花嫁ゲーム

八木愛里

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3 招待状

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 その数日後、私のアパートには、赤い封書が送られてきた。中身を取り出すと、私宛の手紙が入っていた。手紙にはこう書かれている。
 
『九条アカネ様
 このたびは花嫁ゲームにエントリーいただきありがとうございます。書類審査の結果、あなたは花嫁候補に選ばれました。特別にゲームにご招待いたします』

 手紙の下には、地図が書かれている。その指し示す場所は、富山県水沢村のレジャー施設。
 パソコンで調べると、その「水沢高原ホテル」は、大きなリゾートホテルだったが一年前に廃業していた。理由は経営の多角化に失敗。多額の負債を抱えて倒産し、今は名前が変わって「水沢レジャーランド」になっている。
 その場所が「花嫁ゲーム」の会場であることがわかった。
 
『つきましては、この招待状をご持参の上、一週間後の*月*日16時に会場までお越しください。』
 
「*月*日って、明後日じゃない」

 私は思わず独り言をつぶやく。招待状の日付からは一週間後だったけれど。
 つまり……明後日行くということだ。
 
「さすがに急すぎるでしょ」
 
 私が抗議しても、日付が変わることはない。おそらく行かないという選択肢は存在しないのだろう。このチケットが届いた時点で、私の運命はすでに決まっているのだから……。

 携帯の通知が鳴って、手に取るとキャッシュレス決済アプリからの入金通知だった。
 
『ミズサワレジャーランド 100,000円』
 
「ん? これって……」

 手紙の三枚目を確認すると、そこにはこんなことが書かれていた。
 
『今回のゲームの参加者には、支度金として一人につき100,000円を振り込ませていただきます』
 
「支度金って……?」
 
 さらに読み進めていくと、次のようなことが書かれている。

『支度金とは、花嫁候補が自由に使って良いお金です。ただし、その金額内から花婿へのプレゼントを買って当日持参してください』
 
「花婿へのプレゼント!?」
 
 私は思わず声を上げる。
 異性へのプレゼントなんて、買ったこともない。二十八歳だけど、一人で探偵事務所をやると決めてからは忙しさにかまけて恋はおろそかになってしまった。
 
「どうしよう……」
 
 私は頭を抱える。気の利いたプレゼントを贈らないと、早々に花嫁選考から落とされるかもしれない。それはつまり死だ。
 とりあえず、それなりに恋愛経験のありそうな叔父さんに聞いてみよう。少なくとも私よりは男性がもらって嬉しいものを知っているかもしれないし。

 
 『花嫁ゲーム』当日、新幹線で越中水沢駅を降りると、タクシーに乗って目的地に向かっていた。
 運転手はおしゃべりな人で、天気の話をしていたはずなのに、都会の人に喜ばれる富山の土産の話となり、私は婚活パーティで東京から富山まで来たことを話していた。

「婚活パーティ? さっき乗せてきた子も同じ場所だったよ。あんたも婚活かい? 富山で婚活なんて大変だね」
「そうかもしれません。でも、仕方ないんです」
 
 運転手はバックミラー越しに私の顔を覗き見ると、少しだけ声のトーンを落として言った。
 
「おじさんも独身だからわかるよ。人生いろいろあるからなぁ……結婚だけがすべてじゃないけどよ」
 
 その言葉が今の私には痛いぐらいに染みた。私は結婚していないことに周囲の目が気になり始めてきたからだ。焦っても仕方のないことだけど。
 そんな私を見かねたのか、運転手はさらに続けた。
 
「でも、結婚ができれば幸せになれるってわけじゃないと思う。あんたが本当に幸せになりたいなら、無理はしないでじっくり探した方がいいと思うよ」
「わかりました。ありがとうございます」
 
 運転手の言葉が胸に響く。そういえば私は今まで恋をする余裕もなく仕事にのめり込んでいた気がする。やっぱり心のどこかでは、誰かに愛されたいと願っていたんだろう。それを私の仕事に対する情熱だと思いこんでいたけれど……。

 タクシーは、水沢レジャーランドのロータリーに止まった。私は荷物を持つとタクシーを降りる。
 
「じゃあ、気をつけてね」
 
 運転手がそう言ったので、私は笑顔で返した。
 
「ありがとうございました」
 
 エントランスで招待状を見せるとフロントに通された。フロントのロビーには噴水があり、天井から垂れ下がるガラス細工のようなシャンデリアが幻想的な空間を演出している。
 その豪華な造りに見とれていると、一人の女性が近づいてきた。年齢は三十代半ばくらいだろうか。長身で痩せ型のモデルのような体型で、綺麗だけど、どこか暗い印象を与える人だ。
 
「九条さんですね」
 
 女性がいきなり私の名前を言ったので驚く。どうして名前を知っているんだろう?
 
「あの……どこかでお会いしましたか?」
 
 私が尋ねると、彼女は寂しげに微笑んで言った。
 
「いいえ……初めましてお会いしましたよ」
 
 どこか悲しそうに見える笑顔だった。私はなぜか胸が苦しくなるのを感じたけれど、その理由はわからない。
 
「そうですか……。失礼ですが、あなたは?」
 
 女性は躊躇うようにうつむいてから、口を開いた。
 
「私は……花嫁候補の案内人です。支配人から花嫁候補の顔と名前を一致させるようにと言われていますので」
「そうなんですね」
 
 私は納得した。彼女はこの施設で働いている人なのだろう。支配人から花嫁候補の情報を得ているに違いない。
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