ガーデン・オブ・ガーディアン 〜Forbidden flower garden〜

サムソン・ライトブリッジ

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~三章 復讐の乙女編~

三十五話 花畑の死闘

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────────────────


 ────二年前。


「ヴィエリィよ。よく聞くんじゃ」

「なによおじいちゃん」

 暑い日の午後。道場でおじいちゃんは眉をしかめて言ってきた。

「お前はわしの教えで想像以上に強くなった。たゆまぬ鍛練を怠らず、天性の才能だけなら歴代の流術使いの誰よりも優れているだろう」

「あったりまえじゃない。私は好きな事に関しては誰にも負けたくないの」

「……ふむ。これなら来年の武術大会に出ても恥はかかないだろう」

「やっと武術大会に出れる! 年齢制限なんてものがなけりゃすぐにでも出てやるのに……」

 夢にまで見た南大陸の武術大会。その出場ができる年齢に私は来年やっとなる。

「だがうぬぼれるなよ。ヴィエリィ、お前より強い奴なんぞこの世にはごまんとおるわい。この田舎だからこそお前は無敗なだけで、いつかは強大な力を持つものと闘うことになるだろう。その時にお前がどうするかじゃ」

「どうするって……そんな奴ぱぱっと投げ飛ばしてやるわ!」

「アホ! それができん相手もいるんじゃ! いいか流術は相手の力を利用して"外"ではなく"内"を攻撃する拳法じゃ。流術をより完璧に使うにはもっと気の流れを読めるようにならんといかん。気の流れは呼吸や血流にも直結する。わしが見る限りお前はまだまだ呼吸が浅い!」

「えー? そうかなあ」

 おじいちゃんは目を見開いて説教する。まだ十七歳の私にはなんだか理解しづらい内容だ。

「しかし不思議でもある……。お前はわしが教えた呼吸法では無く、独自の呼吸法をして技を繰り出している。本来ならそんな呼吸で流術の技は使えん筈なんだがな……」

「おじいちゃんの教えた呼吸法すっごく苦しいんだもん。正直それ間違ってると思うわ」

「馬鹿もん! これが由緒正しき方法なのだ! その証拠にお前はあの技・・・を使えんではないか!」

「そんなのすぐに使えるようになってやるわよ! 見てなさい!」




────────────────



 ────武人が二人、花畑の中央でふらつきながら一歩、また一歩と身を近づける。

「ふぅぅぅぅ……」

「こぉぉぉぉ……」

 たった二人の息づかい。なのにそれは広い花畑の花をざわめかせる。

「……思い出したわ。前におじいちゃんが言ってた……。呼吸だ……。全ては呼吸なんだ……」

「なにを、言っている」

 私はヴライに、いや自分自身に語りかけるよう言う。

「ずっと疑問だった……。呼吸が私だけ・・・違うんだ……。でも、それは当たり前なんだ……。だって私は、"女"だから……! 男と呼吸法が違って当たり前なんだ……! それを──あなたが気づかせてくれた……! 私を"女"となめてかかったあなたがヒントをくれたんだ……!」

「──ふん。いまさらお前を女扱いなどはせんぞ……。お前は俺の誇りを持って完全に叩きのめす……!」

「感謝するわ……。私も、遠慮無くあなたをぶちのめせる……!」

 私は言葉をかえすと彼もまた感謝を述べた。

「感謝するのは俺の方だ……。お前のおかげで俺の九極は完成する……! 俺の九極拳は、強者を倒して進化する拳法だ……!」


 ──実はヴライは九極拳を極めていて、極めてない・・・・・。ヴライはここまで八極までの技を見せたが、次なる九極に当たる技を持ち合わせていないのだ。

 九極拳とは歴代の伝承者が紡いできた創作拳法なのだ。初代の創始者はこの拳法を"一極拳"として完成させた。次の伝承者は受け継いだ一極拳を今度は"二極拳"として完成させた。

