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喜劇
新たな登場人物
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『そろそろ限界なんだが……』
「わたしもよ」
森の中、大きな黒い狼はわたしの胸の中で弱音を吐いた。
それに同調したわたしを見上げる金色の瞳は憂いに満ちていた。
ファネットゥ王女が起きるまでの時間。これはいつも変わらなかった。昼少し前。
この朝のひとときがわたしと彼の短い逢瀬になっていた。
忙しいのか疲れているのか、わたしの手が撫でる背は少し、細くなった気がする。
あろうことか宮殿内で彼女に与する貴族が現れた。ノースフレイル辺境伯である。
北に位置するノースフレイル領は戦争とは無縁の地だった。活発な火山活動をする山々に囲まれて温泉が涌く。
その地熱で栽培された農作物が特産品となっており、潤沢な資産により肥え太った男が現在の領主だ。
おかげで正規のルートでファネットゥ王女が宮殿へ出向くことが増えた。辺境伯の案内であれば衛兵も否は言えなかった。
さらに彼はファネットゥ王女のもとへ自分の娘を送り込んだ。彼女自身は穏やかでのんびりとした少しぽっちゃりとしたご令嬢だったが、ファネットゥ王女に対して憧れがあったようだ。
最近少しふっくらしたものの、小柄で愛らしい容貌は女性からみても魅力的に映るのかもしれない。中身が伴えば、だが。
問題はノースフレイル辺境伯令嬢ハーパーは、友人が多いことだった。
彼女がひとたび茶会でファネットゥ王女の話をするとそれは一気に社交界に広まった。
曰く、ファネットゥ王女はリーレイを愛しているのにアビゲイルが邪魔をしている。
曰く、リーレイもまた本当はファネットゥ王女を愛しているのにアビゲイルを恐れている。
曰く、アシュリーが婚約者にも関わらずアビゲイルは他の男性とも関係を持っている。
と。
まだこちらに来て日の浅いファネットゥ王女が言えば信じられないことも、ハーパー令嬢が言えば真実のように聞こえる。それくらいにはハーパー令嬢のこれまでの信頼が厚かった。うらやましい。
教えてくれたのは彼女の茶会に招待されたシャーロットだった。
「もちろん、そんなことはないと否定したんですけど、ハーパー令嬢のご友人は彼女の信者みたいに盲信されてる方が多いんですよね。もちろん普段はそこまでおかしいことは言わないんですけど~」
病弱だったため、同年代の友人の少ないわたしと違い、シャーロットは子供の頃から人懐っこく、手広い友人関係を築いていた。
公家の一員としては心強い。
その茶会で配られた猫の肉球をモチーフにした焼き菓子を持ってきてくれた。
「この焼き菓子とっても人気なんですよ~。毎回みなさんこれを心待ちにしていて、争奪戦が起きるくらい」
可愛らしいそれはいつも人気の品らしい。
小さな口でそれをついばむシャーロットを見ながら一口食べた。
確かに美味しいし、見た目も可愛らしい。しかし、味は至って普通のバターと小麦の味がする焼き菓子だ。
わたしが首を傾げているとシャーロットは「アビーお姉さまはトーレスの美味しいお菓子ばかり食べてるからですかね?」と同じように首を傾げた。
わたしはそれを料理人のトーレスにも渡したが、彼は一枚受け取るとそれを食べずに飾っていた。
もしかして、プライドを傷つけてしまったかしら?
