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第一章

5話 猛勉強の理由

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優雅な昼下がり。

私は、一人屋敷の中庭にあるベンチに座る。





「さて、今日は歴史について勉強するとしますか」





そう一人でつぶやくと、持ってきていた分厚い歴史の本を開く。

オリヴィアをサポートするにも、

ちゃんと自分で知識と教養、人脈を本当に身につけなければいけない。



そう、これはゲームではなく、本当の現実世界なのだから。



ゲームでは、ボタンを押せば知識を覚えるけれど、現実世界ではそうはいかない。

ちゃんと勉強し身体に身につけさせなければならない。

だからあの日私は残り5年でしっかりと培う決意をして、日夜猛勉強に明け暮れていた。

その様子を見ていたマリアから父や兄に話がいったのだろう、

顔を合わせるとおすすめの本などをくれたり、褒めたりしてくれている。





(元々勉強することが嫌いではないし、

 前世の世界とは色んなことが違うから結構面白いのよね)



それに実際に知識や振る舞いを身に着けると、

父や兄たちの政治的な話なども理解が出来て面白い。

また周りの人々の私を見る目も少しずつだが変わってきている。

それが、より一層私が勉強する意欲につながっていっているのだった。





……





暫くの間、本を読むことに集中していると読んでいたページに影が出来る。

なんだろうと顔をあげると、そこには幼馴染のクライヴが目の前に立っていた。





「お久しぶりですね、お嬢さん」



私にとってはもう一人の兄のような存在のクライヴ。

彼は、私より5歳年上で代々我がヴォワトール家に仕えてくれている家の息子だ。

家族で住み込みで働いているため、幼い頃は私やお兄様とよく遊んでいた。

面倒見がよく優しいけれど少し意地悪なところがあるから

私はよく悪戯をされたり騙されたりして泣いたものだ。

そんな彼は現在、フットマンしてもう我が屋敷で働き始めている。





「あら、クライヴ、どうかしたの?」

「いや、用はないんですがお嬢さんをお見かけしたので、様子を見に来たんです」

「嬉しい! クライヴ、忙しそうであまり話せてなかったでしょう?」

「んー……ぼちぼちですかね。普段はのんびりですが、たまに殿下が来られたりすると大変です」





砕けた敬語で話をしてくれるクライヴは、

そう苦々しげ顔を作ってみせてくるもので少し笑ってしまった。





「お嬢さんが最近とても勉強に熱心だと、皆が言っていたのですが本当なんですね」

「あら。意外そうな言い方ね?」

「いえ、勉強は別にお嫌いではないのは知ってますよ。

 ただその理由が噂になっていたもんですから」

「噂って?」





別に理由が噂になるなんてどういうことなのだろうかと首を傾げると、

クライヴはとても嫌な笑顔でニコニコ笑みを浮かべるからなんだか薄気味悪い。



「お嬢さんが猛勉強しだしたのは誰かさんと会ったからじゃないか~って」



誰かさん、と言われて殿下のことを言われているのに気づき、

思わずピクリと反応してしまった私にクライヴは意地悪な顔をする。



「あれ? やっぱり本当なんですか?」

「違います! 確かにあの日がきっかけですけど変な誤解が生まれてしまってそうだわ」

「変な誤解って?」

(本当に、こういうところは昔から変わらないんだから……!)



何を指しているのかわかっているだろうにクライヴは、わざと私に言わせようとする。





「……私、別に殿下のことをお慕い申し上げているわけではないわ」





しばらくの沈黙の後、しかめっ面をしながら応えるとクライヴは耐えきれない様子で噴き出した。



「ははっ!! そういうのは顔を赤らめて言うもんですよ? お嬢さん」

「何をいっているの。それだと本当みたいじゃない! 本当に違うんだから!!」



確かにあの日、決意したのは事実だ。

だけれど、別に殿下に恋をしたわけでもない! 断じて。

確かに前世の私の推しではあった。けれど、それはあくまで前世でありゲームの中。

現実世界かつ今の私と殿下ということでいえば間違いなくノー。



(というかよくある、ひとめぼれみたいなこと前世で彼を知っている私がするわけないし……)



確実に面白がって聞いてきているクライヴにひとにらみすると、クライヴはゴホンと咳をする。



「じゃあ何が理由なんですか?」

「それは……」



(殿下きっかけで、前世の記憶を取り戻したから

 この世界のヒロインのオリヴィアの親友としてサポートをできるようになるために

 勉強していますなんて言えるわけないし……)

(でもま、もう一つの理由だけでも納得してくれるよね)



そこまで一人で考えた後、誤解を解くために私は口を開く。



「確かにあの日偶然殿下とお会いしたけれど、そういうのじゃないから。

 私が、勉強に力を入れようとしたのは、お父様やお兄様たちのようなヴォワトール家に恥じぬ淑女になりたいと思ったのよ」

「殿下がうちにわざわざ来るほど、メルリお兄様は認められているのでしょう?

 それにローエンお兄様だって宮廷の騎士団から入団のお誘いがきているし……」



三番目の兄のガラードお兄様だって今はまだ何もないが、紳士かつ人格者であるが故、人気者で将来は社交界で随一の人脈の持ち主になる。

それほど優秀な兄たちと王にも頼られている父、

そんな家族を持った一家の一人娘が落ちこぼれだと恥ずかしすぎる。

そういう意味でも私は猛勉強しないといけないと強く感じているのも事実なのだ。



そこまで話をしたら先ほど面白がっていた様子のクライヴも、穏やかな表情へと変わっていた。



「なるほど。そのお話を聞いたら旦那様たちは咽び泣いて喜びますね」

「やだ……そんな顔で言われると本当みたいじゃない」

「何を言っているんですか。本当です。

 だって本当にご家族はお嬢さんのことを皆大好きなんですから」

「勿論、俺達使用人達もです」





愛されている、とストレートに言われるとなんだかくすぐったい。

照れ隠しに話題を違うものに変えると、クライヴはくすっと笑った後に話を合わせてくれた。

他愛ない話や本に書かれていない歴史の話なんかもクライヴは話してくれて、とても面白かった。

一通りの話を話し終えた後、クライヴは私に手を差し伸べる。



「お嬢さん。そろそろ一気に日が暮れてきますし寒くなりますのでお部屋に帰りましょう」



確かに気づくと長い事話していたようで少し日が落ちてきているのに気づく。

私は、クライヴの手をとりベンチから立ち上がる。



「ありがとう、クライヴ。久々に話が出来てよかったわ」

「ええ、俺もです」



そう話すと、私は自室へと戻るために歩き出す。すると、



「あ、お嬢さん! 好きな人が出来たら教えてくださいねー!」

「っっっ……クライブッ!!」



少し離れた所に立っているクライヴは、私の反応を面白がってまた噴き出すように笑うのだった。





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