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喜劇
悪役二人の密会
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『せめてイーノックが帰ってくれば……』
わたしの膝の上ですっかり体の力を抜いた黒い狼はため息交じりに弱音を吐いた。
「兄さんどこまで行ったのかしら」
わたしの体調不良は病気のせいではなかったのにも関わらず、兄は未だ帰ってこない。
『あのバカ……』
この国は女性でも爵位が継げる。
もともとは兄が継ぐはずだった辺境伯は兄の失踪五年でわたしが後継となる。これはファンデラント公国の法律で定められていることだ。
次期辺境伯を空位にすることは国防的にありえない。
それほどまでにサウスラーザン辺境伯はこの国にとって大事なものだった。
そうなればわたしはサウスラーザン次期辺境伯であり、公太子妃にはなれない。さすがに兼任できるほどどちらの職も甘くはないのだ。
アシュリーは婚約者ではあるが彼は辺境伯にはなれない。サウスラーザンはコースティ家の血筋のみが継げるものと定められていた。
「仕方ないわよ」
『お前は諦められるのか? 俺には無理だ』
諦める? それはわたしも無理よ。
幸いアシュリーはいい人だ。子供を作れるかと言われると悩むが互いに努力し合うことは可能な相手。
それも分かってて父が勧めてきた相手なのだから。それは彼も理解していると思ったが。
「アシュリーとどうなるかなんて心配はしていない。僕が、アビーを諦められない」
そこには黒い狼、ではなく黒髪の美丈夫が立っていた。
惜しげもなく眼前にさらされた胸板はさっきまでわたしがうずめていたモフモフした毛並みとは違う、男の身体だ。
少し長い黒髪からは金の瞳がわたしを見つめている。
この頃は顰めてばかりでその輝きを見せてくれなかった瞳には、涙が浮かんでいた。
「リーレイ……」
わたしがその頬を撫でると、狼のときとおなじようにその手に押し付けてくる。
撫でろと。
「アビー。僕はアビー以外と結婚なんて死んでも嫌だ」
狼の時の粗野な言葉とは違い、わたしのリーレイは本当は甘えたがりの可愛い男だ。
いや、狼でも甘えたがりなのは同じ。いつもわたしの手で撫でられるのを待っている。
その手をリーレイの大きな手のひらが包み込み、わたしの身体を押し倒した。
ゆっくりと覆いかぶさると、その唇がゆっくりと近付いてきた。
夢の中で味わった身体の奥底から熱が沸き起こるような口づけが舞い降りる。
あれは、夢じゃなかったのね……。教えてほしかった。
触れるだけで胸が高鳴り、熱い吐息にめまいがする。
跳ね上がる心臓をむりやり飲み込んで、唇を開くと長い舌がそこを舐めた。
塞がれて中を這う舌に、自分の舌を重ね、互いの吐息さえも取り込むように、深く。
しっぽだけ残して人型を取ったリーレイがわたしを掻き抱く。ゆらゆらと揺れるしっぽがわたしの足先をくすぐって、ほのかな温もりを与えてくれた。
わたしが一番落ち着く、この温もりを、わたしも諦めたくはない。
すぐに戻るだろうと、思っていた兄のイーノックがいつになっても帰ってこなくなって、わたしの周囲はざわつきはじめた。
リーレイの、公太子の婚約者は誰でもなれる。しかし、サウスラーザンを守るのはコースティ家の者だけ。
分家も含め、わたしが適任であることは自分自身分かっていた。
そんな中でのファネットゥ王女との政略結婚。
大公の申し訳ないという顔がすべてを物語っていた。
わたしという婚約者がいなくなれば、公国としても新たな婚約者を探さねばならない。めぼしい候補はすでにほとんど誰かのもとへと嫁いでいた。
かろうじて残っていたハーパーは、人柄は良くても才はない。
それならば政略結婚のファネットゥ王女を婚約者にするのが妥当だと判断されたのだ。
何度もかわされる口づけを受けながらわたしの頭はめまぐるしく動いていた。
忘れたいのに、忘れさせてくれない。
リーレイが好き。
