ガーデン・オブ・ガーディアン 〜Forbidden flower garden〜

サムソン・ライトブリッジ

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~二章 献身の聖女編~

十七話 凍てつく午後

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「スタムさん!」

「お父さん!」

 まばたきの刹那、攻撃を仕掛けた父は動かざる氷山の如く固まっている。

「惜しかった──惜しかったなあ。二人で攻撃を仕掛けるのは正解だ……。だが俺の冷気を甘くみたのが敗因だ。もう少し探りながら間合いをとってワンチャンスに賭けるべきだったな」

「スタムさん今、助けます! はあっ!」

 ギィンッ! キィンッ! キィンッ!

 マルセロさんはその氷漬けの父に剣を向けると、削るように何度も剣撃を浴びせた。──しかし、

「硬い──! なんだこの氷は!?」

「なんで……! 傷一つつかないなんて……!」

 恐ろしいまでに硬い氷は微動だにしない。このまま斬り続ければ、こちらの剣が先に折れてしまいそうだった。

「くくく。ただの氷だと思うなよ。斬ろうが燃やそうがその氷は砕けん! そこのハゲはもってあと五分ほどの命だろうな。あとは治癒の力を持つ非力な女と何の能力も持たん無能の剣士だけ……。どうだ、中々に絶望だな!」

 クリンスマンは不敵な笑みを浮かべながら、水色に光る氷の鎧を動かしてこちらにゆっくりと近づいてくる。

「サビオラさん下がってて! 必ず君とスタムさんを守って見せる!」

「マルセロさん!」

「くくくくく! 守って見せるだあ? てめえの女房も守れねえでいっぱしの口叩くじゃねえか。こいよマルセロ。お前の得意の剣で相手してやるよ──『結晶剣クリスタル・ソード』!」

 冷たい右手から氷の塊を出すと、形を変え始めて一本の剣となった。


「かかってこいよ」

「貴様ぁぁッッ!!」

 ガギィンッ! ギィンッ!


 鉄の剣と氷の剣が鈍い音を鳴らしながらぶつかり合う。

「マルセロさん! 頑張ってください!」

 私は応援するほかなかった。自身の非力さがここにきてあだとなる。頼りの父は硬い氷の牢に閉じ込められ、戦力の要の彼もまた苦戦を強いられている。弱者はいつも観ているしかない。そんな自分が気づいた事は、勝利への活路では無い──もっと恐ろしい事に気づいてしまった。

「か……からだの感覚が無い……」

 自分の身体の異常に気付く。それは簡単な答え──"寒さ"である。急激に気温の下がった教会内は冬の厳しさなんてものでは無い。まるで氷の檻に冷凍保存されてるような凍てつく寒さ。先程まで皮膚を貫く痛みが、もう感覚が麻痺して何も感じなくなっていた。

「かかかー! マルセロぉ! 動きが鈍いぜ! そろそろ寒さで身体が上手く動かなくなってきただろ?」

「くそ……ッ! まだ、だぁッ!」

「ほう! これでも吠えるか! 『氷結刃アイス・カッター』!」

 氷の剣をぶんと振ると冷気が薄い刃となって襲ってきた。

「──ッ!」

 直線に飛んでくる鋭い冷気の刃を躱そうとするが、動きの鈍った身体はそれを避ける事を許してくれなかった。

 ザシュッ!

「ぐああ!」

 左肩をざっくりと斬られ血が溢れ出すが、凍てつくような気温は流れる血を瞬時に凍らせた。

「痛いか? 痛えよな! でも簡単には死ねないぜ。多少血が出てもすぐに凍って止血しちまうからなあ!」

「マル……セロさん。いま……そっちに行き……ます……」

 凍える身体を引きずって私は震えながらガクガクと歩く。

「駄目だ……! サビオラさん……! 来ちゃ駄目だ……!」

 マルセロさんも限界であった。疲労とダメージ、さらに体温の低下による身体の負荷は拭いようの無い窮地である。

「──終わりだな。マルセロ。もうお前達に勝ち目は無い。この冷えた剣でお前を冷酷に殺してやるよ……と、言いたいとこだがあいにく俺は冷たい奴でね。先にお前じゃなくあの女を斬り刻んでやるよ」

「──! やめ……ろおお!!」

 クリンスマンはニヤニヤと口を動かして私の方にやって来た。

「あ、ああ……」

 私は目の前に絶望を見る。氷の悪漢が冷気を纏った剣を私の目の前にちらつかせる。

「よーく見とけマルセロ。お前"が"信頼した仲間、そしてお前"を"信頼した仲間が目の前で殺されるのをとくと見ろ! くかかかか!」

「クリンスマン──ッ! 貴様ーーッ!!」

「ここでデッド・エンドだ!!」

「(──助けて……お父さん────!)」




 ──バギィィィィンッッ!!




