46 / 157
~二章 献身の聖女編~
九話 快速と怪腕
しおりを挟む「へえ。てっきりその生首を見て戦意喪失したと思ったが、啖呵を切るほどには心が強いんだな」
「……あなたのような悪漢に私達の心はわからないでしょうね。その蛮行、同じ逸脱として見過ごす訳にはいきません!」
「──ははっ! 俺にはお前達の方がよっぽどおかしく見えるぜ。そこまで理性のある逸脱なんて中々いないからなあ。もっと本能を開放してた方が楽しく生きていられたかもな。少なくともここで命を捨てる事にはならなかったと思うぜ!」
キエーザは不適に笑い、もってた短剣を私に向かって投げてきた。
「危ねえッ!」
お父さんが私の目の前に盾になるように丸太のような腕を伸ばして、飛んできた短剣を防いだ。
「お父さん!」
「大丈夫だ! このくらい何ともないさ」
腕に刺さった短剣を引き抜くと、父はそれを片手で軽くへし折る。
「ガードされたか。別にいいけどね。まだ短剣はあるし」
腰から新たな短剣をスラリと取り出して、敵はこちらに見せびらかすようにそれをキラリと夕日の紅い光に輝かせる。
「俺達はてめえ見たいな本能にまかせた生き方なんぞ認めねえ──! 人の愛や痛みを知らない人生になんの価値がある!! その腐った性根、俺がぶん殴って矯正してやる!!」
「──臭い。臭い臭い臭いねえ。人間臭すぎるよ、お前ら。どちらが間違ってどちらが正しいか……今それを見せてやるよ。お前らは何もできずに死ぬ。結果だけがそこに残るだろうよ」
敵は苛立っていた。軸足を前に曲げて、走るような姿勢を見せる。
「お父さん気をつけて! あの人の能力は身体的な強化能力だと思う! 地面がそれを教えてくれたわ!」
私は地面を指差すと、所々の土が抉れているのを確認する。
「瞬間移動じゃないのか!?」
「たぶんあの人はものすごいスピードで動いてる──単純に足がものすごい速い能力……! 速すぎて瞬間移動したかに見えてるだけだよ!」
「ふっ。能力がわかってもお前らは何もできないけどな。俺のスピードには誰も追いつけない!」
フッ、と視界から男は消える。
そして数メートル離れた所に再び姿を現すと、
「ぐおおッ!」
父の身体からまた大量の血が流れる。
「お父さん!」
私はふらふらと足をよろめかす巨躯の身体を支える。
「どうだ? 見えなかろう。俺の『音速剣』は絶対に見えない必中の剣だ。と言ってもこの短剣事態は普通の剣だがね。俺のこの素晴らしい足の速さが全ての武器を必殺にしてくれているんだよ」
「ヤロウ! 次はその顔面に俺の拳を叩きこんでやるッ!!」
「あんたもわからんねえ。そんなノロマな攻撃なんて一生かかっても当たらないよ。さて、どのくらいあんたは耐えられるかな」
キエーザは短剣をゆらりと構えた。
「くらいな『音速剣・隼』!」
敵のその姿が一瞬残像のようにぶれる。お父さんは身構えるが、速きこと隼の如し、瞬足にて放たれた剣の閃きはまたしても父を斬り裂く。
「ッッグウウ!!」
その場からは一歩も動いて無いように見えたのに、お父さんの身体は無数の斬撃の跡が一気に刻まれた。
「しっかりしてお父さん! 大丈夫!?」
「へへっ……。かすり傷さ、こんなもん……!」
父はものすごく痛い筈なのに私を心配させんがために強がる。
「(……あの男、あれだけ斬ったのにまだ立てるか──。いくら身体が硬くてもあれだけ斬られれば出血多量で動けない筈だが……。いや、待てよ──?)」
中々に倒れない巨漢を不思議に思うキエーザは、あることに気がつく。
「……オッサン。さてはお前も身体能力を上げる能力者だな? その傷口、塞がりかけているではないか。おかしいと思ったがこれで合点がいった……。代謝を上げる能力、身体を治す能力、色々あるが問題無い。少なくとも俺より速くなるモノでは無いからな。──お前は次で確実に仕留めるぞ」
腰を落として徒競走のような構えを見せると、彼の目の色が変わった。
「気をつけて! お父さんあの人構えが変わった……!」
「安心してくれサビオラ。パパは絶対負けない! おい! 足が速いだけの能無し! 俺の心臓はここだぜ! その剣で貫けるもんならやってみな!!」
お父さんは自分の左胸に親指をトントンと当てながら、敵を挑発する。
「……言ったなハゲ頭──。その言葉、後悔させてやるぞ。俺が非力だと思ったら大間違いだと言うことをな……!」
ビュン──。
風を、音をも置き去りにするかのような速さであった。
その音速の名にふさわしいキエーザの攻撃は、父の厚く筋肉のついた鎧のような胸を貫通するように短剣の根本まで深く、深く刺し込まれた。
「……グッ──ハッ……!」
「お父さん!!!!」
牙城が崩れる。その場で倒れる父を私はその細い腕で抱きかかえ、左胸に深々と刺さった剣を抜いた。
「アホだな、お前の父親は。俺が音速を出したらそのぶん威力が上がるのもわからんのか。攻撃力ってのは腕力だけじゃない。速さが必要、もっとも大事なんだよ。オッサン、あんたは遅すぎた」
「お父さん! お父さん!!」
私は必死に呼び掛ける。その正面に無慈悲な目をした敵は短剣を拾うと、
「ふー……やれやれ。それじゃあ女を殺してさっさと帰るか。楽な仕事だったな──」
そう言って私にゆっくりと近づいて来た。
「あばよ。あの世で神父と一緒に仲良く過ごしな──」
無情な剣が振るわれる──
……が、彼の腕を──大きな動物のような手がガッシリと掴まえた。
「なにッ!?」
「……ようやく掴まえたぜ──!」
歯茎が見える程に口角を上げた大男は、敵の腕をミシミシと軋ませる──!
