ダブルドリブル

春澄蒼

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流 10

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 映画は思っていたより楽しめた。俺の好みじゃなかったからあんまり期待してなかったんだけど。

 エンドロールが終わって照明が点いた瞬間、手を放す。雪ちゃんは見られるの嫌だろうなって思ったから。

 小見山と藤井は満足そうに感想を言い合い、滝は億劫そうに背伸びをして固まった体をほぐしている。滝には悪いことしたな。あいつもこういう大作映画、あんま好みじゃない。俺に付き合わせたようなもんだ。

 雪ちゃんは4人より遅れて立ち上がった。なにか言いたそうな瞳にぶつかるが、俺は笑顔でかわして映画館を出る。

 ここで「なんで手握ったの?」とか「なんで滝君じゃなく僕と座ったの?」とかそもそも「なんで今日来たの?」なんて質問されても、俺には答えられないから。確かめに来た、なんて正直に言ったら、怒られそうだし。いや、悲しむかな……?

「この後どうする?」
 スマホで時間を確かめて小見山が聞く。映画は2時間以上あったのか、すでに17時近くに迫っていた。

 どうするもなにも……「帰るだけでしょ」
「ええぇ~?」俺の言葉に小見山が憤慨する。「このまま帰っちゃうのかよ~?せっかくなのにー……」
「せっかくってなんだよ?」
「お前らが遊びに付き合うなんて激レアなのにー!!」

 え……なにそれキモチワルイ。
 それがそのまま顔に出ていたのか、小見山が「お前、ホント、ひどい」3語ずつなじるようにひねり出す。

「ま、確かに流と滝を引っ張り出せたのに、映画だけなのももったいない気がするけどね」
 藤井までそんなこと言う。俺らは激レアモンスターか!

「でももう5時だし、こんな時間からどこ行くんだよ?」藤井の正論に小見山もしぶしぶ納得して、出口に向けて歩きだした。



 夕方のショッピングモールは、遊び終えて帰る人とこれから夕食をと考えている人とが入れ替わる雑多な空気だ。

「あの~……」

 そんな中から俺たちと同じ年頃の女2人が立ちはだかって声をかけてくる。

 俺と滝は慣れているから、相手にしないで気づかなかったように脇を通り過ぎようとするが、小見山が思わずといった感じで立ち止まり捕まってしまう。
「へっ?えっと……俺たち?」

「えっとぉ~……」
 スマホを握ってちらちら俺たちを見上げてくる2人に、藤井と雪ちゃんは嫌な感じを嗅ぎ取ったのか、小見山を「ちょっと」とうながす。でもおバカな小見山は本当に用があるとでも思ってるのか「?」疑問顔だ。鈍いやつ……。

「あのぉ、琴山のぉ、双子のぉ、一色君、だよねぇ?一緒に写真を……」
 いちいち語尾を伸ばして、かわいいとでも思ってるのか上目使いで目をパチパチやってくる。初対面でタメ語ってどうなの?

「人違いです」
 さっさと歩きだす。

「はっ?……えっ?えっ……ちょっと待ってよ!」
 一瞬呆けたが、すぐ追いすがって滝の服をつかんでくる。カチン……と来ちゃったよ。滝に触るな。

「人違いなわけないでしょ!なにそれバカにしてんの!?」
 さらにうっとおしいこと言ってくるけど、こういう輩は相手にしないのが1番。「どうしよう?」とオロオロする他3人の背を押して、滝の服から手を外させて、罵声を背にした。

「なによあれぇ!」
「感じわるーい」
「有名人気取りなんじゃないのぉ?」
「応援してあげようと思ってたのにぃー」
 周りにも聞こえるように言うからタチ悪い。「応援してあげる」って……笑える。だれも頼んでないし。

