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第5話 古からの囁き
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微かに漂う甘い香りは、迷宮の奥へ進むにつれて、その存在感を増していった。それは心を落ち着かせるような、それでいてどこか懐かしさを覚える香りだった。カイリはその香りに導かれるように、糸を手繰るようにして、入り組んだ通路を進んでいく。ひんやりとした空気は、ここではさらに澄み渡っているように感じられた。
やがて、カイリは広大な空間へと辿り着いた。天井は遥か高く、星空のように無数の光点が瞬いている。壁はなく、空間の境界そのものが、霧に包まれている曖昧になっているようだった。そして、広大な空間の中央には、巨大な、ぼんやりと乳白色に光る球体のようなものが、静かに浮かんでいた。球体の周囲には、蛍のように、無数の小さな光の粒子がゆらゆらと舞い、幻想的な光景を作り出していた。
カイリは、その神秘的な光景に息を呑み、立ち尽くした。ここが、あの甘い香りの源なのだろうか。そして、この光る球体は一体何なのだろうか。
そう考えていると、再びあの声が聞こえてきた。前回よりもさらに深く、荘厳な響きを持って、空間全体から語りかけてくるようだった。
「よくここまで来たな、夢見る者よ……この迷宮の最深部へ」
声には、確かな意志と、計り知れないほどの長い時を生きてきたかのような叡智が感じられた。カイリは、声の主に姿がないことを知りながらも、思わず周囲を見回した。
「あなたは……誰なのですか? ここは、一体?」
カイリの声は、広大な空間に吸い込まれるようにかき消えた。
カイリの問いに、声は穏やかに、しかし威厳を持って答えた。
「私は、この夢迷宮の守り人……古の時代の残滓……この場所は、忘れ去られた夢と記憶が流れ着く、世界の狭間のようなものだ」
古の時代の残滓とは……カイリは、父親の書斎で見た文献の記述を思い出した。ミスティリアが誕生する以前に存在したという、高度な魔法文明。この声の主は、その時代に関係しているのだろうか。
「お前が暮らす都市、ミスティリア……それは、偶然と必然が織りなした奇跡の産物だ。遥か昔、我ら魔法の民が夢の力を探求したこの地に、科学の民がテクノロジーの痕跡を残した。二つの異なる力、異なる時代の記憶が重なり合い、反響し、そして生まれたのが、あの夢見る都市なのだ」
声は、ミスティリアの建都市伝説の核心に触れる言葉を紡いだ。それは、カイリが文献で読んだ内容とも一致する。
「そして、お前たちがリアル・ファンタズムと呼ぶ力……あれは元々、夢の力を制御し、人々の意識を繋ぎ、幸福をもたらすために開発されたものだった。夢を通して互いを理解し、創造性を高め合う……それが、本来の姿だったのだ」
声の響きに、わずかな悲しみが混じったような気がした。
「だが、力は常に欲望を呼ぶ。一部の者は、その力を己の野心のために利用しようとした。夢を支配し、他者の心を操り、現実さえも歪めようと……その結果、本来の輝きを失ってしまったのだ」
カイリは、声の言葉に衝撃を受けた。リアル・ファンタズムが当たり前の日常であるミスティリア。その力の裏には、このような過去があったとは。
「夢とは力だ。夢見る者よ、その使い方を誤れば、それは容易く破滅を招く刃となる。甘美な悪夢は現実を蝕み、偽りの楽園は魂を堕落させる……」
声は、警告を発した。その言葉は、カイリの胸に重く響く。
「お前は……その力を正しく使うことができるのか? 夢の甘美な誘惑に抗い、その真の可能性を引き出すことができるのか?」
問いかけは、カイリの心の奥底を見透かすようだった。今の自分に、そんな資格があるのだろうか。彼女はまだ、自分の内に目覚め始めた力の扱い方さえ知らないのだ。
カイリが答えられずにいると、声は再び静かに続けた。
「この都市には、まだ隠された多くの秘密がある……そして、それを悪用し、再び世界を歪めようと企む『影』もまた、蠢いているのだ……」
「世界を……歪めようと? 影が?」
カイリは、その言葉に思い当たる節があった。昼間、ソラが悩まされていた悪夢。黒い影に追いかけられるという……。
「境界が揺らぐ時……夢と現の境界線が、何者かの意志によって、あるいは人々の心の弱さによって曖昧になる時……『影』は深淵より現れ、その触手を伸ばすだろう……」
声は、断片的で謎めいたヒントを与えた。それは、カイリに託された未来への警告のように聞こえた。
「気をつけよ、夢見る者よ……お前の進む道は、決して平坦ではない……」
その言葉を最後に、声の響きは次第に小さくなっていった。それと同時に、中央に浮かんでいた光る球体も、ゆっくりとその輝きを失っていく。周囲を舞っていた光の粒子も、一つ、また一つと消えていき、空間は再びしんと静まり、以前よりも深い闇に包まれようとしていた。