諦めたくなんかない。
夢中になっていたわたしたちの背後で大きな叫び声が聞こえた。
わたしの膝の上ですっかり体の力を抜いた黒い狼はため息交じりに弱音を吐いた。
「兄さんどこまで行ったのかしら」
わたしの体調不良は病気のせいではなかったのにも関わらず、兄は未だ帰ってこない。
『あのバカ……』
この国は女性でも爵位が継げる。
もともとは兄が継ぐはずだった辺境伯は兄の失踪五年でわたしが後継となる。これはファンデラント公国の法律で定められていることだ。
次期辺境伯を空位にすることは国防的にありえない。
それほどまでにサウスラーザン辺境伯はこの国にとって大事なものだった。
そうなればわたしはサウスラーザン次期辺境伯であり、公太子妃にはなれない。さすがに兼任できるほどどちらの職も甘くはないのだ。
アシュリーは婚約者ではあるが彼は辺境伯にはなれない。サウスラーザンはコースティ家の血筋のみが継げるものと定められていた。
「仕方ないわよ」
『お前は諦められるのか? 俺には無理だ』
諦める? それはわたしも無理よ。
幸いアシュリーはいい人だ。子供を作れるかと言われると悩むが互いに努力し合うことは可能な相手。
それも分かってて父が勧めてきた相手なのだから。それは彼も理解していると思ったが。
「アシュリーとどうなるかなんて心配はしていない。僕が、アビーを諦められない」
そこには黒い狼、ではなく黒髪の美丈夫が立っていた。
惜しげもなく眼前にさらされた胸板はさっきまでわたしがうずめていたモフモフした毛並みとは違う、男の身体だ。
少し長い黒髪からは金の瞳がわたしを見つめている。
この頃は顰めてばかりでその輝きを見せてくれなかった瞳には、涙が浮かんでいた。
「リーレイ……」
わたしがその頬を撫でると、狼のときとおなじようにその手に押し付けてくる。
撫でろと。
「アビー。僕はアビー以外と結婚なんて死んでも嫌だ」
狼の時の粗野な言葉とは違い、わたしのリーレイは本当は甘えたがりの可愛い男だ。
いや、狼でも甘えたがりなのは同じ。いつもわたしの手で撫でられるのを待っている。
その手をリーレイの大きな手のひらが包み込み、わたしの身体を押し倒した。
ゆっくりと覆いかぶさると、その唇がゆっくりと近付いてきた。
夢の中で味わった身体の奥底から熱が沸き起こるような口づけが舞い降りる。
あれは、夢じゃなかったのね……。教えてほしかった。
触れるだけで胸が高鳴り、熱い吐息にめまいがする。
跳ね上がる心臓をむりやり飲み込んで、唇を開くと長い舌がそこを舐めた。
塞がれて中を這う舌に、自分の舌を重ね、互いの吐息さえも取り込むように、深く。
しっぽだけ残して人型を取ったリーレイがわたしを掻き抱く。ゆらゆらと揺れるしっぽがわたしの足先をくすぐって、ほのかな温もりを与えてくれた。
わたしが一番落ち着く、この温もりを、わたしも諦めたくはない。
すぐに戻るだろうと、思っていた兄のイーノックがいつになっても帰ってこなくなって、わたしの周囲はざわつきはじめた。
リーレイの、公太子の婚約者は誰でもなれる。しかし、サウスラーザンを守るのはコースティ家の者だけ。
分家も含め、わたしが適任であることは自分自身分かっていた。
そんな中でのファネットゥ王女との政略結婚。
大公の申し訳ないという顔がすべてを物語っていた。
わたしという婚約者がいなくなれば、公国としても新たな婚約者を探さねばならない。めぼしい候補はすでにほとんど誰かのもとへと嫁いでいた。
かろうじて残っていたハーパーは、人柄は良くても才はない。
それならば政略結婚のファネットゥ王女を婚約者にするのが妥当だと判断されたのだ。
何度もかわされる口づけを受けながらわたしの頭はめまぐるしく動いていた。
忘れたいのに、忘れさせてくれない。
リーレイが好き。
諦めたくなんかない。
夢中になっていたわたしたちの背後で大きな叫び声が聞こえた。
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