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第一章 side郁哉
第5話
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「お前、悔しくないんか」
隣に座った廉が、俺の顔をじっと見ながら言った。見るというか、もはや睨んでる。でも、その声は案外静かで穏やかだった。ミーティングルームの賑やかな雰囲気とは波長が違いすぎていたからか、さほど大きくもないはずのその声は、いっそ鬱陶しいくらい耳に響いた。
「……なにが」
「はあ?」
俺が絞り出した小さな声に、廉の低い声が被る。さっきの声が穏やかに聞こえたのは、廉なりに必死に取り繕っていたからだ。
「背番号だよ。直輝に1番とられて、悔しくないんかって」
廉はさっきよりも大きな声で言った。それでもまだ、周囲がその声に過剰に反応することはなかった。俺は、直輝がもうミーティングルームにいないことを確認してから言葉を返した。
「……悔しい、っていうか……監督が決めたことだから」
「お前の気持ちを聞いてんだろ」
廉の声がどんどん鋭くなる。俺がなんとか見つけた細い逃げ道も、その鋭さで全部塞いでくる。廉は普段からお世辞にも物腰が柔らかいとは言えないし、言葉にはどこかトゲを感じることもあるけど、さすがにここまでじゃない。廉は怒ってる。俺にはどうにもできないくらいに。それならもう、どうしたら廉の機嫌が直るのかって、考えるだけ無駄かもしれない。
「俺は……直輝がエースで、いいと思ってるよ」
「っ!」
「1番とられたとも思ってない。もともと、1番は直輝のだから」
「お前何言ってんだよ!」
廉が怒鳴るような声で言いながら椅子から立ち上がる。明らかに怒気を含んだ大きな声とパイプ椅子が床に転がる音で、さすがに周囲の視線が一気にこっちに集まった。俺は息を飲んだ。自分に刺さる視線に対してじゃない。これから自分が廉のことを傷つけてしまうかもしれない予感にだ。
「……おかしいこと言ってるのは廉の方だろ」
「は……?」
廉は怒るというより驚いていた。俺が言い返すなんてこれっぽっちも思っていなかったんだろう。
「チームにとっては、直輝がエースの方が絶対いい……って、俺は思うよ。監督もそう思ったから、直輝を選んだんだよ。俺たち、ふたりだけで野球やってるんじゃないんだから……」
それ以上言葉が続かなかった。ちゃんと言わなきゃいけないと思ったのに、やっぱり俺は変われない。情けなかった。廉の顔をまっすぐ見れずにいると、廉は大袈裟なくらいに大きく息を吐いた。空気の流れが変わるくらいのそのため息は、俺の心を折るには十分だった。
「なんだよそれ……もういいわ」
吐き捨てるようにそう言って、廉はミーティングルームの出口へ向かって歩き出した。
離れていく廉の背中に、俺は「ごめん」と呟いていた。声には出さなかったから、廉にも、ここにいる誰にも、その思いは届かない。
廉が、俺のために怒ってくれてることはわかってる。俺のことを信じてくれているからこそ、直輝がエースに選ばれたことを当たり前のように受け入れている俺を許せないその気持ちも理解してる。廉のその気持ちに、「ごめん」と同時に「ありがとう」も溢れてくる。でもそのどちらも、言葉にはできなかった。
廉は俺に「悔しい」「俺がエースになりたかった」「次は俺が1番になる」って、はっきり言って欲しかったのもわかってる。俺がそう返したら、いつも通り厳しい物言いではあるだろうけど、「じゃあもっと頑張れよ」って、笑って言ってくれただろうとも思う。そうすれば今まで通り、廉とのことは丸く収まってただろう。でも――
隣に座った廉が、俺の顔をじっと見ながら言った。見るというか、もはや睨んでる。でも、その声は案外静かで穏やかだった。ミーティングルームの賑やかな雰囲気とは波長が違いすぎていたからか、さほど大きくもないはずのその声は、いっそ鬱陶しいくらい耳に響いた。
「……なにが」
「はあ?」
俺が絞り出した小さな声に、廉の低い声が被る。さっきの声が穏やかに聞こえたのは、廉なりに必死に取り繕っていたからだ。
「背番号だよ。直輝に1番とられて、悔しくないんかって」
廉はさっきよりも大きな声で言った。それでもまだ、周囲がその声に過剰に反応することはなかった。俺は、直輝がもうミーティングルームにいないことを確認してから言葉を返した。
「……悔しい、っていうか……監督が決めたことだから」
「お前の気持ちを聞いてんだろ」
廉の声がどんどん鋭くなる。俺がなんとか見つけた細い逃げ道も、その鋭さで全部塞いでくる。廉は普段からお世辞にも物腰が柔らかいとは言えないし、言葉にはどこかトゲを感じることもあるけど、さすがにここまでじゃない。廉は怒ってる。俺にはどうにもできないくらいに。それならもう、どうしたら廉の機嫌が直るのかって、考えるだけ無駄かもしれない。
「俺は……直輝がエースで、いいと思ってるよ」
「っ!」
「1番とられたとも思ってない。もともと、1番は直輝のだから」
「お前何言ってんだよ!」
廉が怒鳴るような声で言いながら椅子から立ち上がる。明らかに怒気を含んだ大きな声とパイプ椅子が床に転がる音で、さすがに周囲の視線が一気にこっちに集まった。俺は息を飲んだ。自分に刺さる視線に対してじゃない。これから自分が廉のことを傷つけてしまうかもしれない予感にだ。
「……おかしいこと言ってるのは廉の方だろ」
「は……?」
廉は怒るというより驚いていた。俺が言い返すなんてこれっぽっちも思っていなかったんだろう。
「チームにとっては、直輝がエースの方が絶対いい……って、俺は思うよ。監督もそう思ったから、直輝を選んだんだよ。俺たち、ふたりだけで野球やってるんじゃないんだから……」
それ以上言葉が続かなかった。ちゃんと言わなきゃいけないと思ったのに、やっぱり俺は変われない。情けなかった。廉の顔をまっすぐ見れずにいると、廉は大袈裟なくらいに大きく息を吐いた。空気の流れが変わるくらいのそのため息は、俺の心を折るには十分だった。
「なんだよそれ……もういいわ」
吐き捨てるようにそう言って、廉はミーティングルームの出口へ向かって歩き出した。
離れていく廉の背中に、俺は「ごめん」と呟いていた。声には出さなかったから、廉にも、ここにいる誰にも、その思いは届かない。
廉が、俺のために怒ってくれてることはわかってる。俺のことを信じてくれているからこそ、直輝がエースに選ばれたことを当たり前のように受け入れている俺を許せないその気持ちも理解してる。廉のその気持ちに、「ごめん」と同時に「ありがとう」も溢れてくる。でもそのどちらも、言葉にはできなかった。
廉は俺に「悔しい」「俺がエースになりたかった」「次は俺が1番になる」って、はっきり言って欲しかったのもわかってる。俺がそう返したら、いつも通り厳しい物言いではあるだろうけど、「じゃあもっと頑張れよ」って、笑って言ってくれただろうとも思う。そうすれば今まで通り、廉とのことは丸く収まってただろう。でも――
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