「ぐああ──ッ! くそっ!! 離せッ!!」
「アホか。誰が離すかよ! その腕、へし折るぜ……!」
ミシミシといっていた腕がボギンッと、鈍い音を立ててあらぬ方向にネジ曲がった。
「がああーーッ!?」
「次はその悪い足だッ!!」
お父さんは腕を掴んだまま大木のような足でローキックをすると、キエーザの細い足はバギリと言う音と共にあっという間に折れたのがわかった。
「ぐ、がああッアア、ぐッッアア!!」
悲鳴を上げながら転げ回る敵は、同情さえ覚えてしまうような痛がりをみせた。
「お、お父さん! もういいよ! これ以上は死んでしまうわ!」
「サビオラ……。こいつは神父を殺した奴だぞ。情けはかけちゃ駄目だ」
「それでも、"殺し"をしたら私達もこの人と同じだよ。教団の教えでも言われているよね。『人を憎まず、悪を正せ。殺生は誰に対しても為してはならぬ禁忌である』……。命まで奪う権利なんて誰にも無いんだよ」
「サビオラ……なんて……なんて良い子なんだ──! そうだな……パパが間違っていたよ。殺生は神への冒涜だな。神父様もきっとそう言ってるに違いない」
親子は静かに微笑むと、荒い息づかいのキエーザがこちらを睨んで口を開く。
「お前……! なぜ生きている……! 心臓を確かに貫いた筈だ……! まさか不死身の能力か……!?」
「不死身なんかじゃないぜ。俺もお前とそんなに変わらん能力さ。俺の能力は『怪力』だ。お前のその腕や足を折ったのもこの能力のおかげだ。単純だろ? 俺はこの見た目のまんまの能力──まあ能力がこれだからこの筋肉がついたんだがな……」
「『怪力』だと……!? なら、なぜ生きている!? さっきまで血だらけのお前の身体がなぜそこまで回復している!?」
「それは私の能力です。私が"治した"のですよ」
「──そうか……! お前は『治癒』の能力か……! くそっ……やられた……ッ!」
単純な馬鹿力で相手を圧倒する『怪力』、そして私の能力は傷を治す『治癒』である。これが私達親子の能力──油断を突いた一瞬の攻撃であった。敵がお父さんを死んだと思わなかったら負けていただろう。
「──馬鹿な、この俺がこんな奴らにやられるとは……!」
「俺の左胸に短剣を刺したことが勝負の分け目だったな。俺は逸脱になって、身体に異変が出てこんなデカイ筋肉お化けになった。その際に心臓の位置が左から右になったんだよ。もし心臓を刺されていたらサビオラでも治癒は難しかっただろう。お前は俺の挑発に乗った時点で負けていたんだ」
「教えなさい。あなたはなぜ神父を殺し、教団の名を騙ったのか。あなたは何者ですか」
「ふっ……いい気になるなよ……! お前達はもう後へは引けない……! 次なる裁きの門が必ずお前達を殺しに来る……! 自分達の運命を呪うがいい……! グ、ハッ──!」
キエーザは呪詛のように言葉を捻り出すと、口からドボドボと血を吹き出した。
「!? おい!? なんだ!?」
「血が──!」
私が駆け寄り、彼の手に触れたが時すでに遅し──キエーザはその命を絶っていた。
「そんな……」
「こいつは……恐らく毒だな。自害しやがった──」
夕日が暮れる。夜の訪れが闘いの幕を静かに下ろす頃、親子は謎を抱えたまま、敵と神父の亡骸を茫然と見るのであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました
久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。
魔法が使えるようになった人類。
侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。
カクヨム公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる