永久に待つ春

三谷玲

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春寒

「瑛晴、喜べ! 春宴にお主を連れて行ってやろう」

 萬龍が来店早々甲高い大声を上げる。何を喜べば良いかも分からず首を傾げると小童が耳打ちをしてきた。

「恐らく、瑛晴様を身請け出来る算段がつかれたのかと……。春宴は妻の顔見せの役割がございますから」

 寝物語は信じない僕にとっては到底理解出来ない言葉に思わず顔を顰めた。

「なんだ、嬉しくはないのか? 王家の一員であるこの萬龍の妻になるのだぞ? 」
「嬉しくないわけではないのですが、わたくしなどが妻などと……」

 どうにか断ることは出来ないのか。萬龍の妻なんてまっぴらごめんな僕は必死に言い訳を考えてる間にも萬龍は話を進めた。

「案じることはない。瑛晴は王都一美しく、品もある。知性とて備わっておるのだから、王家の一員としての素質は十分備わっておるわ」

 そんなことは一切心配していないがとりあえず曖昧に微笑んでおく。
 いつものように萬龍と交わり、絶頂を迎えたフリをして、事を済ます。
 もし萬龍と結婚でもしたら僕は一生こんな生活を強いられるのかと思うとげんなりした。

 一ヶ月後の春宴のために様々準備に今から取り掛かるという萬龍が帰ると、驪蘭に呼ばれた。
 小童に手伝ってもらって着替える。
 裙と呼ばれる巻きスカートのようなものを胸元で締めその上に薄い衫を一枚。朱に近い赤い裙は裾に行けば行くほどに淡い色になり、爪先まで隠れる裾はほぼ白いに近い。その上の薄衣もまた淡い朱に白い刺繍が施されている。本来は女性の衣装だが男娼である僕の衣装としては問題ない。

 黒に近い茶の柱が等間隔に並ぶ回廊を抜けて驪蘭の部屋に着くと、僕と同じような衣装を纏った驪蘭が下ろした髪を小童に梳かせていた。
 僕が入ると小童に退出を命じて驪蘭自ら茶を用意した。

「瑛晴、どうしますか?萬龍様の身請けの申し出、断ることも出来ますよ?」
「いいんですか?」
「もちろん。瑛晴はうちの稼ぎ頭ですからね。それに、あんな小物に売るのはもったいない」

 驪蘭の言葉に嘘はない。萬龍は小物過ぎた。
 いくら王家の一員といえど末端な彼は与えられた領も小さいがその小さい領ですら持て余す始末。さらに言えばこの天候不順に対しても策を取ることなく租税を集めては私腹を肥やすことだけの、チンケな男だ。
 そのくせプライドだけは高く、現龍王に対してはいつも文句ばかりを垂れては、自分が龍王に成り代わると豪語している。
 確かに、現龍王の力不足は否めない。
 
 龍王には力がある。腕力とか筋力とかそういうったものでは当然なく、神通力的な、神のような力である。
 一度その力を行使すれば、国は安定すると言われている。
 僕が生まれてから安定したことがないので本当かどうかは知らない。しかし王都がこれだけ暖かいのは龍王の力に寄るものだと言われると信じざるを得ない。
 春待楼に来てからは王都を出ることはないので、忘れかけているが、この国は今寒波に覆われている。
 一度王都を出れば今のような薄衣一枚では凍死するだろう。
 王都に来て一番うれしいことは暖かい事だろうか?人は寒さに弱いものだ。身体だけでなく心も凍らせてしまう。

 力があるものが龍王に選ばれる、そう言われているが、その力を行使出来ずにいる今の龍王はなぜ選ばれたのか。下々にはその理由などは伝わってこない。ただ、龍王に祈るだけ。この国に安定をと。
 信じていない僕ですらたまに祈りのために社を訪れる。あの社はいい。日本で言うならば神社仏閣のようなところで林に囲まれた一角にひっそりと建てられている。
 清浄な空気が漂う社は龍の国だけあってあちらこちらに龍の絵や彫刻が施されている。ただし、その御神体と呼ばれるものは大きな丸い球体だ。玉と呼ばれる球体に人々は祈りを捧げる。

 龍王に力を、国に安定を。

「でも瑛晴。春宴には参加してきなさい。そして萬龍なんて足元にも及ばない夫君を見つけておいで」
「驪蘭そんなこと僕には無理ですよ」
「おや、王都一の美姫が謙遜ですか? それともこの驪蘭が育てた瑛晴には良き夫君を見つける才はないのですか?」

 無理難題を突きつける驪蘭に苦笑した。萬龍のあの様子では春宴への出席を拒否するのは至難の業。それならばいっそ出席してあの男に恥をかかせるのもまた一興。あの男以外にも客はいるし、そのうちの誰かが参加してる可能性は大いにある。
 龍王や他のお偉方の前で修羅場でも演じればあのプライドの高い男のことだ、僕を諦める可能性に掛けよう。

「ふふっ、覚悟は決まったみたいですね。あの時と同じ顔をしてますよ。さてそれならば春待楼の威信にかけても瑛晴に合う衣装を仕立てさえなければなりませんね」
「驪蘭はそう言って僕を着飾らせたいだけでは?」
「それもありますけどね、龍王の御前に参るのですからそれ相応の衣装でなくては……涼蘭、仕立て屋を呼んでおくれ。大至急だよ」

 部屋の外に待機していたのであろう、小童に声を掛けると驪蘭が僕を見つめた。
 どうかしたかと首を傾げると、微笑むばかりで何も答えてはくれなかった。

 それから数週間、他の客も取りつつ春宴の準備に追われていた僕がようやく落ちついたのは、春宴の3日前のことだった。
 慌ただしい日々を過ごした反動か急に静かになると、現れるのが過去の亡霊だ。

