野良猫Subは餌付けされてることに気付かない

三谷玲

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第六話

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 なのに一か所だけ、熱が集まる場所があることに気付く。伊織もそれに気付き、背を撫でる。

「大丈夫、大丈夫。Subならこうなるのが普通ですから」

 まだ少し冷静な頭が、ここが社内であることを思い出させる。おろおろとする理に、伊織の手は落ち着かせるためでなく、官能を高めるように動き出した。
 理の生身の背を、伊織の冷たい指がなぞる。上へ下へと指が這うたび、どく、どくっと熱が高まる。

「伊織、だ、め……」
「ダメ? どうしても? 本当にいやなら、言って? あの言葉」

 そうだ。セーフワードを言えばいい。そう思うのに、伊織の手が前に回ってきた。びくりと脈打つそこはすでに下着を突き上げている。

「言わないなら、続けますよ。怖いなら俺につかまってください」

 放りだしたままの腕をおずおずと伊織に伸ばす。アロハシャツをちょこんとつまんだ。

「つかまり方までかわいいですけど、大丈夫ですか? これからもっと気持ちよくなっちゃいますよ」
「シワ、になっちゃう」
「俺のシャツの心配してくれたんですか? 理は優しいんですねぇ」

 伊織に耳元でささやき、触れていただけの手がいい子だというように股間を撫でる。心配したシワも気にせず手に力が入ってしまう。

「ん、伊織……」
「なに? いまの正直な気持ちを教えて・・・?」
「……怖い……でも、気持ちいい。もっと……」
「もっと、気持ちよくなりたいですか?」

 伊織の胸に頭を押し付け、何度もうなずく。
 伊織の手がぎゅっと強く握った。張り詰めたそこは少し痛い。

「んんっ――」

 なのに、気持ちいい。

「このまま、イってみましょうか」
「や、だめ……下着、汚れちゃ、う……んっ、あ、あぁ……っ」
「会社でしてることより、下着の心配ですか? でももうだいぶ汚れちゃってますよ? ほら、理のよだれで湿ってる」

 伊織はくすくすと笑いながら、親指でぐりぐりと先端を押しつぶすと、先走りでぬるりとした感触が伝わる。

「あっ、伊織、そこ……」
「先っぽ好きなんですか? もっと、して欲しい?」
「ん、好き……。もっと……」
「よく言えましたね。いい子ですね」

――いい子。

 伊織は大きな手で握ったまま、親指でとんとんと叩く。そのたびに、理の声がどんどん大きくなる。

「あっ、あっ、いおり、っ……」
「これだけでも、イけそうですね」

 たしかに理は先端を責められるのが好きだが、さすがにそれだけで達せられるほどの快感ではない。むしろずっと気持ちいいのが続いて、辛いくらいだ。
 涙とよだれが伊織のシャツを汚してしまっているのにも気付かずに、顔を押し付けてその快楽から逃げようとする。

「いおり、イきたい……、イかせて?」
「自分からおねだり出来て、えらいですね」

――えらい。

 伊織の手がさらに強く握る。

「我慢、できなくなっちゃいました? 自分で動いてかわいい」

 伊織にしがみついたまま腰を浮かし、その手に擦り付けるようにして動く。
「いいですよ。俺の手でイって・・・……、理、Cumイけ
 支えるようにしていた伊織の手が理の腰を引き寄せて、耳元でCommandを放つ。

「……!? ……っっ!」

 まだ絶頂には先だと思っていた。
 なのに、その一言で一気に熱が駆け上がり、放出される。
 声をあげる間もない突然の解放。
 驚きと快感に固まる理に、さらに追い打ちをかけるようにして伊織の手が動いた。