カイリは一人、広大な空間に立ち尽くしていた。守り人の言葉が、まだ耳の奥で反響している。「夢は力」「使い方を誤れば破滅」「影」「境界が揺らぐ時」……。その一つ一つが、重い意味を持っているように感じる。自分は、これから何と向き合わなければならないのか。そして、自分に何ができるというのか。答えは何も、見つからなかった。
やがて、カイリは広大な空間へと辿り着いた。天井は遥か高く、星空のように無数の光点が瞬いている。壁はなく、空間の境界そのものが、霧に包まれている曖昧になっているようだった。そして、広大な空間の中央には、巨大な、ぼんやりと乳白色に光る球体のようなものが、静かに浮かんでいた。球体の周囲には、蛍のように、無数の小さな光の粒子がゆらゆらと舞い、幻想的な光景を作り出していた。
カイリは、その神秘的な光景に息を呑み、立ち尽くした。ここが、あの甘い香りの源なのだろうか。そして、この光る球体は一体何なのだろうか。
そう考えていると、再びあの声が聞こえてきた。前回よりもさらに深く、荘厳な響きを持って、空間全体から語りかけてくるようだった。
「よくここまで来たな、夢見る者よ……この迷宮の最深部へ」
声には、確かな意志と、計り知れないほどの長い時を生きてきたかのような叡智が感じられた。カイリは、声の主に姿がないことを知りながらも、思わず周囲を見回した。
「あなたは……誰なのですか? ここは、一体?」
カイリの声は、広大な空間に吸い込まれるようにかき消えた。
カイリの問いに、声は穏やかに、しかし威厳を持って答えた。
「私は、この夢迷宮の守り人……古の時代の残滓……この場所は、忘れ去られた夢と記憶が流れ着く、世界の狭間のようなものだ」
古の時代の残滓とは……カイリは、父親の書斎で見た文献の記述を思い出した。ミスティリアが誕生する以前に存在したという、高度な魔法文明。この声の主は、その時代に関係しているのだろうか。
「お前が暮らす都市、ミスティリア……それは、偶然と必然が織りなした奇跡の産物だ。遥か昔、我ら魔法の民が夢の力を探求したこの地に、科学の民がテクノロジーの痕跡を残した。二つの異なる力、異なる時代の記憶が重なり合い、反響し、そして生まれたのが、あの夢見る都市なのだ」
声は、ミスティリアの建都市伝説の核心に触れる言葉を紡いだ。それは、カイリが文献で読んだ内容とも一致する。
「そして、お前たちがリアル・ファンタズムと呼ぶ力……あれは元々、夢の力を制御し、人々の意識を繋ぎ、幸福をもたらすために開発されたものだった。夢を通して互いを理解し、創造性を高め合う……それが、本来の姿だったのだ」
声の響きに、わずかな悲しみが混じったような気がした。
「だが、力は常に欲望を呼ぶ。一部の者は、その力を己の野心のために利用しようとした。夢を支配し、他者の心を操り、現実さえも歪めようと……その結果、本来の輝きを失ってしまったのだ」
カイリは、声の言葉に衝撃を受けた。リアル・ファンタズムが当たり前の日常であるミスティリア。その力の裏には、このような過去があったとは。
「夢とは力だ。夢見る者よ、その使い方を誤れば、それは容易く破滅を招く刃となる。甘美な悪夢は現実を蝕み、偽りの楽園は魂を堕落させる……」
声は、警告を発した。その言葉は、カイリの胸に重く響く。
「お前は……その力を正しく使うことができるのか? 夢の甘美な誘惑に抗い、その真の可能性を引き出すことができるのか?」
問いかけは、カイリの心の奥底を見透かすようだった。今の自分に、そんな資格があるのだろうか。彼女はまだ、自分の内に目覚め始めた力の扱い方さえ知らないのだ。
カイリが答えられずにいると、声は再び静かに続けた。
「この都市には、まだ隠された多くの秘密がある……そして、それを悪用し、再び世界を歪めようと企む『影』もまた、蠢いているのだ……」
「世界を……歪めようと? 影が?」
カイリは、その言葉に思い当たる節があった。昼間、ソラが悩まされていた悪夢。黒い影に追いかけられるという……。
「境界が揺らぐ時……夢と現の境界線が、何者かの意志によって、あるいは人々の心の弱さによって曖昧になる時……『影』は深淵より現れ、その触手を伸ばすだろう……」
声は、断片的で謎めいたヒントを与えた。それは、カイリに託された未来への警告のように聞こえた。
「気をつけよ、夢見る者よ……お前の進む道は、決して平坦ではない……」
その言葉を最後に、声の響きは次第に小さくなっていった。それと同時に、中央に浮かんでいた光る球体も、ゆっくりとその輝きを失っていく。周囲を舞っていた光の粒子も、一つ、また一つと消えていき、空間は再びしんと静まり、以前よりも深い闇に包まれようとしていた。
カイリは一人、広大な空間に立ち尽くしていた。守り人の言葉が、まだ耳の奥で反響している。「夢は力」「使い方を誤れば破滅」「影」「境界が揺らぐ時」……。その一つ一つが、重い意味を持っているように感じる。自分は、これから何と向き合わなければならないのか。そして、自分に何ができるというのか。答えは何も、見つからなかった。
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