……お前は?」
 反対に聞き返される。
「キス、したんだろ」
 質問じゃなく断定だった。滝は俺がなんでこのタイミングでこんなこと言い出したのか、俺よりも分かってるのかもしれない。
「したよ」

「……付き合っては、いないのか?」
「うん、付き合ってはいない」
 俺の最低な肯定に、滝はなにも言わない。じっと見つめて、納得したのか話を変える。

「……最近、先輩が変だ」
 それは俺も気づいてた。
「いつからだ?」
「……合宿後から」
「そういえば、最終日、体育館で会った時から、かもな」
 俺と廊下でぶつかった時、あの前後、ということは、
「あの呼び出しか……」
 そういえば結局なんの話だったか聞いてない。

 雪ちゃんと話した後、滝のところへ戻ると、先輩はもう帰っていた。
「滝、あれなんだったか、聞いてないのか?」
「聞いてない。というか答えてくれない」
 なんか変な感じだな。それに……
「この前の部活の時も、様子がおかしかったよな?」

 この前とは、テスト最終日のことだ。
 あの日、雪ちゃんが俺たちを見分けられるって話で盛り上がっていた時に、先輩が「なに騒いでんだ!早くアップするぞ」って割り込んできて──



「入口で騒ぐな!さっさと……」
「日野!日野!」
 俺たちの話を聞いていた3年が、日野先輩の剣幕を鎮めるように、取り繕う。
「お前と同じ特技を持ったやつが現れたぞ!」
「……なに言ってんだ?」

 やばっ!まだ入れ替わりやってるのがバレたら、どんだけ怒られるか……!
 俺はあわてて口をふさぎにいくが、
「水上だよ!あいつ……」
 時すでに遅し……騒いでいたのはわけがあるんだとばかりに、先輩が急いで言い切ってしまう。

 あーあ……怒られる……。
 そう思ってそそくさとコートに逃げ込む。後ろはまだ騒いでいたけど。

 先に行っていた滝を捕まえて、「悪い、怒られるわー」謝っておく。

 それだけじゃわけが分からなかっただろうけど、滝が先輩をなだめてくれるだろうと、俺は滝より遠くへ、先輩から距離を取る。先輩の視界に、先に滝が入るように。よろしく、滝!

 そろそろ来るかー?と怒鳴り声に身構える。……あれ?まだ来ない。

 怪訝に思って入口を振り返ると、まだ人だかりは散らばっていない。先輩の背中は見えたけど、遠いし様子は分からない。

 まだ蚊帳の外の滝が、先輩に後ろから近づき、肩を叩く。と、肩だけじゃなく体全体が飛び上がるように震える。ドアにガンっとぶつかり、一瞬静寂の後、「おいおい、どうした?」「びっくりした~」と周りがざわめく。

 先輩は滝と顔を見合わせている。ドアにぶつけたことも周囲の反応にも気づかないように。

 この段階になって俺も「なんか変だ」と2人に向かって一歩踏み出す。

 だけどはっきり表情が読み取れるくらいの距離になったところで、同じように日野先輩の様子に気づいた3年が、「おい、日野!大丈夫か?!」肩をつかんでゆすって、先輩を正気に戻してしまった。

「あ……あぁ……だいじょうぶ……」
 そこでやっと滝の顔に視点があったように驚いて、「あ……」なにか言おうとして、でも言葉が出なくて……。

 結局滝からも俺からも目を背けて
「……練習始めるぞ」
 覇気なく言葉を落とした。




 あれは変だった。
 先輩なら『もうするなって言っただろ!』って怒って、でもその後『水上、すげぇな』なんて感心するかと思ったのに。あれ以来話題にも出さないし。

「……あの時の先輩の顔……」
 滝が言いかけるが途中で止める。俺は続きを待ったが、次の言葉は繋がっていなかった。
「あれは俺が悪かったのかもしれない」
「滝が?」
「俺が……ちゃんと、話してなかったから」

 俺には全て理解はできなかったが、先輩のことは滝に任せておけばいいか、と結論づける。滝に分からないことが俺に分かるわけないや。

 そしてやっと1番聞きたかった質問を。

「なんで好きだって、思ったの?」
 最も聞きたくて、でも今まで聞かなかったことを、今さら。

 滝の感情に先に気づいたのは、俺だった。

『あぁ……惚れてるな』そう直感した。でも、いつ友情が恋情に変わったかは分からなかったし、滝がそれを自覚したのがどのタイミングだったのかは、俺にも測れなかった。

「……俺にも分からない」
 滝は俺のズルを悟っているように、求める答えを安易にはくれない。

「ただ……ただ好きだって、思っただけ」

 そうだった。滝は普段は理詰めでものを考えるくせに、いざという時、直感や第六感みたいな感覚を重視するのだ。いや、普段が理論的だからこそ、かな。だからたまのそういう感覚をこぼさないようにしているのだろう。

 でもそれじゃあ参考にならないんだけど……俺の不満が伝わったのか、そうだな、と続ける。
「……きっかけ……泣いたから、かな」
「泣いた……?」
 あの人が……?
「あの涙を、だれにも見せたくない、って思った」

 その時の滝の顔は、静かで、それでいて情熱的だった。(あぁ……負けた)と心で敗北宣言出したくらい。

 でも滝に負けるのは、全然悔しくない。
 それどころか、少しうれしいくらい。

 俺は今間違いなく俺よりも男前な滝の顔を引き寄せ、少し寝癖のついた髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜる。

 俺はほっとしていた。
 自分が、滝の不幸を願わなかったことに。

 手放しで喜べるほど達観はできなかったけど。
 滝が付き合い始めてからやっと、「よかったな」って言ってやれるくらいには、受け入れられたのかな。

 ま、本当に言ってはやらないけど。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

きみに会いたい、午前二時。

なつか
BL
「――もう一緒の電車に乗れないじゃん」 高校卒業を控えた智也は、これまでと同じように部活の後輩・晃成と毎朝同じ電車で登校する日々を過ごしていた。 しかし、卒業が近づくにつれ、“当たり前”だった晃成との時間に終わりが来ることを意識して眠れなくなってしまう。 この気持ちに気づいたら、今までの関係が壊れてしまうかもしれない――。 逃げるように学校に行かなくなった智也に、ある日の深夜、智也から電話がかかってくる。 眠れない冬の夜。会いたい気持ちがあふれ出す――。 まっすぐな後輩×臆病な先輩の青春ピュアBL。 ☆8話完結の短編になります。

ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!

ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!? 「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

処理中です...