 ──砕ける音が教会に響く。それは誰かが何かを斬った音では無い。もっと激しい何かが砕ける音──。私も、敵も、マルセロさんも突然の音に身体をびくつかせた。全員が音の鳴る方へ振り向くと、そこには──


「うおおおおおおおおッッ!!」


 暑苦しいほどの咆哮ほうこう。固い堅い硬い氷を砕いて男が吼える。巨体に備えたその鋼の筋肉は伊達では無い。死んだかと思われたスキンヘッドの大男、いま娘の声なき声を聞いて百千里。愛のパワー恐るべしと体現するは男の鏡。この星で一番可愛い愛娘を助けるべく──いま無事生還。


「お父さん!!」

「スタムさん!!」

「馬鹿なッ!? どうやって出てきた!?」

「あん? 『力』で」

「こ、答えになってない!」

 クリンスマンはあきらかに動揺していた。お父さんはまだ身体にこびりついた氷を軽く払いながらこちらへ歩いてくる。

「てめえ──俺の娘に何してくれてんだ……! 殴るだけじゃ済まさねえぞゴラアアアッ!!」

「俺の『絶対の零度オーバー・ダウン』をくらって何故動ける……! 許さん……! 氷のメンツにかけてお前を絶対に氷殺ひょうさつする!!」

「お父さん気をつけて! その人また何かするつもりだよ!」

「大丈夫だ! パパがいまぶん殴って終わらせる──!」

「冷気よ──俺を冷せ……! 『魔氷技・羅刹氷鎧キリング・アイスアーマー』!!」

 周りの冷気が敵を中心に集まり、渦を巻いた。氷の鎧はその冷気を吸うようにどんどんと巨大になっていく──!

「はああああ……! これが俺の本気だ……!」

 形容するならばそれは巨大な獣のような姿。美しくも恐ろしい氷の獣は、鋭い氷の爪と牙を輝かせながらこちらを威嚇した。

「氷れ、凍れ、この姿になった俺は無敵だ! 死ねい! 『結晶連牙クリスタル・ファング』!!」

 氷の猛獣はその長い氷の柱のような牙を突き立てて、真っ直ぐにぶつかってくる!

「突っ込んで来てくれてありがとよ! 真っ向勝負なら負けん!! くらえ! 遠心力たっぷりの必殺!! 『アックス・ボンバー』ッッ!!」


 ズガアアアアアアアンッッ!!


 全力で特攻する氷の牙とハンマー投げの如く回転のつけた斧が激しくぶつかった──。


「グゴオオオオッ!!」

「どわああああッ!!」


 両者は互いに吹っ飛ぶと、勢いよく壁へと叩きつけられる。

「いってて……。腰が……!」

 一方は腰を擦りながらグググと立ち上がる。

「……ぐ……ご…………」

 もう一方はぶつかった衝撃で、元の生身が出るほどにその氷の鎧がボロボロに砕け散ると、ずるずると壁沿いにその身を崩した。


「やった……! スタムさん!」

「……お父さんすごい! やったね!」

「へっ。大した事、無かった、ぜ…………」


 バタンと、父はその場に倒れる。

「お父さん!?」

 私はすぐに父の元に寄ると、その全身は酷い凍傷に蝕まれていた。父は限界の中で余力を振り絞り戦っていたのだ。決して楽勝などでは無い、ギリギリの勝利である。

「ありがとうお父さん……。今、治してあげるからね──!」

 治癒の力でその死にかける肉体に癒しを与える。ダメージが酷いせいか、いつものようにすぐには治らない。私は必死に父の身体に己の全力を捧げる。

「(今度は私が役に立つ番……! お父さん頑張って……!)」

 治療に集中している私は気づかない。その魔の手が自分のすぐ後ろに来ていたことを──


「のんきに治療してる場合じゃないぜえッ!」


 いつの間にかである。それはほんの一瞬の隙、クリンスマンはその自らの両腕を氷の刃にして襲いかかってきたのだ。

「きゃああ!」

「死ねええいッ!!」


 ──ザシュッッ!!





「──ぐ、ごはッ……!」

「クリンスマン……! 貴様は地獄へ堕ちろ……!」


 その敵の胸を深々と突き刺すマルセロさんの剣が血で濡れる。冷血なる男の最後は正義の剣にて朽ち果てた。






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