ダブルドリブル

春澄蒼

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雪 9

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「おっ!お……待たせっ」

 息急き切って言い切ると、汗が額から頰へ伝わり落ちた。こ、こんなに走ったのなんか、いつぶりだ?体力測定の50メートル走より、よっぽど真剣に走った気がするよ……。

「雪ちゃーん、深呼吸!ほら、すぅーはぁー……」
 膝に手を当てて息を整えていると、僕の背中に手が添えられる。

 うわっ!汗!
 絶対背中、汗!
 待って待って待って!
 かといって振り払うこともできず、「ダイジョブデス……」地面を見たまま固まる。

「別にそんなに急がなくてもよかったのにー。時間前だよー」
「で、でも待たせちゃったみたいだし……」
「ぜーんぜん待ってないって」
 わぁ!このやり取り、なんだかデ、デートっぽい……!

「そうそう!俺も今来たとこだから!」
「水上がそんな焦ってるの、めずらしいねー」
「……」

 そう……2人きりならば……ね。
 なぜかの小見山君と予定通りの藤井君とそして無言の滝君。

 3人にも「遅くなってごめんね」謝る。それと心の中でも(流君と2人の方がよかったなんて一瞬思ってゴメンナサイ!!)頭を下げる。

 やっと正常な呼吸に戻ったところで、ゆっくり流君に目を向けることができた。

 はぁ……かっこいい……。
 私服、初めて見る……。
 ボーダーのシャツは、首のところに切込みが入っていて、鎖骨がチラリ。その上にネイビーのジャケット。細身の黒のパンツが長い足をさらに長く見せている気がする。足首が覗いてそっちにもドキドキ……!
 そしてやっぱりというか、滝君と正に『双子コーデ』だ。

 これはなんのご褒美ですか……?休日も流君に会えた喜びをかみしめて、この状況を作ってくれた藤井君に、ハハーッとひれ伏したい気分。



 お昼ごろに藤井君から電話をもらった時は半信半疑だった。
『水上、今日の映画なんだけど』

 今日は日曜日、バスケ部は午前練だけの予定で、僕と藤井君は午後から、2人で映画に行く約束をしていた。

 外国の児童文学が原作の洋画で、大ヒットシリーズの続編にあたるファンタジー映画だ。1ヶ月ほど前から上映は始まっていたけど、バスケ部の合宿とか色々あって行きそびれていたのだ。

 その話を藤井君にしたら、「あ、俺も見たい」と、一緒に行くことになった。僕は1人でも映画館行っちゃうけど、藤井君はだれかと一緒に見たい派らしい。

 それで今日、バスケ部の練習が終わって、家で昼食を食べてから、ということで、2時に映画館がある複合施設で待ち合わせていた。

 藤井君の電話は、僕がちょうどお昼ご飯を食べ始めた時だった。
『どうしたの?』
 もしかして部活が長引いて、時間に間に合わないとかかな、と気楽に構えていたから、
『部活で話したらさ、なんか、小見山と流も行きたいって言うんだけど、別にいいよね』
『いいよー……えっ?!』

 手拍子で請け合って、なんか思ってたのと違う言葉だぞ、とあわてて聞き直す。

『小見山はとにかく、流が乗るとは思わなかったからさ、俺もびっくりしたんだけどね。あ、待ち合わせの時間と場所は変更なしでいいって!ってホントに流が来るのか、俺はまだ疑ってんだけどねー』
 ホントダネービックリダネーなんて上の空で通話を切って、オムライスを目の前に、しばらくの間固まっていた。

 お母さんにせっつかれて、こんな無駄なことしてる時間はないことに気づく。

 やばい!待って!どうしよう?!
 りゅ……流君が来るの?えっ?ホントに?
 ふ、服!服これでいいのか?

 いや!その前にまずオムライス!ちゃんと食べとかないと、映画の途中でぐーっなんてお腹鳴ったら恥ずかしすぎる!!!
 あぁ!ケチャップ跳ねた……。
 と、とりあえず落ち着こう……服はどうせ変えるんだし……。
 そうだ!髪の毛もちょっと跳ねてたような……っ!

 時間はたっぷりあったはずなのに、結局ちょうどいい時間の電車に間に合わず、ギリギリになってしまって走ることになったのだった。



「それじゃあ、行こっか」
 藤井君の音頭で映画館へ向かう。

 映画館というよりいわゆるシネコンだ。巨大なショッピングモールの2階にあるから、どうしても人が多い通路を進まなければならない。今日は日曜というだけあって、すごい人だ。1人だったら人に流されて上手く歩けなかっただろうな。

 でも今日は安心だ。

 人ごみから頭1つ分どころじゃなく抜け出た2人に、後ろから付いて行くだけ。周りは2人の長身に驚いて自然と道を開けていく。

「モーゼだね」
 藤井君が僕も心の中で思ってたことを言葉に出す。
「あれだろ?海が割れるやつ!」
 小見山君もおもしろそうに話に乗る。

 でもモーゼと違うところは、人が割れた後に女性だけが、立ち止まったり振り返ったり2人に注目しているところだ。
 露骨にこそこそキャーキャー言ってるのは10代20代だけど、それ以上の、お母さん世代の女の人たちも見とれている。

 2人はそんな視線に慣れっこなのか、全く気にするそぶりもないことが、僕にとっては安心というかなんというか……。

 そうこうしてチケット売り場に無事たどり着く。
 目指していた14時15分の回にちょうどいい時間だ。

 チケット売り場は他の映画で同じ位の時間の上映がないのか、休日にしては並んでいなかった。3人いるカウンターの1番右のお姉さんのところで席を取る。
「14時15分の、この映画、高校生5人です」
「それでは学生証の提示をお願いします」
 カウンターのお姉さんはさすがに仕事中だからか、平静を装っていたが、一色兄弟のルックスに一瞬ときめいたのが、僕には分かった。

