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来店
しおりを挟む事務所の一階は小さなフラワーショップになっていた。
コーディネートの仕事が一段落すると、ここで店員としての仕事もこなす。店番をしていると一人の男性が入って来た。
その人には見覚えがあった。
先日、私を助けてくれたデュボアの御曹司。
「……いらっしゃいませ」
なるべく普通にしようと心がける。偶然、花を買いに入って来たのだろうか。それともこの店がデュボアのフラワーコーディネートをしていると知って訪ねてきたのか。
わからないのであれば、知らない振りをするより名乗って先日のお礼を言うのが筋だろう。
私は意を決して声をかけた。
「あ、あの。リディ・クレマンと申します。先日は私共がデュボアでコーディネートした花の件で大変ご迷惑をおかけしました。しかも、お客様のお怒りを更に買うようなことをしてしまって…助けてくださって…ありがとうございます」
この店がデュボアのフラワーゴーディネートを手掛けた店だと知っている体で話しかけ、一気にお礼まで言うと勢いよく頭を下げる。
「僕を…誰だか…わかっているの…?」
おずおずと戸惑いながら尋ねてくる。
「はい!ホテルデュボアのオーナーのご子息様ですよね」
「え…いや…そうではあるけれど…もっと他に…気付かないかな…」
納得のいかない表情でぶつぶつと呟く。
「あ、あの…?」
また何かしでかしてしまったかと不安になり様子を窺う。
はぁっと溜息をつくと、御曹司は慣れた様子で名刺を差し出した。こんな下っ端にまで名刺を下さるなんて…。
「今はまだ、父からホテル経営について勉強しているところで…肩書はCEO付きの秘書です」
名刺に書かれた名前を見て一瞬時間が止まる。
フェリクス・ガルニエ
―――――フェリクス?
いや…特段、珍しい名前でもないし…同じ名前の人がいたってだけで…でも正直、名前を見ただけで動揺する。そもそも私は童顔美青年フェリクスのファーストネームしか知らない…。
名刺からゆっくりと視線を上げると御曹司の焦れたような熱い視線とぶつかる。
「僕の名前さえも忘れてしまったの?」
「へ…?」
ドクンと心臓が大きな音を立てる。
「五年前のあの日のことは、もうリディの記憶から綺麗さっぱり消えてしまったの?」
口をぽかんと開けたまま彼を見つめる。
「フェリクス………フェリクスなの?」
忘れてなんかない…昨夜だって…りんご酒に酔いながら思い出して…自己嫌悪に陥ったばかりだ。
金髪碧眼の童顔美青年フェリクスが…金髪碧眼のイケメン紳士フェリクス?
「僕は君を忘れたことはないのに……どんなに忘れようとしても無理だったから、もうリディを忘れるなんて無駄な努力はやめた」
フェリクスに両肩を掴まれ、その身長差に驚いた。見上げないとフェリクスの顔が見えないなんて…私の肩を掴む手も腕も肩も逞しくて別人のようだ。じっと彼の顔を見ると瞳と口元にあの頃の面影が残っていた。
「五年前のあの夜が忘れられない…あの夜からもう一度やり直したいんだ」
フェリクスは、私が思っては消してを繰り返した気持ちを、いとも簡単に口にした。
「これ、夢じゃないよね?…私とフェリクスは同じ状態だったってこと?…悩んでたのは私だけじゃなかったの?…」
肩を掴んでいた手は背中に回され抱き締められると大きな胸の中にすっぽり収まる。
「リディ。お願いだ…僕ともう一度して?いや、違うな…リディとセックスしたい。お願い!」
「えっ…なに?…は?してって…そういうことよね…え、いやセックスって…違う?…五年振りに会って…お願いは変わらず上手だし…え、私何言ってるの?なんだか…よくわからなくなってきた」
恋愛映画のようなロマンチックな再会だったのに、キラキラした再会を俗な言葉で叩き壊された。思考がフリーズして自分でも訳のわからないことを口走る。
「ただいま~」
明るい声で師匠が店に入ってくる。
途端、バサバサっと何かが落ちる音がする。身動き出来ずに目線だけ向けると師匠が手に持っていた書類を落とし両手で口元を押さえ真っ赤な顔で立っていた。
「お、お帰りなさい……」
フェリクスに抱きしめられたまま師匠を迎えた。
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