109 / 157
~三章 復讐の乙女編~
三十五話 花畑の死闘
しおりを挟む────────────────
────二年前。
「ヴィエリィよ。よく聞くんじゃ」
「なによおじいちゃん」
暑い日の午後。道場でおじいちゃんは眉をしかめて言ってきた。
「お前はわしの教えで想像以上に強くなった。たゆまぬ鍛練を怠らず、天性の才能だけなら歴代の流術使いの誰よりも優れているだろう」
「あったりまえじゃない。私は好きな事に関しては誰にも負けたくないの」
「……ふむ。これなら来年の武術大会に出ても恥はかかないだろう」
「やっと武術大会に出れる! 年齢制限なんてものがなけりゃすぐにでも出てやるのに……」
夢にまで見た南大陸の武術大会。その出場ができる年齢に私は来年やっとなる。
「だがうぬぼれるなよ。ヴィエリィ、お前より強い奴なんぞこの世にはごまんとおるわい。この田舎だからこそお前は無敗なだけで、いつかは強大な力を持つものと闘うことになるだろう。その時にお前がどうするかじゃ」
「どうするって……そんな奴ぱぱっと投げ飛ばしてやるわ!」
「アホ! それができん相手もいるんじゃ! いいか流術は相手の力を利用して"外"ではなく"内"を攻撃する拳法じゃ。流術をより完璧に使うにはもっと気の流れを読めるようにならんといかん。気の流れは呼吸や血流にも直結する。わしが見る限りお前はまだまだ呼吸が浅い!」
「えー? そうかなあ」
おじいちゃんは目を見開いて説教する。まだ十七歳の私にはなんだか理解しづらい内容だ。
「しかし不思議でもある……。お前はわしが教えた呼吸法では無く、独自の呼吸法をして技を繰り出している。本来ならそんな呼吸で流術の技は使えん筈なんだがな……」
「おじいちゃんの教えた呼吸法すっごく苦しいんだもん。正直それ間違ってると思うわ」
「馬鹿もん! これが由緒正しき方法なのだ! その証拠にお前はあの技を使えんではないか!」
「そんなのすぐに使えるようになってやるわよ! 見てなさい!」
────────────────
────武人が二人、花畑の中央でふらつきながら一歩、また一歩と身を近づける。
「ふぅぅぅぅ……」
「こぉぉぉぉ……」
たった二人の息づかい。なのにそれは広い花畑の花をざわめかせる。
「……思い出したわ。前におじいちゃんが言ってた……。呼吸だ……。全ては呼吸なんだ……」
「なにを、言っている」
私はヴライに、いや自分自身に語りかけるよう言う。
「ずっと疑問だった……。呼吸が私だけ違うんだ……。でも、それは当たり前なんだ……。だって私は、"女"だから……! 男と呼吸法が違って当たり前なんだ……! それを──あなたが気づかせてくれた……! 私を"女"となめてかかったあなたがヒントをくれたんだ……!」
「──ふん。いまさらお前を女扱いなどはせんぞ……。お前は俺の誇りを持って完全に叩きのめす……!」
「感謝するわ……。私も、遠慮無くあなたをぶちのめせる……!」
私は言葉をかえすと彼もまた感謝を述べた。
「感謝するのは俺の方だ……。お前のおかげで俺の九極は完成する……! 俺の九極拳は、強者を倒して進化する拳法だ……!」
──実はヴライは九極拳を極めていて、極めてない。ヴライはここまで八極までの技を見せたが、次なる九極に当たる技を持ち合わせていないのだ。
九極拳とは歴代の伝承者が紡いできた創作拳法なのだ。初代の創始者はこの拳法を"一極拳"として完成させた。次の伝承者は受け継いだ一極拳を今度は"二極拳"として完成させた。
そうして三代、四代と奥義を極めては受け継がれ、九代目に当たるヴライはこの拳法を九極拳として受け継いだ。
ヴライの使命は九極拳の完成にある。彼はまだこの拳法を完成には至ってない。そのために各地を旅して猛者と戦い、九極に成る奥義を開眼しようとしているのだ。
そしていま先代の奥義を全て極めたヴライはヴィエリィという強者と出会い、奥義の開眼間近まで来ていたのだ。
──まだ、まだ二人とも仕掛けない。二人の呼吸が合う、その一瞬に全てに全力を託すつもりである。