もちろん、わたしもそれに黙ってるわけもなく自身の茶会で否定はした。少ないながらも友人がいないわけではない。
わたしの友人たち、というよりはみなさんわたしよりも少し上のお姉さまばかりだが彼女たちはもちろんわかっているとわたしを励ましてくれた。
それでも噂というのは面白いほうに転がるものである。
これでは同盟のための政略結婚をわたしが邪魔しているということになりかねない。
ただの女性の噂話が政治的思惑をはらみ、サウスラーザン辺境伯はこの結婚に反対している、と変化するのも時間の問題だった。
ノースフレイル辺境伯はこれまでたびたびコースティ家を目の敵にしていた。
南と北、それぞれの辺境を守ってるとはいえ、公家からの信頼の差は明らかだった。
アビゲイルが失態を犯したとなればコースティ家が中枢から追い出せて、自分がトップに立てると思ったのだろう。
わたしの身体が弱いからとリーレイの婚約者を選ぶ際問題視しだしたのも彼だし、その後もことあるごとにわたしとコースエティ家に難癖をつけてきたのだった。
「わたしもよ」
森の中、大きな黒い狼はわたしの胸の中で弱音を吐いた。
それに同調したわたしを見上げる金色の瞳は憂いに満ちていた。
ファネットゥ王女が起きるまでの時間。これはいつも変わらなかった。昼少し前。
この朝のひとときがわたしと彼の短い逢瀬になっていた。
忙しいのか疲れているのか、わたしの手が撫でる背は少し、細くなった気がする。
あろうことか宮殿内で彼女に与する貴族が現れた。ノースフレイル辺境伯である。
北に位置するノースフレイル領は戦争とは無縁の地だった。活発な火山活動をする山々に囲まれて温泉が涌く。
その地熱で栽培された農作物が特産品となっており、潤沢な資産により肥え太った男が現在の領主だ。
おかげで正規のルートでファネットゥ王女が宮殿へ出向くことが増えた。辺境伯の案内であれば衛兵も否は言えなかった。
さらに彼はファネットゥ王女のもとへ自分の娘を送り込んだ。彼女自身は穏やかでのんびりとした少しぽっちゃりとしたご令嬢だったが、ファネットゥ王女に対して憧れがあったようだ。
最近少しふっくらしたものの、小柄で愛らしい容貌は女性からみても魅力的に映るのかもしれない。中身が伴えば、だが。
問題はノースフレイル辺境伯令嬢ハーパーは、友人が多いことだった。
彼女がひとたび茶会でファネットゥ王女の話をするとそれは一気に社交界に広まった。
曰く、ファネットゥ王女はリーレイを愛しているのにアビゲイルが邪魔をしている。
曰く、リーレイもまた本当はファネットゥ王女を愛しているのにアビゲイルを恐れている。
曰く、アシュリーが婚約者にも関わらずアビゲイルは他の男性とも関係を持っている。
と。
まだこちらに来て日の浅いファネットゥ王女が言えば信じられないことも、ハーパー令嬢が言えば真実のように聞こえる。それくらいにはハーパー令嬢のこれまでの信頼が厚かった。うらやましい。
教えてくれたのは彼女の茶会に招待されたシャーロットだった。
「もちろん、そんなことはないと否定したんですけど、ハーパー令嬢のご友人は彼女の信者みたいに盲信されてる方が多いんですよね。もちろん普段はそこまでおかしいことは言わないんですけど~」
病弱だったため、同年代の友人の少ないわたしと違い、シャーロットは子供の頃から人懐っこく、手広い友人関係を築いていた。
公家の一員としては心強い。
その茶会で配られた猫の肉球をモチーフにした焼き菓子を持ってきてくれた。
「この焼き菓子とっても人気なんですよ~。毎回みなさんこれを心待ちにしていて、争奪戦が起きるくらい」
可愛らしいそれはいつも人気の品らしい。
小さな口でそれをついばむシャーロットを見ながら一口食べた。
確かに美味しいし、見た目も可愛らしい。しかし、味は至って普通のバターと小麦の味がする焼き菓子だ。
わたしが首を傾げているとシャーロットは「アビーお姉さまはトーレスの美味しいお菓子ばかり食べてるからですかね?」と同じように首を傾げた。
わたしはそれを料理人のトーレスにも渡したが、彼は一枚受け取るとそれを食べずに飾っていた。
もしかして、プライドを傷つけてしまったかしら?
もちろん、わたしもそれに黙ってるわけもなく自身の茶会で否定はした。少ないながらも友人がいないわけではない。
わたしの友人たち、というよりはみなさんわたしよりも少し上のお姉さまばかりだが彼女たちはもちろんわかっているとわたしを励ましてくれた。
それでも噂というのは面白いほうに転がるものである。
これでは同盟のための政略結婚をわたしが邪魔しているということになりかねない。
ただの女性の噂話が政治的思惑をはらみ、サウスラーザン辺境伯はこの結婚に反対している、と変化するのも時間の問題だった。
ノースフレイル辺境伯はこれまでたびたびコースティ家を目の敵にしていた。
南と北、それぞれの辺境を守ってるとはいえ、公家からの信頼の差は明らかだった。
アビゲイルが失態を犯したとなればコースティ家が中枢から追い出せて、自分がトップに立てると思ったのだろう。
わたしの身体が弱いからとリーレイの婚約者を選ぶ際問題視しだしたのも彼だし、その後もことあるごとにわたしとコースエティ家に難癖をつけてきたのだった。
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