 やっと気づいた小見山が「こっえ~」震え上がる。
「怖い怖い怖い怖い……」ぶつぶつ念仏のように唱えてるし。

「……よかったの?」
 藤井が心配そうに俺を覗き込む。
「あの様子だと、ネットとかになに書かれるか……」
 雪ちゃんもうんうんと同意してる。

「えー、別になに書かれてもいいけど?つーか写真撮って勝手にアップされるよりマシだし。どうせ写真撮ってもなんか書かれるんだから」

「……写真、勝手にネットに載せちゃうの?」
 信じられないように雪ちゃんが息を呑む。そうだよねぇ?それが普通の反応だよねぇ。でも意外とその『普通』がズレてる人間は多いんだよ。

 あーあ……雪ちゃんと初めてのお出かけだったのに、最後がこんな思い出なんてなんかヤダなー。

 こういうことがあるから、俺と滝は外で隙を見せない。

 出かけるのは用事がある時だけだし、目的もなくぶらぶら、ってのはしない。
『普通』の人なら声かけようとしても、こっちが「急いでます」「用事あります」って顔してたら、スルーしてくれるもんだ。でも今日みたいな例外もいる。だから小見山たちがやれカラオケだ、買い物だと誘ってきても、めんどうくさい気持ちの方が先に立つ。

 俺たちが悪いわけじゃないのに、でもやっぱり俺たちがいなければ起きないトラブルのわけで……人の悪意っていうのは、例え直接自身に向かってなくても、ダメージを受けるもんだから。

 そのいやな空気を打ち破ったのは
「2人は悪くないよ」
 雪ちゃんのきっぱりとした声だった。

「だから、謝ったりしないでね」
「……『悪いと思ってないなら謝らない』だね」
 2人で顔を合わせて笑みが浮かぶ。それにつられて藤井小見山の雰囲気も柔らかくなる。

「だな!あんなの気にして暗くなるなんてもったいないっつーか、負けた気になるっつーか、な!」
「ん……そうだよね!これで俺たちが気にしたら、流と滝に俺たちの誘いを断る口実与えちゃうし?」
 藤井がわざと茶化すように言うが、本音だと分からないほど浅い付き合いはではない。でも藤井がそんなこと言葉に出すのは、意外ではあった。

 なんだか、藤井も雪ちゃんと知り合ってから変わった気がする。小見山もだ。最近は去年のはじめの頃みたいに、教室でもよく話しかけてくるし。さらにその変化が、部活でも2年生全体に影響している気がする。具体的になにかが変わった、というわけではないけど、でも確実にいい方向に。


 仲が悪いとかそんなことはないけど、でもやっぱり俺たち兄弟は、部では異質ではあった。まあ、中学以前の部活やクラブなんかとは比べ物にならないほど小さな『異』ではあったけど。

 それは間違いなく日野先輩のおかげ。もしあの人がいなかったら、俺たちはもっと表面的な付き合いしかしなかっただろう。というかそもそもバスケ部に入ってなかったかも。

 バスケ部は日野先輩の性格がそのまま反映されたような居心地のよさだ。

 でも他の連中は日野先輩に引きずられて態度を決めただけだろう。それが今になって、日野先輩とは関係なく自分たちで関係性を構築しようとしているのかもしれない。



 行きはバラバラだったけど、帰りは同じ電車に乗り込む。藤井と小見山は途中の駅で乗り換え、雪ちゃんは俺たちより前の駅が最寄りらしい。そういえばそんなことも今日初めて知った。

 先に降りる2人を電車から見送って、
「雪ちゃん家、駅から近いの?」
 あとちょっとしか一緒にいられないなぁと残念に思う。

「うん。歩いて5分くらい」
「へぇ~じゃあ電車通だったの?」
「バスでも行けるけど、電車の方が僕はいいかなって。バスだと酔っちゃうから……流君たちは?電車?」
「いんや。俺たちは歩いて行けるから」
 ふむふむ。雪ちゃんは車に弱いと。雪ちゃん情報を集めていく。

 うん、決めた。

 色んなことを話して時間は過ぎる。雪ちゃんが次降りるっていう段階になって、俺は「滝」と一言。
 滝もうなずいただけ。

 電車が止まってドアがせかせかと開く。「それじゃあ」雪ちゃんは別れのあいさつを始めたけど、言い切る前に電車を降りる。俺と一緒に。
「へ?あれ?」

 ぷっ!びっくり顔!