 初めて逢った時のことは今でも鮮明に覚えている。

『戸倉瑛晴さん、ですよね?』

 出版社主催のクリスマスパーティに呼ばれたのは僕が死ぬ2年ほど前のこと。駆け出しの作家で処女作が大コケしたにも関わらず呼んでくれたのはひとえに担当編集者の優しさだ。処女作で出した純文学的恋愛小説は酷評された。とある評論家の言によれば

『文章、構成等は素晴らしい。賞賛に値するが、これは、恋愛を知らない童貞男が書いた自慰のようなもの。恋愛小説と呼ぶにはお粗末』

 だそうだ。
 確かに当時の20歳の僕は童貞で、恋愛を知らなかった。じゃあなぜ書いたのかと言えば、恋愛に強い憧れを抱いていたから。恋というものをしてみたかった。
 担当編集者には好評だったものだから調子に乗っていた僕は酷く落ち込んだ。
 それから何作か、純文学を書いては爆発的なヒットとは言えないもののなんとかバイトをしながら食いつないでいた。
 そんなある日親身になってくれた担当編集者が突然、ライトノベルを書かないかと提案してきた。剣と魔法の冒険ファンタジー。
 彼の出版社から新しいレーベルを立ち上げるにあたって、いくつか作品を募集しているのでそこに作品を出してみないかと。
 新たな分野への挑戦に心躍らせた。書くのは純文学ばかりだった僕だが読むのは何でも読んでいて、その中にはもちろん冒険ファンタジーも含まれる。
 いくつか提出したプロットや設定には問題がなかったが魅力的かと言われると何かが足りないと一人部屋で思いあぐねていたところにクリスマスパーティへの招待状が届いた。
 今回は出版社、作家、装丁デザイナー等、書籍に関わる人達だけでなく、様々なジャンルの人も招待をしていて大規模なパーティになるとのこと。その中で刺激を受けてみてはどうかというのが担当編集者の狙いだった。
 そして、それは見事に的中。
 僕に声を掛けてきたのが、今度この出版社から自叙伝を出すと言うベンチャー企業の社長である、室龍生だった。

『あ、はい……』
『突然お声掛けしてすいません。戸倉さんの大ファンなんです。永久に待つ春。愛読させていただいてます』

 あの酷評された処女作のタイトルを声に出されて僕は思わず赤面した。童貞男のオナニー小説と呼ばれてる僕の小説を、このイケメン社長が愛読?そんなことはあるわけがないと心の内で憤慨していたら、彼は一歩僕に近付いて耳元で囁いた。

『一目見た瞬間に分かったんだ、君が僕の永久の恋人だと』

 確かにそれは僕の小説の一説で、僕が一番苦心したセリフだった。クサイにもほどがるセリフを事もなげに口にする彼を驚いた顔で見上げると、彼は照れくさそうに笑ってこう答えた。

『あまりに好きすぎてプロポーズにこれ言ったら彼女に笑われてしまって……現実では難しいですね』
『それじゃ、失敗したんですか?』
『いえ、結婚は承諾してくれましたよ、ほら』

 そう言って左手を掲げると薬指には鈍い光を放つリングが見えた。

『そ、うですか。良かった、僕のセリフのせいで失敗してたら申し訳ないですから』
『もし失敗したとしても戸倉さんのせいではないですよ。それに結婚したからと言って成功とも言えませんし』

 普段は小説を読まない彼がたまたま通りかかった本屋で僕の小説を見つけて読んだこと、それがあまりにも切なく心打たれたこと。自分も恋愛は得意ではないので主人公に共感したこと。つらつらと語る彼は仕草がいちいちオーバーで、しかしそれが見事にハマる男だった。
 彼と話をする中で、僕の中で何かが生まれた。
 次回作に足りない魅力が彼を見て何か分かった気がした。

 それから取り掛かった設定に彼をモデルにした主人公の相棒を追加した。ちょっとオーバーアクションだけどさり気なく主人公を助け、いっしょに旅をする仲間。女性にモテるのに恋愛下手で、たまに空回りしているが、戦闘になれば心強く、落ち込む主人公を励ます。
 出版されたその本は、冒険ファンタジーブームも相まって売上も上々でシリーズ化が決定した。

 そのシリーズ化の打ち合わせが終わり出版社を出るところだった。

『戸倉さん』

 自叙伝を出版する彼もまた打ち合わせのために訪れていたらしい。声を掛けられお茶でもしませんかと誘われた。
 モデルにしたとは言いづらいものの彼のおかげで売れたことは間違いがないので、快諾すると、近くのホテルのティールームに案内された。
 ガラス張りの窓に向かい並べられた背の高い半円のソファ。眼の前には日本庭園が広がる。新緑の眩しい季節になったにも関わらず外は冷たい雨が降り注ぎ、濡れた薄手のジャケットに身体は冷えていた。
 運ばれてきた温かいミルクティーを一口飲むと、、隣の彼もまた珈琲を口にした。
 二人同時にカップを置くと、彼は僕を見てこう言った。

『シリーズ化決まったそうですね、おめでとうございます』
『あ、ありがとうございます……』
『うぬぼれじゃなければ、リュウは俺、ですよね?』

 言い当てられたことに驚けばいいのか、繋がれた手に驚くべきか、はたまたやたらと高鳴る心臓か。
 人は驚くと声が出なくなるらしい。
 口をぱくぱくと開閉させるしかできなくなった僕を見て彼はくすりと笑って、それから急に真剣な顔をした。

『一目見た瞬間に分かったんだ、君が俺の永久の恋人だと……瑛晴』

 すっかり雨も上がったその夜僕らはホテルの最上階で共に過ごした。
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