 そうして三代、四代と奥義を極めては受け継がれ、九代目に当たるヴライはこの拳法を九極拳として受け継いだ。

 ヴライの使命は九極拳の完成にある。彼はまだこの拳法を完成には至ってない。そのために各地を旅して猛者と戦い、九極に成る奥義を開眼しようとしているのだ。

 そしていま先代の奥義を全て極めたヴライはヴィエリィという強者と出会い、奥義の開眼間近まで来ていたのだ。



 ──まだ、まだ二人とも仕掛けない。二人の呼吸が合う、その一瞬に全てに全力を託すつもりである。

「ふぅぅぅぅ……こぉぉぉぉ……」

 ──乙女の呼吸が徐々に変わり始めたのにヴライは気づいた。それは自分の呼吸法にそっくりなリズムである。それと同時に、乙女の纏う雰囲気がまったくの別物になるのを肌で感じる。


「────流術『流来身るらいしん』──」


 今までに、出来なかった技が使えた。それはちょっとしたコツのように、自然と流れるような美しい呼吸で成す技。流水の如き呼吸は私の身体に内側から力を湧かせた。


「──いくわよ……!」

「──こい……!」


 ────呼吸が、重なり合おうとしていた。



「『津迅拳』!!」

「『濁流脚』!!」

 ヴライの目にも止まらぬ拳が私を突く──が、私はそれに順応できるよう先の『流来身』で身体の強化を施していた。この技は昔から自分が出来なかった技である。それは特殊な呼吸法によってできるものであり、今までの対戦相手と目の前にいる格上の呼吸を見て土壇場で閃きこの瞬間にやっと会得したのだ。

 その身体強化のおかげで攻撃を素早く避けると、逆襲の蹴り技で横っ腹を抉るように蹴る──!

「おおお! 『登破昇』!!」

 ガシィィッッ!!

 カウンターで合わせた筈の私の蹴りを、ヴライは無理矢理な体制から強引に跳ね返すようその蹴り足を殴った。

「ぐっ!」

「おおッ!」

 殴られた足に激痛が襲う。まだ力の入らない体制から殴られた分、ダメージは酷くない筈なのにこの威力である。まともに当たっていたら私の足は砕けていただろう。

「六極・裂『裂衝破』!!」

 私を倒さんと攻撃に間髪は無い! ここが正念場である!!

「まだあ!!」

 紙一重で避ける!

「八極・門『鉄山門』!!」

「まだああ!!」

 軋むような空気の流れを感じとると、私は横にぐるぐると身体を回しながら無様に避ける! ──しかし限界が来たのか、足がもつれた瞬間であった。


「もらった!!」


 ヴライは片足を上げて二発目の"門"を繰り出そうとする! 避けようの無い攻撃、恐ろしき内功の爆発を込めた背中が私に迫る瞬間──


「そこだああああ!! 流術『激流破げきりゅうは』ッッ!!」


 合わせた!! 敵に照準を向けたのは頼りなき右の片腕! しかし! しかし! 身体強化を施した上で発動できるこの技は流術最大の奥義『激流破』!! この技は型に縛られない奥義であり、完全完璧なる超カウンター! 手や足、人体の全てから繰り出される無形の技は敵の心臓を目掛けて打ち抜く!

 その打ち抜かれし心の臓はどの生物にもある弱点! 己の全てを宿した内功から伝わる攻撃力はまさに一撃必殺! 乙女はこの技に己が命を賭した!!

 ──そして、この機会を待っていたのは乙女だけにあらず! ヴライもまた同じであったのだ!

 背を見せたのはフェイント! ヴライはそのまま半回転すると乙女と対面し、その奥義を真正面から迎撃する!!


九極きゅうきょくりゅう極流破ごくりゅうは』ッッ!!」



 奇しくも──それはヴィエリィとまったく同じ技であった。ヴライはこの戦いを通して乙女の流派の特性を生かした九極の奥義をこの刹那に開眼したのだ。



 バチィィィィィィィィィィィンッッ!!!!



 乙女の放った右腕の掌と、男の放った左腕の拳が宙にてぶつかり合うと、数キロ先まで届くような激しい音が響いて空気を揺らした。

 木々に止まった鳥達は慌てて逃げ去り、辺りの花にくっついた虫達は木陰に隠れた。それほどの衝撃、音は木霊となりてしばらく周囲を鳴動させた。

 ──やがてその音が消え入ると、全内功をぶつけ合った二人はその場にどさりと倒れたのであった──。




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