「上手にイけましたね。これは俺からのご褒美です」
「ま、まって……っ、いま、イったとこだから、ダメ……、や、でちゃう、……っ、いおり、っ――」

 自分の精液で濡れた下着ごとさらに扱かれる。滑りがいいから痛みはないが、過ぎた快楽であらぬものを催す気配を感じて、伊織の首にしがみつく。

「大丈夫、俺に全部委ねて……」

 首筋に触れる伊織の熱い吐息。
 巻き付かれた腕の力強さ。
 身体が震え、弛緩する。

「……あ、あ……っ――」

 下着には精液とは違う生ぬるい液体が広がり、すべての力が身体から抜ける。
 伊織にもたれかかり、何度も大きく息を吐く。

「よくできました、Good Boy」

――Good Boy

 くたりとした理の身体に伊織の言葉が沁み込んでいく。



「くそっ! お前、こうなることがわかってたんだな!」
「準備は怠らない質でして」
「いい、自分でやるっ」

 身体を起した理の前にある伊織の手から、濡れたタオルを奪い取る。残念そうな顔をした伊織は雑巾でカーペットを拭き始めた。

「い……外山さん、服、どうするんだ?」
「もちろん、着替えを用意してありますよ。中林さんの下着もね」

 どれだけ用意周到なのか。
 差し出されたのは理のサイズにぴったりな新品の下着だ。プレイの際は脱ぐことのなかった下着を目の前で脱ぐのは恥ずかしく、後ろを向く。汚れた下着を床に落とすのは忍びないが、机に置くのもはばかれる。後で拭けばいいと、少し重くなった下着をぺたりと床に落としてから、汚れた下半身を乱雑に拭う。

「いまさら恥ずかしがる必要ありますか?」
「うるさいっ!」
「まぁ俺は中林さんのきれいな尻が見れていいですけどねぇ。靴下だけっていうのもまたエロくていい」
「あぁっ、もうっ! くそがっ!」

 弾む声音の伊織がさらに理の羞恥を誘う。
 ぷるぷると震える身体を抑えつつ、下着を履き、放り投げていたスラックスとシャツを身に着け、丁寧にデスクに置かれた眼鏡をすればすっかり元通りの営業マンに戻った。

「はぁ……。いま何時だ?」
「十二時半。そろそろ終電じゃないですか?」

 まずい。資料が出来上がっていない。スリープモードになったパソコンに手を伸ばすと、背後から伊織の手がそれを制した。
 ほのかに残るぶどうの香りがする息と長い髪が耳元をくすぐる。
 そっと重ねられた伊織の手に力はこもっていないのに、理は電源ボタンまで手を伸ばすことができなかった。

「だから、それは部下に任せて。中林さん明日、外出でしょう?」
「……よく知ってるな」
「あそこに書いてありますから」

 理の肩越しに伊織の手がホワイトボードを指差す。「中林」の横、金曜日の予定には「外出」「直帰」のプレートが貼られている。
 午後には郊外の取引先へ行く予定だ。

「……明日外出がないのは、若杉か……」
「若杉なら俺の同期ですねぇ。あいつなら心配いらないですよ。同期内でもリーダータイプでみんなの意見を取りまとめるの、得意でしたから」
「そう、だな」

 若杉なら営業会議にも何度か臨席している。内容は理解しているだろう。大きな間違いを起こす心配はない。

「さ、帰りましょう」
「あぁ……」

 これもDomの力のせいなのか。Subの特性なのか。

 ずっと感じていた。
 伊織に言われると、素直に従うのが当たり前に思える。不思議な感覚だった。
 問われれば、嘘がつけない。
 無理強いをされてる心地もしなければ、伊織の言うことに間違いはないとさえ思う。

 さすがに、社内で射精……あまつさえそれ以上のものを吐き出してしまったことは恥ずかしく、台風が過ぎ去った静かな夜道、理は無言を貫いた。
 何か言いたげな斜め上からの視線を無視したのは、何も背が高い伊織に腹を立てているわけではなく、頭の中は先ほどのプレイのことや、明日若杉への申し送りでいっぱいだったからだ。

 だから理は忘れていた。
 床に落とした汚れた下着の存在を。
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