「それではお席はどちらがよろしいでしょうか」
 それぞれお金を払うと、モニターに映った座席表を示される。
 そこで5人で顔を見合わせた。

 僕は1人で見る時やお母さんと来た時は、前が通路になっている席を選ぶ。前に人の頭が動くと気になるからだ。背も……あれだから、大きい人が前に座ると視界が埋まっちゃうし……。

 でもどう考えてみても、この面子では後方の席しか選択肢がないような……。
 言わずもがな一色兄弟の190センチに始まり、小見山君も180くらいある。藤井君は170前半らしいけど、女性の前に座ったら確実に迷惑だろう……。

「えーっと……後ろの方、どの席が空いてますか?」
 藤井君が心得て聞く。
「本日はお席空いておりまして、このあたり以外はほとんど大丈夫です」
 お姉さんが示したのは、ホントに劇場の中央だけだった。もう上映始まってひと月経つし、見たい人はもう見ちゃったのかな。ゴールデンウィークが最高潮だったのかも。

「それじゃあ……」
 と藤井君が僕たちをうかがいながら席を決めようとしたところで、横から手が伸びた。

「ここは?」
 流君が通路を挟んだ前方の席を指す。そこは通常席が2つ繋がった大きさだった。

 ここっていわゆるカップルシート、なんじゃあ……?
 僕の疑問を読み取ったように、藤井君が「ここってカップルシートじゃないの?」代わりに聞いてくれるが、流君は
「カップルシートっていうか、ペアシートでしょ。2人でひと席。別に男女じゃなくてもいいよね?」

 最後はカウンターのお姉さんに同意を求める。お姉さんはちょっと顔を赤らめながら、
「はい。もちろん恋人や夫婦の方から、お子様と2人でご利用いただいたケースもございます。お友達同士でも問題ございません」
 と目からウロコのことを言う。

 知らなかった……といっても、僕が一緒に映画を見るのなんてお母さんくらいだし、さすがに仲はよくてもカップルシートに座ろうと思ったことはないもんな……。

「でもこんな前じゃあ、俺ら邪魔じゃね?」
 小見山君が心配そうに口を挟むが、
「大丈夫。通路挟んでるし、ここの席って背もたれ高いから、俺らでも隠れるよ。間の席だと窮屈なんだよねー俺ら。ほら、足が長いから」

 流君が軽く請け負って、さらりと自慢も挟む。それに「感じ悪っ!」「自慢か!」藤井小見山両人がつっこみを入れるが、僕はそれどころじゃなくて……。

 ……だってそれって流君、だれかと座ったことあるってこと……?

 僕が想像してショックを受けているうちに、チケットは発行されていた。


 お姉さんが言っていたように、劇場は僕らの他にはほんの20人くらいしかいなかった。そして流君の言葉通り、ペアシートの背もたれは十分な高さがあった。

「席、どうする?」
 僕らは5人だったので、ペアシート2席と、通路を挟んで1人席をひとつ取った。これだけガラガラだったら、席移動してもいいような気がするけど……。

「……俺がこっち座る」
 滝君が早々と1人席に収まる。その席は入口の前で後ろは気にしなくてもよさそうだった。

「ならサイズ的に、流と水上、俺と小見山、かな。小見山、しゃべんないでよ」
「人聞き悪りぃ!映画館で騒いだりしねぇよ!」

 なんだか怖いくらいに、僕にとって都合のいい展開なんだけど……。
 流君と映画(しかもペアシート)の天にも昇る心地の一方、さっきのショックをまだ引きずって席に座る。

 開始まであと5分もないけど、小見山君はポップコーンを買いに、藤井君はトイレに向かう。滝君は1人で窮屈そうに腰かけたまま目をつむっていた。流君は広い座席にななめに腰かけてゆったり足を組む。

 2人を見比べて、なんだか滝君に申し訳ない気が……。
「……っ滝君、狭そうだね」

 慣れた様子の流君に「このシートにだれと座ったの?」とのど元まで出かかった。でもそんな嫉妬する資格もなければ、どうしようもならない過去の話をほじくり返す浅ましいことはしたくないと思いとどまる。

「そうなんだよねー。だからいつもは滝とこういう広いシートに座るんだけど。ま、今日は仕方ないよね。滝だって……」
 ……ちょっ!ちょっと待った!
「こ、この席に一緒に座ったのって滝君?」
「?滝以外、だれと座るの?」
 反対に不思議そうに聞き返される。
 ……そっか……流君ならそうかも……。

 僕は自分の勘違いに自分で笑って、さらに一色兄弟がペアシートに座ってる様子を想像して笑いが深くなる。

 あ、でもそれなら……
「滝君と変わろっか?僕ならあの席でも──」
 狭くないし、と続けるつもりが、途中で遮られる。立ち上がりかけていた僕の腕を、流君が引きとめる。
「いいよ」
 流君にしてはぶっきらぼうな言い方だった。僕と目も合わせず、それ以上言葉を継がない。

 僕は魔法にかけられたように従うだけだった。

 藤井君と小見山君が隣の席に戻ったタイミングで、場内の照明が落ちる。

 僕の腕を取った流君の手は、そのまま僕の手のひらまで降りてきて、握る。その熱は暗闇に紛れて、映画が終わるまでじりじりと僕を焦がした。


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