 ドアが再び動いて、滝だけがその中に取り残された。そして流れていく。

 電車と俺の顔を、「あれ?」「えっ?」首が取れるんじゃってくらい何度も見比べる。そしてやっと事態が呑み込めたのか、「……なんで降りてるの?」あきれたような言い方。

「うーん、雪ちゃんをおうちまで送って行こうかと思って?」
 首をかしげてかわいこぶる。
「なんで……?」
 俺の萌え仕草に惑わされないで、追求してくる。ちょっと不安そうな顔に、「もうちょっと一緒にいたいから」今度は真剣に答えた。

 そ、俺が今日、そんなに興味のない映画を観に行ったのも、雪ちゃんと学校以外で会いたいと思ったから。

 昨日、滝の話を聞いて。

 雪ちゃんともっと時間を過ごせば、俺にも滝みたいに「好きだ」と自然に感じる瞬間がくるかもしれないと期待している。それを確かめに来たんだ。

 次の電車を待つ人が増えてきたホームから、雪ちゃんをさらっていく。

 照れ90%不審10%の顔で俺を先導してくれる雪ちゃん。この辺りは住宅街で、夕方のこの時間、家々から夕食のいい匂いが漂い、買い物袋を提げた人が歩いている。

 と、後ろから声がかかった。
「あれっ?雪!早かったのね」

 パッと髪の毛が回る。
「おっ!お母さん!」
 俺も振り向くと、自転車を押した女性が立っていた。かごにはスーパーの袋、後ろに幼稚園くらいの女の子がちょこんと乗っていた。

 あせあせと手を動かす雪ちゃんを不審そうに見てから、初めて俺に気づいて視線を向けられる。
「あらっ!」

 俺の顔に驚いたような声。
「あらあらあら!」
「お母さん!」
 あらあら言いながら近づく女性をあわてて雪ちゃんが遮るが、そんなのお構いなしって感じ。わざわざ自転車のスタンドを立たせて、雪ちゃんの体を押しのける。
「あらー!」

「……初めまして。雪ちゃんと同じ学校の」「一色君ね!」
 俺の自己紹介は横取りされた。

「ちょっ!お母さん!」
「あらー写真よりずっとイケメンじゃない!かっこいいわぁ~!それにとっても大きいのねぇー」
「どうも。お母さんは雪ちゃんとそっくりですね」
「流君!ご、ごめっ」
「そうなのよー!この子私に似ちゃって!こんな女顔に産んじゃって申し訳ないくらい!」
「いいんじゃないですか?かわいいと思いますけど」
「っちょ……流く……っ」
「あらーそれって……」

「……おかーさん……」
 俺と雪ちゃんと雪母の会話に、小さな声が混じった。自転車に取り残された女の子が心細そうに呼ぶ。

「あ!ごめーん、桜!っと一色君もこんなところでごめんなさいね!家、すぐそこなのに!さ、入りましょう」
「お母さん!?」

「いえ、俺は雪ちゃんを送ってきただけなんで」
「あらーいいじゃない!なんなら夕食も食べてってもらってもいいのよー」
「いえ、夕食はもう家で準備していると思うので」
「そう?残念だわー……それならせめてお茶でも!」
「夕飯時に悪いですから」
「いいのよーちょうどいい紅茶をいただいて……」

「ふぇっ!?ちょっと待って!どうなったの?!」

 なぜか1番当事者であるはずの雪ちゃんを置いてけぼりに、俺は雪ちゃん家を訪問することになった。


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