「ふぅぅぅぅ……こぉぉぉぉ……」
──乙女の呼吸が徐々に変わり始めたのにヴライは気づいた。それは自分の呼吸法にそっくりなリズムである。それと同時に、乙女の纏う雰囲気がまったくの別物になるのを肌で感じる。
「────流術『流来身』──」
今までに、出来なかった技が使えた。それはちょっとしたコツのように、自然と流れるような美しい呼吸で成す技。流水の如き呼吸は私の身体に内側から力を湧かせた。
「──いくわよ……!」
「──こい……!」
────呼吸が、重なり合おうとしていた。
「『津迅拳』!!」
「『濁流脚』!!」
ヴライの目にも止まらぬ拳が私を突く──が、私はそれに順応できるよう先の『流来身』で身体の強化を施していた。この技は昔から自分が出来なかった技である。それは特殊な呼吸法によってできるものであり、今までの対戦相手と目の前にいる格上の呼吸を見て土壇場で閃きこの瞬間にやっと会得したのだ。
その身体強化のおかげで攻撃を素早く避けると、逆襲の蹴り技で横っ腹を抉るように蹴る──!
「おおお! 『登破昇』!!」
ガシィィッッ!!
カウンターで合わせた筈の私の蹴りを、ヴライは無理矢理な体制から強引に跳ね返すようその蹴り足を殴った。
「ぐっ!」
「おおッ!」
殴られた足に激痛が襲う。まだ力の入らない体制から殴られた分、ダメージは酷くない筈なのにこの威力である。まともに当たっていたら私の足は砕けていただろう。
「六極・裂『裂衝破』!!」
私を倒さんと攻撃に間髪は無い! ここが正念場である!!
「まだあ!!」
紙一重で避ける!
「八極・門『鉄山門』!!」
「まだああ!!」
軋むような空気の流れを感じとると、私は横にぐるぐると身体を回しながら無様に避ける! ──しかし限界が来たのか、足がもつれた瞬間であった。
「もらった!!」
ヴライは片足を上げて二発目の"門"を繰り出そうとする! 避けようの無い攻撃、恐ろしき内功の爆発を込めた背中が私に迫る瞬間──
「そこだああああ!! 流術『激流破』ッッ!!」
合わせた!! 敵に照準を向けたのは頼りなき右の片腕! しかし! しかし! 身体強化を施した上で発動できるこの技は流術最大の奥義『激流破』!! この技は型に縛られない奥義であり、完全完璧なる超カウンター! 手や足、人体の全てから繰り出される無形の技は敵の心臓を目掛けて打ち抜く!
その打ち抜かれし心の臓はどの生物にもある弱点! 己の全てを宿した内功から伝わる攻撃力はまさに一撃必殺! 乙女はこの技に己が命を賭した!!
──そして、この機会を待っていたのは乙女だけにあらず! ヴライもまた同じであったのだ!
背を見せたのはフェイント! ヴライはそのまま半回転すると乙女と対面し、その奥義を真正面から迎撃する!!
「九極・流『極流破』ッッ!!」
奇しくも──それはヴィエリィとまったく同じ技であった。ヴライはこの戦いを通して乙女の流派の特性を生かした九極の奥義をこの刹那に開眼したのだ。
バチィィィィィィィィィィィンッッ!!!!
乙女の放った右腕の掌と、男の放った左腕の拳が宙にてぶつかり合うと、数キロ先まで届くような激しい音が響いて空気を揺らした。
木々に止まった鳥達は慌てて逃げ去り、辺りの花にくっついた虫達は木陰に隠れた。それほどの衝撃、音は木霊となりてしばらく周囲を鳴動させた。
──やがてその音が消え入ると、全内功をぶつけ合った二人はその場にどさりと倒れたのであった──。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました
久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。
魔法が使えるようになった人類。
侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。
カクヨム公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる