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喜劇の舞台裏
私の嫌いなふたりの天才 7
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アビゲイルがずっと私がリーレイをそういう意味で好きだと誤解したままなのをいいことに、私はそれを貫き通した。
もちろんこれからもこの想いを明かすことはない。
彼女に表情を読み取られて以来、この仮面はさらに厚みを増して、今は自分でもどの仮面が自分なのかはわからない。
それでも、私は仮面を被り続ける。
ファネットゥ王女には心優しい夫の仮面を、リーレイには心から忠誠を誓う下僕の仮面を、アビゲイルには心許せる恋敵の仮面を。
婚姻してノースフレイルへと共に来たファネットゥ王女は相変わらずだ。
このままこの北の地で王女らしく過ごしてもらえればそれで良い。
私には多くのいとこがいた。スローン家は多産で、彼らの多くは貴族に生まれながら爵位がなく、平民として暮らしていた。
私は彼らをこの地に呼ぶと彼女の世話を頼んだ。
王女が故国から連れていた侍女のほとんどは、今は周りにいない。彼女はおそらく気づいていないだろう。
侍女を同じ人間とは思っていない彼女からすれば、変わったところで気づくわけもない、置物と同じ扱いだった。
クラメール王国とファンデラント公国の国力の差に気づいた侍女達は、王女に従うよりも、公国で平民として暮らす方がより豊かな暮らしが出来ることを理解していた。
私はそれとなく彼女たちに男をあてがい、一人一人と王女のもとから逃していた。
今彼女のまわりにいるのは私のいとこたちだ。
みな、貴族として育ったため、上辺を取り繕うのが上手い。そして平民として暮らしていたからしたたかだ。
ファネットゥ王女が飽きないように、かといってやりすぎないように彼女を楽しませて、この地に幽閉させることに今の所は成功している。
王女の夫としての仮面を被り続けるのは苦痛でしかないが、それだけで爵位を得られるのだ。何も持ち得ることのできなかった私にしたらこんなに楽なことはない。
執務室でクラメール王国の間者からの報告書を読み終えると、私は氷の山の一角にある城のバルコニーに出た。
寒いのは得意ではないが、甲高い妻の声が聞こえない場所にいたかった。
氷で覆われた居城とは異なり、眼下には広大な畑が広がっている。外は溶けることのない氷で覆われているが、その内部は今でもマグマを湛える活火山だ。おかげで麓は地熱によって温められた水が川となって流れ込み、肥沃な大地を作っている。
私は望んでいたものを手に入れたのだと、自分に言い聞かせた。
『大公妃の前に、わたしはコースティ家の、公国の守護者であるサウスラーザンの人間よ』
か弱い令嬢だと、リーレイの婚約者としてふさわしくないと烙印を押した。イーノックのように努力もせず才を持ち、家柄によって婚約者になったのだと。
守護精霊によって力を得ただけの、むしろそれしか取り柄がない娘だと。
むしろその守護精霊のせいで身体を壊し、父親とはろくに対面出来ない。母親もまた彼女を生んだことで身体を弱くしたと聞いて、生まれながらにして重荷を背負っていたことを知った。
サウスラーザン辺境伯という公国の防衛の要である土地を守ることを義務付けられた、コースティ家に生まれ、その役割を果たすことに注力していた彼女。
まるで生贄ではないか。
しかしそのことを悲観するわけでもなく、前を向き、愛するものを守るために邁進する彼女に、心奪われたのだ。
天才などというものは存在しなかった。
彼女の覚悟を知ったあの日、私は初めて恋を知り、そして失った。
いや、今でも彼女を愛しているのだから失ってはいないかもしれない。
ただ、絶対に手に入れることが出来ないことだけは最初から分かっていた恋だった。
私は今幸福の真っ只中にいる。
男としては憎い恋敵だが主君としては敬愛するリーレイと、生涯愛するとひとり心に誓ったアビゲイルが結ばれたのだ。
こんなに幸福なことはない。
もちろんこれからもこの想いを明かすことはない。
彼女に表情を読み取られて以来、この仮面はさらに厚みを増して、今は自分でもどの仮面が自分なのかはわからない。
それでも、私は仮面を被り続ける。
ファネットゥ王女には心優しい夫の仮面を、リーレイには心から忠誠を誓う下僕の仮面を、アビゲイルには心許せる恋敵の仮面を。
婚姻してノースフレイルへと共に来たファネットゥ王女は相変わらずだ。
このままこの北の地で王女らしく過ごしてもらえればそれで良い。
私には多くのいとこがいた。スローン家は多産で、彼らの多くは貴族に生まれながら爵位がなく、平民として暮らしていた。
私は彼らをこの地に呼ぶと彼女の世話を頼んだ。
王女が故国から連れていた侍女のほとんどは、今は周りにいない。彼女はおそらく気づいていないだろう。
侍女を同じ人間とは思っていない彼女からすれば、変わったところで気づくわけもない、置物と同じ扱いだった。
クラメール王国とファンデラント公国の国力の差に気づいた侍女達は、王女に従うよりも、公国で平民として暮らす方がより豊かな暮らしが出来ることを理解していた。
私はそれとなく彼女たちに男をあてがい、一人一人と王女のもとから逃していた。
今彼女のまわりにいるのは私のいとこたちだ。
みな、貴族として育ったため、上辺を取り繕うのが上手い。そして平民として暮らしていたからしたたかだ。
ファネットゥ王女が飽きないように、かといってやりすぎないように彼女を楽しませて、この地に幽閉させることに今の所は成功している。
王女の夫としての仮面を被り続けるのは苦痛でしかないが、それだけで爵位を得られるのだ。何も持ち得ることのできなかった私にしたらこんなに楽なことはない。
執務室でクラメール王国の間者からの報告書を読み終えると、私は氷の山の一角にある城のバルコニーに出た。
寒いのは得意ではないが、甲高い妻の声が聞こえない場所にいたかった。
氷で覆われた居城とは異なり、眼下には広大な畑が広がっている。外は溶けることのない氷で覆われているが、その内部は今でもマグマを湛える活火山だ。おかげで麓は地熱によって温められた水が川となって流れ込み、肥沃な大地を作っている。
私は望んでいたものを手に入れたのだと、自分に言い聞かせた。
『大公妃の前に、わたしはコースティ家の、公国の守護者であるサウスラーザンの人間よ』
か弱い令嬢だと、リーレイの婚約者としてふさわしくないと烙印を押した。イーノックのように努力もせず才を持ち、家柄によって婚約者になったのだと。
守護精霊によって力を得ただけの、むしろそれしか取り柄がない娘だと。
むしろその守護精霊のせいで身体を壊し、父親とはろくに対面出来ない。母親もまた彼女を生んだことで身体を弱くしたと聞いて、生まれながらにして重荷を背負っていたことを知った。
サウスラーザン辺境伯という公国の防衛の要である土地を守ることを義務付けられた、コースティ家に生まれ、その役割を果たすことに注力していた彼女。
まるで生贄ではないか。
しかしそのことを悲観するわけでもなく、前を向き、愛するものを守るために邁進する彼女に、心奪われたのだ。
天才などというものは存在しなかった。
彼女の覚悟を知ったあの日、私は初めて恋を知り、そして失った。
いや、今でも彼女を愛しているのだから失ってはいないかもしれない。
ただ、絶対に手に入れることが出来ないことだけは最初から分かっていた恋だった。
私は今幸福の真っ只中にいる。
男としては憎い恋敵だが主君としては敬愛するリーレイと、生涯愛するとひとり心に誓ったアビゲイルが結ばれたのだ。
こんなに幸福なことはない。
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